天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
歩き始めて一刻もかからないくらいで、集落に辿り着いた。
「ここが私たちの集落です。お母様は奥の方にいると思うのでついてきてください」
「はい」
かがり火で照らされている集落には丸太を積み上げて作られたログハウスのようなものがそこかしこにあって、建物が木の上に建てられているものすらある。
自然と一体となって暮らしているというような雰囲気が伝わってくる。
……だけど問題は、周囲のエルフの視線だろう。
「おい、あれ人間だろ」
「リーゼ様が連れてきたのか?」
「このような時に人間など招き入れて、どういうつもりだ」
近くを通るだけでも、そんな陰口が聞こえてくる。
エルフたちはほとんどが弓や杖、槍、剣で武装していて、今にも襲い掛かって来そうな剣呑な雰囲気すら感じられる。
リーゼちゃんとフレスベルグが一緒にいてくれているから我慢して陰口だけにとどめているというのがありありと伝わってきていた。
……これ、いきなりこの集落を目指していたら本当に危なかったかも。
こちらに反応を示していない人は忙しそうに走り回って防備を整えているようで、エルフと集落を守るために奔走しているといった感じだった。
そんな鋭い視線が突き刺さってくる集落の中を静かに移動して、玉座のようなものが見えてきた。
周囲には泉まで広がっていて、月明りやかがり火の揺らめきを反射して幻想的な雰囲気すら感じられる。
その玉座には、リーゼちゃんをそのまま大人にしたような女性が座って指示を出している様子が見て取れた。
「お母様!」
「リーゼ? なぜ戻ってきて……リーゼ。その者たちは何者ですか」
リーゼちゃんの声を聞いて驚いて丸くなっていた目が一瞬でスッと細められた。
女王様の鋭い視線が突き刺さる。
周囲に控えていたエルフからも人間がこの場に来ていることによる不安や咎めるような陰口がひそひそと聞こえてくる。
「教会からの使者の方々です。東の花畑にこの方々がやってきたので、私がお話を聞かせていただきました。そのうえで、私とフラン、2人が信用できると判断したためお連れしました」
「——教会?」
「教会からの使者だと!?」
「降伏勧告でもしに来たのか!! 我々は屈しはせんぞ!!」
リーゼちゃんの言葉を聞いた瞬間に、周囲のエルフがざわめき、武器を持っている者が構えるのが見える。
女王様は静かに呟き私たちを見定めるように見据えているけど、周囲の一触即発の雰囲気が問題だろう。
確認するために少しだけ後ろを見ると、シスイも構えはしないまでも警戒して剣に手をかけそうになってしまっている。
……こうするしかないかな。
そう思って、私は手に持っていた杖を足元に置いた。
「シスイ、貴方も剣を地面に置いてください。他に武器になるものがあれば、それらも全て置くのです」
「ミコト様……? しかし……」
「いいから、置いてください」
「……分かりました」
シスイが剣と小剣を地面に置いたのを確認して、跪いた。
私が跪くと同時に、シスイが後ろで同じようにしてくれているのを感じる。
「……いいでしょう。私がエルフの現女王、セレーヌ・リュクレース・エル・フェリークです。この場でよいのであれば話を聞きます。要件を述べなさい」
「寛大なご判断に感謝いたします。私は、教会のイリス・エストルンド教皇猊下の命により、使者として参りました。ミコト・アメノと申します。猊下から、女王陛下への親書をお預かりしています」
顔を伏せたまま持っていた親書を差し出す。
リーゼちゃんがその親書を受け取ってくれたみたいで、そのまま女王様のところまでもっていってくれた。
そして、周囲のざわめきも落ち着いてきて、沈黙が訪れた。
何の反応もない。
多分親書を読んでくださっている。
そんな痛いとすら感じる沈黙が少し続いて、頭上から女王様の声が聞こえた。
「面を上げなさい。——この親書はつまり、森を諦めて貴女についてこいと、そういうことですか?」
「はい。今回の件で被害が拡大してしまうのは我々の本意ではありません。保護の準備を急ぎ進めています。皆様さえよろしければ、是非に」
端的な確認をしてきた女王様に、私も端的に返す。
