天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
話し合いはしばらく続いた。
猊下も枢機卿様も頭を悩ませていて、一つ案が出ては否決されるということの繰り返し。
私が発言した後に馬宿の方に確認に出していた使者も戻ってきたけど、既に現場にはバネール騎士長はおらず追加の目撃情報などもなかったという報告だった。
それを受けて私の報告に疑念を覚えた枢機卿様もいたみたいではある。
だけど報告では馬宿の従業員も周囲の店舗も皆慌ただしく状況確認に奔走していたから、騎士も見かけた気はするけど顔までははっきり見ていないという感じの証言が主だったらしい。
だから真偽不明。
情報は私の証言のみではあるけど否定もできないということで、最悪の事態を想定して対処について話し合いが続いていたのだ。
『ミコト。いつまでもここで話し合っているのを見ているだけだと……』
『うん……もう結構時間も経っちゃってるよね……』
トコヨの言うことは的を射ている。
せっかく早めにイリスさんに話を持ち込んだのに、ここで時間を浪費しすぎたら意味がない。
……口を挟まないと、ダメだよね。
そう心に決めて、意を決して口を開いた。
「あ、あのっ! 一つよろしいでしょうかっ!」
「み、ミコトさんっ」
私が声を出した瞬間に、シルヴィアさんが咎めるように声をかけてきた。
だけど、本来ダメなのはわかってて声をあげたんだ。
止まるつもりはない。
「っ——図に乗るなよ娘。情報をおぬししか把握していないのもあって室内に残してはいるが、枢機卿会議において、発言権があるのは教皇猊下と枢機卿だけだ」
グレンマルク枢機卿がそう吐き捨てた。
分かってる。
明らかに私とシルヴィアさんは万が一情報の再確認が必要だった場合に再度呼び出すのが手間だから残されてるだけ。
発言しているのがイリスさんと枢機卿様だけで、書記官や側付きの人たちがほぼ声を発していない時点で発言権が円卓に座っている方々しかないのは見ていれば分かる。
だけど、引くわけにもいかない。
「……いいでしょう。発言を許します」
「猊下っ!!」
私がイリスさんの目を見続けていたら、イリスさんは発言を促してくれた。
助かった。
大丈夫。時間を短縮するために、結論を急いでもらうために情報を足すだけなら……
「お許しいただき、ありがとうございます。私とフェルト司祭が聖都に向かっている際に、聖都ではない方向へ向かっているバスティアン騎士団長と聖堂騎士団に遭遇しています。おそらく、あまり時間はないのではないかと具申させていただきます」
「……バスティアンの側近を街中で見かけたのではなかったのか」
獣人の枢機卿様に言い返されて少し怯みそうになる。
だけど、動揺を悟られないように努めないと……
「確かに見かけました。ですが、バスティアン騎士団長と遭遇しているのも事実なのです」
「フェルト司祭。アメノ筆頭巫女の発言に相違はありませんか」
「事実でございます。私たちが乗らせていただいていた馬車が魔物の襲撃を受けた際に、偶然通りかかった聖堂騎士団が助力してくださっています。——教皇猊下、恐れ多くも私に一つ提案がございます」
「司祭、貴様までっ——」
シルヴィアさんが発言を許されたのと併せて提案の許しをいただこうとした瞬間に、枢機卿様方の表情が露骨に歪む。
それをイリスさんが静かに手で制すると、感情が読み取れない瞳をシルヴィアさんに向けながら口を開いた。
「聞きましょう。続けなさい、フェルト司祭。ただし、規律を乱すのです。もともと外部の者であったアメノ筆頭巫女と司祭の貴女では訳が違います。益のない提案であれば分かっていますね」
「もちろんです。——猊下、私が使者としてバスティアン騎士団長に勅命を持っていくというのはいかがでしょうか」
「勅命? その内容は」
「完全な撤退ではなく、彼らの真の目的を猊下が存じ上げていると暗に匂わせた上での一時停戦命令にするのはいかがかと存じます」
「……私が目的に気づいていることを暗に伝えることで、最後の一線だけは踏みとどまらせるということですね」
「はい」
「……確かに、第一手としては一考の価値はあります」
シルヴィアさんの案を聞いて、私からしたらリスクが大きすぎると感じてしまった。
だって、ラースさんは前にシルヴィアさんにも容赦なく攻撃していた。
シルヴィアさんが危ないんじゃないだろうか。
「あの、シルヴィアさん。それは流石に……殺されてしまう可能性があるのでは……?」
「その可能性もないわけではないですが、猊下の使者にそのようなことをすれば、背教者認定と征伐による内戦化に至るのはバスティアン騎士団長も分かるはずです。現状、教会内部で表立って戦争を仕掛けてきていない時点で、おそらくそこまではしないのではないかと。この使者を出す場合、バスティアン騎士団長に猊下の真意に思い至っていただく必要がある以上、猊下からの個人的な信頼が強いと思われている人物が使者となるのが最適解だと思います」
