天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~   作:あじのふらい

56 / 57
3章 魔術と星見と図書館と
3-1 神社再建計画


「支度金ですか?」

 

いつものお祈りを終えた仮設神社の前で、シルヴィアさんが唐突にそう話題を振ってきた。

 

「はい。神社が正式に教会の公認組織となったことで、設立したばかりの教会と同じ扱いにすると猊下や枢機卿様方がお決めになったそうです」

 

「えっと……それは、どのような違いが……?」

 

「それがさっきの話につながる形です。新教会を立ち上げた際には、聖都から支度金が支給されるのです。設備の調達や当面の神官の給与に当てるといった用途が主ですね」

 

「それを、私たちももらえるんですか?」

 

「はい。遠慮する必要はないですよ」

 

なんでかは分からないけど至れり尽くせり……?

これは何か裏の意図があったりするのだろうか。

でも、シルヴィアさんがにこやかな感じだし多分変な意図はなさそう……?

 

『……トコヨ、どう思う?』

 

『んー……貰っておけばいいんじゃないです? 悪い感じはしないですけど』

 

『また軽い感じで返してくる……』

 

シルヴィアさんに悪い意図はなくても、枢機卿様方が決定に関わってるっていうのが若干怖い。

でも、イリスさんも関わってるなら一応大丈夫なのかな……?

とはいえ拒否するのももったいないのは事実。

お金は……悲しいことに、いくらあっても足りないのだ。

巫女服もまだ手持ちの1着以外作れていない。

神社も本殿とは名ばかりの最低限神社っぽくしただけの仮設状態の建物があるだけ。

それは神楽殿も同様だ。

ミーナさんに装飾のことを少し詳しく聞いてみたら、目が飛び出るかと思うくらいの高額になりそうな場所まであったし……頭が痛い……

 

「……それでは、ありがたく拝領させていただきます」

 

「はい。では、後ほど持ってきますね。結構な金額ですので管理だけは注意してください」

 

「結構な金額って……ちなみに、どのくらいなんですか……?」

 

「……ちょっとこちらに」

 

金額が気になって聞いてみたら、シルヴィアさんに手招きされた。

なぜか声も潜めている。

……そんなに警戒しないといけないのだろうか。

 

「……5000シルです」

 

「ごせっ!?」

 

5000シル、つまり、金貨50枚……?

え、なんでそんな大金を私たちに?

不安になるくらいには怖い金額だった。

 

「え、えっと、なぜ、そんな大金を?」

 

「先ほど言った通りですよ? 設備と当面の給与のためです。平民の一月の給与が概ね金貨1~3枚程度なのは知っていますか?」

 

「え、っと、そうなんですか?」

 

「そうなんです。では、サヨさんへの毎月の給与を支払いつつ、ミコトさんが最近ご相談なされていたミーナさんへの依頼はもちろん、普段ミコトさんやサヨさんが着る巫女服、クロード様からいずれと依頼されていた治療院の準備などを考えた場合、この金額はどう見えますか?」

 

「えっ」

 

……ミーナさんに柱の装飾1個作るのに100シルくらいはかかるって言われた記憶が。

巫女服も、結構な金額がかかる。それを予備も含めて、儀式も考えれば装飾付きの豪華仕様も……

サヨの給与毎月金貨2枚、200シルとして、1年で2400シル……?

ここに、治療院の準備? まだ、建物すらないのに?

あ、あれ、全然、足りない……?

 

「あうあうあう」

 

「理解していただけましたか?」

 

「はいぃ……」

 

ぼんやりとしか考えていなかったお金の問題を認識して目が回りそうになってしまった。

ほぼないに等しい蓄えと併せても、全く、全然、これっぽっちも足りない。

5000シル、大切に使わせてもらわないと……

 

「では、この支度金を好きに使っていただいていいので、神社の設備などを整えてください」

 

「好きに使っていいんですか……? えっと、てっきりシルヴィアさんが監督するのかと思っていたのですが……」

 

「普通の教会ならそうですね。基本は司祭に任せますが、司教がそれを細かく確認して指導していきます。ですが、神社はですね……私がミコトさんたちの儀式に必要なものや神社の全体像を把握できていないので、指示や指導ができないんですよね」

 

……確かに、言われてみればそうか。

私が逆の立場でいきなり教会の監督しろなんて言われても、細かく指示できないし。

そんな風に納得していると、シルヴィアさんは苦笑したまま言葉を続けた。

 

