私たちは広大な平原を歩いていた。
なるべく見晴らしのいい道を選んだ結果でもある。
旅なんてしたことがない私たちが魔物に奇襲されたらひとたまりもない。
それを見越してシスイが先導してくれている形だった。
並び順はシスイ、自警団2人、私とサヨ、自警団1人という感じだ。
「ミコト様、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です。ありがとうございます、シラノさん」
少し疲れが出てきた頃だったけど、そんな私を見ていたのか、後ろからシラノさんが声をかけてくれた。
あの後、私が自警団の人たちの名前を把握していなかったことに気づかれて、自己紹介をしたのだ。
会議中も見張りをしてくれていた人がアサヅキさん、私が治療した人がシラノさん、会議に参加していたもう一人の人がナギノさんだ。
3人とも20歳前後くらいらしい。
「ミコト様と話したことはなかったから仕方ない」と笑い飛ばしてくれたけど、お母さんは村の人の名前は大体覚えていたはず。
私の勉強不足に他ならなかった。
シラノさんは私だけを心配してくれたけど、私的に心配なのはサヨの方だ。
「サヨ、疲れていませんか?」
「はい。まだ大丈夫です」
「無理しないでいいですからね。何かあったらすぐに教えてください」
「ありがとうございます」
そこまで言うと、サヨも小さく力ない笑みを浮かべてくれた。
サヨは、見習い巫女として神社で働いていたころと比べると明らかに口数が減っていた。
母の死やこのような状況に陥ってしまったことで、気が滅入っているんだろう。
だけど、私とサヨはどう頑張っても自警団として日々訓練してきた男性陣と同じようには歩けない。
私よりも幼いサヨは尚更だ。
自分から言うのは難しいかもしれないし、私が気にかけてあげておこう。
何度か魔物の襲撃へ対応しつつ、歩き続けた。
魔物は男性4人がすぐに対処してくれるおかげで、私とサヨはそのたびに邪魔にならないように後ろに下がるだけでどうにかなっていた。
戦闘後に怪我をした人に私が治癒を施して再び歩き出すという流れが出来上がっていた。
まだ日が沈んでいないのもあって、シスイを筆頭に男性陣はもう少し進もうとしている。
『ミコト、少し歩く速度落とした方がいいかもしれません』
『サヨのこと?』
『はい。本人は頑張ろうとしてくれてますけど、足の運びが少し危ないです。あのままだと転んだりしかねないですよ』
『……やっぱり、そう思う?』
『ミコトも気づいてたんでしょう? なら、早めに言ってあげてください。あの子、多分自分からは言えませんよ』
『うん、分かった』
私もそろそろサヨが限界かなと思い始めてたけど、トコヨもそう思っていたらしい。
明らかに息が荒くなっているし、歩調も遅くなっている。
うん、やっぱり、今日はもう休んだ方がいいと思う。
そう思って、一番距離が近かった後ろを歩いているシラノさんに声をかけた。
「シラノさん、ちょっといいですか」
「どうかしましたか?」
シラノさんが反応したのを確認して、声を小さくしつつ言葉を続ける。
「サヨ、頑張ってついてきてくれていますけど、そろそろ限界だと思うんです。なので……」
「なるほど。……そうですね。分かりました。シスイ! 今日はこの辺りで野宿にしよう!」
「ん……?…………そういうことか。あぁ、そうしよう!」
シラノさんの呼びかけに、シスイもすぐに同意してくれた。
シスイの号令で、自警団の人たちはすぐに背負っていた荷を下ろして、近くにあった大き目の木の近くで野宿の準備を始めた。
……何を手伝えばいいのかわからないな。
素直に聞いてみるか。
「シスイ、私にも何か手伝えることはありますか?」
「火を起こして周囲で水を探したりするくらいなので大丈夫です。ミコト様はサヨと休んでいてください」
「そうですか……?……分かりました。手伝うことがあれば教えてくださいね」
シスイはそう言ってくるけど、それで何もしないのも悪い気がしてしまう。
水……水か……そうだ。
『トコヨ、この辺りの水場を空から探してもらうことってできる?』
『いいですよー。じゃあちょっと見てくるので待っててください』
近くを浮いていたトコヨが空高く飛んで俯瞰して周囲を見てくれる。
幽霊っていうのもこういう時は便利だな。
こんな探し方私たちじゃ絶対できないし。
道中もたまにこうやって飛び上がって危険がないか助言してくれたりもしたし、助かるのは間違いない。
待ってる間、私はサヨの方に行こうかな。
そう思って、木陰で休んでいるサヨの隣に腰かけた。
「サヨ、今日はお疲れさまでした」
「いえ、私は……その、ミコト様、さっきのって、私のことを、気にかけてくださりました……?」
「私が疲れちゃったんですよ。朝から儀式をして、そのあともずっと落ち着けなかったので。だからサヨは気に病まなくても大丈夫ですよ」
「……そう、ですか。……でも、ありがとうございます」
サヨの鋭い問いかけに、ごまかすように笑みを返した。
サヨは明らかに納得してなさそうな表情をしていたけど、そのままお礼を言ってきた。
気づいているけどとりあえずそういうことにして納得してくれることにしたらしい。
そんなタイミングで、トコヨが戻ってきた。
『ミコト。そこそこ歩かないといけないと思いますけど、あっちの方に池がありましたよ』
『ん。ありがと、トコヨ』
トコヨのその言葉を聞いて、お礼を言いつつ立ち上がってシスイの方に近づいていく。
「シスイ、ちょっといいですか?」
「何か御用でしょうか、ミコト様」
「いえ、水のことなんですけど、あっちの方にありそうです」
「あっち……?」
トコヨが教えてくれた方向を指さしながらの曖昧な情報伝達に、シスイが怪訝な表情を浮かべる。
……まずかっただろうか。
でも説明したところで理解してもらえると思えないし、こう言うしかないから仕方ない。
そう思っていたら、シスイはなぜかすぐに怪訝な表情を引っ込めて頷いてくれた。
「分かりました。昔助けていただいた時にもそのようなことを言っていましたし、それで納得しましょう。少々お待ちください」
昔……昔……?
