天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
エルフの子供5人とリーゼちゃん、フレスベルグ、私、シスイで移動していく。
最前列をシスイと私、最後尾をリーゼちゃんと小型化したフレスベルグ、その間に子供たちといった感じだ。
子供たちとは言ってもエルフで子供扱いされる期間は結構長いみたいで、リーゼちゃんよりも全然年上の人もいる。
実際、脱出するときに私から見て子供に見えない人もいたから思わず聞いてしまったくらいだ。
そしたら——
「ん? あぁ、私は80歳よ。貴方たち人間と違って、エルフは100歳で成人なのよ」
なんて言われてしまった。
……長すぎる……むしろ100歳で成人なのに子供がリーゼちゃんを入れて6人しかいない事実に驚いてしまう。
この中では年長の80歳の人も、見た目が私よりも少し年上のお姉さんにしか見えない。
そんな事情もあってリーゼちゃんよりも若い子は1人しかいなかった。
皆聞き分けがよくて、世界樹の麓にある集落まで避難するという説明にすぐに納得を示してくれた。
年長のお姉さんはむしろ14歳のリーゼちゃんの精神状態を心配して最後尾の役目を変わろうとしたりしていたけど、リーゼちゃんはセレーヌさんに託された責任感から固辞し続けていた。
フレスベルグもいるから、私としてもそっちの方が助かりはする。
エルフたちは例外なく最低限はフレスベルグとコミュニケーションを取れるらしいけど、ハイエルフほどではないらしい。
だから、索敵役として力を貸してくれているフレスベルグとの連携はリーゼちゃんが一番なのだ。
前方の索敵はトコヨと私、後方の索敵はフレスベルグとリーゼちゃん。
魔物が来たら保護対象者はフレスベルグに守ってもらって、私とシスイとリーゼちゃんで対処。
そういう流れになっていた。
『トコヨのおかげで本当に助かってるよ。ありがとね』
『いえいえ、私はこれくらいしか力になれませんし。セレーヌへの対応だって、私の助言がいらないくらいミコトはしっかりできてましたしね。武装解除しだしたときは肝を冷やしましたけど、あれが最適解だったと思いますし』
『あ、あはは。心配させてごめんね』
『全くです』
腕を組んでわざとらしく怒っていると演出してくるトコヨに思わず笑ってしまいそうになる。
『ん?……あぁ、ミコト、右手前方に魔物です。まだ見つかってないのでちゃちゃっと仕留めちゃいましょう』
『うん、ありがと』
「シスイ、右手前方に魔物がいます。まだ気づかれていません。頼めますか」
「もちろんです」
私が声をかけると、シスイはすぐさまそちらを注視し、魔物を確認した瞬間に弾かれるように駆け出して行った。
無事に森を抜けることができた。
一応、周囲を確認してから森から出たけど、すごく遠くに野営地っぽい光が見えるだけで、こっち側にはあまり帝国軍の戦力はないみたいだった。
東側、主力が攻めているのとは正反対の方向から森を抜けているのが効いていると思う。
とはいえ、野営地があるということは最低限の兵士はいる。
気づかれないように光源となっている光弾の出力を絞って進み続けた。
そんな移動は間違いなく成功していたと思う。
駐屯地と思われる場所は見えなくなるほど遠くなった。
星の光と月明りが照らす草原は、さっきまでの森の暗さとは対照的にすごくきれいだった。
そんな移動を続けていたところで、前方に人影が見えてきた。
……見覚えがある人影だ。
そういえば、この人がいた。
フードの女が、静かにこちらを見据えて草原に直立していた。
「……通していただけませんか」
「——最優先殺害目標の同行を確認。了承できない」
……また、殺害目標とか言っている。
前はリーゼちゃんとフレスベルグを指してそう言っていたはず。
そもそも、この人の所属はどこなんだ。
「……一応聞きますが、貴方、どこの所属ですか。聖堂騎士団に協力しているのであれば、私たちは教皇猊下の命を受けてエルフの救助に当たっている最中です。引いてください」
「不承。無益な会話を繰り返し時間稼ぎをしていると判断。殺害対象の排除を優先する」
「ミコト様っ!!」
剣を手に取り一気に距離を詰めてきたフードの女に対して、シスイが応戦してくれた。
私は一歩下がってリーゼちゃんに指示を出すために声を張り上げる。
「リーゼちゃん!! この人の狙いは貴女とフレスベルグ!! フレスベルグに子供たちと一緒に守ってもらって!! フレスベルグにも、戦闘に参加しなくていいからエルフの子供たちを守るように伝えて!!」
