天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
EX2-1 中立派
————
一連の聴取と報告を終えたシルヴィアは、イリスの執務室に呼ばれていた。
現側付きのアンナは、イリスの指示で執務室の前に待機している。
扉が閉じられた今、執務室の中にいるのはイリスとシルヴィアの二人だけだった。
「まず、こちらをお返しいたします」
シルヴィアは神官服の内側へ手を入れ、小さなブローチを取り出した。
世界樹の若葉が刻まれた、教皇の側付きであることを示す証。
かつてシルヴィアが身につけていたものだった。
「ミコトさんからお預かりしました。必ず姉様にお返しして欲しいと」
「はい。確かに受け取りました」
イリスは差し出された証を受け取り、しばらく懐かしむように見つめた。
ミコトへ渡したのは、エルフへの使者としての立場を保証するための一時的な措置でしかない。
役目を終えた以上、返されるのは当然だった。
それでも、再び手の中へ戻ってきた証を見つめるイリスの表情には、僅かな安堵が浮かんでいた。
「ミコトさん、とても気にしていましたよ。絶対になくしてはいけないものを預かってしまったと」
「あの子らしいわね」
イリスは小さく笑い、側付きの証を執務机の端へ丁寧に置いた。
「では、次の話をしましょう」
それまでの柔らかな表情が消える。
教会を統べる教皇としての顔へ切り替わったイリスを見て、シルヴィアも背筋を伸ばした。
「シルヴィア・フェルト司祭。貴女を司教へ昇進させます」
「……私を、司教にですか?」
「ええ。これは相談ではなく、決定事項よ。既に辞令の準備も進めさせています」
あまりにもはっきりと言い切られ、シルヴィアは目を瞬いた。
司教以上への昇進に必要となる聖心の証は、既に所持している。
資格がないわけではない。
それでも、助祭から司祭へ昇進してから、まだ長い年月が経ったわけではなかった。
「今回のエルフと聖獣保護における働きは、昇進理由として十分です。危険を承知で聖堂騎士団の駐屯地へ赴き、私の勅命をラースへ届けた。その結果としてフレスベルグ様の御身とエルフの方々を守り、戦争被害の拡大を防ぐ一助となったわ」
「ですが、私は与えられた役目を果たしただけです」
「それを確実に果たせる者が、教会にどれほどいると思っているの?」
イリスは呆れたように問い返した。
「聖心の証も持っている以上、資格の面でも問題はありません。ですが、今回の功績は昇進の切っ掛けであって、貴女を今この時期に司教へ昇進させる理由は他にもあります」
イリスは机の上で両手を組み、まっすぐシルヴィアを見据えた。
「一つ目は、ミコトたちの神社を監督する者が必要だからです」
「神社の監督者ですか」
「ええ。神社を教会の公認組織として認めた以上、教会側にも監督責任を負う者を置かなければなりません。ですが、神社は神聖派にも聖樹派にも任せることはできません」
イリスの表情が険しくなる。
「聖樹派へ任せれば、オリツキ様への信仰や世界樹の麓に存在するという立地を利用して、自派へ取り込もうと動きかねない。神社の信仰を、自分たちの主張に都合よく解釈する可能性もあるでしょう」
シルヴィアも否定できず、静かに頷いた。
「反対に、神聖派へ任せれば、教会と異なる祈りや儀式を異端として扱い、排除しようとする可能性がある。現状の神聖派に、ミコトたちの信仰を尊重するよう求めるのは難しいと言わざるを得ません」
「……そうですね。どちらへ任せても、ミコトさんたちが派閥争いに巻き込まれてしまうと思います」
「だから、どちらの派閥にも属さない者でなければならない。ミコトたちの人柄と信仰を理解し、私の意思を違えることなく実行できる者」
イリスは一度言葉を切った。
「その条件を満たし、私が安心して任せられる者は、貴女しかいません」
シルヴィアはすぐには答えず、イリスの言葉を受け止めるように僅かに目を伏せた。
