天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
「学術都市?」
エルフの人たちに挨拶をしてから森を出て、私とセシルさんは集落の中を歩いていた。
「そ。学術都市ヴァイスタール。世界で唯一の魔術学院と魔術書だけを収めた魔道図書館がある独立都市。それが今回の行先」
「魔術学院……魔道図書館……」
聞いたことすらない施設ではあるんだけど、大体想像はつく。
つまり、魔術を教える学校がある場所ってことか。
「そのヴァイスタール? には、何をしに行くんですか?」
「例のやつで試してみたい術式にあたりはつけたから、それを作るのに必要な魔術書を写本しにいくだけ」
「写本?」
「ミコトもこの前の悪質な魔術書擬き見たでしょ」
「えーと……あ、はい。見ました見ました」
リーゼちゃんと一緒に散策していた時に行商人に見せてもらったやつか。
「写本ってそんなに難しいんですか?」
「あれは魔術師未満のやつが碌に内容も理解しないで雑に写本したから悪質な感じになってただけ。ちゃんと丁寧に写本したら普通はあんなことにならん」
「……あれ、それって私が手伝えるんですか……?」
「ちゃんと簡単なやつ見繕って指示出すよ。単純作業だから馬鹿じゃなければ慣れればできる」
「馬鹿じゃなければ……?」
「馬鹿じゃなければ」
セシルさんにからかうような笑みを向けられて、背筋に冷たいものが走った。
『こ、これ、もしかして、指示通りに出来ない場合……』
『間違いなくどうしようもない馬鹿だって思われますね。セシルだから面と向かって言われる可能性すらあります』
『そんなことになったら心が折れかねないんだけど……!』
『ならそうならないように頑張るしかないですね。私も応援してあげます。前みたいに、フレー! フレー! ガンバレミコトー! って。応援だけですけど』
『手伝ってくれないの……?』
『私に魔術のことなんか期待するだけ無駄ですね~。ミコトも同じような状況でしょうに』
『う~……確かにそうだけど……』
トコヨのあまりにもな物言いに、絶望的な気分になってしまう。
思い悩んでいたら、トコヨが目の前に回り込んできた。
『逆に言えば、セシルはミコトならできると思ったから手伝ってくれって言ったんですよ、これ。致命的な馬鹿だと思われてたら誘ってきませんよ、セシルの性格的に。無駄なことは徹底して嫌ってますし』
『ぇ……そう、なの……? そうだね…………そっか……うん、頑張る』
確かに言われてみたらそうかもしれない。
気分が少し上向きになった。
失敗なんか気にしてても仕方ないし、頑張ろう。
ダメだったら教えを乞えばセシルさんなら教えてくれる気がするし。
「そういえば、もうどうするのか思いついたんですか……? まだ一週間くらいしか経ってないですけど」
「一応言っておくけど、あくまでまだ机上の空論。これを実際に試してさらに調整なり新しく魔術考えるなりしないといけないの。だからなるべく早めに構築して結果を確かめないといけない」
この感じだと、本当にこれで世界樹の種子の発芽につながるとは思ってないけど、この結果を受けて今後の対応を考えていくってことなのかな。
それなら急ぐのも納得だ。
「そうなると、護衛を見つけたらすぐに出発する感じですか?」
「護衛を見つけて、その護衛と予定の調整して、個人馬車の予約取り付けてって作業は必要。出るまで1週間くらいはかかるんじゃない? その間にミコトも出られるように調整しといて」
「分かりました!」
1週間もあればサヨに細かく指示を出しておくのも問題なくできるだろう。
そうなると、とりあえず今は護衛探しか。
「セシルさんって護衛に心当たりとかはあるんですか?」
「……ない」
「そっか……それなら、シスイとかはどうですか? 誘ったら来てくれる気はしますけど」
「……一応そいつも候補の一人。普段どこいるか知ってる?」
「シスイなら、ほぼ鍛錬場化しちゃった広場にいることが多いですよ!」
「広場……? あぁ、あそこか。じゃあそこ行くよ」
お弁当を渡した時もそこにいたし、シスイは集落にいる時は大体そこで剣を振っている気がする。
この前支度金の使い道を相談する集まりに呼ぶために探した時もそこにいたし。
広場に近づくにつれて、木剣を打ち合わせる乾いた音が聞こえてきた。
硬い木材同士がぶつかる音が、何度も何度も響いている。
訓練場として使われるようになった広場から聞こえてくる音だ。
広場の中央では、シスイとライルさんが木剣を構えていた。
その二人の前に、見知らぬ男の人が立っている。
年上の、おじさん……いや、お兄さん……?
