天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~   作:あじのふらい

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3-8 魔道図書館へ

「んぅ……」

 

窓から差し込む朝日で目が覚める。

隣にはまだ眠っているリーゼちゃんがいる。

フレスベルグも、止まり木として見繕ったらしいベッドのヘッドボードで目を閉じているのを見る限り、まだ眠ってそう。

……昨日は少し騒ぎ過ぎた。反省しないと。

リーゼちゃんと同室でのお泊りで嬉しくなって沢山話して盛り上がっていたら、セシルさんに「うるさい、寝ろ」って怒られてしまったのだ。

セシルさんは自室で寝泊まりするらしくてここにはいないけど、凄い形相で怒るためだけに部屋に来て怖かった。

 

『あぁ、ミコト。起きましたか』

 

『うん。おはよー』

 

『はい、おはようございます』

 

ふよふよ浮いているいつものトコヨに挨拶しておく。

今日は図書館に行くって言ってたけど、リーゼちゃんとセシルさんが起きるまでどうしようかな。

掃除も考えはしたけど、昨日部屋を見た限り必要なさそうなのが問題だ。

普通に綺麗だったのだ。セシルさん少し空けてたって言ってたのに。

 

『……あれ、よく考えたら掃除が必要ないのっておかしくない……?』

 

『誰かに管理を頼んだりとかしてたんじゃないんです?』

 

『それも考えたんだけど、それをするならいつものセシルさんの部屋だってシルヴィアさんに任せるんじゃないかなぁって思って……』

 

『あ、あー……確かに。勝手に弄られるのは嫌そうでしたねセシル』

 

定期的に帰ってきて掃除したりしていたのだろうか。

……まぁ今はいいか。

他に何かできること……できること……

……あれ、今日ってご飯とかどうする予定だったのだろうか。

どこかのお店で食べる予定?

……よし。

 

『トコヨ! 私はお料理をしようと思います!!』

 

『急にどうしたんですか』

 

『泊めてもらってるお礼! 掃除は必要なさそうだから、朝ごはんくらいは準備しようかなって!』

 

『食材は……あー、いや、でも昨日セシルが一人で買いに出てましたね。細かく何を買ったかまでは見てないですけど』

 

『え、そうなの?』

 

『えぇ。ミコトとリーゼを部屋に案内してから、一人で買い物してましたね。ほら、ミコトたちに寝ろって怒ってたじゃないですか。あれちょうど帰ってきて整理が終わったタイミングですよ?』

 

『……へ、へー……』

 

それは……セシルさんに申し訳ないことをしてしまっただろうか。

 

『ま、勝手に使っていいかは知りませんけどね』

 

『……泊めてもらってるお礼にご飯を作るなら、きっと許してくれるはず』

 

『怒られたら?』

 

『その時は謝る!』

 

『勢いで押し切る気ですね』

 

トコヨに呆れたような目を向けられたけど、何もしないよりはいいはずだ。

そっとベッドから抜け出して、リーゼちゃんを起こさないように部屋を出る。

一階に降りると、リビングの隣に小さな台所があった。

勝手に使うことに少しだけ罪悪感はあったけど、棚や保存箱を覗かせてもらう。

 

「パン……チーズ……燻製肉……野菜も少し……卵もある」

 

思ったよりも食材が揃っていた。

セシルさん、ちゃんと買い物してくれていたらしい。

普段の生活は雑そうなのに、私たちを泊めるからって用意してくれていたのだろうか。

全体的に手間をかけずにそのまま並べればいいものが多い気がするけど、手を加えればもっと美味しくなるよね。

 

シルヴィアさんに比較的手軽に作れる軽食として教えてもらったサンドイッチを作っていく。

あらかじめパンを包丁で切っておく。

葉野菜を手でちぎって軽く洗って水気を切る。

卵を溶いてからフライパンで焼いたスクランブルエッグと併せてパンに載せる。

最後に燻製肉とチーズを載せてパンで挟む。

火加減に気を付けながら、挟んだパンをフライ返しで押し付けながら軽く炙る。

焼けたパンの香ばしい匂いが台所に広がった。

 