顔をあげて見えたのは、女王様の眉間にしわが寄った渋い表情だった。
「へ、陛下? どのようなことが書かれていたのですか?」
「……この親書の内容を要約すると、今回の教会の介入は聖堂騎士団の独断専行であり、教会上層部としては戦争への介入など容認していない。即刻停戦するように騎士団にも使者を出している。今回の非は教会にもあるため、エルフと聖獣の保護のために使者を遣わす。教会が責任を持って保護するが、教会の攻撃を受けてしまったエルフの心を慮り、保護先は聖都ではない場所にする。などといったことが書かれています」
「それは……」
「独断専行だと? 何を根拠にそんなことを信じるというのだ!?」
「皆静まりなさい。確認したいことが数多くあります」
説明を受けて再びざわめきだっていた周囲に、女王様が一声かけて黙らせた。
そのまま鋭い視線を私に向けてきている。
「保護先は聖都ではないと書かれていましたね。候補地はどちらを想定しているのですか」
「世界樹の麓に集落があります。そちらを想定して準備を進めています。元締め殿は外部の者にも寛容で気を配ってくださるため、エルフにも悪くないように取り計らってくださるでしょう。かくいう私も、魔物の襲撃で故郷が滅びてしまい、その集落に住まわせてもらっています」
「つまり、受け入れ自体のノウハウはあると」
「はい。少なくとも、故郷や居場所を失った者を受け入れる体制はあります」
「……その集落は、教会の管理下にあるのですか」
「いいえ。教会はありますが、集落そのものを治めているのは元締め殿です。教会の命令で動く場所ではありません」
そう答えると、女王様の目がわずかに細められた。
「教会が、教会の管理下にない土地への避難を勧めていると?」
「はい。今回の保護先について、猊下は真っ先に聖都を選択肢から消し、受け入れていただける可能性がある保護先を検討いたしました。教会の支配下に置くためではなく、皆様の心情に配慮したうえでの保護先を選定なされています」
私の言葉に、周囲のエルフたちがまた小さくざわめいた。
信用できるのか。
そんな声が、はっきりとは聞こえないのに伝わってくる。
「その元締めとやらは、エルフを受け入れると明言しているのですか」
「……申し訳ありません。現時点で、元締め殿ご本人から直接その言葉をいただいたわけではありません」
「では、教会の独断ですか」
静かな声だった。
けれど、周囲の空気が一段冷たくなった気がした。
「猊下は元締め殿に対しても、同様に使者を出されています。加えて、私の知る元締め殿は、行く場所のない者を見捨てる方ではありません。私たちも、故郷を失った身で住居を与えていただきました。教会とは異なる故郷での信仰形態を守る形での支援をいただいています。ですので、エルフに関しても受け入れていただけると考えています。ですが、細かな条件や規模について、私の口からすべてを確約することはできません」
「正直ですね」
褒められたのか、呆れられたのか。
判断できない声音だった。
女王様は、こちらから視線を外さないまま続ける。
「その集落には、どのような者たちが住んでいるのですか」
「人間が多いです。ですが、獣人などの人間以外の方もいます。人間であっても、私たちのように外から来て住まわせていただいている者も少なくありません」
「人間が多い場所に、森で暮らしてきたエルフを移せと」
「……はい」
否定できなかった。
その言葉は、あまりにも正しい。
「ここと同じ暮らしができるとは確約できません。ただ、世界樹の麓の集落ならば、住居を用意していただける可能性があります。食料や治療についても、教会と集落に協力を求めることはできるはずです」
「可能性、ですか」
「はい。私に集落の土地や物資を勝手に差配する権限はありません。元締め殿にお願いし、猊下にも支援を求めることになります」
「随分と頼りない話ですね」
「……申し訳ありません」
私がそう答えると、周囲から押し殺したようなざわめきが広がった。
だけど、ここで見栄を張ってはいけない。
「ですが、私が確約できないことまで確約してしまえば、それこそ皆様を騙すことになってしまいます。私がこの場で申し上げられるのは、教会が保護の意思を示していること。猊下が聖都以外の保護先を選んでくださっていること。そして、私自身も元締め殿に皆様の受け入れをお願いし、可能な限りの配慮をするつもりでいること。それだけです」