「二つ目は、エルフの方々とフレスベルグ様への今後の対応です」
イリスは話を続けた。
「今回保護したエルフの方々が世界樹の麓へ移住した以上、今後も継続的な対応が必要になります。生活支援だけではなく、女王陛下との折衝、他のエルフの集落との関係、フレスベルグ様への対応も生じるでしょう」
「それらの現地対応を、私が、ということですか?」
「ええ。そのためにも、貴女の地位を司教まで引き上げる必要があります」
イリスは迷いなく頷いた。
「一国の女王と継続的に話し合い、現地での判断を任される者が、一司祭のままでは立場も権限も足りません。女王陛下に対しても、教会が今後の関係を軽視していないと示す必要があります」
「……エルフの皆様への対応も、神聖派へ任せることはできませんね」
「当然です。聖堂騎士団が今回の事案に関わっていた以上、そのようなことをすれば、エルフの方々から信用を完全に失う可能性が高い」
イリスは机の上へ視線を落とした。
「聖樹派も同じです。聖獣様への敬意は確かなものでしょうが、今回の保護を自派の影響力拡大に利用しないとは言い切れない。エルフの方々やフレスベルグ様を再び派閥争いへ巻き込むわけにはいきません」
神聖派にも、聖樹派にも任せられない。
教皇の意思を正確に伝えられる、中立派の神官でなければならない。
その条件を満たす者が、ほとんど存在しないのが現状だった。
「承知いたしました。謹んでお引き受けいたします」
シルヴィアは椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。
「まだです。……貴女には、現地対応へ入る前に果たしてもらわなければならない役目があります」
イリスは執務机の引き出しから、封蝋を施した親書を取り出した。
封蝋には、教皇の紋章が刻まれている。
「今回の事案について、私の名代として、セレーヌ女王陛下へ正式に謝罪してください」
シルヴィアの表情が引き締まった。
「聖堂騎士団の行動は、私や教会上層部が命じたものではありません。ですが、教会内の派閥争いを制御しきれず、騎士団の独断を許した責任は、教会上層部にもあります」
イリスの声に、普段のような柔らかさはなかった。
自らの責任を認め、背負おうとする教皇の声だった。
「ミコトを保護のための使者として遣わした段階で、既に教会の非は認めています。ですが、保護を行ったからといって、正式な謝罪をしなくてよいことにはなりません」
「はい」
「森を焼かれ、多くの命を失った方々へ、教会として頭を下げる必要があります。本来であれば私自身が赴くべきですが、今の教会を離れることはできません」
イリスは、親書をシルヴィアへ差し出した。
「この親書を女王陛下へお渡しし、私の言葉を伝えてください。今回の事案を防げなかったことへの謝罪と、今後は教会としてエルフの方々とフレスベルグ様を守るために尽力するという意思を」
「確かに、お預かりいたします」
シルヴィアは両手で親書を受け取った。
「謝罪を終えた後の現地対応は、全て貴女に一任します」
「全て、ですか?」
「ええ。ただし、何か問題が起きた場合は、速やかに私へ報告しなさい」
イリスの声が一段と強くなった。
「小さな問題だからと一人で抱え込むことも、現地で対処できるからと報告を遅らせることも許しません。特に、再び神聖派からフレスベルグ様への干渉があった場合は、どのような些細な兆候であっても直ちに報告すること」
「承りました」
「これは教皇としての厳命です」
「異変を把握した場合には、速やかにご報告いたします」
シルヴィアが明確に答えると、イリスは小さく頷いた。
それで、教皇として伝えるべきことは終わったのだろう。
イリスの張り詰めていた表情が、少しずつ崩れていく。
「……ごめんなさいね、シルヴィ」
「姉様?」
「明らかに、新任の司教へ任せる仕事ではないわ」
