天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
集落に戻ってすぐにシルヴィアさんと一緒に教会の方を案内して、その場でシルヴィアさんとは別れた。
フリッカが尻尾をぶんぶん振って待ってたし、仕方ない。
買い物とかができるところから順番に紹介していけばいいだろうか。
「それじゃあ、まずは大通りの方から案内しますね!」
「はい! よろしくお願いします!」
「……まぁ、大通りと言ってもまだそんなにお店とかもないんですけど」
「それでも、私からしたら新鮮ですので!」
リーゼちゃんの目が輝いている。
彼女の肩に乗っているフレスベルグまで羽を広げてほーほー鳴いている。
そこまで期待されているとなると、責任重大だな。
頑張らないと。
『少し前のミコトみたいですねこの子。分かりやすく目を輝かせたりするところが特に』
『……え、私ここまでじゃないよね?』
『……ミコトがシルヴィアに案内してもらってるときとか、こんな感じでしたよ』
『えっ』
いやいや、そんなまさか。
私の方がリーゼちゃんよりお姉さんだもの。
……シルヴィアさんにも、そんなことを言われたな。
考えないことにしよう。うん。
「——そこの食事処は現状この集落唯一の飲食店ですね。クラウスさんっていう優しい男性が経営していて、とっても美味しいんですよ!」
「食事処……」
「まだ準備中みたいですね。……そういえば、このお店のお食事はエルフの方にあうんですかね……? リーゼちゃんって普段どんなものを食べてます?」
「基本的に人間の方と変わらないと思いますよ? ただ、お肉はあまり食べないですね。野菜や木の実、果物が中心です」
あまり、ってことは全く食べないわけではないのだろうか。
「お肉、あんまり食べないんですか?」
「個人の嗜好はあると思いますけど、私はあんまり好きじゃないですね。皆も多分同じ感じだと思います」
『お肉嫌いとかマジですかこの子』
トコヨが愕然としているのが伝わってくるけど、とりあえず無視だ。
トコヨはいつもお肉お肉うるさいくらいだし。
「なら逆に好きなものとかは……? 私は甘い果物とかが好きですけど」
「果物、いいですよね! 私も好きです!」
「おお!」
「でも、苦みが強めの野菜が一番好きです! ここに置いてたりしますかね……?」
「えっ、苦いのが、好きなの?」
「はいっ!」
リーゼちゃんは弾むような声と笑顔で頷いてくる。
苦いのが好きなのか。
私は……辛いのが嫌いだけど苦いのは好きでも嫌いでもないって感じではある。
……一緒に同じものを食べ、られるよね。多分。
人間の常識レベルで苦いものであることを祈っておこう。
「それなら、大丈夫そうですね! また今度一緒にお食事しませんか?」
「ぜひ! 楽しみにしてます!」
「——今日は行商人が来てるみたいですね」
「行商人?」
「集落とか街を行き来して、他の地域のものを売ってくれる人のことですね」
「あぁ、森にたまに来ていた人間の商人の方と同じことをしている感じですね」
広場に行商人が商品を広げているのが見えた。
エルフの森にきている人間の商人は大体行商人だろうし、リーゼちゃんの理解は間違ってなさそう。
リーゼちゃんと一緒に近づいてみる。
敷物の上には、よく分からない置物みたいなのとかいろいろな写本、絵、魚を乾燥させた保存食とか、一目だけだとどんなものがあるのか把握しきれないくらい色々なものが並んでいた。
「いろんなものがありますね。これはなんでしょうか……?」
「……ごめんなさい、私にも分からないです」
リーゼちゃんが指さした置物みたいなものがなんなのか、さっぱり分からなかった。
説明書きとかも置いてないし。
「それは錬金術製の魔道具だよ。結構値が張るから、嬢ちゃんたちには……こっちの方がいいんじゃないか?」
「わ、説明ありがとうございます。えっと、これは?」
店番をしていたらしい商人の人が渡してきたのは写本みたいだった。
表紙を見るだけだと何の本か分からない。
「これは魔術書の写本だよ。安くしとくから買わないかい?」
「魔術書……私、魔術ってよく分からないんだけど、リーゼちゃんは?」
「えっと、私は風の術以外はあんまり。種族的に風以外の魔素がうまく使えないんですよね。逆に風は感覚で使えちゃいますし……」
「な、なるほど……見せていただくことってできるんですか?」
「おう、いいよ。ただし、ここで全部読まれても困るから試し読みは1ページ目だけだぞ」
「ありがとうございます!」
商人の人から手渡された魔術書の1ページ目を見てみる。
……うん、なんにも分からない。
術式の説明の走り書きだとは思うんだけど、なんだろうこれ。
セシルさんが魔術書は暗号になってることも多いって言ってたから、これがそうなのだろうか。
そう思っていたら、しゃがみ込んでいた私とリーゼちゃんの頭上から声が響いた。
「それはやめといた方がいい」
「せ、セシルさん!?」
声にびっくりして振り返ったらセシルさんが渋い表情で私、というよりも私が手に持っている魔術書を見下ろしていた。
「やめといた方がいいってどういう……」