『おお。美味しそうじゃないですか』

 

『ふふん。そうでしょ』

 

『指を切りまくってた頃が懐かしいですね』

 

『今日は包丁はパンくらいにしか使ってないけどね』

 

不注意で自分の指を切った苦い記憶が蘇る。

一回や二回じゃないから猶更質が悪い。

 

「……何してるの」

 

「っ!?……お、おはようございます、セシルさん」

 

「……おはよ。それで、何してるの」

 

「泊めていただいているお礼に、朝食を作っていました。勝手に食材を使ってしまってすみません」

 

セシルさんは台所の中を見回してから、私が作った3人分のサンドイッチに視線を落とした。

怒られるかなと思って少し身構えていると、セシルさんは小さく息を吐いた。

 

「……別にいい。食材は使うために買ったし」

 

「それならよかったです!」

 

「リーゼ起こしてきて。食べたら準備して図書館行くから」

 

「分かりました!」

 

急いで二階に戻った。

リーゼちゃんは声をかけるとすぐに目を覚ました。

最初は寝ぼけていたけど、図書館に行くと伝えると一気に目を輝かせて起き上がった。

 

 

 

3人で街中をしばらく歩くと、通りの向こうに大きな建物が見えてきた。

最初に目に入ったのは、広い敷地と高い門。

遠目にはお城のようにしか見えなかったけど、近くで見るといくつかの建物に分かれているのが見て取れる。

人の出入りも多い。その年代は様々で、若い人もいれば高齢の人もいる。

生徒と先生とかだろうか。

若い人はほとんど、高齢の人はごく稀に昨日見かけた同じ紋章入りのお揃いのローブを着ているから、このローブを着ている人が学院の生徒なのかもしれない。

 

「ここが魔術学院ですか……」

 

「そ。図書館は学院の敷地内」

 

「学院の中に入っていいんですか?」

 

「図書館は公共施設も兼ねてるから問題ない。校舎の方に入らなければね」

 

「校舎はダメなんですね」

 

「勝手に入ったら普通に怒られる。2人は迷い込んだりしないように気を付けてよ」

 

「き、気を付けます……」

 

そう返事をしながら門へ近づいていくと、門の外のすぐ近くに大きな建物があるのに気付いた。

学院の敷地とは別に建てられている、窓の少ない石造りの建物だ。

入口には杖と的を組み合わせたような看板が掲げられていて、人の出入りもそれなりにある。

 

「あれは何ですか?」

 

「一般開放されてる魔術訓練場」

 

「訓練場……? あれがですか?」

 

「そ。図書館で覚えた魔術をその辺でぶっ放されないようにあぁいうのがいるの。街の外でやれって言うと魔物が怖いからって理由で街中でやり出すアホがいるし」

 

「あ、なるほど……」

 

言われてみればその通りだった。

魔術なんて街中で不用意に使ったら、通行人に当たるかもしれない。

そう考えると、石造りの頑丈そうな建物の中で練習するのは当然なのだろう。

耳を澄ますと、建物の中からごくわずかに鈍い音が聞こえてきた。

何かが弾けるような音。

だけど、外にまで強く響くことはない。

壁とか建物に対して魔術で何かしているとか……?

 

「一般開放ということは、学院の生徒じゃなくても使えるんですか?」

 

「金払えばね。魔物がいる場所で練習するよりもマシだし、使うやつも多いよ」

 

「へぇ……」

 

中はほとんど見えない。

だからこそ、余計に気になってしまう。

そう思って少し足を緩めかけたら、セシルさんがこちらを振り返った。

 

「見学はあんたらがやることなくなったら好きにすればいい。先に図書館」

 

「あ、はい」

 

リーゼちゃんも名残惜しそうに訓練場の建物を見ていたけど、すぐにセシルさんの後を追う。

フレスベルグは特に関心がないのか、リーゼちゃんの肩で静かに羽を畳んでいた。

大きな門を潜ると、すぐ横に大きな建物が見えた。

 

「ここが……?」

 

「魔道図書館」

 