「わ、私までですか!? どうして——いえ、隠れてるだけなんて、承諾できませんっ!! フランっ!! 私はいいです! 皆を守って!!」
「リーゼちゃん!?」
リーゼちゃんの言葉と同時に、フレスベルグがもとの大きさに戻ってエルフの子供たちを翼で庇うように匿い始めた。
リーゼちゃんはそこに入らずに私の隣まで走ってきてしまった。
「守ってもらうだけなんて、嫌です! 私が皆を守らないとダメなんです!!」
「っ、リーゼちゃん、セレーヌさんが言ってたのはそういうことじゃ」
『ミコト! 今はそんなことで言い争いしてる暇はないですよ! シスイが押されてます!! 早く援護してあげてください!』
トコヨの声を聞いてシスイの方に目を向けると、フードの女の剣技に圧倒されて、押され始めていた。
まずい。
そう認識してすぐに、光弾を複数作って狙いを定める。
前回均衡を保っていたのは、フードの女が時間稼ぎしていたのと、ライルさんとシスイの2人に対応していたからだったということなんだろう。
シスイに万が一が無いように援護しないと。
だけど、多分私の光弾だけじゃ心もとない。
そうなると……仕方ないか。
「リーゼちゃん、シスイを援護します。力を貸してくれる?」
「はいっ!!」
私が光弾を飛ばすと同時に、リーゼちゃんの足元に緑色の輝く魔術陣が展開される。
彼女の風魔術の実力はセシルさんが認めるほどだった。
それなら、協力してどうにかした方がいい。
フードの女は前回したみたいな光の玉を上空に打ち出したりをしていない。
つまり、増援を呼んでいない。
なんとかなる。してみせる。
そう言い聞かせながら、シスイが射線から外れた瞬間に追加で光弾を打ち込んだ。
「風よ、収束せよ……天駆ける翼よ、鋭き螺旋となりて敵を撃て」
詠唱が聞こえてそっちを見ると、リーゼちゃんの目の前に詠唱が終わって射出待機状態になっているらせん状に渦巻く風の槍が見えた。
……このままシスイの背後に固まっている方が安全なのは分かる。
だけど、このままだと射線管理の問題でどうしても援護がまばらになる。
そう思ってわざとシスイの背後から出て、側面に回る。
私が光弾でフードの女を乱せば、リーゼちゃんの魔術も当てやすいはず。
「行けっ!!」
三発の光弾を三方向から飛ばす。
私の聖魔法の攻撃力なんてたかが知れてる。
気を散らし、あわよくばフードの女が体勢を崩す。
そこまでできれば、シスイの剣とリーゼちゃんの魔術が打開につながる可能性はある。
特にリーゼちゃんの魔術は、あの時のただの風の刃だけでも大型の魔物の首を落とせていた。
聖魔法と同じように詠唱で効果が上がるのだとしたら、無詠唱でやっていたあの時の風の刃としっかり詠唱していた風の槍は、風の槍の方が威力が高いはず。
私の意図通り若干視線を私の方に向けて、剣で光弾をかき消しにいったフードの女の隙を突いてシスイが切りかかる。
当然これにはフードの女も対応できている。
すぐに剣を引き戻して剣と剣がぶつかる金属音が辺りに響き渡った。
「貫け! エアロランス!!」
待機状態だったリーゼちゃんの風の槍が勢いよく射出される。
若干隙ができていたフードの女にまっすぐ向かっていくそれは、当たりどころが悪ければ死ぬ可能性すらある術なのではないかと感じさせるほどだった。
それなのに、フードの隙間から見えた女の顔は、一切変わっていなかった。
迫る風の槍から目線を逸らさず、焦るどころか瞬きすらしていないようにすら見えるその無機質な表情。
嫌な予感がした。
それを感じてすぐに、光弾を可能な限り作り出す。
5個の光弾を待機させたのと同じタイミングで、フードの女が目で追えないような速さで動いて、直撃間近だった風の槍をかき消していた。
思わず、目を疑ってしまう。
だけど、女の手に見えた槍で概ね状況は理解できた。
剣だけでなく、どこからともなく槍を取り出して、その槍でかき消した。
それを認識してすぐに、光弾を射出する。
「シスイ!!」
女の視線がシスイを捉えていたのが見えた。
唐突に表れた2本目の武器。
シスイの意識外からの攻撃になってしまうそれを防ぐために、光弾でかく乱してシスイが距離を取る隙を作る。
シスイも意図は読み取ってくれたみたいで、すぐさま女から距離を取った。
この状況で離れた位置にいると危ないから、私もシスイとリーゼちゃんの近くまで戻る。
シスイが剣を構え直す。
フードの女は、右手に剣、左手に槍を持ったまま、こちらを見据えていた。
前回は剣だけだったはずだ。
それでもライルさんとシスイの二人がかりで、ようやく押し込めるかどうかという相手だった。
そのうえ、あの時は私たち後衛の射線を潰すように立ち回られて、なかなか術を撃ち込むこともできなかった。