「そのままの意味だけど。こんな魔術書擬きに金払うのは無駄」
「い、いきなり失礼な小娘だな。これはちゃんとヴァイスタールで魔術師から仕入れた本物の魔術書だぞ。それを——」
「せ、セシルさん……!」
だいぶ辛辣なものいいにびっくりして思わずセシルさんを咎めようとしてしまう。
商人のおじさんも結構怒ってる感じだし、まずいのではないだろうか。
「ヴァイスタールの魔術師から買ったぁ? ほんとに? こいつの後ろから見えた1ページ目だけでも書き方の癖がひどい上に写し間違ってるところまであるけど。厚さ的に術式自体もそんなに書いてないだろうし」
「ま、間違ってるんですか……?」
「……小娘、いや、嬢ちゃん、それ本当か?」
「ここ」
セシルさんは私が開いたままにしていた1ページ目の長々と羅列されている文章の一部を指さした。
「中級レベルの火魔術だけど、この理論の部分が写し間違ってる。意味が真逆になってる部分があるからこの理解じゃ術の起動すらおぼつかない。原本覚えてるから間違いない」
「ま、まじか」
「まじ」
「あの、クソ魔術師擬きぃ……騙しやがったなぁっ……!!」
商人のおじさんの怒りの向き先が変わった。
理路整然としてる指摘に嘘じゃないと理解したらしい。
……私にはさっぱり分からないけど。
「えっと、つまり……?」
「こいつが意味の間違いすら気付けないくらい魔術への理解がないペテン師が作った写本に騙されたってこと」
「な、なるほど……」
辛辣だけどすっと理解できる説明を聞いて、なんで商人のおじさんの怒りがセシルさんから売った張本人に移ったのか理解できてしまった。
とりあえずおじさんに商品をお返しした。
おじさんは受け取った商品をそのまましまってしまった。
とりあえず問題なさそうだし、このお店はもういいかな。
——そうだ。
「セシルさん! 今リーゼちゃんに集落を案内してるんですけど、ご一緒にいかがですか!」
「は? なんで私が」
「え、っと、その……セシルさんとも一緒に回りたいなぁなんて……」
「……なんで」
「なんでって、聖都の観光、セシルさんとできませんでしたし、ついでに一緒に回れたらどうかなって思っただけですけど……リーゼちゃんはいいですか?」
「はい! もちろん大丈夫です!——あの、セシルさん、でしたよね? あの日助けにきてくださった」
「……そうだけど」
「あの時はありがとうございました!」
「は……?」
「ちゃんとお礼を言えてなかったので、ずっと気がかりだったんです!」
リーゼちゃんがキラキラした目でセシルさんにお礼を言っている。
最初の時は苦手意識を持っていた記憶があるけど、それもなかったことになったから今のリーゼちゃんだとセシルさんに対する好印象しかないらしい。
まぁ、怒られた事実自体なかったことになってるもんね。当然か。
この感じなら、セシルさんも一緒に回れるんじゃないだろうか。
そんな期待を込めて、私もセシルさんを見つめて判断を待つ。
「………………店見てる間だけならいてやる。あんたら警戒心なさ過ぎて心配になるし」
「……! ありがとうございます! やったね、リーゼちゃん!」
「はい! あ、自己紹介してませんでした! 私、リーゼ・システィーナ・エル・フェリークです! リーゼって呼んでください!」
「……そんなのとっくに知ってるよ……」
セシルさんと一緒にお店を見て回れる!
何気に初めてのことだ。
食事処で数回一緒にご飯食べただけでこういう関わりはなかったからただただ嬉しい。
あれ、でも明るい時間帯にセシルさんが出歩いてるの珍しいな。
そう思って、近くの行商人の露店に移動しながら声をかけた。
「そういえば、セシルさんがこの時間に外にいるのって珍しいですね」
「クロードのところ行って結界の術式もらった帰りだよ。さっさと研究したいからちゃっちゃと店見るの終わらせて欲しいんだけど」
「結界?」
そういえばそんな約束してたなセシルさん。
クロードさんからの報酬はちゃんと支払われたらしい。
リーゼちゃんは結界が何なのか分からなくて疑問符を浮かべていた。
「ここは?」
「……私も見たことがないお店ですね……でも中が暗いし、準備中とかですかね……?」
商店の近くにある見覚えがない看板が掲げられたお店。
看板に書かれているのは「鍛冶屋シュミット」って感じだし、鍛冶屋さんができるってことなのだろうか。
「あ? なんだ、客か」
「あ、ご、ごめんなさい。準備中でしたか」
お店の暗闇の中からだいぶ身長が低い男性が出てきた。
『すごい髭ですね』
『うん。こんなにもじゃもじゃなの初めて見た』
トコヨの言う通りで、髭がもじゃもじゃでとても特徴的な顔をしている。
こんなに長いひげ見たことがなかった。
「……ドワーフか」
「ドワーフ?」
「私ドワーフの方初めて見ました」
セシルさんの呟きに思わず聞き返しちゃったけど、本で読んだ気がする。
西の方に集落があって、鍛冶を生業としていてお酒が大好きな種族だとかなんとか。
ドワーフの男性は長い髭に誇りを持っているとか書いてあった気がする。
これがその髭か。なるほど。
リーゼちゃんも初めて見たらしいし、あんまり社交的な種族じゃないのかな……?