セシルさんが短く答える。

石造りの重厚な建物だった。

ただ、図書館と聞いて想像していたような明るく開放的な建物とは少し違う。

壁は厚く、窓はあまり多くない。

あっても細長かったり、高い位置にあったりして、外から中の様子はほとんど見えなかった。

扉の上には、開かれた本と杖を組み合わせたような紋章が掲げられている。

 

「窓、少ないんですね」

 

「本が焼けるから。日光は敵」

 

「て、敵ですか」

 

「古い魔術書は紙もインクも劣化しやすい。光を入れすぎると傷む」

 

なるほど。

本を守るための建物ってことか。

そう思うと、この閉鎖的な造りにも納得できた。

入口の前には数人が並んでいて、皆、鞄や紙束を抱えている。

セシルさんは慣れた様子で入口へ向かっていく。

私とリーゼちゃんも慌ててその後を追った。

 

「……ここからは静かにして。騒いだら摘まみ出されるから」

 

「は、はい」

 

「分かりました」

 

セシルさんの忠告に、私とリーゼちゃんは揃って背筋を伸ばす。

そして、魔道図書館の大きな扉を潜った。

 

中に入ると、外とは別世界みたいに静かだった。

人はいる。

受付の前にも何人か並んでいるし、奥の方では本を抱えて移動している人も見える。

それなのに、話し声はほとんど聞こえなかった。

聞こえるのは、紙をめくる音や、靴音や、受付で小声で交わされる言葉だけ。

その静けさに、思わず息を潜めてしまう。

 

館内は窓が少ない分、壁や柱に取り付けられた照明で柔らかく照らされていた。

強すぎないけど、本を読むには十分な明かり。

その光の中に、ずらりと書架が並んでいる。

手前から見える範囲だけでも相当な数なのに、奥にもまだまだ続いている。

高い棚には梯子がかけられていて、上の方まで本が収められているようだった。

ここにある本が全部魔術書なのだとしたら、想像していたよりずっとすごい。

 

『これは……すごいですね』

 

『うん……ほんとに……』

 

言葉を失うほどの光景としか言いようがなかった。

こんなにたくさんの本初めて見た。

 

『セシルの部屋はここに似てますけど、整頓具合では流石に勝負になりませんね』

 

『あ、あはは……あれは一応、セシルさん自身は把握してるみたいだから……』

 

トコヨの軽口に苦笑してしまう。まぁ、うん。

これを見たらセシルさんの部屋を連想してしまうのも無理もなかった。

 

少し待ったら、私たちの番になった。

受付に座っていたのは、薄茶色の髪を後ろでまとめた落ち着いた雰囲気の女性だった。

机の上には帳簿のようなものや様々な書類が置かれている。

司書さん、だろうか。

 

「お待たせいたしまし——あら?」

 

その女性は顔を上げると、セシルさんを見て柔らかく目を細めた。

 

「セシルちゃん、久しぶりね」

 

「……いい加減ちゃん付けやめろ。3人」

 

「はいはい。では、3名様ですね」

 

司書さんは慣れているのか、セシルさんの不機嫌そうな声をさらりと受け流した。

そのまま帳簿に手を伸ばしながら、ちらりと私たちの方に視線を向けてきた。

私とリーゼちゃんを順に見て行く。

順番に見た司書さんの目が、ぱちりと瞬いた。

 

「……」

 

一瞬だけ、明らかに動きが止まった。

だけど、司書さんはすぐに何事もなかったみたいに穏やかな表情に戻った。

私たちに声をかけることもなくセシルさんだけを見て話を続ける。

 

「入館料は大人お1人につき1シルです。3名様ですので、3シルになります」

 

「ん」

 

セシルさんは慣れた様子で銅貨を三枚取り出して、受付の小皿に置いた。

私も自分の分くらい払わないとと思って慌てて財布に手を伸ばす。

 

「あ、あの、私の分は――」

 

「いらん。後でクロードに請求する」

 

「は、はい……」

 

司書さんは小皿の上の銅貨を確認してから、帳簿にさらさらと何かを書き込んだ。

 

「はい、確認しました。入館札をお持ちください。退館時に受付へご返却くださいね」

 