シルヴィアさんの理路整然としたその説明に思わず納得してしまいそうになる。
確かに、ラースさんは『猊下が、ここ最近フェルト司祭が帰ってこないと拗ねていらっしゃいましたよ』なんて言っていた。
個人的な関係も強く印象づいている人選ではある。
だけど、リスクは消えない……
私がそんな思考に嵌っていると、枢機卿様が声を挙げた。
「司祭の案を採用するにしても、強引な撤退をさせることが困難である以上、帝国軍に聖堂騎士団が帯同し続けている間は不慮の事故を警戒し続けなければならない。そのようなことは不可能ではないですか?」
「であれば、戦争終結、ないし停戦に向けて働きかけるしかなかろう」
「そうなると、聖堂騎士団だけでなく、バルグラント帝国、エルフ、双方に使者を出すということか? エルフへの使者など、現状でどう出すというのだ」
そこまで聞いたところで、思い出した。
『私がお母様に子供たちを連れて隠れているように言われて、子供たちで隠れていた場所でもあるんですけど……』というリーゼちゃんの言葉を。
「それでしたら、私にエルフへの使者を任せていただけないでしょうか」
「なに……?」
「エルフと風の聖獣様の保護の提案であれば、最低限対応していただける可能性はあるのではないでしょうか。私であれば、巫女服を着ているのもあって他の神官の方よりも警戒心を抑えられる可能性があると思います。接触可能な経路も、知っています」
『どうするつもりですか?』
『私は、リーゼちゃんが教えてくれた獣道を知ってる。奥深くの花畑まで行けるし、あの獣道と花畑を進んだ先に集落があることも知ってる。だから、直接リーゼちゃんとフレスベルグに会って信頼を得て通してもらう。……大丈夫、リーゼちゃん、いい子だったもん。いきなり攻撃とかはしてこないはず』
そう、私はエルフとの接触の糸口を持っている。
リーゼちゃんが教えてくれた獣道から花畑に向かう方法を取った時に、さらに進めば集落があると言っていた。
それに、花畑自体にリーゼちゃんとフレスベルグがいる可能性すらある。
私なら、接触できる。
それに、私は他の神官の方が出向くよりもリスクが小さいはず。
この巫女服は、教会からも、ライルさんたち一般市民の目線からも神官とはみなされていなかった。
人間ではあるから警戒はされるだろうけど、神官よりはましなはずだ。
接触可能な経路といったあたりでシルヴィアさんが疑問符を浮かべたような気配は感じたけど、ここはこれで押し通すべきだ。
「ふざけるなっ!! 先ほどから黙って聞いていればぺらぺらと!! 誰が今貴様の発言を許した!! 神官の位すら持たぬ者に使者としての役目など、任せられるはずがなかろうっ!!」
グレンマルク枢機卿が立ち上がってこちらを非難してくる。
この人の言うことはもっともだと思う。
私自身、司祭位の提案を拒否している立場だ。
教会の立場からしても、司祭位拒否の事情を知っている側からしても、枢機卿にとってこれはとても受け入れがたい提案だと思う。
だから、一縷の望みをかけてイリスさんの方に目を向ける。
彼女は、一人静かに考えこんでいた。
枢機卿様方は猊下が反応を示さない様子を見て怒鳴り散らす様に却下するように進言している。
少しして、イリスさんが顔をあげた。
「現状でのエルフと風の聖獣様の保護は、受け入れ先が教会では聞き入れてもらえない可能性が高いでしょう。保護する場所の当てはあるのですか」
それはそうだ。
とても妥当な指摘だと思う。
だけど、それは問題ない。
「世界樹の麓の集落であれば、集落側は受け入れることができると思います。受け入れ余地はあるはずですし、元締めの方も外から来た者に対して理解と共感を示してくださる方です。エルフの事情なども慮って対応してくださると思います」
「それに関しては私も賛同いたします。集落の元締めであるクロード様であれば、悪くないように取り計らってくださるかと」
私の言葉に、シルヴィアさんも賛同を示してくれた。
……シルヴィアさんがクロードさんの名前を興奮せずに言っているのとか、初めて聞いた気がする。
イリスさんは私とシルヴィアさんを静かに見つめると、小さくため息を吐いた。
「いいでしょう。フェルト司祭、アメノ筆頭巫女の申し出を受け入れ、両者には聖堂騎士団とエルフ、それぞれへの使者となってもらいます。バルグラント帝国に対しての使者はこちら側で——」
「猊下! 本気で仰っているのですかっ! このような神官の位すら持たぬ新参者を、どうして信頼できると!」
グレンマルク枢機卿の怒りが頂点に達しているのか、私を指さしながら捲し立てていた。
そんな枢機卿を無視して、イリスさんがこちらに目を向けた。
