天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
「「ついたー!」」
『いえーい!! これで干し肉からはおさらばですよ!!』
馬車から降りてすぐに、リーゼちゃんと一緒に喜びを露わにする。
長かった。本当に長かった。
馬車で移動を始めて1週間ちょっと。
特に何ができるでもなくただひたすらに馬車に座って野宿と立ち寄れる集落への宿泊を繰り返す日々。
正直に言って飽きてしまっていた。
セシルさんとか途中からほぼ会話もしないで無言で寝てることも多かったし。
私とリーゼちゃん、フレスベルグ、ついでにトコヨで話したりして暇をつぶすくらいしかできることが無かったのだ。
聖都行きの短い馬車と同列視したのが良くなかったんだろう。
魔物の襲撃もルドガーさんが宣言通りすごい速さで処理しちゃうから、私たちが手伝う必要性皆無だったし。
「あんまり離れるなよちびっ子ども」
「これから門で検問だから、そこの箱入り娘2人は荷物出せるように準備しとけ」
「ちびっ子……!?」
ルドガーさんのあまりにもな言葉が聞こえて固まってしまった。
セシルさんの箱入り娘扱いも似たような空気を感じる。
16歳のセシルさんが別扱いで私たちだけちびっ子扱いはおかしくないだろうか!?
「私もう15歳ですよ!?」
「わ、私も14です!!」
「着いた途端嬉しそうに駆け出して馬車降りてったのを見てそう言ってるんだが……」
私とリーゼちゃんが抗議すると、呆れたような表情のルドガーさんにそんなことを言われてしまった。
「え、そんなにおかしかったですか……?」
「た、楽しみだった気持ちのままに動いただけなんですけども……」
「それが子供だって言われてるんだよ。気づけ。というか、ミコトはともかくエルフの14歳は子供って言われてもなんらおかしくないと思うんだけど? あんたらの成人100歳だろ」
「そ、それはそうなんですけど……」
……え、私、同列視されたよね?
セシルさん的に子供扱いでおかしくないって判断されてるリーゼちゃんと……
『と、トコヨ……? 私、そんなに子供じゃないよね? 大丈夫だよね? も、もう筆頭巫女なんだから、子供なわけ——』
『いや、普通に子供だと思いますよ。うん、私は大人ですけど、ミコトは興奮してたから子供です』
早口で遮られた上に子供扱いされてイラっときた私は悪くないのではないだろうか。
というか、なんで自分のことを棚に上げたこの駄幽霊。
私を子供扱いして相対的に自分を大人にしようとしたなこいつ。
『……干し肉に文句言いまくってた上に、私と一緒に馬車飛び出していえーい! なんて言ってたトコヨのどこが大人!?』
『ミコトには私のにじみ出る大人オーラが分からないんですか!?』
『私が子供扱いならトコヨだって子供でしょー!? 見た目からしてお子様なくせにぃ!!』
『カッチーン。はい今触れてはいけないところに触れました! 見た目がお子様な頃のミコトを知ってる私にいい度胸してますねミコト!!』
『それは今関係ないでしょ!!』
『関係ありますぅ! ミコトが何歳までおねしょしてたか暴露大会でも開いてあげましょうか!?』
『んなっ!!?』
耳まで一気に熱くなるのを感じた。
許せん。私の記憶がないくらい昔の話を持ち出すトコヨは卑怯じゃないだろうか。
「ほら、早く検問の列並ぶよ。いつまでも子供かどうかなんて無駄話してる暇ないから」
「……はい」
「す、すみません」
セシルさんの声で頭に冷や水をかけられたくらい一気に冷静になった。
……こんなくだらないことを気にしてても疲れるだけか。
『……こういうのが大人ってことなんですかね』
『セシルさん、私と1歳しか違わないはずなんだけど……』
『性格的な違いが大きそうですけど……まぁ、長く生きてれば大人になれるなんていう単純な話じゃないってことなんじゃないですかね』
『……トコヨみたいに?』
『おっとぉ? 二回戦をご所望ですか?』
『ご、ごめんごめん!』
『まったく』
私にしか声が聞こえないトコヨとの喧嘩なんて不毛なだけ。
そう自分に言い聞かせて無理やり納得させた。
……あとでトコヨが味覚共有してるときにこっそり辛いものでも食べて反撃するか。
いや、でも私も辛いの嫌いだしダメージが大きいからやめておくか。
冷静に冷静に……
自分に暗示をかけるように内心で繰り返しながら、セシルさんたちに続いて検問の列に並んだ。
検問はすんなり通ることができた。
セシルさんがこの都市の市民証を持っていて、私とリーゼちゃんは自宅に、護衛のルドガーさんは宿屋にって感じでどこに滞在するのかまで明確にしたらすぐに通されたくらいだ。
一応ルドガーさんに街中で剣は抜かないようにとか説明はされてたけど、本当にそれだけだった。
積み荷の確認とかをされていて大変そうな商人さんとかと比べるとすごい格差だった。
それよりも重要なのは……
「セシルさん……!」
「……なに」
「私、セシルさんのお家に泊めてもらえるんですか!?」
「——そうだけど……なに。鬱陶しい。離れろ」
セシルさんを見上げながら期待を込めて確認したら嫌そうな顔を浮かべながら目を逸らされた。
照れ隠しだよね? 多分。
嫌ならそもそも自宅に泊めるなんて選択肢は取らないはず。
だって私とか護衛の宿泊費はクロードさんが払ってくれるって話だったはずだから、わざわざ節約する必要がないはずだし!
