天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~   作:あじのふらい

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3-2 突然の相談

クロードさんに呼び出されたちょうど一刻後。

案内された部屋には既にセシルさんが待っていた。

 

「やっときたか。さっさと始めてくれる」

 

「あぁ。まずはこれを見てくれ」

 

クロードさんはそう言って小箱を取り出して机の上に置いた。

ゆっくりと開かれていく蓋からは光のようなものが漏れている。

小箱の中には、手のひらに収まりそうなくらいの大きさの青みがかった半透明な宝石……結晶……? のようなものが入っていた。

外側は楕円形の結晶のような見た目をしていて、その中心は光っている。

温かさすら感じるその光はゆっくりと脈動しているようにも見える。

これが漏れ出していた光だろうか。

 

「わぁ……すごく綺麗ですね」

 

「……明らかに宝石じゃないし……脈動してるし、魔力まで感じる……なにこれ」

 

「魔力……?」

 

魔力を感じると言われても、私にはさっぱり分からなかった。

クロードさんは箱の中身をまっすぐ見据えている。

その横顔は真剣そのもので、普段とはどこか雰囲気が違うような気もした。

 

「これは、世界樹の種子だ」

 

「えっ」

 

「……こんなもの見たことないし、下手に魔道具とか言われるよりも納得はできるけど、にわかには信じられん」

世界樹。

神々が創られた、世界の中心にある神聖な大木。

人々の魂を無垢な状態に浄化し、輪廻を巡らせる魂の還る場所。

その、世界樹?

 

「そもそも世界樹の種なんて聞いたことないんだけど。あれに代替わりの機能なんてあるの? ミコト、聖典にはなんかそういう話は書いてあった?」

 

「え、っと、特にそういう記述はなかったと思います。ディナス様とディーナ様が今のお姿を作り上げ、オリツキ様とオルクス様が魂の浄化と輪廻の機能を世界樹に与えたとは書かれていましたが……代替わりなんていう記述はなかった、はずです」

 

「ま、そうだろうね」

 

セシルさんは私の返答をなんてことないかのように流した。

そのタイミングで、クロードさんが私たちを順に見て口を開いた。

 

「セシルとミコトには、世界樹の種子を発芽させるための研究に協力してもらいたい」

 

「……ちゃんと詳しく説明して」

 

「そのつもりだ」

 

クロードさんは静かに頷いて、小箱の中の種子へ視線を落とした。

 

「まず、この種子を見つけた経緯から話そう。今から約5年前、世界樹は強大な黒い竜の襲撃を受けた」

 

「黒い竜……?」

 

その言葉を聞いた瞬間、嫌なものが込み上げてくる感じがした。

燃える森。焼け落ちる神社。こちらを見下ろす黒い竜。背中から胸へ突き抜けた、あの焼けるような痛み。

思い出したくない記憶が、勝手に蘇ってくる。

 

「……ミコトたちが遭遇したものと同じ個体とは断言できない。だが、少なくとも同種の存在だろう」

 

クロードさんは、私の表情を見てそう補足してくれた。

 

「黒竜の襲撃を受けた世界樹は、幹には巨大な裂傷と噛み痕が残り、枝葉は焼かれ、表層は広範囲に渡って焼け焦げてしまっていた」

 

この集落に来た時に不思議に思った世界樹の傷はそういうことだったのかと納得してしまった。

世界樹が破壊されるなんて、考えたこともなかった。

 

「教会は把握してるの?」

 

セシルさんの声も低くなっている気がする。

 

「確証はない。だが、あれほどの異変を全く把握していないとは考えづらい。混乱を避けるために伏せていると考えるのが自然だろう」

 

「……まぁ、分からなくはない。世界樹が襲われましたなんて公表したら、それこそ世界中が大混乱になるし」

 

セシルさんはそう言いながらも、納得しきれないように眉を寄せていた。

 

「黒竜が去った後、私は世界樹の調査を始めた。あの傷が世界樹にどれほどの影響を与えているのか、確認する必要があった」

 

「影響というと、世界樹の機能……魂の浄化と輪廻への影響ということですか……?」

 

「そうだ。その結果による推測が、世界樹の機能に何らかの影響を与えている可能性があるというものだ」

 

その言葉に、思わず息を呑んでしまった。

 

「世界樹の機能が落ちれば、魂が輪廻を巡れなくなる。子供が生まれなくなるだろ」

 

