シスイが私とサヨを背に庇いつつ魔物を警戒してくれていた。
シスイ・ツクモ。
私よりも1歳年上で、今日挨拶した自警団の団長、ツクモさんの息子だったはずだ。
自警団内でも期待の若手だってお母さんが話していたのを聞いたことがある。
さっきもお母さんに、村に残してきた中では一番の実力者だって言われていた。
彼がいてくれるなら心強い。
「ご無事でなによりです。集落に残っていた自警団で防衛拠点を築いています。話はそちらで」
「聖魔法で援護します」
「助かります。俺が走ってきた方向に拠点があるので、そちらの数匹をどうにかして一気に駆け抜けましょう」
魔物の処理は彼に任せて、周囲の魔物の動きを鈍らせる方向で支援すればいいかな。
彼が動いたところで光弾の光量を一気に上げる感じで弾けさせればいいはず。
聖魔法は使い方の応用があまり効くものではないけど、弾ける時に光が強くなって直視していると私でも眩しいと感じる。
大丈夫なはずだ。
「サヨ、手を握っていてください。私が走り出したら、ちゃんとついてきてくださいね」
「は、はい」
「……行きますよ」
シスイが合図をするように声をかけてくれる。
魔物たちは警戒を強めてじりじりと距離を詰めてきている。
それを尻目に、聖魔法を使って光弾を生成した。
シスイが駆けだすのと同時に、片手でサヨの手を握りながら、光弾を生成した手を前にかざす。
彼が続けざまに2匹の魔物を切り捨てたところで、光弾を射出した。
光弾がシスイの背後で破裂して、眩い光が辺りを一瞬包むのと同時に走り始める。
サヨもちゃんとついてきてくれていた。
走り出しているシスイの後をひたすらついていく。
周囲を警戒しながら時折私たちがちゃんとついてきているかを確認してくれている。
『ミコト、右の路地から魔物が』
「シスイ!! 右から来ます!!」
トコヨが警告してくれた内容を即座にシスイに伝える。
シスイもすぐに反応すると、一切の躊躇なく飛びかかってきていた魔物を切り飛ばす。
更なる襲撃がないと判断したところで、再び走り出した。
「こちらです」
「ありがとうございます、シスイ」
案内されたのは、集落の中でも少し大きな家屋だった。
入口には家具や板材を積み上げたバリケードが築かれ、自警団の人が剣を手に見張っている。
ここが、今の集落で唯一の拠点なのだとすぐに分かった。
これだけの数の魔物だ。
数人しか残っていない自警団の人間だけでどうにか出来るものでもない。
適切な判断だろう。
見張りの人に礼をされながら家屋に入ると、中には怪我をしている20代くらいの男性がいた。
魔物との戦闘で負った傷か。
傷は浅くなさそうだった。
肩に巻かれた包帯には、赤い染みがじわじわと広がっている。
それを認識して、すぐに治すために近づいた。
「ミコト様!?」
「動かないでください。すぐに治しますから」
祈りを捧げながら治癒の聖魔法を行使する。
かざした手のひらに、黄緑色の魔法陣が淡く浮かび上がる。
そこからこぼれた光が、傷口を包むように降り注ぐ。
苦痛に歪んでいた顔から力が抜けて、脂汗と荒かった呼吸も少しずつ落ち着いていく。
十分に傷が塞がったのを感じて、聖魔法を止めた。
確認の許可を取ってから、包帯をそっとほどいていく。
傷は綺麗に塞がっていた。
「……大丈夫そうですね」
「あ、ありがとうございます」
「当然のことをしただけですから、気にしないでください」
「ミコト様、山で何があったのですか……?」
治療が終わるのを待っていたらしいシスイが声をかけてきた。
山で起きたことを説明しないといけない。
そして、これからどうするかも決めないといけなかった。
建物の入り口付近で見張りをしている人以外の全員で集まって、今後の方針を話し合うことになった。
全員と言っても、私とサヨとシスイを除けば、自警団の人が2人いるだけだった。
見張りを含めても、6人。
それが、今ここに残っている全てだった。
一応トコヨもいるけど、他の人から見えてないから数に入れるものでもない。
「そんな……」
「それは、本当なのですか……?」
竜が襲撃してきたこと、魔物が山にも発生していること、神社が崩壊して山も火事でどうしようもない状態になってしまったことを順に説明していった。
神社では生存者を見つけられなかったこと。
サヨたち子供が何人か山を下りるように逃がされていたこと。
そのうち何人かの遺体は下山中に見つけたけど、確認できた範囲では、サヨ以外の生存者を見つけられなかったこと。
それらを順に説明していった。
シスイたちは話を聞くうちに徐々に顔色が悪くなっていって、絶句してしまっていた。
「はい。お母様も、自警団も、出仕してくださっていた巫女も、皆亡くなっていました。浄化だけは施してきましたが、それ以上は状況が状況でしたので……」
「そう、ですか……」
「……父も含めた自警団皆、ということですよね……?」
「……はい。おそらく、という返答に、なってしまいますが……遺体の損壊や焼失が激しく、どなたか分からない状態になってしまっていたのがほとんどでしたので……」
空気が重くなったのを感じた。
私もサヨもシスイも親が死んでしまったという状況だし、他の人も親類は死んでしまっているだろう。
暗くならないわけがない。
それでも、こんな状況でいつまでもここに籠っているわけにもいかない。