「線が細い娘っ子3人か……お前さんたちみたいなのに売るものはまだないぞ。出直せ」
「そうなんですか?」
「……ここは鍛冶屋だぞ。まぁまだ開店すらしてねぇが。少なくとも、妻が来ればお前さんたちにも売れるもんができるからそれまでは待て」
既婚者だったらしい。
それはいいとして、髭のせいでだいぶ老けて見える気がする。
エルフと同じで年齢感覚が全然分からない。
結局、ドワーフの店主さんには取りつく島もなく追い返されてしまった。
それからリーゼちゃんとセシルさんと一緒に商店を見て回ったり、最近できた宿屋とか馬宿とかをリーゼちゃんに案内していった。
セシルさん、文句は言ってた割に最後までついてきてくれた。
結構な時間連れ回しちゃったのに。
私とリーゼちゃんが話を振れば反応してくれるし、私たちが分からなければ最低限だけ端的に教えてくれる。
相変わらずなセシルさんだった。
お店じゃない神社予定地とかも案内したのに帰らなかったし、口に反して優しいのまで相変わらずだ。
そんなこんなでお昼時。
結局数刻くらいは歩き回ってた気がする。
最後として、私たちが住んでいる集合住宅にリーゼちゃんを連れてきていた。
「ここが私、セシルさん、シルヴィアさん、それとあと2人が住んでいる集合住宅です。いつでも訪ねてきてくれて大丈夫ですよ!」
「はい! ありがとうございます!」
私の説明にリーゼちゃんがにこやかな笑顔を浮かべてお礼を言ってくれる。
うん、純粋な子だ。非常に好感が持てる。
「あぁ、ミコトさん。案内はここでおしまいですか?」
「シルヴィアさん! そちらもフリッカの指導は終わりですか?」
「えぇ。フリッカは片付けが終わったら帰ってくると思います。……そうだ。ミコトさん、リーゼさん。これからお茶会でもどうでしょうか。軽食も作りますので、それと一緒に」
シルヴィアさんも昼食のために諸々を終わらせて一度帰ってきたらしい。
「私までよろしいんですか?」
「もちろんです」
「わぁ!」
リーゼちゃんの目がまた輝いた。
イリスさんとのお茶会はいいところで中断になっちゃったし、私もやりたい。
とても楽しみだ。
そんな感じで決まった瞬間、背後から声が響いてきた。
「あ、先輩!! 私サヨと一緒に食事処でご飯食べるのでやっぱり軽食いらないです!! 皆さんで食べててください!!」
「ちょっとフリッカ!! 私はミコト様と一緒に食事したいって言ってるのにぃ!!——」
フリッカの声とサヨの声が聞こえたと思ってそっちを見たら、もう2人はだいぶ遠くにいた。
フリッカに引っ張られてサヨは無理やり連れていかれている。
……これがこの前サヨが言っていた雑な扱い、なのだろうか。
というか、フリッカはお昼ご飯いらないって言うためだけに帰ってきて、シルヴィアさんが見えたから遠くから叫んで意思疎通だけしてそれで済ませたってこと……?
行動もだいぶ大雑把だなフリッカ……
「あはは。フリッカは相変わらずですね……セシルさんもご一緒にどうですか? お茶会」
シルヴィアさんのその言葉で気づいた。
セシルさんがいつの間にか一人で部屋に戻ろうとしていた。
既に一人だけ建物の中に入りかけてるし。
「私はもう部屋に戻る。あんたら箱入り三人娘とお茶会なんてしてたら逆に疲れるわ」
「箱入り三人娘……!? それってもしかしなくても私も含まれてますよね!? 私のどこが箱入りだと!?」
「何もかも全部だよ堕神官」
セシルさんの言っている箱入り三人娘って、もしかしなくても私とリーゼちゃんとシルヴィアさんのことだよね?
シルヴィアさんに至っては猛抗議してるし。
「箱入り? って、どういう意味です?」
「私も分からないので、あとでシルヴィアさんに聞きましょうか」
リーゼちゃんの素朴な疑問に答えたいところだけど、残念ながら私も知らない。
私自身セシルさんにたびたび箱入り娘とは言われていたから、意味は気になるところだ。
後で聞こう。
あ、そうだ。これは忘れないようにしないと。
「セシルさん! 一緒に回ってくださってありがとうございました!」
私も家の中に入って、部屋に入る直前のセシルさんにそう声をかける。
返答はなかったけど、多分これでいいはず。また今度も誘ってみよう。