「ああ。そうなれば、いずれ出生数にも影響が出るはずだ。実際、シルヴィアに教会が把握している統計を確認してもらったが、ここ数年の出生数は下降傾向にある」

 

何も言えなかった。

子供が生まれなくなる。

神官は分からないけど、巫女は治癒のために出産に立ち会うことがほとんどだった。

同じ治癒という役割を担っている神官であるシルヴィアさんが確認できたデータというのは、おそらくかなり正確なものだろう。

魔物に襲われるとか、竜に焼かれるとか、そういう目に見える恐怖とは違う。

看過できない問題だった。

 

「調査を続けて、今から約4年前、私は世界樹につけられた噛み痕の一つに、奇妙な洞を見つけた」

 

クロードさんは、淡々と話を続けた。

 

「特に深く抉られた噛み痕だった。その奥に、内部まで続くような仄暗い穴があった。人一人が通れるほどの穴だ」

 

「……外側から噛み砕かれただけじゃ、そんな穴はできないでしょ」

 

「あぁ。だからこそ奇妙だった」

 

「入ったの?」

 

「誘い込まれていると感じるほどの違和感だったからな」

 

セシルさんが呆れたように聞く。

クロードさんは平然と頷いた。

 

「穴を進んだ先は、世界樹の内部だった。普通の木の空洞とは全く違う。内部は高濃度の魔素に満ちていて、淡い光を放っていた。壁も床も、木の内側でありながら結晶のように輝いていて、数えきれないほどの魂が飛び交っていた」

 

「魂が……?」

 

「あぁ。世界樹に還り、浄化を待つ魂だったのではないかと考えている」

 

私は、小箱の中の種子へ視線を落とした。

青みがかった半透明の結晶。

その中心で、温かな光がゆっくりと脈動している。

急にそれがただの綺麗なものには見えなくなった。

 

「さらに奥へ進むと、泉があった。世界樹の内部にあるとは思えないほど澄んだ水を湛えた泉だ。その中央に、これが浮かんでいた」

 

クロードさんが、小箱の中身を示す。

 

「それが、世界樹の種子……」

 

「そうだ」

 

「……なるほど」

 

セシルさんが、何かに納得したように呟いた。

 

「……自己の生命の危機に瀕した世界樹が、外部の人間を招き入れて種子を託した。そう考えれば、筋は通る。……この集落と結界はそういうことか」

 

「結界に関してはそうだ。再び黒竜による襲撃などが起きれば、どうなってしまうか分からない。どこまで効果を発揮するか分からないが、襲撃を防ぐためにも保護する必要があった」

 

「集落は違うんですか……?」

 

「最初から集落を作るつもりだったわけではない」

 

クロードさんは、少しだけ苦笑した。

 

「私が調査と研究をするための拠点は必要だった。だが、結界の中に時折人が迷い込んできてな。魔物に襲われていた者。故郷を失った者。行く場所のない者。そういう者に住居を与え、保護しているうちに、いつの間にか集落の形になっていただけだ」

 

「あ……」

 

思わず声を漏らしていた。

私たちもそうだった。

故郷を失って、行く場所がなくて、やっと辿り着いたのがこの集落だった。

クロードさんは私たちに住む場所を用意してくれた。神社の再建まで手助けしてくれた。

それは、この集落ができるまでずっと繰り返されてきたことだったのか。

 

「エルフ連れてくるミコトを迎えに行くのに私を同行させたのもこれが理由?」

 

「世界樹の種子の発芽には、魔素が大きく影響する可能性が高い。もしフレスベルグに何かあれば、世界の魔素のバランスが崩れる。そうなれば、発芽研究にも看過できない影響が出る。だから、ミコトたちの増援として同行してもらった」

 

「なら最初からそう言え」

 

クロードさんは、ほんの少しだけ目を伏せた。

それを見たセシルさんは静かにため息を吐いている。

 

『頭がこんがらがってきた……トコヨは理解できた……?』

 

『ん? まぁはい。同一個体かは分からないですけど黒竜が世界樹を襲って世界樹がボロボロになった、世界樹の中で種子のようなものを見つけた、世界樹を守るために結界を張った、集落は人を保護してたらいつの間にかできてたってことですよね』

 

『……もしかして、トコヨが盗み見た研究ってこれのこと? フレスベルグを助けに行った方がいいって言ってた時にそんなこと言ってたけど』

 

『ですね。これ見たらフレスベルグを助けないといけないっていうクロードの主張は大体理解できたので』

 

『なるほど……確かにそうかも』

 

トコヨが言っていたあの時の謎の主張。

それがようやく腑に落ちた。

クロードさんの説明自体も私の知識不足でわからない部分はあるものの、納得できるものだった。

唯一納得できないことがあるとしたら、なんで私が呼ばれているのかという点だけだ。

セシルさんは分かる。

私がトコヨと話している間もクロードさんに色々確認している様子を見れば、彼女が力になれるのは疑いようもない。

だけど、なんで私が……?