司書さんはそう言って、木でできた小さな札を三つ差し出した。

セシルさんはそれを受け取り、一つを私に、一つをリーゼちゃんに渡してくれる。

 

「無くさないで」

 

「は、はい」

 

「分かりました」

 

リーゼちゃんも小声で返事をして、両手で大事そうに札を受け取った。

フレスベルグがその札を覗き込むように首を傾ける。

司書さんの視線が一瞬だけそちらに向かった。

 

「申し訳ありません、動物の入館は基本的にご遠慮させていただいています」

 

「え、あ、あの、フラン……この子はですね」

 

リーゼちゃんが慌てたようにフレスベルグを示す。

フレスベルグは自分のことを言われているのが分かっているのか、リーゼちゃんの肩の上で静かに司書さんを見ていた。

 

「申し訳ございません。館内には貴重な書物も多くございますので、羽や毛、鳴き声、書物を傷つける可能性のある動物の同伴は原則としてお断りしております。獣人の方であれば問題ないのですが、動物の場合は規則を守っていただくことが難しいので……」

 

司書さんは丁寧にそう告げた。

口調は柔らかいけど、規則としてははっきりしている。

リーゼちゃんの表情が分かりやすく曇った。

 

「そ、そうですよね……でも、この子は普通の動物ではなくて……」

 

「風の聖獣。小さくなってるだけ」

 

リーゼちゃんが言い淀んだところで、セシルさんが短く言った。

司書さんの視線がセシルさんへ向く。

 

「……えっと、セシルちゃん?」

 

「こいつはハイエルフ。これはリオレ大森林の風の聖獣フレスベルグ。言葉も分かる」

 

「ハイエルフと聖獣……」

 

司書さんの表情が、今度こそはっきりと変わった。

驚きと困惑が混ざったような顔。

でも声を荒げたりはしない。

ここが図書館だからだろうか。

 

「フランは、私たちの言葉を理解していますし、意志の疎通もできます。館内で騒いだり、本を傷つけたりは絶対にしません」

 

リーゼちゃんは小さな声だけど、きっぱりとそう言った。

フレスベルグもそれに合わせるように、小さく胸を張っている。

当然だと言わんばかりのその態度を見て、少し笑ってしまった。

 

「確認してもよろしいでしょうか」

 

「確認、ですか?」

 

「はい。私の判断で特例を認めることになりますので。言葉を理解していて規則を守ることができるかだけでも確認させてください」

 

「分かりました。フラン、大丈夫?」

 

リーゼちゃんがそう声をかけると、フレスベルグは短く鳴いた。

返事なのだろう。

司書さんは少し考えてから、受付に置かれていた羽ペンを一本手に取って、フレスベルグへ視線を向けた。

 

「では、右の翼だけを上げていただけますか?」

 

フレスベルグはすぐに右の翼だけをふわりと上げた。

 

「次に、左の翼を」

 

今度は左の翼が上がる。

 

「……なるほど」

 

司書さんは少しだけ目を細めた。

疑っているというより、納得しているように見えた。

 

「最後に一つだけ確認いたします。館内では飛ばず、羽ばたかず、鳴き声を控え、書物には触れない。これを守っていただける場合は、こちらの札を軽く叩いてください」

 

司書さんが入館札の一つを指先で示した。

フレスベルグはリーゼちゃんの肩からジャンプするようにして降りて札の近くに立つと、嘴で札をこつんと叩いた。

とても軽い仕草だった。

札にも傷はついていない。

 

「……分かりました」

 

司書さんは小さく息を吐いた。

それからリーゼちゃんに向き直る。

 

「通常の動物であればお断りするところですが、風の聖獣であり、言葉を理解し、館内規則を守ることができると確認できました。特例として入館を認めます」

 

「ありがとうございます!」

 

「ただし、館内では必ずお連れの方の肩、もしくは腕の上に留めてください。先程ご本人に説明した通り、飛行、鳴き声、書物への接触は禁止です。万が一問題が起きた場合は、即時退館をお願いすることになります」

 