「ほら、さっさと行くよ」
「ふふ、はーい! 行こ! リーゼちゃん!」
「はいっ!」
リーゼちゃんと一緒に門を出て街の中に入った。
視界に入ったのは、すごい活気の都市だった。
ただ、聖都とは全然違う。
聖都も門の近くは旅人や商人が多くて、思っていたほど宗教一色という感じではなかった。
入口付近には屋台も宿もあって、信徒ではなさそうな人もたくさん行き交っていたし、いきなり大聖堂の中に放り込まれるみたいな雰囲気ではなかった。
でも、ここは門を抜けた瞬間から雰囲気が違った。
まず目についたのは、本を抱えた人の多さだった。
分厚い本を胸に抱えた若い人。
紙束を紐で括って小脇に抱えている人。
羽ペンを耳に挟んだまま、何かをぶつぶつ呟いている人。
杖を背負っている人もいれば、動きやすそうなローブを着ている人もたくさんいる。
なんなら、同じ紋章が付いているおそろいのローブを着ている人も結構いる。
それに、通り沿いのお店も普通の街とは少し違っていた。
本屋は一軒だけではない。
店先に並んでいる本の表紙には、見慣れない魔術陣や術式らしい模様が描かれているものが多い。
武具店らしきお店にも剣や槍より杖が目立っていて、店の奥にはローブや手袋のようなものが吊るされていた。
別のお店では、瓶詰めにされた粉や液体、乾燥した草、色のついた石の欠片みたいなものが棚にぎっしり並んでいる。
「すごい……本当に魔術師向けの街なんですね……」
思わず声が漏れた。
「見たことないお店がいっぱいです……!」
リーゼちゃんも目を輝かせながら、きょろきょろと周囲を見回している。
肩に乗っているフレスベルグも、街の雰囲気が珍しいのか、首を小さく動かして通りを眺めていた。
嘴をカチカチと鳴らしている感じからして、リーゼちゃんに声をかけたりもしているのかもしれない。
『ミコト! 見てください! あの瓶がいっぱい並んでいるお店! 絶対に美味しい何かですよ!』
『え、いやあれは流石に違うんじゃ……』
『まだ分からないじゃないですか! 瓶に入っているなら蜜とか果実の煮詰めたやつかもしれませんし!』
『葉っぱとか石も見えるんだけど……!?』
気持ちは分かるけど、トコヨもいつも通り騒がしい。
何もかも珍しくて、私だってどこを見ればいいのか分からなくなっているくらいだ。
「セシルさん、あれはなんのお店ですか?」
「……素材屋。錬金術師向けの薬草とか鉱石とか、そういうのを売ってる」
「あ、やっぱり食べ物ではないんですね」
「当たり前でしょ。なんで食べ物だと思ったの」
「い、いえ、少し気になっただけです」
危なかった。
やっぱり私が正しいじゃないか。
トコヨのせいで私が変な人みたいになってしまった。
『やっぱり違ったじゃん!』
『私は口に出してませんからね。聞いたのはミコトです』
「感心するのもいいが道の真ん中で立ち止まるな。邪魔になるぞ」
ルドガーさんに言われて、慌てて道の端に寄った。
確かに人通りが多い。
旅人、商人、魔術師らしい人、学生らしい若い人。
馬車も入ってきているし、荷物を積んだ台車を押している人もいる。
門を抜けたばかりの場所だから余計に混雑しているのかもしれない。
「相変わらずだな、ここは。どこ見ても本か杖か変な瓶ばっかりだ」
「ルドガーさん、ヴァイスタールに来たことがあるんですか?」
「護衛依頼で何度かな。長居したことはねぇけど」
ルドガーさんは慣れた様子で周囲を見渡していた。