今だって碌に話についていけてないのに。

そんなことを考えていたら、クロードさんが私とセシルさんを見据えて再び口を開いた。

 

「それで、協力してもらえるだろうか」

 

「協力自体は問題ないんですけど、一つ確認していいですか?」

 

「あぁ、なんでも聞いてくれ」

 

「どうして私なんですか?」

 

「どうして、か。聖魔法への造詣が深く、人格、技術面ともに信頼できるからだが」

 

「えっと、シルヴィアさんはダメなんですか……? シルヴィアさんの方が色々な知識を持っていると思うんですけど」

 

「シルヴィアは最近司教になったばかりで忙しそうだからな。彼女の負担を考慮した。いずれ落ち着いたところでシルヴィアにも相談させてもらうつもりではあるよ」

 

……確かに、シルヴィアさんは最近少し忙しそうだ。

頻繁に教会とやりとりをしたり神社のことも色々見にきてくれたりしている。

エルフの森の方にも状況把握のために頻繁に顔を出して聖都と頻繁にやり取りもしているみたいだし……

彼女の場合クロードさんに言われたらどんなに大変な時期でも全力で協力し始めるだろうし、そう考えるとクロードさんの判断はとても納得できた。

 

「分かりました。私でお力になれるなら、喜んで協力させていただきます」

 

「ありがとう。セシルはどうだ」

 

「対価の話を詰めようか」

 

セシルさんがニヤリと笑った気がした。

それを見て思わず苦笑してしまう。

どこまで行ってもいつも通りだった。

 

「望むものがあれば言ってくれ」

 

「落ち着いて研究できる隠し部屋」

 

「分かった、用意しよう」

 

即答だった。

あまりにも早すぎるその判断に呆然としてしまう。

 

「えっと、セシルさん?」

 

「……なに?」

 

「隠し部屋が欲しいんですか? 自分のお部屋があるのに?」

 

聞いた瞬間、セシルさんの顔が分かりやすく歪んだ。

あ、これは聞いてはいけないことだったのかもしれない。

 

「堕神官と駄犬が鬱陶しいから」

 

「……だ、堕神官と駄犬」

 

「シルヴィアとフリッカ」

 

誰のことを指しているのかは分かっていたけど、改めて言われるとひどい。

 

「えっと……シルヴィアさんはともかく、フリッカもですか?」

 

『ミコト、ともかくって……まぁあの母親みたいな過干渉を見てたら納得ではあるんですけど……』

 

うん。シルヴィアさんに関してはセシルさんも度々文句を言ってるから知ってるし今更ではある。

実際この前もセシルさんが研究中のぼさぼさの髪とはだけた部屋着で共有スペースに出てきたところに遭遇して色々と注意してたし。

 

「まず堕神官。こっちに関してはもうミコトに散々言ったでしょ。ちゃんと飯食えだの掃除しろだのただただうるさい」

 

「あ、あはは……」

 

「駄犬は声がでかい。足音もでかい。動きも無駄に勢いがある。堕神官に言われたからって私の部屋の前まで来て叫ぶ。扉を叩く音もでかい。こっちが返事しないと勝手に開けようとする。強引すぎる。鬱陶しい」

 

セシルさんはきっぱりと言い切った。

フリッカが聞いたら尻尾をしょんぼりさせてしまいそうだ。

でも、これを聞いていたら私まで不安になってきた。

 

「あの、セシルさん……私も邪魔になってたり、しないです?」

 

「……別に、ミコトは邪魔じゃないよ。私が研究してる時に声かけてきたりしないし」

 

「そ、そうですか? それなら、よかったです……」

 

よかった。本当によかった。

胸を撫でおろしながら、これからもセシルさんの研究中は邪魔をしないようにしようと心に誓った。

 

「場所を私とセシルと大工しか知らない状態にすればいいな。場所の相談は後日大工も交えてしよう」

 

「よし。それじゃあ交渉成立で」

 

「ああ。それと、2人には別途研究協力への報酬を支払う。そうだな……年間1000シルとしようか」

 