「ですので、ミコトさんにお任せします。ミコトさんは変な用途に支度金を使わないと信頼しているので」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「ただし! 教会として支給した支度金の使途を把握する必要はあるので、お金を何に使ったかは収支をまとめて私に提出してください。それさえ守ってくだされば、事後報告でミコトさんの思うように使ってくださって構いません」

 

「はい! その信頼を裏切らないように、大切に使わせていただきます!」

 

「はい。お願いしますね」

 

シルヴィアさんの手を取ってお礼を言う。

シルヴィアさんもにこやかに笑顔を浮かべて応えてくれた。

信頼してもらえるのは嬉しい。

ちゃんと収支をまとめて、余計な事には使わないように徹底して、信頼を裏切らないように頑張ろう。

 

 

 

「皆さんに相談があります」

 

シルヴィアさんから支度金を受け取った数日後の仮設神社の部屋の中。

私は同郷の皆を集めてそう切り出した。

集まってくれたのは、サヨ、シスイ、シラノさん、アサヅキさん、ナギノさん。

今この集落にいる、故郷の生き残りだ。

 

「相談、ですか?」

 

代表するようにシラノさんが聞き返してくる。

その隣では、サヨが期待と緊張が混ざったような顔でこちらを見つめていた。

シスイはいつも通り静かに控えているけど、私の話を聞く態勢にはなっている。

 

「はい。教会から、神社の支度金をいただきました」

 

「支度金……?」

 

「神社を正式に運営していくためのお金、ということになるそうです。建物を整えたり、設備や道具を用意したり、サヨへのお給金を払ったり……そういうことに使わせていただくものですね」

 

そう説明すると、皆が少し驚いたような顔をした。

サヨはぱちぱちと瞬きをしてから、自分を指差した。

 

「わ、私のお給金もですか?」

 

「もちろんです。サヨはもう、聖魔法を使うことができる立派な見習い巫女ですから」

 

「で、でも私はまだ見習いで、そんな、お給金をいただけるほどでは……」

 

「それを言ったら、私だってまだまだですよ」

 

「そんなことはありません!!」

 

すごい勢いで前のめりになりながら即答された。

……とりあえずスルーしよう。

 

『ミコト、照れてます?』

 

『トコヨは黙ってて』

 

『あは。相変わらずですねぇ』

 

トコヨが楽しそうに笑いながら周りをくるくる飛んでいる。

当然皆には見えていないから、私だけが微妙に気を散らされることになる。

やめてほしい。

 

「と、とにかく。支度金はとても大きなお金です。それと同時に、大切に使わないといけないお金でもあります。今日は、このお金の使途を皆にも相談させていただきたいと思いまして……」

 

「大きなお金ですか……どのくらいの額をいただいたのでしょうか」

 

シスイが静かに問いかけてくる。

一瞬迷ったけど、皆に相談するために集まってもらったのだから隠すのも違うかな。

 

「5000シルです」

 

「5000……?」

 

シラノさんが目を見開いた。

アサヅキさんとナギノさんも、顔を見合わせて固まっている。

シスイですら少しだけ眉を動かしていた。

 

「ご、5000シルって、金貨50枚ですよね……?」

 

「はい」

 

サヨが震える声で確認してきた。

 

「そのような大金を、なぜ教会が神社に……?」

 

「一応、これは他の教会を新設した際にも行っていることらしいです。神社も公認組織として保護することとしたため、他の新設教会と同じように当面の資金をという意図みたいですね」

 

「な、なるほど……?」

 

「ですが、シルヴィアさんから説明を受けて、必要なお金でもあると分かりました。神社をきちんと整えるなら、建物だけではなく、各儀式に必要な道具、私はもちろんサヨ用の巫女服と、儀式用の巫女服、日々の消耗品も必要です。それに、いずれ治療院も開くことになるかもしれません」

 

「治療院、ですか?」

 

「クロードさんから、いずれ相談したいと言われていたことです。集落の安定のためにも、故郷でやっていたように行って欲しいと」

 

「それは……もちろん私もお手伝いさせていただきます」

 

サヨが真剣な顔で頷いた。

その顔を見て、私も少しだけ頬が緩む。

 

「ですが、そうなるとさらにお金が必要になります。だから、使い道を皆で考えたいんです。私はまだ、この集落で神社をどう整えていくべきか整理できていないことも多いので。できることなら、神社のことをよく知っている皆で、話し合いたいなと」