イリスは申し訳なさそうに目を伏せた。
「神社の監督だけでも前例のない仕事よ。そこへエルフの方々やフレスベルグ様への対応、女王陛下との折衝まで加わる。司教としての通常業務も、部下の指導もあるでしょう」
一つずつ挙げていくだけでも、その負担の大きさは明白だった。
「貴女の負担が急激に増えてしまうことは分かっています。それでも、他に安心して任せられる者がいない。結局また、貴女にばかり頼ることになってしまったわ」
「姉様」
シルヴィアは親書を胸元へ抱え、穏やかに微笑んだ。
「謝らないでください。私は、喜んでお引き受けします」
「だけど……」
「私は、姉様を実務の面でも支えるために、側付きを辞したのです」
イリスが顔を上げた。
「姉様のすぐ側に控えているだけでは、手を伸ばせない場所がたくさんありました。姉様が教会のために苦心していても、側付きだった私には、直接その問題へ働きかける権限がありませんでした」
側付きは、教皇の職務を支えることができる。
しかし、自らの判断で動くことは、ほとんどできない。
だからこそ、シルヴィアは一神官となる道を選んだ。
「このように、実務を通して姉様のお役に立てるのであれば、私にとってこれ以上に嬉しいことはありません」
シルヴィアは迷いなく言い切った。
「ですから、どうか安心してお任せください。神社のことも、エルフの皆様のことも、フレスベルグ様のことも。姉様のお考えを違えることなく、私が責任を持ってお伝えします」
イリスは何も答えなかった。
ただ、目の前に立つ少女を見つめている。
八歳の頃から自分の後ろに控え、どれほど苦しい時も側を離れなかった少女。
その少女が今、自らの意思で教会の責任を背負い、自分を支えると言い切っている。
「……本当に、立派になったわね」
イリスの声が僅かに震えた。
「姉様……?」
「貴女が側付きを辞したいと言った時、正直に言えば寂しかったのよ。ずっと側にいてほしいと思っていたわ」
執務机の端には、返された側付きの証が置かれている。
イリスはその証へ一度視線を落としてから、再びシルヴィアを見た。
「……だけど、貴女を送り出してよかった。今の貴女を見て、心からそう思えるわ」
「ありがとうございます、姉様」
「こちらこそ、ありがとう」
イリスは僅かに潤んだ目元を隠すように一度目を閉じた。
再び目を開いた時には、穏やかな笑顔が戻っている。
「では、改めてお願いします。フェルト司教」
シルヴィアは親書を抱え直し、深く頭を下げた。
「謹んで拝命いたします、教皇猊下」
————
集落のすぐ近く、世界樹の麓にある森の中をシルヴィアさんと二人で歩いていく。
今日はシルヴィアさんと一緒に、エルフの近況確認をしに来たのだ。
正確には、シルヴィアさんが教皇猊下の名代として正式な謝罪を行い、併せてエルフの今後の方針を確認するために来ている。
私は以前エルフへの使者を務めたこともあって、一緒にいた方が警戒されづらいだろうということで同行することになった。
エルフたちは建物を建てたり、畑を耕したりしながら忙しなく動き続けている。
集落の人間の大工も建物に関しては手伝っているみたいで、さっきシラノさんがいるのも見かけた。
今この集落にいるエルフは、大人十八人と子供六人だけのはずだから、手がいくらあっても足りないだろうし妥当な判断だろう。
「あれ、ミコトさん? それと……」
「あ、リーゼちゃん」
作業をしているエルフの人たちを眺めながら歩いていると、リーゼちゃんがこちらに近づいてきた。
その肩には、フレスベルグも乗っている。
「お初にお目にかかります、リーゼ王女殿下。私はこの集落の教会の司教を務めています、シルヴィア・フェルトと申します。以後お見知りおきを」
「こ、これはご丁寧に、ありがとうございます。私はリーゼ・システィーナ・エル・フェリークです。でも、王女殿下はやめていただけると嬉しいです。呼ばれ慣れていないので」