「ま、専従じゃないし妥当だね」

 

「ね、年間……?」

 

思わず聞き返してしまった。

 

「えっと、クロードさん。私の分は、遠慮させていただければと……」

 

「……遠慮?」

 

クロードさんが少し意外そうに目を瞬かせた。

セシルさんは、何を言っているのか分からないと言いたげな顔でこちらを見ている。

 

「私はもう、クロードさんに住む場所も用意していただいていますし、神社の再建にもたくさんご協力いただいています。それなのに、さらに報酬までいただくのは……」

 

『いやいや、受け取っておけばいいじゃないですか。ミコト、今碌な収入ないですよね? 報酬貰えばミコトの好きな甘いものも買えますし、欲しかったあんなものを買うこともできるかも。ほら、受け取りましょう』

 

『甘いものは関係ないでしょ……』

 

『ありますよ。とても大事です』

 

『大事かもしれないけど、そういう問題じゃなくて……』

 

トコヨは本気なのか冗談なのか分からない顔で頷いている。

確かにお金はあって困らない。

神社の再建だってまだまだ必要なものは多いし。

だけど、それとこれとは別だ。

クロードさんにはもう沢山良くしていただいているんだから、これ以上は流石に気が引けてしまう。

 

「ミコト」

 

クロードさんが、穏やかな声で私の名前を呼んだ。

 

「君がそう考えるのは分かる。だが、これは私からの厚意ではない」

 

「厚意ではない、ですか?」

 

「ああ。研究協力への正当な報酬だ。むしろ、受け取ってもらわなければ困る」

 

困る。そう言われて、首を傾げてしまう。

私が受け取らなければクロードさんの負担は減るはずなのに、困るとはどういうことだろうか。

 

「今回の研究は、内容が内容だ。世界樹の種子、世界樹の損傷、出生数への影響。どれも軽々しく外へ漏らしていい情報ではない」

 

「それは、そうですね……」

 

公表されれば混乱が起きる。

それは、さっきクロードさん自身が言っていたことだ。

世界樹が傷つき、輪廻に影響が出ているかもしれない。

そんな話が広まれば、きっと誰も平静ではいられない。

 

「協力してもらう以上、守秘義務を課すことになる。それはつまり、君たちの行動に制限をかけるということだ。知識を得ても自由には話せない。研究に時間を割くことにもなる。時には、神社の仕事を調整してもらう必要も出てくるかもしれない」

 

「それは……」

 

「それを無償で求めるのは、協力ではなく搾取に近い」

 

そうはっきりと言われて、言葉に失った。

そんな強い言葉を使われるとは思っていなかった。

 

「ミコトは私がこれまで住居や神社の再建を手配したことを気にしているようだが、それは集落の元締めとして当然のことをしただけだ。故郷を失い、行く場所のない者を保護する。この集落では珍しいことではない」

 

「でも、私たちは特にたくさん助けていただいています」

 

「そうだとしても、それは今回の研究協力とは別の話だ」

 

クロードさんはそこで一度言葉を切って、私をまっすぐ見た。

 

「今回の報酬は、守秘義務を遵守してもらうことへの対価であり、研究に協力してもらうことへの対価だ。君の善意に甘えて減らしていいものではない」

 

「……対価ですか……」

 

「私が無償で協力して欲しいと言えば、きっと君は本当に無償で動くだろう。だが、私がそれを認めてしまえば、君の誠実さに付け込む形になる」

 

そんなつもりはない。

そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。

クロードさんは、私がどう思っているかではなく、クロードさん自身がどう扱うべきかを話しているのだと気づいたから。

 

「報酬を受け取ってほしい。そうすることで、これは対等な協力になる」

 

『ほら、受け取りましょう。クロードもこう言ってますし』

 

『……トコヨ、目的はさっきのでしょ』

 

『たとえ目的が甘味だったとしても、受け取るという結論は同じなので問題ありません』

 

相変わらずすぎる。

特にトコヨは私と同じで甘いものが好きだから食べ物目的に聞こえて仕方ない。

……まぁ、今はいいか。

 

「……分かりました。受け取らせていただきます」

 

「よし」

 

「話ついたね。ならクロード、既存の研究成果まとめてるところに案内して。現状を把握したいから」

 

「ああ。すぐ案内しよう。ミコトには別件で話があるから少しここで待っていてくれ」

 

「別件ですか……? 分かりました」

 

心当たりがないその言葉に疑問符を浮かべながら、とりあえず言われた通り待つことにした。

 