初めて見る私やリーゼちゃんとは違って、物珍しさよりも道や人の流れを確認しているように見える。
「依頼主殿。宿であんたのおすすめはあるか?」
「宿泊区画はこの先。長期滞在者向けの宿、貸部屋、貸家が固まってる。別にどれでもそう変わらないけど、護衛とか傭兵が泊まるなら、三つ目の角を右に曲がってすぐの宿が無難。朝夕の食事もつくし」
「あぁ、前に泊まった辺りだな。その宿、酒は?」
「酒は知らん」
「ま、いいのが無けりゃ適当な酒場漁ればいいか」
「……一応言っておくけど、宿代はこっちで持つけど飲食は自分持ちだから」
「分かってるよ」
ルドガーさんはそれだけで納得したようだった。
長旅の後だと、普通の食事というだけで十分ありがたいのは私にも分かる。
干し肉から解放されるだけで、たぶん何でも美味しく感じる。
「今後の予定は?」
「私たちはしばらく図書館に入り浸る。外に出るときには声かけるから、もしあんたが街から出るならこの住所にきて先に伝えて」
「了解。……依頼主殿はいいとして、お嬢さん方、浮かれるのはいいが、夜はあんまり出歩くなよ。この街、道そのものは分かりやすいが、宿泊区画と学院周りで人の流れが全然違う。慣れないうちは普通に迷う」
「ま、迷子にはなりませんよ!」
「た、多分大丈夫です!」
「多分って言ってる時点で怪しいんだよなぁ」
ルドガーさんが呆れたように笑う。
また子供扱いされた気がする。
でも、ここで反論するとさっきの繰り返しになりそうだったので、ぐっとこらえた。
「んじゃ、俺は適当にしてるから、必要な時は呼んでくれ。宿決まったらそれだけこの住所に伝えにいく」
「女好きなのは知ってるけど騒ぎは起こすなよ。街に入れた私がめんどくなる」
「分かってるよ、依頼主殿。依頼主に迷惑かけるようなことはしねぇから安心しな」
そう言ってルドガーさんは手をひらひら振りながら歩いて行ってしまった。
「セシルさん、私たちは……」
「こっち。私の家に行くから」
家。
セシルさんの家。
その言葉だけで、さっきまで街並みに奪われていた意識が一気に戻ってきた。
「セシルさんのお家……!」
「なにその反応……」
「だって、お友達のお家に泊めてもらうなんて初めてなので……!」
「私も初めてです!」
「……別に、泊めるだけでしょ」
セシルさんはそう言いながら顔を逸らした。
『ミコト、お泊まり会ですよ。お泊まり会』
『お泊まり会……! シルヴィアさんに借りた小説にも載ってたよね!』
『まぁ相手はセシルですし、浮かれすぎると普通に鬱陶しがられそうですけど』
『怒られない程度に気を付ける!』
気を付けるけど、楽しみなものは楽しみなのだ。
同年代のお友達の家に泊めてもらうなんて、故郷では絶対にできなかった。
そもそも同年代のお友達なんて故郷にはいなかったし。
門の近くから少し離れると、宿泊施設が並ぶ区画に入った。
看板に月単位の料金らしい数字が書かれている宿もあるし、貸部屋と書かれた札を出している建物もある。
荷物の多い旅人や、いかにも長期滞在しそうな大きな鞄を持った人の姿も目立つ。
「こういう区画まであるんですね」
「長く滞在するやつが多いから。学院に通う金はなくても、図書館と訓練場で学ぶために来るやつはいるし」
「……? 学院ってそんなにお金がかかるんですか?」
「年間3000シルくらい?」
「さっ!!?」
あまりの額に固まってしまった。
え、シルヴィアさんが平民のひと月の給与は大体金貨1~3枚、つまり100~300シルって言ってたよね……?