多分、30歳、くらいだろうか。
赤茶色の髪をした背の高い人で、少し気だるげな雰囲気をまとっている。
3人とも木剣を手にしていて、ライルさんのものだけは大剣を模した大振りのものだった。
「行くぞ!」
ライルさんが踏み込む。
それに合わせて、シスイも反対側から距離を詰めていく。
2人がかりの挟撃。
ライルさんが正面から圧をかけて、シスイが横合いから切り込む。
2人とも、動きに迷いがない。
何度も見たことがあるけど、ライルさんの剣は鋭くて重い。
シスイも、以前よりずっと鋭くなっているように見えた。
あの2人が連携して魔物に苦戦しているところなんて見たことすらない。
あの2人に同時に攻められた時点で優勢に進むか、悪くても均衡状態に持ち込めるかだろうと私は考えていた。
その男の人は半歩だけ下がった。
ライルさんの木剣が空を切る。
その直後、男の人の木剣が軽く跳ねた。
硬い木材同士がぶつかる乾いた音が鳴る。
シスイの剣筋がわずかに逸らされる。
それだけで、シスイの木剣はライルさんの踏み込みを塞ぐ位置に流れてしまった。
ライルさんが咄嗟に足を止める。
その一瞬の隙間を、男の人はするりと抜けた。
走ったわけじゃない。
大きく避けたわけでもない。
なのに、気づけば男の人は2人の背後にいた。
「おー、危ねぇ危ねぇ」
全然危なそうに聞こえない声でそう言いながら、男の人の木剣の先がライルさんの脇腹の近くで止まる。
触れてはいない。
だけど、あと少し振り抜かれれば、それだけで肋骨を砕きかねない距離だった。
「くそっ……」
ライルさんが顔をしかめながら距離を取る。
その間にも、シスイはすぐに体勢を立て直していた。
今度はシスイが先に動いた。
真正面から踏み込み、木剣を振り下ろす。
だけど、木剣が触れ合う寸前で足運びが変わった。
身体を低く沈め、下から切り上げるように軌道を変える。
男の人は、それを見ても表情を変えなかった。
木剣を受け止めることすらしない。
正面からぶつけて押し返すこともない。
木剣の腹で、シスイの木剣の腹をほんの少し押す。
それだけで、シスイの剣筋が外れた。
「っ」
体勢を崩したシスイの首元に、男の人の木剣が添えられる。
触れるか触れないかの距離。
少しでも手元が狂えば、首の骨を砕きかねない距離だった。
それでも、男の人の手元にはまるで揺らぎがない。
「惜しかったな」
軽い声。
その直後、男の人はシスイから木剣を引くと、振り返りもせずに背後へ木剣を動かした。
また乾いた音が響く。
背後から打ちかかっていたライルさんの木剣が弾かれていた。
「これも駄目かよ……!」
ライルさんが絞り出すように唸ると同時に、男の人は今度は自分から踏み込んだ。
一歩。
たった一歩だった。
なのに、空気が変わった。
木剣の先が見えない。
動いたと思った瞬間には、ライルさんの木剣が跳ね上げられていた。
ライルさんが咄嗟に踏みとどまろうとしたところで、男の人の足が軽くライルさんの足元に触れる。
ほんの少し、体勢を崩すように動かしただけに見えた。
それだけで、ライルさんの身体がぐらつく。
その隙を逃さず、男の人の木剣がライルさんの喉元で止まった。
「……参った」
ライルさんが両手を上げる。
その横から、シスイがもう一度踏み込もうとしていた。
だけど、男の人はそちらを見もしなかった。
ライルさんの喉元から木剣を引いた勢いのまま、腕だけを伸ばす。
シスイの木剣が届く前に、男の人の木剣の先が、シスイの眉間の前にぴたりと置かれていた。
「……参りました」
「俺の勝ちだな。約束は守ってくれよ」
「……分かってます」
「くそ、二人がかりでも駄目か……」
ライルさんが悔しそうに呟く。
シスイも黙って落ちた木剣を拾い上げようとしていた。
私は慌てて2人の方へ駆け寄る。
「シスイ、ライルさん、大丈夫ですか? 怪我は?」
「ミコト様……? はい、問題ありません」
「俺も平気だ。まともに打たれてはねぇよ」
「本当ですか? どこか痛むところとかは……」
「大丈夫だって。完全に手加減されてたしな」
ライルさんは苦笑しながらそう言った。
手加減。あれで手加減なのか。
思わず、少し離れたところに立っている男の人を見てしまう。
2人とも本気で勝ちに行っていたように見えた。
それなのに、あの人だけが、最初から最後まで危ない場所に立っていないみたいだった。