「……承りました」
……そういえば、なかったことになっちゃったから、シルヴィアさんとリーゼちゃんは初対面だったか。
リーゼちゃんの殿下呼びの拒否も、もはや見慣れたと言っていいほど見てしまったから、感覚が狂っちゃっている。
「来てくださって嬉しいです。本日はどのようなご用件で?」
「今日は、エルフの方々のその後の生活がうまくいっているかの確認をさせてもらいに来ました」
「あはは、ミコトさん、だいぶ噛み砕いていますね」
シルヴィアさんに苦笑されてしまった。
「正確には、私が女王陛下へご挨拶させていただき、教皇猊下の名代として今回の件を正式に謝罪すること。それと併せて、教会としてエルフの皆様が無事に過ごせているか、定住なされるのか否かなど、今後の行動方針を確認させていただくために参りました。女王陛下にお会いさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「……謝罪、ですか」
リーゼちゃんの表情が、ほんの少しだけ強張った。
肩に乗っているフレスベルグも、シルヴィアさんを観察するようにじっと見つめている。
それでも、リーゼちゃんはすぐに穏やかな笑顔へ戻った。
「分かりました。そういうことなら、お母様のところにご案内しますね」
シルヴィアさんに補足されて、私まで苦笑してしまう。
リーゼちゃんはニコニコと穏やかな笑顔を浮かべながら、私たちを先導してくれた。
色々あったけど、セレーヌさんが無事だったこともあって持ち直したらしい。
少し前の無理をしている感じも、綺麗になくなっていた。
リーゼちゃんに案内されて辿り着いたのは、森の中にある少し開けた広場だった。
玉座の間とまではいかない。
だけど、木々の隙間から差し込む陽光が広場を照らし、中央には女王であるセレーヌさんが座るための席が設けられている。
その周囲には、数人の大人のエルフも控えていた。
私たちが広場の中央まで進むと、シルヴィアさんが足を止めた。
それに合わせて、私も立ち止まる。
「お初にお目にかかります、セレーヌ・リュクレース・エル・フェリーク女王陛下」
シルヴィアさんは片膝をつき、深く頭を下げた。
私も慌てて隣で同じように膝をつく。
「私は、世界樹の麓の集落一帯を管轄する司教、シルヴィア・フェルトと申します。本日は教皇イリス・エストルンド猊下の名代として参りました」
「遠路ご足労いただき、ありがとうございます。面を上げなさい、フェルト司教」
「恐れ入ります。ですが、その前に教会を代表し、申し上げなければならないことがございます」
シルヴィアさんは頭を下げたまま、静かに言葉を続けた。
「このたび、聖堂騎士団がバルグラント帝国によるリオレ大森林への侵攻に加担し、皆様の森と暮らしを脅かし、多くの命が失われる事態を招いたことについて、教会を代表して深くお詫び申し上げます」
広場の空気が張り詰めた。
周囲に控えているエルフの人たちの表情が険しくなる。
リーゼちゃんも笑顔を消し、セレーヌさんの側でシルヴィアさんの言葉を聞いていた。
「聖堂騎士団の行動は、教皇猊下や教会上層部の命を受けたものではございません。ですが、教会内の派閥争いを制御しきれず、騎士団の独断を止められなかった責任は、教会上層部にもございます」
シルヴィアさんは言い訳をしなかった。
騎士団が勝手にしたことだと切り離すのではなく、それを止められなかった教会にも責任があると、はっきり言い切っている。
「先にアメノ筆頭巫女を保護のための使者として遣わした段階で、皆様とフレスベルグ様の保護を申し出ておりました。ですが、保護を行ったことが謝罪の代わりになるとは考えておりません」
シルヴィアさんが、さらに深く頭を下げた。
「教皇イリス・エストルンド猊下の名代として、教会が皆様へ与えた苦痛と、フレスベルグ様の御身を危険にさらしたことを、心よりお詫び申し上げます」
誰も言葉を発しなかった。