女王様は、少しの間黙っていた。
その沈黙が痛い。
「では、移動方法は」
「獣道を使えば、森を抜けられる可能性があります。私たちも、その道を使ってここまで来ました」
「それでは足りませんね」
「……はい。おそらく、その通りではないかと」
喉が詰まりそうになった。
獣道からの潜入は、私が獣道付近まで教会の馬車で近づいた上で少人数での行動だったから、帝国軍に見つからなかった、あるいは無視してもらえただけの可能性が高い。
同じ方法で全員で脱出するとなると話が変わる。
でも、ここも曖昧にするわけにはいかなかった。
女王様は黙っていた。
その沈黙が痛い。
「補償については」
「補償、ですか」
「森を捨てろと言うのでしょう。住み慣れた故郷を、我らが聖獣と共に守ってきた森を。教会にも責のある所業の結果として。ならば、教会は何をもって償うのですか」
その問いに、私はすぐには答えられなかった。
住居。
食料。
治療。
生活を立て直すための物資。
言葉にできるものはいくつも思い浮かぶ。
でも、それらのどれも、森を失うことの代わりになるとは思えなかった。
「住居、食料、治療、生活を立て直すための物資。教会が非を認めるのであれば、それらの支援はあって然るべきだと思います。私も、猊下と元締め殿にそうお伝えします。ですが、森そのものの代わりになるものを用意できるとは、明言できません」
「言葉を飾らないのですね」
「……言葉を飾ることができるほど、使者という立場に慣れていませんので…」
女王様の表情は変わらない。
再び短い沈黙が落ちた。
先ほどよりも重い沈黙だった。
答えられたことは多くない。
むしろ、答えられないことばかりだった。
保護先も、移動方法も、補償も、確かな答えを示せていない。
女王様から見れば、あまりにも頼りない使者だろう。
それでも、嘘だけはつかなかった。
ここでできることは、それくらいしかなかった。
「……時間もありませんし、これで最後にしましょうか。信頼に値する証拠は何かあるのですか? 我々が使者殿や教会自体を信頼できると判断できるような証拠は」
「……申し訳ありません。その親書以上の証拠を、示すことができません」
答えて口を噤む。
女王様が信頼できないと判断しているのは明らかだった。
だけど、追加で示せるものなんてない。
イリスさんの親書が一番の物証だけど、それだけだと信じられないと仰っているに等しい質問だった。
その質問が終わったところで、沈黙が訪れた。
女王様も対応に困っているのがありありと伝わってくる。
少しして女王様が口を開こうかという雰囲気を感じた瞬間、私の近くにいたリーゼちゃんの方から声が張り上げられた。
「お母様、あの軍勢を見たでしょう!? 教会の騎士団がいなくなったとしても、勝てるとは思えません!! 皆死んじゃいます!!」
「リーゼ」
「お母様、逃げましょう! せっかくこうして保護すると言ってくださっているんですから!! フランも護衛の方は分からないけど、ミコトさんは信頼できるって言ってくれてるんですよ!!」
悲鳴のような訴えを、女王様は悲しそうに眉を顰めながら宥めようとしている。
リーゼちゃんが言いたいことを言い切ったと判断したあたりで、女王様が重い口を開いた。
「リーゼ、既にそう簡単にいくような状況ではなくなってしまっているのです」
「な、なんでですか。こう言ってくださっているんですから、ついて行けばいいだけで——」
「理由はいくつかあります。まず、既に軍勢が森を囲んでいる状態です。先ほど、完全に包囲されたと報告を受けています。使者殿のように少人数での潜入ならまだしも、全員での脱出などをすれば見つけてくれと言っているようなものです。次に、リーゼ、貴女は同胞の気持ちをきちんと考えていますか。この状況に陥り、人間が信用できなくなってしまった者も数多くいます。先ほどの様子を見ていればわかるでしょう。そして、そもそも聖堂騎士団が敵方にいる現状では、いくら説明されても教会の者の言うことを信用しきれない者が多い」
……この感じからして、拒否されていると受け取るのが正しいのだろうか。