シスイとの接点なんて、山で遭難していたシスイをトコヨの案内で見つけて助けたことくらいしか記憶がない。
……そんなこと言っただろうか。
まぁいいか。
自警団の人と役割の再配分を終えたらしいシスイが戻ってきた。
「ありがとうございます。今アサヅキにそちらを探しに行ってもらいました」
「いえ、お役に立てたならよかったです」
アサヅキさんがそちらに向かっていくのを見ながら、役に立てたことに安堵しつつサヨの方に戻った。
『しょっぱいです……干し肉は美味しくないですよ……』
『文句言わないの。仕方ないでしょ。嫌なら味覚共有しなきゃいいだけなのに』
焚火を皆で囲んで保存食を食べていたら、味覚が共有されて伝わったらしいトコヨがすごく渋い顔をしながら文句を言ってきた。
何言ってるんだこの駄幽霊。
今は緊急事態なんだから仕方ないだろうに。
トコヨは私と味覚を共有できるらしく、私がご飯を食べているとたまにこうやって味覚を共有して感想を言ってくる。
好きなものを食べるようにねだってくることもあるのだ。
味の楽しみを共有できるのはいいけど、こういう文句を言ってくることもあるから結構面倒くさい。
私がトコヨを駄幽霊と思っている理由の一つでもある。
そんなことを考えていたら、男性陣は不寝番……寝ないで魔物を警戒しておく人の順番を決める話題になっていたらしい。
それを男性だけに任せるのもなんだか申し訳なくなってしまう。
私だって最低限は戦えるわけだし。
「あの、シスイ。私も不寝番を――」
「いえ、ミコト様は大丈夫です。不寝番は俺たちに任せて安心しておやすみください」
いくら何でも返答が早すぎないだろうか。
私が言い切る前に、私の提案を切って捨ててきた。
でも、明らかに男性4人に負担がかかってしまっている。
そんなの納得できるわけもなかった。
そう思っていたら、不服そうな私の顔を見て思うところがあったのか、シラノさんが口を開いた。
「もうちょっと言い方があるだろ、シスイ。お前は剣の腕はいいのに相変わらずこういうのは苦手だな……」
「まぁなんだかんだ言ってもシスイは俺たちの中で一番年下だし、しょうがないんじゃないか?」
「お前ら……」
シラノさんの言葉に、ナギノさんまで同調する。
シスイはシスイでちょっとむっとした感じでそれ以上何も言わなくなってしまった。
これは、皆の共通意見として私は参加するべきじゃないって感じなのか。
どうすればいいのかわからなくなっていたら、シラノさんが言葉を続けた。
「ミコト様は、この旅の生命線なのです。ミコト様の聖魔法による治癒があるからこそ、この人数、構成で、未知の道を進むことができている。魔物との戦闘で負傷しても、ミコト様が治癒してくださるからこそ、私たちは躊躇なく戦えるのです。ですので、ミコト様には体調を万全に整えておいていただきたい。なによりも、皆のために。不寝番は私たちにお任せください」
シラノさんの言葉に、何も言い返せなかった。
そこまでちゃんと考えていなかった。
考えられてなかった。
言われてみれば、その通りだった。
私が指導者なんだから、役に立たないとって……
焦りすぎだったのかな。
『なんだかんだで、皆ちゃんと考えてくれているんですよ。ミコト一人で全部決めなきゃいけないわけじゃないです。そりゃ、重要な決定はミコトに決定権を委ねられるかもしれないですけど、背負い込みすぎちゃだめです。ちゃんと必要なところは頼りましょう。……ミスズも、そうしてましたよ』
『……うん。そうだね、トコヨ』
少しだけ、理解できたかもしれない。
シスイ達の顔をしっかりと見て、そのまま言葉を続けた。
「ごめんなさい。私、焦りすぎていたみたいです。不寝番は、皆さんにお任せします。未熟者ですけど、頑張りますので……これからも至らないところは指摘していただけると嬉しいです」
「み、ミコト様が未熟者だなんてそんな!?」
「シスイ焦りすぎじゃないか?」
「こいつはアレだからなぁ」
「アレ?」
私の言葉に、シスイがすごい勢いで否定しながらアワアワしてきた。
なんなんだろうこれは。
でも、無理をしているのかもしれないけど、皆楽しそうに笑っているし、サヨもちょっと笑顔になっているし、これはこれでいいのかもしれない。
魔物の襲撃からずっと暗くなっていた気分が、少しだけマシになった気がした。
食事が終わって、就寝することになった。