「あの、約束って……?」
私が首を傾げると、シスイが答えようとした。
だけど、それより先に男の人が口を挟んできた。
「俺が勝ったら今夜の飯と酒の金を出すから模擬戦してくれってそこの2人にねだられたんだよ」
「……それで、受けてくださったんですか?」
「タダ飯食ってタダ酒飲めるなら、悪い話じゃねぇしな」
あまりにも軽い返事だった。
でも、さっきの試合を見てしまった後だと、その軽さすら妙に恐ろしく感じる。
セシルさんが隣に来て、男の人を見ながら小さく呟いた。
「へぇ」
「セシルさん?」
「思ったより当たりかも」
「当たり……?」
「護衛」
その言葉に、ようやく私はここに来た理由を思い出した。
そうだ。
私たちは、学術都市まで同行してくれる護衛を探しに来たのだ。
でも、あの人に頼むということだろうか。
シスイとライルさんの2人を相手に、軽くあしらってしまうような人に。
「2人ともさっさと立て。食事処行くぞ。奢ってくれるんだろ」
「今からですか!?」
「おう。お前さんたち条件付けなかっただろ? なんだ、嘘だったのか?」
「い、いえ、そういうわけでは」
男の人はシスイとライルさんを連れてそのまま歩いて行ってしまう。
あれ、声かけなくてよかったのだろうか。
「声かけなくていいんですか?」
「人格見てからね」
「人格……?」
「…………ミコト、いい加減警戒心持った方がいいよあんた。今まではシスイとかに依頼してたからよかったのかもしれないけど、護衛とか言って依頼者襲って金目の物取った上に色々やらかしてくるクソ傭兵もいるんだから」
「えっ」
思わず声が漏れた。
護衛というのは、旅の間守ってくれる人のことだと思っていた。
当然、依頼したら守ってくれるものだと考えていたんだけど……
でも、セシルさんの言い方だと、そんな単純な話ではないらしい。
「え、えっと……護衛なのに、襲ってくるんですか……?」
「そういうのもいるって話。護衛って肩書き使って近づけば警戒されにくいし、村とか街の外なら人目も少ない。依頼者が弱ければ奪う方が早いって考えるやつもいる。なんなら、見た目が好みの女だからって理由で性的に襲う輩もいる」
「そんな……」
「そんな、じゃない。世の中そんなもん」
あまりにもさらっと言われて、言葉に詰まってしまう。
今まで護衛をしてくれていたのはライルさんやシスイだった。
2人とも信用できる人だったから、私はそもそも護衛というものを疑う必要があるなんて考えたことすらなかった。
『これに関してはセシルが正しいですね、多分ですけど』
『トコヨまで……?』
『セシルの言ってることが事実だとして、あの人にすぐ声をかけるのが正解だったと思えますか?』
『……それは、その……ごめん……』
本当に言っていた事例があり得ることなのだとしたら……
そこまで考えたところで、何も言い返せなくなってしまった。
「でも、あの人はシスイとライルさんの知り合いなんですよね……?」
「知り合いだから安全とは限らないでしょ。あの2人がどの程度あの男のこと知ってるのかも分からないし」
「そ、そうですね……」
確かに、シスイとライルさんが試合をお願いするくらいだから、全く知らない人ではないのかもしれない。
だけど、それがどこまでの関係なのかは分からない。
さっきも、約束の内容が食事とお酒を奢るというものだったらしいし、親しい友人というよりは腕試しの相手として頼み込んだという感じだった。
「それに、腕が立つのと信用できるのは別。腕は今ので見た。少なくとも魔物相手なら問題ない。あとは信用できるかどうか見る」
「それで、人格……」
「そ。食事処ならあの男も気が抜けるだろうし、シスイとライルの反応も見れる。そこで判断する」
「セシルさん、そういうの慣れてるんですか?」
「旅してたことあるって前言ったでしょ」
「言ってましたけど……」
「女の一人旅は舐められやすいから、護衛とか同行者選びは失敗すると面倒だったの。だから多少は見る」
「……セシルさんって、やっぱりすごいですね」
「何が?」
「色々知ってて」
「ミコトが知らなすぎるだけ」
「うっ」
あまりにも容赦がない。
でも、否定できないのが悲しい。
セシルさんはそう言うと、男の人たちが歩いていった方へ向かって歩き始めた。
私も慌ててその後を追った。