どう行動するかを決めないといけない。
そのためにも話し合いをしてもらわないと……
「それじゃあ、これからどうすれば……」
「……少なくとも、食料もそこまで多くない。いついなくなるかも分からない魔物を警戒しながらここに籠り続けるのは現実的じゃない」
自警団の人のつぶやきに対して、シスイが現状を端的に指摘する。
そこには私も同意することしかできない。
魔物がいついなくなるか分からない以上、ただここに籠り続けるというのは実質的に不可能だ。
「いや、でも……ミコト様が見たのは神社の周辺だけなんだろ? 他の所に生存者がいる可能性は……」
「可能性があったとして、どうやって探しに行く? 魔物がいなくなるのを待つというのは現実的じゃないのはさっき言った通りだ。山にも多数の魔物がいる現状だと……」
「それは…………ミコト様は、どう思いますか?」
考え込んでいると、ふいに話を振られた。
顔を上げた瞬間、全員の視線が私に集まっていることに気づいた。
「……俺はミコト様のご指示に従います。お考えを教えていただけませんか」
「——え」
シスイからも、そう言われてしまった。
違う。シスイだけじゃない。
皆の縋るような目を見れば分かる。
話をまとめたいとか、意見を聞きたいとか、そんなのじゃない。
私の指示を、待ってるんだ。
筆頭巫女は、神社だけじゃなくて集落全体を取り仕切っていた。
その筆頭巫女であったお母さんが亡くなった以上、筆頭巫女は、私になった。
私が、指示をしないといけない……?
それを自覚した途端、肩が一気に重くなるのを感じた。
『ミコト。先に言っておきます。山に戻るのだけはだめです。あの竜が戻ってくる可能性が高いので』
『それは…………だけど、生存者がいるかもしれないっていうのは間違いないでしょ? それなのに……ううん……そう、だよね』
唯一指針も含めた現実的な意見をくれたトコヨの声を聞いて、少しだけ安堵した。
確かにトコヨの言う通りだ。
竜に食い殺された記憶を、嫌でも思い出してしまう。
庇ったはずのサヨ諸共、牙で貫かれた激痛と恐怖を。
あの竜に対抗する手段なんて、あると思えない。
そもそも、最初の襲撃だって自警団員全員いる状態で今の状況に陥っている。
今の戦力で、勝てるとは思えない。
そうなると戻ってくるのが分かっている状況で、これ以上のリスクは取れない。
そこまで思考をまとめて、顔をあげた。
「私は……集落から離れて安全な場所まで避難するのが最善であると考えています。皆もあの黒竜の姿は多かれ少なかれ確認したと思いますし、あれに勝てるとも思えません。竜がいつ戻ってくるか分からない以上、ここから一刻も早く離れるべきだと思います」
「……ですが、サヨも中腹に隠れていたんですよね? 他にも生存者がいる可能性は……」
私の意見に対して、第一声でそう返ってきた。
皆の顔を一通り見まわす。
4人のうち、サヨとシスイ以外の2人が、明らかに納得していなかった。
私は、私が思った率直な意見を言ったつもりだった。
だけど彼らは、助けに行きたいと、探しに行きたいと、縋るように訴えていた。
シスイは何も言わずに静かに考え込んでいる。
私の意見に対して強く反発しているという感じじゃないのだけは救いではあるけど……その反応に、思わず怯んでしまう。
「そ、それに、アメノ家の家訓で、集落から出ないようにとされていたはずですよね……? 本当によろしいのですか?」
「それは……」
これもその通りだった。
アメノ家には、代々伝わる家訓がある。
オリツキ様から神社と集落を託された家系として、守らなければならない決まり。
その中に、明確に記されている。
集落から出るな、と。
この家訓自体、オリツキ様にアメノが筆頭を託された時に、初代筆頭巫女がオリツキ様とともに定めたとすらされているものだ。
家訓ではあるけど、集落全体の決まりの中で特に大きな決まりごと。
集落の人にとっても、私自身にとっても重いものだし、軽視はできない。
逃げなければ死ぬ。
だけど、逃げるには家訓を破らなければならない。
皆を納得させる言葉が、どうしても見つからなかった。
数千年単位で守ってきた決まりを、今この場で破らせることができるほどの言葉なんて、見つけられるわけがなかった。
『ミコトも覚えていると思いますが、前の時に、竜は戻ってきました。それで死んでいます。絶対にここを離れるべきです』
『だけど……どうやって説得すればいいの? こんなの、生きている人がいても見捨てるって言ってるのと同じだし、怒る人がいるのも分かるよ……』
『……説得しきれずにここに残って魔物の大群に襲撃されたこともあります。シスイだけに山に探しに行ってもらったこともあるはずです。それで戻ってこなかった。全員で山に探しに行って黒竜が戻ってきたのだって、記憶に新しいでしょう』
『っ……それは……でも、脱出なんて……オリツキ様に託された家訓も破らないといけないし、簡単に納得なんてしてくれるはずがないよ。どうすれば……』
お母さんに村を統治する方法とかも教えられていたけど、こんな、感情と現実のどっちを取るかを迫るような選択の説き伏せ方なんて知らない。
沈黙が続く。誰も口を開かない。
皆が私を見ている。
指示を、待っている。
どうすればいい?