 

 

「以前話していた神社による治療院の開設を早めたいんだ」

 

戻ってきたクロードさんにいきなりそう切り出された。

 

「少し事情が変わってしまってな。治療院の建設を急ぐとともに、建設が終わる前から、ミコトたちには活動を開始してもらいたい」

 

「事情ですか……?」

 

私が聞き返すと、クロードさんは少しだけ目を伏せた。

さっきまで世界樹の種子の話をしていた時ほどではないけど、その表情はとても真剣だった。

 

「エルフたちのことだ。リオレ大森林から来た者たちは、この集落に身を寄せてくれている。だが、彼らは人間と教会に対して強い不信感を抱いている」

 

そう言われて、すぐに理解できた。

当然だ。

人間に森を焼かれた。

沢山の家族や友人を殺された。

そこに聖堂騎士団も関わっていた。

人間や教会をすぐに信じろという方が無理な話だ。

 

「生活環境は整え始めているが、怪我をしている者もいる。長旅の疲れや、森を失った心労もあるだろう。治癒を受けることができる場所は必要だ。だが、今のエルフたちにとっては、教会の神官であるというだけで刺激になりかねない。シルヴィアとフリッカの腕や人格を疑っているわけではないが……」

 

「……そう、ですね」

 

シルヴィアさんは優しい人だ。

フリッカも真面目で、困っている人を放っておけるような子ではない。

でも、エルフの人たちがそれを理解するには、まだ時間が足りない。

 

「その点、ミコトはエルフへの使者としてリオレ大森林へ向かい、彼らをこの集落まで導いた。他の者より受け入れやすいだろう。君たちに任せた方が、エルフたちの心を荒立てずに済むと思うんだ」

 

「……なるほど」

 

確かに、そうかもしれない。

私たちの巫女服は、シルヴィアさんたちの神官服とはまったく違う。

それは使者になった理由の一つでもある。

教会の使者として出向いた私がいる以上、無関係とは受け取らないだろうけど、事情を説明すれば理解してもらえるかもしれない。

 

「分かりました。エルフの皆さんのためになるなら、治療院の開設を早めることに異論はありません。サヨにも話して、手伝ってもらえるようにします」

 

「助かるよ。ただ、これはミコトとサヨに負担を押し付けるための話ではない。治療院の運営についても、集落として支援するつもりだ」

 

「支援ですか?」

 

「ああ。施設の建設はこちらで行う。神社に併設する形にするか、少し離して建てるかは相談になるが、資材と大工の手配は私が行う」

 

また、即断だった。

神社の時もそうだったけど、クロードさんはこういう支援をする時の判断が早すぎる。

 

「加えて、治療院には集落から補助金を出す」

 

「補助金というと……?」

 

「簡単に言えば、治療院を維持するための資金を集落が一部負担するということだ。目的は二つある。一つは、集落内の治癒資源を確保すること。もう一つは、金銭的な余裕がない者でも治癒を受けられるようにすることだ」

 

「治癒資源の確保……」

 

「魔物が出る土地で暮らす以上、怪我人は必ず出る。病人も同じだ。治癒を受けられる場所が安定して存在することは、集落全体の安全と安心に直結する」

 

「それは、そうですね」

 

「ただ、治癒に対価を求めすぎれば、金がない者ほど治癒を受けられなくなる。だから、治療院で行う治癒は原則無料にしてほしい」

 

「一応、こちらとしても治癒は無料に、聖水で最低限の維持費を確保しようかと考えていたところでしたが……」

 

「聖水に関しても、瓶代程度の最低限にとどめてもらいたい。代わりに建物の維持費、薬草や布などの消耗品、人件費などの足りない分を集落の税収で補填する形をとる」

 

治療院が困らないようにするためのお金。

それと同時に、怪我をした人や病気になった人が、お金を理由に治癒を諦めなくていいようにするための仕組み。

とてもいい仕組みなのは間違いなかった。

 

「分かりました。よろしくお願いします」

 

「ああ。細部を詰めていこう。このまま相談しても大丈夫か?」

 

「はい!」

 

クロードさんの言葉に勢いよく頷く。

そのまましばらく、クロードさんと治療院について相談していった。

 

 

 

治療院の話し合いが終わったころには、外はオレンジ色に染まっていた。

その後クロードさんはセシルさんがいる研究資料がある場所に私も案内してくれた。

部屋の中では本一山をすぐ近くに置いたセシルさんが、本を集中して読み込んでいた。

 

