天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
「私はこの後やらなければならないことがありますので、ミコトさんはお先にお部屋休んでいてください」
片付けも終わって、貴賓室の前でシルヴィアさんにそう切り出された。
以前同じ感じで切り出されて、言われるがままに休んでいたはず。
だけど、どうにかイリスさんに相談する場を作りたい。
……とりあえず、私もついていこう。
行動を考えるためにも状況を把握する必要があるはず。
前回は受け身過ぎた……気がする。
深夜まで待てばイリスさん自身が訪ねてきてくれるとは思うんだけど、状況が状況だ。
出来る限り早く働きかけることができた方がいいと思う。
「あの、シルヴィアさん! 私も一緒に行ってもいいですか?……行くのってシスイたちのところですよね?」
「……え、えぇ。そうですけど……よく分かりましたね?」
「その……私にも、猊下への耳打ちが聞こえてしまって……」
シルヴィアさんはほぼそれだけの情報と経験則で判断して行動していたはず。
だから、多分これで大丈夫なはず。
どうすれば会議中のイリスさんに相談ができるかを考えないといけないけど、まずは状況を把握しないとだめだ。
「分かりました。ただ、逸れたりしないようにだけ注意してくださいね」
「もちろんですっ!」
シルヴィアさんの注意に、むんっと腕を寄せて大丈夫であることをアピールしながら返事をする。
シルヴィアさんは少し苦笑しながら私についてくるようにいって歩き始めた。
『いい判断だと思います。どうにかイリスに会う方法を考えましょう』
『うん。どうすればいいかは分からないけど、なるべく早い方がいいもんね』
夕暮れでオレンジ色に染まっている聖都の中をシルヴィアさんに連れられて歩く。
今は厩舎がある辺りに向かっているらしい。
なんでも、そこに馬車を運営している業者の拠点が併設されている馬宿? というところがあって、個人馬車の予約ができるとかなんとか。
「一昨日も歩いていますし、この時間なら大丈夫だとは思いますけど、本当に逸れないようにだけ気を付けてくださいね。……見てわかる通り、少し慌ただしい状況のようですので」
「は、はい」
シルヴィアさんの言う通り、2日前とは様子が少し違った。
慌ただしく走ってどこかに向かっている神官がちらほらいて、それを他の神官や住民が不思議そうに眺めている。
観光をしている時にたまに見かけた騎士甲冑を着て巡回をしていた人もほぼ見かけない。
「あの、シルヴィアさん。さっきから見かける走ってる人って……」
「おそらくですけど、緊急の伝令ですね。大聖堂へ向かっている方は猊下や枢機卿様などへの伝令、逆に外に向かっていく方は、情報確認や中枢側からの指示の伝達ではないかと。神官でない方は……ただ事ではないと察した商人の方などが何が起きているのかを知るために奔走している、という感じではないでしょうか」
「な、なるほど……」
貴賓室で休んでいただけでは分からなかったけど、詳細が分からないなりに聖都全体が何かが起きているという雰囲気になっていたらしい。
『この感じだと、普通に会おうとしてもイリスさんに会うのなんて無理だよね……?』
『まぁ分かり切ってたことですけどね。前の時だって、最低限のことを伝えたらすごい速さで戻ってしまいましたし』
『だよね……』
『あとは……会う方法も重要ですけど、そもそも会って何を話すのかを考えておいた方がいいんじゃないですか? イリスにとって既知の情報を話すだけでは意味がないですし、知らない情報を話すなら組織として納得させられるだけの根拠を求められると思いますし』
『うっ……そ、そうだよね……』
トコヨに痛いところを突かれて思わず唸ってしまう。
そうだ。
イリスさんは、おそらくシルヴィアさん以上に根拠を求めてくるはず。
これだけ大きな組織の最高責任者で、聖都自体がこんなに慌ただしくなっているような状況なんだから、絶対だ。
私だって、神社全体の大きな方針を定めなければならないとなった時に、不確実な情報だけでは絶対に信用しきらないし、それだけを根拠に動こうとはしないと思う。
シルヴィアさんも厳しい方ではあるけど、私に対しては結構個人としての甘めな判断を混ぜてくれてる気はする。
「ミコトさん、もう着きますので……そうですね、込み入った話になるので少しだけ待っていてください。外にいてもいいですけど、建物自体からは離れすぎないように」
「あ、はい。分かりました。ありがとうございます」