焚火の近くの危なくないくらいの位置での野宿だ。
「ぉかぁ……さん……」
抱きしめてあげていたサヨが、呟くように寝言を発している。
サヨはもう寝てしまった。
集落でのことがあったからなのか、サヨはまともに寝付くことすらできない状態になってしまっていた。
声を押し殺して一人で泣いていたのだ。
ずっと歩き通しで疲れているはずなのに、眠ることすらできずに。
私が抱きしめて撫でてあげることで、ようやく少し泣き止むことができたみたいだった。
しばらくそうしてあげたら、サヨは私に抱き着いたままいつの間にか眠ることができた。
完全に寝入ったことを確認したら、サヨが抱き着いているのを優しくほどいて、頭を軽く撫でてから起き上がる。
……私も、全然眠ることができなかった。
遠くに見える天を貫くほど巨大な木と夜空を見ながら、今日あったことを思い返していた。
『ミコトも、ちゃんと寝た方がいいですよ』
『……眠れなくて』
トコヨが心配してくれているのは分かっていたけど、目が冴えてしまって全然眠れそうになかった。
『サヨ、お母さんのこととかずっと我慢してくれてたんだね……』
『……ミコトもですよ』
『……私は大丈夫だよ』
『大丈夫な人は、そんな顔で夜空を見上げたりしません』
『……そっか。気付かれないようにって、思ってたんだけどな……私はもう筆頭巫女だから、私のことで皆を不安にさせるべきじゃないかなって……なんで分かったの?』
『ミコトのことはずっと見てきましたから。さっきも言いましたけど、筆頭巫女だからって背負い込んだり溜め込んだりしすぎたら駄目ですよ。私でもいいですから、ちゃんと吐き出してください。ミコトが相談できるようになったらでいいですから』
『……うん。ありがと』
トコヨは実際に触れられるわけでもないのに、わざわざ透けている手を重ねてきた。
心底心配そうな顔で見つめてくるトコヨに、少しだけ気が楽になった気がする。
すぐには無理だと思うけど、ある程度整理がついたらトコヨに聞いてもらってもいいかもしれない。
そんなことを考えていたら、シスイが近づいてきた。
「ミコト様、眠れないのですか?」
「はい。今日は、色々ありすぎたので。……そういえば、一つシスイに聞きたいことがあったんですけどいいですか?」
「……? ええ、どうぞ」
「シスイって、どうして集落で私とサヨが魔物に囲まれているのが分かったんですか? 防衛拠点にしていたあの建物にいたらしいのに……」
純粋に気になっていたのだ。
囲まれていた場所から拠点まで結構距離があった。
少なくとも視認はできなかったはずだ。
「それでしたら、拠点を襲っていた魔物がなぜか減ったので、周囲を探索した結果ですね。明らかにどこかを目指して走っている魔物が散見されたので。誰かが下山してきて魔物に襲われているのだと考えてすぐに向かいました」
「……なるほど……すごいですね。私だったらそれだけでは気づけないです」
「いえ、そんな……」
シスイが謙遜しようとするけど、本当にすごいのは間違いない。
昔はやんちゃな子って感じだったのに、今は見違えているようだった。
後は……お礼を言っておかないと。
「シスイ、今日はありがとうございました」
「?……なんのお礼でしょうか」
「命を助けてくれたこと。会議で私がうまくできていないときに話をまとめてくれたこと。さっきのことだって、すごく助かりました。だから、ありがとうございます」
「……当然のことをしたまでです。これからも頼ってください。全力でミコト様をお支えしますので」
小さく笑みを浮かべながら、そう言ってくれた。
すごく、心が軽くなった気がした。
それから少しの間シスイと話していたら、私も少し眠くなってきた気がした。
シスイに改めてお礼を言って、サヨのところに戻って抱きしめ直してあげながら、私も眠りに就いた。
そんな旅路は2週間ほど続いた。
旅路の途中で街道を見つけたりして、少し希望が見えたりもした。
その街道が、地形の隆起や液状化で崩壊しているところを見たりして、皆が不安になったりもしたけど、励ましあいながらなんとか進み続けていた。
だけど、これはないよ……
故郷を失って、2週間も歩き続けて、避難先として目指してきた街は、遠目に見ても分かるくらい、明らかに崩壊してしまっていた。
ソルミア王国の王都は、既に滅びていた。