「——ん? あぁ、話終わったの? クロード、この一山持ち帰るから。明日には返しにくる。それでいい?」

 

「ああ。問題ない」

 

クロードさんにそのことを確認するために待っていたのか、セシルさんはそれだけを端的に聞いていた。

私も研究のお手伝いをしないと。

何を手伝えばいいだろうか。

……セシルさんに聞いてみるか。

 

「セシルさん! 私もお手伝いしますよ! 何か手伝えることはありますか!」

 

「え?……………………ミコトに頼むことが出来たら私から声かけるよ」

 

「えっ、そ、そう、ですか?」

 

凄まじい間の後に、目を逸らされた。

 

『ね、ねぇトコヨ。今の間ってもしかして……』

 

『……まぁ、役立たずとか思われてたんじゃないですかね』

 

『やっぱりぃっ!!』

 

あまりの衝撃にショックを受けて落ち込んでしまう。

私、役立たず?

気合を入れていただけにその振れ幅は大きかった。

 

「…………はぁ。ならこの本運ぶの手伝ってよ。10冊はあるから。往復めんどい」

 

「……! は、はい!」

 

明らかに気を遣われたセシルさんのその提案を受けて気合を入れなおす。

頭脳労働で役に立てないなら肉体労働で役に立とう。

——そう気合を入れていたのに、渡されたのは4冊で、セシルさん自身が6冊持っていた。

抗議してもっと持つと主張したら、自分より小さい上に力もなさそうなやつに多めに持たせるわけないってはっきりと言われた。

トコヨにも笑われてとても悲しい気持ちになった。

あれ、というかセシルさんソルミアで物を浮かせたりしてたんだから1人でも往復無しで運べたんじゃ……

…………考えないようにしよう。

 

 

 

元締め邸を後にして、セシルさんの部屋に本を運び込む。

その最中に、セシルさんが思い出したように呟いた。

 

「そうだ、ミコト。聖典って持ってる?」

 

「聖典ですか? 持ってないですけど……」

 

「まじか……じゃあ堕神官に借りないといけないのか」

 

私が持ってないと正直に言うとセシルさんが顔をしかめた。

 

「聖典って何に使うんですか?」

 

「研究だよ。世界樹の種子の発芽なら、聖典の世界樹創造のあたりは参考になると思っただけ」

 

「なるほど……? それなら、私がシルヴィアさんに借りてきましょうか?」

 

「まじ?……助かる。お願いしていい?」

 

「任せてください!」

 

初めてセシルさんに明確に頼りにされている気がする。

その嬉しさに胸を張って請け負った。

そんなタイミングで、入口の扉が開いた音がした。

そっちを見ると、シルヴィアさんがちょうど帰宅したところだった。

ミッションを果たすときだ!

 

「シルヴィアさん! おかえりなさい! ちょっと相談があるんですけどいいですか?」

 

「ただいま戻りました。——相談ですか?」

 

「はい。聖典を貸していただきたいんです」

 

「別に構いませんけど……何に使うんですか?」

 

「セシルさんが読みたいそうなので、私が代わりに借りに——」

 

『あ、ちょっ、ミコトっ!』

 

私が理由を説明した瞬間、シルヴィアさんが固まった。

トコヨも慌てた様子でこっちを止めようとしてきていた。

……私、何かやってしまっただろうか。

 

「——セシルさんが? 聖典を? 本当に?」

 

「え、っと、は、はい」

 

私が肯定すると、シルヴィアさんはギギギと音がなりそうな動きでセシルさんの部屋の方を向いた。

私もそっちを見ると、セシルさんが絶望したような表情で部屋に逃げ込むところだった。

次の瞬間、シルヴィアさんがセシルさんの部屋に走って行ってしまった。

 

「ついに! ついに心を入れ替えてくださったんですね!! もちろん聖典はお貸しさせていただきますし、なんなら私が主の教えのなんたるかを細かく説明させていただきます!! あぁ! 今日はなんて良い日なんでしょうか!! これを機にお部屋の掃除も——」

 

や、やっちゃった……?

トコヨの方を見るとあーあとでも言いたそうな顔で私の方を見ていた。

 

「早く助けろ馬鹿箱入り娘ーっ!!」

 

しばらく呆然としていたけど、セシルさんの怒声が響いてきて正気に戻った。

大急ぎでセシルさんの部屋に入って、シルヴィアさんの誤解をなんとか解くことができた。

その後、私がセシルさんにお説教されたのは言うまでもなかった。

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