そうなると、平民の年収を超える可能性が高い額が必要になるってことなんだけど……
「な、なんでそんなに高いんですか……?」
「魔術を訓練できる設備を管理・維持しつつ、生徒が怪我しないようにも配慮して、魔術知識の源泉でもある古書になりかねない魔術書を保管、修繕してるから。それをしながら魔術を教えてるんだから、そりゃ高くもなるでしょ」
「な、なる、ほど……それで、図書館だけ? で勉強する人が出るんですか?」
「金が払えないやつは大体そうなる。長期滞在して図書館に通って自習する」
「それだけ魔術を学びたい人が多いんですね……」
「魔術使えるようになって損はないからね。独学でまともに使えるようになるかは別だけど」
「それは……やっぱり難しいんですよね?」
「難しいよ。だから最低限の実力が保証される学院卒が評価される」
卒業したという事実そのものが腕の保証になる。
そう聞くとよく分からなくてもすごいということだけは理解できる。
というか、セシルさん自習が難しいってはっきり言ってるってことは、やっぱり自習だけで魔術学院の範囲全てを先に終えてたセシルさんはおかしいってことじゃないか。
睨まれそうだから言わないけど。
そんなことを考えながら、街に入ってからずっと見えていて気になっていた遠くの大きくて豪華なお城のような建物を指さした。
「あの遠くに見えている大きな建物が魔術学院ですか?」
「そ。アルトヴァイゼン魔術学院。近くに魔道図書館も併設されてるから、明日はあそこに行く」
「あ、そういえば、図書館ってフランも入って大丈夫なんですか?」
「…………犬猫はダメだけど、鳥は流石に知らん」
「そ、そうですか……図書館で聞けばいいですかね……?」
「フレスベルグはただの鳥じゃないし、きっと大丈夫!」
「そうですかね? そうだと嬉しいです!」
そんなことを話しながら宿泊区画を抜けていくと、少しずつ通りの雰囲気が落ち着いてきた。
商店の数が減り、代わりに住居らしい建物が増えていく。
それでも、窓辺に本が積まれている家や、庭先に薬草とか見たこともない草を植えた鉢植えを並べている家がちらほらあって、ここが普通の街と違うことを痛感させられた。
「この辺りは住宅街ですか?」
「そう。学院関係者とか、昔から住んでる住民が多い」
「セシルさんのお家もこの辺りなんですね」
「養父の家だけどね」
そういえば、セシルさんはこの街そのものの出身というより、養父さんに引き取られたって言ってたっけ。
つまり、これから行くのはセシルさんが育った家で、同時にその養父さんの家でもあるということだ。
少しだけ緊張してきた。
「……別に緊張しなくていい。今は誰もいないから」
「そうなんですか?」
「養父ももう死んでる」
「あ……す、すみません」
「別に。かなり前の話」
セシルさんの声はいつも通り淡々としていた。
だけど、これ以上聞いていい話ではない気がする。
リーゼちゃんも何かを察したように、静かにセシルさんの後をついていっていた。
そのまま少し歩いたところで、セシルさんが足を止めた。
「着いた」
その声に顔を上げると、そこには石造りの二階建ての家があった。
大きすぎるわけではないけれど、しっかりした造りの家だった。
派手ではない。
でも、落ち着いた雰囲気がある。
ここが、セシルさんの家。
私たちが気を取られている間に、セシルさんは鍵を開けて扉を押し開けていた。
「……お邪魔します」
「お、お邪魔します」
私とリーゼちゃんは顔を見合わせてから、揃って頭を下げる。
家の中に入った瞬間、紙とインクの匂いがした。
玄関から見える部屋の壁には本棚があって、そこには本がぎっしり詰まっている。
机の上には紙束と筆記具が置かれていて、リビングっぽい場所なのにまるで小さな研究室みたいだった。
ここがセシルさんが育った家。
そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「少し空けてたから埃っぽいかも。嫌だったら自分で適当に掃除して」
「泊めてもらうんです! なんなら私、お礼としてお掃除しますよ!」
「わ、私も手伝います!」
「……あんたらにやられるとそれはそれで心配だから、そんな大げさにやらんでいい」
「えっ」
こ、断られ、た?
直球で掃除される方がどうなるか分からなくて心配だって言われたよね……?
結構ショックだった。
『そんなに落ち込まなくても、これ、お客に掃除させるのは悪いって意味かもしれないですよ? セシルひねくれてますし』
『そ、そうだよね!? きっとそうだよね!』
トコヨが励ましてくれて気を持ち直す。
よし、滞在中に少しずつ掃除してお返ししていこう。
「……今日はもう休む。細かい話は明日。部屋案内するからついてきて」
「はい!」
セシルさんが階段を上がっていくのに、私とリーゼちゃんもついていく。
長かった馬車の旅は終わって、ようやくヴァイスタールでの滞在が始まった。