「アメノ筆頭巫女、こちらへ」
「へ……?」
「……ミコトさん、行ってください」
唐突な指示に固まってしまったところで、シルヴィアさんが早く行くように促してくる。
意味も分からずに猊下のすぐ近くに行くことしかできなかった。
目の前に辿り着いたところで、イリスさんは自分の懐に手を入れて何かを取り出した。
「アメノ筆頭巫女にこれを」
「……これはなんですか?」
胸元につけられた若葉のようなものが刻印された小さなブローチを見ながら思わず聞いてしまう。
するとイリスさんは小さく笑みを浮かべて言葉を続けた。
「これは私の側付きの証です。今この場で、アメノ筆頭巫女を私の側付きに任命いたします。私の直属の部下である彼女が、私の命を受けてエルフへの使者となる。なにか問題がありますか?」
「——聖獣様にもしものことがあれば、猊下の責任問題となりますよ」
イリスさんが枢機卿様方の方に目配せしながら言い切ると、怒りを無理やり抑え込んだような表情のグレンマルク枢機卿が念押しするように返してきた。
イリスさんがそれに微笑みだけで応えている。
「……いいでしょう。それでは、バルグラント帝国への対応は私たち枢機卿が行うということでよろしいですな」
「ええ。そちらに関しては万事任せます」
「承りました。——皆、行くぞ」
その一言を皮切りに、枢機卿様や後ろに控えていた人たちがゾロゾロと一斉に動き出した。
イリスさんも立ち上がると、私とシルヴィアさんについてくるように言って歩き始めた。
ついていって辿り着いたのは、イリスさんの執務室みたいだった。
イリスさんは入ってすぐに執務机に座ると、何かを書き始めている。
「ごめんなさいね。枢機卿、いつもはあんな人じゃないんだけど……」
「い、いえ。お怒りになるのも当然だと思いますので」
「それと、側付きにしてしまったことも。本当にごめんなさい」
枢機卿様の方はともかく側付きの方に関しては、私は理解しきれていない部分が多い気がした。
全く実感がわかない。
「ちゃんと側付きとして働いてもらうならともかく、ミコトに関しては特に何か義務があるわけでもないわ。今回の使者になるための方便だと思ってくれればそれでいい。私の部下として、私が立場を保証すると枢機卿に示しただけだから」
「え……いいんですか?」
「ミコトの人となりはさっきのお茶会で分かったから問題ないわ。私、人を見る目はあるのよ?」
それは、なんというか、そこまで信頼してくれて嬉しいというか、恐れ多いというか。
とにかく方針は決まって、ひとまずは切り抜けたってことだもんね。
それもこれもほとんどイリスさんのおかげで、残りはシルヴィアさんのおかげだ。
私が力になれていたかというと疑問が残る。
そんなことを考えていると、シルヴィアさんが口を開いた。
「ミコトさんに渡した側付きの証、私が猊下にお返ししたものですよね? いつも持ち歩いていたんですか?」
「……えぇ。シルヴィに何かあれば、すぐにでも手元に戻せるようにって思ってね。いつまでも未練がましく……手放せなかったのよ」
「姉様……」
「……まぁ、今回は意図せず役に立ってよかったわ」
……そんな大事なものを、一時的にでも私に渡してしまってよかったのだろうか。
今回の件が終わったらイリスさんにお返ししよう。
絶対になくしたりなんかしない。
「できた。はい、こっちはシルヴィ、こっちはミコト。聖堂騎士団とエルフ、それぞれに対する親書です。あとは……クロード殿には保護をお願いする親書を用意した方がいいわね」
「お願いします」
イリスさんから親書を丁寧に受け取る。
イリスさんはイリスさんでシルヴィアさんの肯定の返事を聞いて追加で親書を書き始めていた。
「……あの、イリスさん。枢機卿様方との話し合いはあれで終わってよかったんですか?」
「えぇ、大丈夫。枢機卿たち聖樹派の思想と行動は把握しているし、彼らの能力と民を想う心は信頼しているわ。まず間違いなく、2人の成功を前提として戦争被害拡大を防ぐために働きかけてくれるから」
イリスさんの言葉には一切淀みがなくて、本当に嘘はなさそうだった。
私に関することだと怒ってばかりだと感じてしまうけど、怒ってる内容も妥当なものだし、長年一緒にいるイリスさんがこういう評価をしているなら、きっとそういうことなんだろう。
それから少しして、完成した親書を渡された。
馬車もイリスさんが親書を用意している間に側付きのアンナさんが調整してくださったみたいで、すぐに聖都を出ることができる状態にしてくれていた。
「それじゃあ2人とも。十分に気を付けて行ってきて」
「はい。必ず成功させてきます」
「……それから、今度は落ち着いてお茶会が出来たら嬉しいわ」
「……! ぜひ!」
イリスさんの微笑みと魅力的なお誘いに私とシルヴィアさんも笑顔で応えて、大聖堂を後にした。