それなのに、今はライルさんもセシルさんもシルヴィアさんもいない。
状況は最悪と言ってよかった。
「シスイ……私とリーゼちゃんで援護します。辛いとは思いますけど、頼めますか」
「……もちろんです。ミコト様たちは、前に出すぎないでください」
そう返してくれるシスイの声は、いつも通り落ち着いていた。
だけど、剣を握る手に力が入っているのが見えた。
それは多分、気合いとかではない。
今の相手がどれだけ危険なのか、シスイも分かっているのだ。
「リーゼちゃん、シスイのサポートをしつつ、隙があれば私たちでも崩しにかかりましょう」
「は、はいっ」
リーゼちゃんが頷いた直後、フードの女が踏み込んできた。
速い。
月明かりの下で白い外套が揺れたと思った瞬間には、もうシスイの目の前にいる。
剣と剣がぶつかる音が響く。
シスイは受けた。受けられていた。
剣だけなら、押されてもまだ崩されてはいない。
そう思った直後、女の左手に握られた槍が、剣の影から滑るように突き出された。
「っ……!」
シスイが身を引く。
だけど、完全には間に合っていない。
槍の穂先がシスイの肩口を掠め、服が裂けた。
血が散ったわけではない。
でも、あと少し深ければ、肩を貫かれていた。
「光弾!」
反射的に光弾を撃つ。
狙ったのは女の身体じゃない。槍を握る手元。
女は槍を引くのではなく、手首だけを返して柄で光弾を弾いた。
だけど、その分だけ槍の軌道が逸れる。
光弾だと、どうやっても致命打にはならない。
なら、少しでも攻撃を阻害し、シスイに回避や反撃の猶予を作る。
私にできるのは、それだけだった。
シスイはその隙に一歩下がった。
女は止まらない。剣を振るう。
シスイが受ける。
受けた瞬間に、槍が別の角度から突き込まれる。
防いだと思ったところに次が来る。
視線を剣に持っていかれた瞬間、槍が死角から入ってくる。
シスイは何度も反応していた。
それでも、間に合っていない。
間に合わせるために、私が光弾を撃つ。
「風よ!」
リーゼちゃんの短い詠唱と同時に、小さな風の刃が女の足元へ走った。
攻撃というより、踏み込みを妨げるための風。
——それでも、女の動きは止まらなかった。
剣。槍。剣。槍。
時々、どちらが本命なのかすら分からない動きが混ざる。
シスイが剣を受け止めた瞬間、槍が喉元を狙う。
私が光弾を撃てば、女は最小限の動きでそれを払う。
リーゼちゃんの風が踏み込みをずらせば、女は即座に足運びを変える。
風刃を飛ばしても、剣か槍でかき消される。
まるで、こちらの援護まで含めて処理されているみたいだった。
倒せない。押し通せない。
『ミコト、焦らないでください。ちゃんと見極めないと、こっちがやられます』
『うん……分かってる』
分かっている。
だけど、分かっているだけではどうにもならない。
光弾を作り続ける。
撃つ。かき消される。
もう一度作る。
シスイが崩れそうになれば撃つ。
リーゼちゃんが狙われそうになれば撃つ。
フレスベルグの方へ視線が向けば撃つ。
どれだけ繰り返しても、決定打にならない。
それどころか、こちらの手札を少しずつ削られている感覚すらあった。
シスイの息が荒くなっている。
リーゼちゃんの額にも汗が滲んでいる。
私も、浮かべる光弾の数を維持するだけで頭が重くなってきた。
戦況は膠着している。確かに、そう見えるかもしれない。
だけど、本当は違う。
私たちは、崩れないように支え合っているだけだ。
誰か一人でも間違えたら、すぐに終わる。
じわじわと削られていく。
どうすればいい……どうすれば……
そこまで考えたところで、脳裏に一つの考えが過った。
『トコヨ……今回あの女が光弾を空に飛ばさないのって、多分増援が望めないってことだよね』
『……恐らく。シルヴィアがうまくやってくれていれば聖堂騎士団は動けなくなるはずです。帝国軍と連携できてないなら、増援は望めないのではないかと』
『それなら……!!』
シスイがフードの女と距離を取って最低限の安全を確保した瞬間に空を見上げる。
思い浮かぶのは、私たちが死ぬ原因にもなったあの”増援を呼ぶ光弾”。
フードの女は増援を呼べない。戦況の硬直はこのせいだ。
戦況の硬直を打破する方法を、私はフードの女自身に見せつけられたじゃないか。
だって、増援を呼べるのは、敵だけじゃない。
今の場所なら、多分上空に打ち上げれば合流地点にも見えるはずだ。
この女が聖堂騎士団を呼んでいない時点で、騎士団は動けない。
前の時は同じことをされても帝国軍は来なかったから、すぐに駆け付けるというリスクは薄い。
だから……!!