 

「そういうことなら、喜んで相談に乗らせていただきます」

 

シラノさんが当然のようにそう言った。

他の皆も、特に異論はなさそうに頷いている。

よかった。

この集落に来てから、私たちが共同体と言える状態ではなくなったとは思っていたけど、皆のオリツキ様を信仰する心は変わってなかった。

それが分かってただただ嬉しい。

 

「ありがとうございますっ!」

 

「私たちも日々神社で祈りを捧げさせていただくことになると思いますし、お気になさらず——それでは、まず必要だと思うものを挙げていきましょう。建造物側から順番でいいな。ミコト様はどうお考えですか」

 

シラノさんが周囲を見回して話を進めてくれた。

私の考えか……神社の建物側のこととなると……

 

「私の認識となると……本殿と神楽殿を仮設状態から改善すること。治療院専用の建物を作ること、本殿以外の社務所のような事務作業を行うことができる建物、神楽殿以外で舞を稽古できる場……とかですかね」

 

「親方とも話していたのは、本殿はまず最低限の形で作り、後から装飾や細部を整えていくという形ですね。一応、私たち大工側で対応可能な細部の改善などは行わせてもらいます」

 

「私もミーナさん……シュミット夫人に装飾とかは相談させていただいたんですよね。そしたら、オーダーメイドになるので大がかりな装飾はそれだけで少なくとも1個100シルくらいはかかると……」

 

「なるほど……建物の建築などはクロードさんが支援してくださっているとは言っても、故郷の神社のようにと考えると5000シルでは到底足りませんね……」

 

「神楽殿も、今の台に近い形ではなく水を溜められるようなもとの形に近いものにしたいんですよね……」

 

「床そのものに水を溜めるとなると、ただ板を張るだけではなく、排水機能まで必要ということですよね」

 

「はい。聖魔法の陣は私が刻むにしても、聖水を張らないといけないので。あれはちゃんと再現したいです」

 

「……やはり、かなり大掛かりになりますね」

 

シラノさんが少し苦い顔をした。

アサヅキさんとナギノさんも顔を見合わせている。

分かってはいたけど、やっぱり簡単な話ではないらしい。

 

「本殿はもうほとんど形になっているからいいとして……」

 

「あれ、そういえば、あれはミコト様に確認したか? 本殿の地下室をどうするのかの問題」

 

ナギノさんが声を発すると、シラノさんたちがハッとしたような顔になった。

伝え忘れ?

まぁ、クロードさんから聞いているから大丈夫だ。

 

「クロードさんから聞いているので大丈夫ですよ。神衣を安置する地下室のことですよね」

 

「そうですそうです」

 

神衣。

故郷の神社地下に安置されていた、かつてオリツキ様が着ていたとされる青い巫女服。

私も一度だけ実物をお母さんに見せてもらったことがある。

あれは普通の巫女服じゃない、と思う。

言葉にしづらいけど、威容があるというか、見ているだけで不思議とポカポカしてくるというか……とにかく、不思議な力を感じる巫女服。

オリツキ様が実際に着ていたというのがすんなりと信じられるくらいには特別な神器だった。

 

「大丈夫です。故郷では地下にありましたけど絶対に地下でないといけないというわけではありませんし、なんなら、神衣自体を故郷に置いてきてしまいましたしね……いずれ、取りに行きたいとは思っているんです」

 

「山火事になっていましたが、まだ無事な状態であるかが問題ですね……」

 

「……本殿は倒壊してしまっていましたが、地下までどうなっているかは確認する余裕がなく……すみません」

 

分かっている。

あの時は、生き残るだけで精一杯だった。

お母さんたちの亡骸を浄化して、サヨを助けて、山を下りて。

神衣のことまで考える余裕なんて、どこにもなかった。

それでも、胸の奥が少し痛む。

故郷を捨ててきた。オリツキ様の神衣さえも。

全部、あの山に残してきてしまった。

 

「……ミコト様が気に病むことではありません」

 

シスイが静かに言った。

 

「誰も、あの状況で神衣を取りに戻れるなどとは思いません。ミコト様が生きていてくださったから、今こうして神社を再建する話ができています」

 

シスイが慰めてくれているのはすぐにわかった。

 