多分シルヴィアさん、私の心配も同時にしてくれてるよね。
何かがあればすぐに気づける位置にいてくれって暗に言われている気がする。
実際、ラースさんの私に対する言動を考えると、シルヴィアさんの心配自体は何も間違ってないと思うし。
シルヴィアさんが馬宿に入っていくのを見送る。
私は馬宿の入り口の近くで待機することにした。
この辺りだと走り回っているのは神官の人たちというよりも、馬宿の人たちや周囲のお店の人たちといった印象を受ける。
『……こういうのって、神官の人以外も慌てるんだね』
『そりゃそうですよ。特に今回は戦争なんてものが関わってるんですから、売り上げに大打撃を受ける人もいるんじゃないですか? そこに自分たちが信じている教会の戦力すらも加担しているとなったら、慌てない方がおかしいと思います』
売り上げ……確かに、エルフや帝国と取引していたりしたら影響を受けるだろうし、戦争中となると馬車だって御者の人が嫌がる可能性も高い、というか実際に世界樹の麓の集落では拒否されたし、そうもなるか。
そんなことを考えていたら、目の前に大人の男の人が駆け寄ってきた。
「おい、あんた!」
「は、はい!? なんですか!?」
「そこに看板立てかけてあるだろ。今は馬車の予約は受け付けてねぇよ。あんた遠方の出身だろ?」
「へ? た、確かにそうですけど、なんでわかったんですか?」
言い当てられて思わず聞き返してしまう。
そうしたら、目の前の男性は呆れたような表情を浮かべた。
「見たことない服着てるし、嫌でも分かる。馬車出してやりたいのも山々だが、戦争が起きてるって噂があるんだ。どこで、どの程度の規模で起きてるのかをきちんと把握できるまでは馬車は出せん」
「あ、あぁ、巫女服のせいですか……えっと、シルヴィアさんが中で事情を説明して相談してくれていると思うので、私は待っているだけです」
「シルヴィア……? あぁ、元側付きの嬢ちゃんか。まぁあの嬢ちゃんなら無理は言わねぇか」
男の人はこの馬宿の経営にかかわっている人っぽいのは間違いなさそうだった。
中を覗いてシルヴィアさんの後ろ姿を確認しただけで誰かを判別出来てるし。
……というか、シルヴィアさん馬宿の人にもそこまで信頼されてるのか。
「余計なこと言ったみたいで悪かったな。商売あがったりで頭に来てたもんで、思わず口出しちまった」
「いえ、親切に声をかけてくださってありがとうございます」
私がお礼を言うと、男の人は手をひらひらと振りつつぶつぶつ文句をいいながら元居た場所まで戻って、その場にいた人と話し合い始めた。
「あっ——」
『……? どうしたんですか?』
その男の人の様子を見ていて、一つの可能性が頭を過った。
イリスさんを説き伏せるというよりも、シルヴィアさんを説得して、イリスさんにシルヴィアさん経由で強引に会いに行く方法。
『トコヨ、誰でもいいんだけど、今までダメだった時に見た騎士の中で、容姿を確実に見れてる人っている?』
『え、ラース以外ってことですよね? フルフェイスの人も多かったですし……うーん……』
トコヨが頭を悩ませている横で、私も必死で記憶を掘り起こす。
アルステットって呼ばれていた騎士の人は名前だけで他の特徴はほぼ把握できてない。
私たちを囲んでくる騎士の人も、騎馬で剣を持っている人はフルフェイスの人がほとんどで顔も分からない。
顔が比較的に見えていたのは弓兵だろうか。
だけど、どれも遠目にしか見えてなくてほぼ覚えてない。
『あ! そうです! 最初にミコトの頭を射抜いた騎士なら顔を見てますよ!』
『ほんとっ!?』
『はい! 深緑色の髪と目に、髪も短め、左頬に小さな古傷のようなものがあったと思います。多分あれは治癒するのが遅れて残ってしまった傷ですね!』
『それだけ分かれば十分! トコヨ、ありがとっ!』
『ですが、騎士の容姿なんてどうして知りたいんですか?』
『シルヴィアさんの説得に、多分使えると思うんだ』
『説得……?』
馬車はイリスさんの指示があったら融通するから準備だけしておいてくれるということで落ち着き、シスイ達に荷物をまとめておいて欲しいという伝言もすぐにできた。
今はそれが終わって大聖堂に戻ってきたところだった。
あたりは暗くなってきていて、ちょうど前回シルヴィアさんの私室に招かれたくらいの時間だと思う。
「それでは、本日はお疲れさまでした、ミコトさん。よかったらこの後、私の部屋で食事でも——」
「あのっ! シルヴィアさんに、少し相談したいことがあるんですけど……いいですか?」