生存者がいるかもしれない。それは否定できない。
だけど、悠長に捜索していたらあの竜が戻ってくる。
ここに留まれば死ぬ可能性が高すぎるのに、家訓が邪魔をする。
どうすれば——
『神託と言ってしまっていいですから』
『……は……? なに、言って……』
『納得してもらえないなら、強引に説き伏せるしかありません。神託であれば、皆思うところはあっても納得するでしょう。神託で逃げるように言われたと、そう言うのです』
トコヨの言葉に耳を疑ってしまう。
神託を騙るということはつまり、オリツキ様のお言葉を騙るということに他ならない。
そんなの、オリツキ様に仕える巫女としてあるまじき行為だ。
それを、過去に巫女であったであろうトコヨに提案されているというのが猶更混乱を加速させる。
でも、その提案なら、確かに皆を納得させられる可能性が高い。
私が……筆頭巫女が神託だと言えば、皆信じるだろう。
それほどまでに、巫女に下される神託は重要視されているし、それを騙るなんて行為は一度だってあったとは思えない。
だけど……他に方法なんて……
「……これは……神託です」
唇が震えている。
それでも、私は言った。言ってしまった。
「えっ」
「神託、ですか……?」
「それは……」
他の方法なんて、思いつかなかった。
どれだけ考え込んでいたかなんてわからない。
だけど、生き残った皆の生存を第一に考えれば、他に手なんてなかった。
内心でオリツキ様に必死で謝りながら、言葉を続ける。
「たった今、オリツキ様から、私たちだけでも生き残るために、すぐにでも集落から離れるようにと、神託がありました。私は、オリツキ様のお言葉に従うべきであると考えています」
皆が驚いて固まっているのが分かってしまう。
これはシスイとサヨも同様だ。
当然だろう。
神託なんて、まずあるものじゃない。
少なくとも、お母さんが神託として受け取ったのは、私の名前だけだったと聞いている。
それ以外にお言葉を直接聞いたことはないって、そう言っていた。
本来なら、こんな嘘で説き伏せるなんて、巫女としても、指導者としても、絶対にあってはならないことだ。
でも、私は代案なんて思いつかなかった。
トコヨの案が最も確実に、迅速に皆で脱出する方法だと思ってしまった。
皆死んでしまうよりは、マシだと思った。
縋るような気持ちで、皆の表情を確認していく。
一番早く口を開いたのは、シスイだった。
「……ご神託ということであれば、そういうことなのでしょう。分かりました。集落を離れ、安全な場所を探し、避難するという方針で行きましょう。皆もそれでいいな」
そういって、シスイは自警団の人たちを見渡すように確認していく。
それに対して反論する人はいなかった。
皆驚いている感じではあったけど、疑うような反応はしていなかった。
良かった……
「では、避難先に心当たりがある者は――」
方針が決まったら、そこからはシスイが話を仕切ってくれた。
避難先として、少し前に集落に迷い込んできた商人から聞いたという、ソルミア王国の王都を目指していくことになった。
大体の方角しか分からないけど、それでも何も指針がないよりはましだ。
なにより、私を含めて村の人たちは全員集落を出たことがないから、他の街なんて知らない。
これしか選択肢がないのだ。
最低限の食料と水の準備とかをシスイ含めた自警団の男性陣がしてくれることになって、それから出発することになった。
話し合いが終わって、皆が動き始めるのを見届けて、ようやく肩の力が抜けた気がした。
方針が決まってからはほとんどシスイが決めてくれたと言っていい。
後でシスイにお礼言わないと……
そして、準備が終わってすぐに、私たちは故郷の集落を出て、ソルミア王国の王都を目指して歩き始めた。