「いずれ遠征隊を組んで、取りに行きましょう。あの竜も、いつまでもあそこに居続けたりはしないでしょうしね」

 

「その時は俺も協力する」

 

「俺も!」

 

「私も、もちろん協力させていただきます」

 

「皆……ありがとうございます。——それじゃあ、いずれ遠征するための費用も含めて考えないといけませんね」

 

シスイがそう言ってくれると同時に、アサヅキさん、ナギノさん、シラノさんもそう言ってくれた。

それだけで、笑顔になってしまうのが抑えられないくらい嬉しかった。

私が感傷から持ち直して、話し合いを続けた。

 

 

 

「では、まとめます」

 

区切りがついてきたところでシラノさんがそう切り出した。

 

「まず支出として確保するべきなのは、サヨへの給金は月金貨1枚。普段用の巫女服2人分と儀式用の巫女服。神社運営に必要な帳簿や筆記具、祈りや儀式、治癒に使う消耗品。次に、神楽殿の簡易的な改修。治療院については、クロードさんとの話し合いながら準備を進める形でしょうか」

 

「はい。それでいいと思います…………でも、サヨは本当に月に金貨1枚でよかったんですか?」

 

思っていたことを思わず聞いてしまう。

決めるときにも悩んだし、私としては2枚でもよかったと思うんだけど……

 

「はい! 私は見習いですしそれで充分……どころか、貰い過ぎてるくらいだと思います!! さっきミコト様が言っていた2枚なんて言語道断です! 私が受け取れません!! まだミコト様のお役に立ててないのに!!」

 

「そ、そっか……」

 

「……さっきも言ったが、うちの祖母が巫女だった時に月2枚程度だったと聞いている。見習いのサヨには1枚で妥当だとは思う」

 

アサヅキさんが補足してくれて納得するしかないかと思う。

 

『よかったですねミコト、アサヅキが巫女の給与の基準知ってて。ミコトはお金関係に触れてなさ過ぎて全く知りませんでしたし』

 

『……仕方ないでしょ。私自身がもらってなかったし、その辺りはお母さんとか古株の巫女の方がやってくれてたんだから。——それに、トコヨも人のこと言えないでしょ。私が聞いても答えられなかったくせに』

 

『…………あ、あははー、なんのことですかねー。私は知りませーん』

 

駄幽霊はとりあえず放っておいて……

私としては、こんな状況で見習い巫女のままでいてくれるって言ってくれたサヨにすごく救われてるから2枚で全然よかったんだけど……

そう思いはするんだけど、サヨはサヨで鼻息荒く私に持論を主張している。

……まぁ、本人がいいならいいか。

 

「収入に関しては、昔の税収のようにはいきませんし治療院の開設タイミングや信徒からの寄付がどの程度集まるか次第ですね……故郷の神社とは違って、こちらでは聖水で最低限の維持費分は代金をいただいた方がよいと思います。……まぁ、その辺りは追々にしましょう」

 

「はい! 皆さん長々とありがとうございました! とても助かりました!」

 

「この程度のことでいいならいつでも遠慮なく頼ってください。そうだろ、シスイ」

 

「……なんで俺に聞く。——ミコト様にお声をかけていただければ、ご相談でも護衛でも、俺はいつでも力になります」

 

「ありがとうございます。シスイ」

 

『ミコト、何度も言いますけど私はまだ認めてませんからね! ほんとにほんとに認めてませんからね!』

 

『……なにが??』

 

トコヨはほんとになんでシスイを目の敵のようにしてるのかが謎過ぎる。

今もシスイの近くで喧嘩を売るみたいな感じのポーズ取ってるし。

シスイからは見えないだろうに。

そんなことをしていたら、入り口の方から声が聞こえてきた。

 

「ミコト、ここにいるか?」

 

「クロードさん? どうかしましたか?」

 

「君に用事があったんだ。これから、セシルも交えて3人で話したいんだが、時間は大丈夫かい?」

 

セシルさんも交えて3人……?

なんの用事だろう。

 

「はい。今ちょうど終わったところですので、大丈夫です。なんのお話ですか?」

 

「それは元締め邸で話そう。それでは、一刻後に元締め邸に来てくれ。よろしく頼むよ」

 

「分かりました……?」

 

なんだろう。ここで概要すら言えないこと?

そんなことに頭を悩ませながら、とりあえず集まってくれていた皆に再度お礼を言って、緊急支度金使途相談会議は解散とした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。