「オリツキ様……! お力をお貸しください……!」
『……!! そういうことですか!!』
一際強く祈って、時間をかけて巨大な光弾を生成する。
このやり方だと速度は出ない。
生成にも時間がかかるし、コントロールするにしても容易じゃない。
だけど、空高く打ち上げて弾けさせるだけなら……!
「光弾っ!!」
可能な限り上空まで、一直線に光弾を飛ばした。
少し時間をかけて飛ばしたそれは、上空で弾けた。
それを確認してフードの女の方に視線を戻すと、やろうとしていることに気付いたのかこっちに向かおうとしていたらしいフードの女を、シスイが身体を張って防いでくれているところだった。
それから、どれだけそんな応酬を繰り返していたか分からない。
目の前には、月を背後に背負い、フードから覗く冷たい視線で見下すように見つめてくる女が剣と槍を両手に携えて立っている。
強い。隙が全然無い。
さっきの光が見えてないなら、隙を見計らってまた飛ばさないといけない。
だけど、明らかに私に対する警戒心が上がっていて、少なくともこの女を無視してまた同じことをするなんていうのが難しいのは言うまでもなかった。
そう頭を悩ませていた時、女の背後、まだだいぶ距離はあるけど見覚えのある赤い髪が見えた。
馬車の御者をしているらしいライルさんと、その馬車に微かに見える青い髪。
これ以上ない程心強い味方だった。
むしろ、セシルさんがいるなんていう嬉しい誤算すらあるくらい。
フードの女はまだ気づいていない。
気づかせずに、一気に決める。
「シスイ!!」
「はいっ!!」
光弾を作り出す。
シスイも女に向かって駆け出した。
「——風よ……」
リーゼちゃんは困惑しているみたいだけど、私たちの意図を最低限読み取って魔術を起動してくれた。
剣戟による激しい打ち合いの音が響く。
剣と槍を巧みに使いこなすフードの女がシスイを圧倒しないように、光弾で補助する。
リーゼちゃんも小規模な風の術で援護してくれている。
そのおかげもあって、馬車の音が意識しないでも聞こえるくらいのタイミングになって、ようやくフードの女は後ろを振り返った。
その瞬間、近くまで一気に来たライルさんが馬車から飛び降りてフードの女に切りかかった。
「おらぁっ!!!」
「はっ!? おい馬鹿御者が飛び降りんな!! あぁもう!!」
暴走に近い状態になった馬車からセシルさんが飛び降りているのが見えた。
「っ……たぁ……あのヘタレ、覚えとけよ……冷気収束……気流制御……電位上昇……貫け——プラズマランス!」
痛そうに顔を歪めているセシルさんは、倒れこんだまま詠唱を始めると一気に術を完成させた。
雷撃が展開されるのを視認しながら、セシルさんに駆け寄る。
「セシルさん!! 大丈夫ですか!? 今治しますから……穏やかなる癒しの光りよ、かの者を癒したまえ——」
「——っぅ……ありがと、ミコト」
「い、いえ、それはいいんですけど……大丈夫ですか?」
私が治癒を使って外傷は塞いだ。
痛みが引いてるなら大丈夫なはず。
セシルさんは頷いてくれたからとりあえず大丈夫。
あとは落ち着いてからだ。
そう思ってフードの女の方に再び目を向けると、女は私たち全員から距離をとっていた。
「——敵の増援を確認。脅威度を上方修正。こちらの増援は見込めず。……任務達成は不可能と断定。撤退が推奨される状況と判断」
女は私たち全員を順に見据え、静かにそう呟くと外套のフードを深くかぶり直して反転した。
女は夜の暗闇の中に溶けるように消えていった。
や、やった……?
そう認識すると同時に、一気に肩の力が抜けて、全身の力が抜けてへたり込んでしまった。
「み、ミコト様!?」
「だ、大丈夫です。安心してちょっと腰が抜けちゃっただけで……」
「本当ですか……?」
シスイに笑顔を返して辺りを見渡す。
セシルさんがライルさんを魔術で拘束して怒ってるのとか、リーゼちゃんがフレスベルグや他のエルフの子供たちの方に駆け寄って怪我がないかとかを確認しているのが見える。
フレスベルグの近くでなぜか風に囲まれて動けなくなっている馬車とかの不思議なものも見える。
『なんとかなったん、だよね……?』
『えぇ! なんとかなったんですよ! ミコトが頑張ったからです! やりましたね!』
『……うん!』
何回やり直しても解決の糸口すら見えなかったことが、どうにかなったんだ。
皆の警戒が解けている様子を見て、トコヨの言葉を聞いて、それを実感して、思わず気の抜けた笑みがこぼれてしまった。