「相談、ですか? もちろんいいですよ。なんでしょうか」
「できれば、他の人に聞かれないようにしたい相談でして……」
「……? そういうことなら、私の私室で聞きましょうか。こちらです。ついてきてください」
「はいっ!」
シルヴィアさんがすたすたと歩きだすのにあわせて、私も歩き出す。
元々貴賓室の前まで来ていたのもあって、シルヴィアさんの部屋にはすぐにたどり着いた。
椅子に座って向かい合ったところで、シルヴィアさんが早速口を開いた。
「それで、ご相談というのは?」
「その前にいくつか聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「えぇ、もちろん。なんでも聞いてください」
シルヴィアさんは不思議そうな表情を浮かべつつも、すぐにいつもの柔和な笑みを浮かべて促してくれた。
シルヴィアさんのこういうところは話しやすくてとても助かる。
どんなことでも無下に切り捨てたりしないでちゃんと一考してくれるのも知ってるし。
「聖都が慌ただしかったのって、騎士団が戦争に加担していたからですよね? 騎士団の戦争介入ってあり得るんですか……? 魔物対応が主な任務って言ってましたよね……?」
「……一応、ないわけではない、というのが答えになります。相手が教会の教義に反している場合などがそれに該当しますね」
「それってイリスさんの指示が必要な感じですか?」
「猊下の指示が必要という認識で間違いないです。魔物や野盗の討伐などでもない限り、特に他国の戦争に加担する場合は教皇猊下からの聖戦の指示を受ける必要があります」
シルヴィアさんは私の質問に理路整然と答えてくれている。
ただ、その表情は先ほどまでの微笑みがなくなっていて、無表情になるように意識しているようだった。
多分、ダメだったパターンでラースさんと直接会った時の様子からして、怒りを抑え込んでいる感じだとは思う。
「もし指示を受けていないのに勝手に動いていたりしたらどうなるんですか?」
「罰せられますね」
「……今回の件でも、ですか?」
「罰せられる……と言いたいところですが、おそらく無理でしょう。この辺りはもう説明しましたよね?」
「……はい。罰すれば派閥争いで内戦状態になりかねないから、ですよね……?」
「そうです。——急にどうしたんですか? 先ほどから、だいぶ脈絡がない質問ばかりですけど」
ここだ。
ここで、本当のことと嘘を混ぜた、最低限の信頼性のある嘘でシルヴィアさんを説き伏せて、必要な動きをしてくれるように誘導しないと。
嘘を吐くのは心苦しいけど、起こっていること自体は真実だからと自分に言い聞かせながら口を開く。
「……聖堂騎士団が侵略戦争に加担しているのは、風の聖獣の殺害が目的の可能性が、あるんじゃないかと……」
「は……?」
私の言葉を聞いた瞬間に、シルヴィアさんは唖然とした表情で固まった。
「え、っと……あはは、ミコトさん、こんな時にそんな、ご冗談を」
「……冗談じゃ、ないです。信じてください」
それだけ言って、乾いた笑いを浮かべるシルヴィアさんを真剣に見つめ返す。
しばらくそのまま見つめ合っていると、シルヴィアさんも真剣な面持ちに戻ってくれた。
「……どこでその情報を?」
「……さっき、シルヴィアさんを待っている時に、聖堂騎士団の鎧を着た騎士の人……深い緑色の髪と目をしている、左頬に治癒が遅れたような感じの小さな古傷がある人が、不安を漏らしていたのを見てしまったんです。……風の聖獣様を殺害するなんて本当にいいのかって、不安を……」
「……その特徴は、バネール騎士長……? ですが……」
「バネール騎士長……?」
「……バスティアン騎士団長からの信頼が厚い神聖派の騎士長の一人です」
私の呟きに、シルヴィアさんが端的に説明してくれた。
私の頭を射抜いた人、そんなにラースさんから信頼されていたのか。
……いや、でも、確かに他の騎士は引かせてラースさんだけがフレスベルグと戦ってたであろう状況だったんだから、そんな中で残されてるとしたら腕も人格も相当信頼されてる人じゃないとおかしいか。
「嘘ではないんですね?」
シルヴィアさんがかつてない程真剣な目で、重ねて確認してきた。
私もシルヴィアさんの目を見つめながら、一切の迷いなく頷く。
その瞬間、シルヴィアさんが立ち上がった。
「この情報を教皇猊下に奏上しに行きます。ついてきてください」
「は、はいっ!」
私の返事だけ確認したシルヴィアさんはすごい速さで移動し始めた。
私もその後について大急ぎで部屋を出た。