風が木々の葉を揺らす音だけが、広場に静かに響いている。
どのくらいそうしていただろうか。
やがて、頭上からセレーヌさんの声が聞こえた。
「……顔を上げなさい、フェルト司教。アメノ殿も」
言葉に従い、ゆっくりと顔を上げる。
セレーヌさんは怒っているようには見えなかった。
かといって、穏やかな表情を浮かべているわけでもない。
女王として感情を押し隠し、ただ私たちを見つめていた。
「教皇猊下からの謝罪は、確かに受け取りました」
セレーヌさんの声は、静かだった。
「ですが、今ここで許すと申し上げることはできません。失われた命に代わって、私一人が決められることではありません」
「承知しております」
シルヴィアさんは、躊躇なく答えた。
「お許しを求めるために参ったのではございません。教会が自らの責任を認め、今後の行動によって、その意思を示すために参りました」
「……分かりました」
セレーヌさんが小さく頷いた。
「教皇猊下からの親書もお預かりしています。お納めください」
シルヴィアさんが両手で親書を差し出す。
リーゼちゃんがそれを受け取り、そのままセレーヌさんへと手渡した。
封蝋を確認したセレーヌさんが、静かに親書を開いていく。
親書へ目を通す間も、広場の誰も口を開かなかった。
「今後、教会との話し合いが必要となった場合、窓口となるのは貴女ですか?」
親書を読み終えたセレーヌさんが、シルヴィアさんへ問いかけた。
「はい。教皇猊下より、エルフの皆様とフレスベルグ様に関する現地対応を一任されています」
シルヴィアさんが胸元へ手を当てる。
「何かございましたら、私へお申し付けください。私が責任を持って対応し、必要があれば直ちに教皇猊下へご報告いたします」
「分かりました。その言葉は、覚えておきましょう」
それで、重苦しかった謝罪の話は一段落した。
許してもらえたわけではない。
失われた人たちが戻ってくるわけでも、焼かれた森が元に戻るわけでもない。
それでも、謝罪すらしないままよりは、きっといいはずだと思う。
今はそのまま、エルフの今後についての話へ移っていた。
「それでは、しばらくはこちらで生活基盤を整え、それが落ち着き次第、遠方の森の同胞をお尋ねになると」
「はい。私と供の数人で、いくつか知っている小規模な集落を巡る予定です」
「もしも他の集落で過ごしやすいところがあった場合、再移住などを検討しているということですか?」
「それも可能性の一つではあります。むしろ、当初はリーゼたちと合流したら、そのようにするつもりだったくらいです。ですが……」
「ですが……?」
思わず聞き返してしまう。
大人のエルフの方々は、どうしても人間への不信が拭えない人がある程度いるみたいだったから、再移住というのは普通にあり得ることだと思っていたんだけど。
「保護と聞いて、ここまでの待遇と支援をいただけるとは思っていなかったので、正直に言えば迷ってしまっています」
「ここまでの待遇と支援というと……」
そんなに厚遇していただろうか。
森を最低限開拓して、セレーヌさんたちの好きなようにしていいと譲り渡していただけという印象が強かったけど。
「ふふ、人間の方には分かりづらいですよね。私は当初、保護と支援というものは、人間の基準で行われるものだと考えていたのです」
セレーヌさんが、森の中へ視線を向けた。
「ですがクロード殿は、想像以上に私たちエルフへ配慮した対応をしてくださっています。このような穏やかで魔素に富んだ森を提供してくださったこともそうです。畑に使えそうな区画の整地だけを行い、その後は私たちに任せてくださったこと。私たちへ強く干渉せず、無理強いもせず、文化や生活を尊重する姿勢を示してくださっていること」
森の中では、エルフの人たちが自分たちの手で住居を作り、畑を整えている。
集落側の人たちは手伝っているけど、何を作るかまで口を出している様子はなかった。