こちらに向けた言葉ではないから確定というわけではないけど、それならそれで対応を考えないと……
「つまり、集団行動自体が難しいのです。いくらフレスベルグの言葉でも、人間や教会を信用しきれずにこの森に残る者が多数発生するでしょう。現に、私たちは既に全員で森を脱出する案も話し合いましたが、信用できる脱出先も、勝算のある脱出方法もないということで、こうして徹底抗戦の構えをとっています。フレスベルグの言葉も根拠が薄弱で、それだけで皆に信用しろと説くのは難しいと言わざるを得ません」
「そ、そんな……」
理詰めの説明に、リーゼちゃんは声を絞り出しながら周囲を見渡している。
……私から見ても、敵意を見せていない私たちにすらも憎悪の視線を向けてきている人たちが多数いる。
女王様の言っていることは事実だろう。
そんなタイミングで、玉座の前に槍を持ったエルフが駆け込んできた。
「報告!! バルグラント帝国軍に動きあり!! 進軍を開始しています!!」
「……聖堂騎士団に動きは見られましたか」
「そちらに関しては未だ報告はありません!」
「分かりました。前線には応戦するように伝え、持ち場に戻りなさい。私たちもすぐに向かいます」
「はっ!!」
伝令にきたエルフは、その指示を受けて即座に戻っていった。
……ついに動き出してしまった。
聖堂騎士団が動いたなんていう最悪の情報がないだけマシだけど……これだと……
私がそう考えていると、伝令を見送った女王様は立ち上がって私の方に視線を向けた。
「使者殿。エルフと聖獣を保護していただけるという言葉に間違いはありませんか」
「はい。必ず」
「お、お母様! それじゃあ!」
……リーゼちゃんは期待しちゃってるけど、多分違うと思う。
リーゼちゃんが望む全員での避難なら、後詰めするなんて言わない。言うはずがない。
「使者殿、リーゼと子供たち、それに聖獣を連れて、今すぐに脱出してください」
「……承りました」
「お母様!?」
子供だけでも一緒に脱出させて保護して欲しいという要求。
さっき女王様が言っていたエルフの状況を考えれば、相当無理をして、できる範囲でこちらを信頼して作戦に組み込んでくれたのだと言うのが分かってしまった。
「お母様! お考え直しください! それでは——」
「大人数での脱出は困難だと言ったばかりでしょう。脱出を悟らせずに帝国軍の足止めをする者が必要になります。その役目は、私と大人たちが引き受けます。エルフの未来を担う子供たちだけでも脱出するのです」
「ですが……でも……」
リーゼちゃんは、涙を流してしまっていた。
皆で脱出して生きたいという希望は、痛いほどわかる。
私だって、故郷でそうできたらどれだけ良かったか……
だけど、状況が状況だ。
できる範囲で最善を目指すしかない。
「リーゼ、よく聞きなさい。貴女は王女なのです。私亡き後にエルフを導くのは貴女なのですよ、リーゼ。王族たるもの、涙は見せるものではないと教えたでしょう。何かあった時に女王が泣いていてどうするのですか」
「で、でも、それは……」
「先を見据えなさい。次期女王である貴女が連れてきた使者に、私はエルフの未来を賭けることにしたのです。貴女も、王族としての責務を果たしなさい」
「お、お母様……私は……」
女王様が歩き出し、私のすぐ横を通る瞬間に再び口を開いた。
「使者殿、避難先は世界樹の麓でよかったですね」
「はい」
「分かりました。万が一生き残る者がいるようであれば、世界樹に向かうように指示しておきます。皆、行きますよ」
女王様はそこまでいうと、控えていた人たちを引き連れて歩き出した。
私も立ちあがろうとした瞬間、リーゼちゃんが弾かれたように立ち上がって、歩き続けている女王様の方を振り返った。
「お母様っ! 子供は……エルフの未来は……私が守ってみせます! だからっ、だからっ……!」
リーゼちゃんがそこまで言うと、女王様……セレーヌさんは小さく振り返ってリーゼちゃんに微笑みかけた。
そのあとは、エルフの大人たちは全員走って前線に向かってしまった。
「リーゼちゃん、行きましょう」
「……はい。よろしく、お願いします」
リーゼちゃんに声をかけると、涙を流しながらもそう返してくれた。
セレーヌさんたちが作ってくれた時間を無駄にしない。
そう心に決めて、私たちも動き出した。