「それでいて、必要となった建材や当面の食料は惜しみなく提供してくださっています。本当に、私たちの文化と生活を守ることを優先してくださっているのです」
「流石クロード様ですね」
シルヴィアさんが、心なしか誇らしそうな顔をしている気がする。
……文化の保護。
確かに、私にもクロードさんはしてくれている。
神社の再建支援なんて、その最たるものだろう。
それをエルフの基準に直した結果が、このエルフにとって住みやすい森を提供して、後は押しつけないという支援なのか。
すごいな、クロードさん。
私がクロードさんの立場だと思いつけない気がする。
「ですので、そのような場所につないでくださったミコトさんにも感謝しているのですよ。実際、この対応を受けて、人間への怨恨はなくならないまでも、それを表へ出さないよう努めてくれるようになった者も多いのです」
「それは……それなら、本当によかったです」
「ええ、本当に。そういう事情もあって、ここに居着くことも検討してはいるのです。最終決定は、他の集落を見て回ってからですけれどね」
セレーヌさんの穏やかな微笑みを見て、胸を撫で下ろす。
エルフの人たちがつらい思いをしていたら、それこそ意味がなかったし、クロードさんに抗議しに行ってしまうところだった。
「そういうことでしたら、安心しました」
シルヴィアさんが、穏やかな笑顔を浮かべた。
「定住するにしても、他の森へ移住するにしても、何か必要なことがあればお気軽にご相談ください。教会として、援助を惜しむつもりはございません」
シルヴィアさんは、セレーヌさんをまっすぐ見つめた。
「何か問題があれば、私が責任を持って教皇猊下や教会へつなげます。私やミコトさん個人としても、喜んで協力させていただきますので」
シルヴィアさんの言葉の中に私の名前が出てきた辺りで、私もうんうんと大きく頷く。
私も協力を惜しむつもりはないのだ。
「ありがとうございます。必要になれば、相談させていただきます」
「はい。いつでもお申し付けください」
シルヴィアさんが、もう一度頭を下げた。
「それでは、お忙しいと思いますので、長居はせずにこの辺りで失礼させていただきます。本日はお話しする機会をいただき、ありがとうございました」
私もシルヴィアさんと一緒に頭を下げる。
「こちらこそ、足を運んでいただきありがとうございました。教皇猊下にも、謝罪とお言葉は確かに受け取ったとお伝えください」
「承りました」
セレーヌさんも、特に引き留めるつもりはなさそうだった。
だけど、私とシルヴィアさんがそのまま立ち去ろうとし始めたところで、リーゼちゃんが口を開いた。
「あの、お母様……」
「リーゼ?……そういうことですか。好きにしていいですよ。視野を広げることは重要ですからね」
「リーゼちゃん?」
セレーヌさんにぱたぱたと近づいていったリーゼちゃんがそのまま耳打ちし始めて、思わず名前を呼んでしまった。
「あの、ミコトさん、シルヴィアさん! このあと何かご予定はありますか?」
「私はないですけど……」
「申し訳ありません。私はこの後部下の子に指導をする予定がありまして……」
私の予定は特にない。
神社再建のために色々と確認したりはしてるけど、特に急ぎではないし……
シルヴィアさんはフリッカへの指導を理由に申し訳なさそうに断っていた。
「そ、それでしたら、ミコトさん! 出来たらでいいんですけど、この後、人間側の集落を案内してもらえませんか!? 仮住居にいた時には集落を見て回る元気がなかったのであまり見れなかったんです!」
「そういうことですか。もちろん、いいですよ!」
「わぁ! ありがとうございます!」
私が肯定すると、リーゼちゃんは花が咲いたみたいな綺麗な笑顔を浮かべて喜んでくれた。
私がシルヴィアさんにしてもらったみたいな案内をすればいいよね。
シルヴィアさんの方に顔を向けると、彼女も微笑みながら頷いてくれていた。