「はい。必ず守ります」

 

リーゼちゃんが深く頭を下げる。

フレスベルグもそれに合わせるように、ちょこんと頭を下げた。

 

「……本当に理解していらっしゃるのですね」

 

司書さんが思わずといった感じで呟いた。

それからすぐに咳払いをして、さっきまでの穏やかな表情に戻る。

 

「では、記録上は特例同伴として扱います。追加の入館料は不要です」

 

「よかったね、フラン」

 

リーゼちゃんが小さく囁くと、フレスベルグは当然だと言いたげに羽を揺らした。

司書さんはにこりと笑って、帳簿に何かを書き足していく。

多分、フレスベルグの入館に関する記録だろう。

その手つきはとても手慣れていて、迷いがないように見える。

司書さんが帳簿を書き終えると、改めてセシルさんに向き直った。

 

「では、手続きは以上です。写本の道具などがご入用であれば——」

 

「あんたらに声かけろでしょ。ちゃんと私が全員分持ってきてるよ」

 

「……ふふ、流石セシルちゃんね。それでは、なにかあればお声掛けください」

 

司書さんが頭を下げたのに合わせて、セシルさんがさっさと歩き始めてしまった。

私とリーゼちゃんも急いでセシルさんを追いかける。

 

「あの、写本の道具が必要な場合声かけろってどういうことですか?」

 

「ここで写本に使える紙と筆記具を売ってるだけ。ただの営業だよ」

 

「あ、あー。なるほど」

 

営業だったのかあれ。

 

「……でも、営業とかをしている割に入館料は1シルなんですね」

 

私は受け取った入館札を見下ろしながら、小さく呟いた。

大人一人で1シル。

パン一つくらいの金額だ。

こんなに大きくて、こんなにたくさんの本がある場所に入る金額としては、かなり安い気がする。

 

「安すぎませんか? こんなに立派な図書館なのに……」

 

「ここ公共施設なんだよ」

 

セシルさんは歩きながら、棚の間を迷いなく進んでいく。

私とリーゼちゃんは置いていかれないように、その後を追った。

 

「維持費の大半は都市税と学院の予算。入館料は利用者の管理と、冷やかし避けみたいなもの」

 

「冷やかし避け……?」

 

「完全無料にすると、暇潰しで入って騒ぐやつとか、勝手に本を持ち出そうとするやつが増える。少額でも金を取ると、少しは減る」

 

「な、なるほど……」

 

1シルでも意味はあるらしい。

本そのものを守るための仕組みなのだろう。

 

「それに、ちゃんと金を取るところは別にある。写本用の紙とかインクとか、貴重書の写本申請とかね」

 

「あ、さっきの営業……」

 

「そ。ここは本を売らないし、貸し出しもしない。必要なら中で読んで、欲しいなら自分で写す。そのための道具は持ち込めるけど、ここでも買える」

 

「本当に、写すしかないんですね」

 

「盗難、紛失、破損、返し忘れ、これらを防ぐにはそれが最適だから」

 

「なるほど……でも、貴重な本以外の写本は無料なんですか?」

 

「ミコトたちはあのクソ写本見たでしょ。完璧な写本なんて早々できない。個人の欲しい部分の抜粋、書き方の癖、個人的なメモとか解釈。そんなものが書き込まれたのばっかりだよ。外でその写本を見てもそれがあってるかは分からない。正確な記述を見たければここで原本を読むしかない」

 

「……よく考えられてるんですね」

 

確かに、私とかリーゼちゃんがセシルさんに間違いを指摘されるまで分からなかったみたいに、その写本だけを見ても間違ってるかは正しい知識がないと分からない。

だから写本を許したところで原本の価値は落ちないってことか。

 

私が納得している間にも、セシルさんは迷いのない手つきで本を本棚から抜き出していく。

一冊抜き出し、少し隣へ移動してまた一冊。

さらに別の棚から一冊。

どの本も取り出して、パラパラめくって、すぐに積み重ねていく。

本を選ぶ動きが早い。

どこに何があるのか、全部分かっているみたいだった。

 

「一旦こんなもんか……じゃあ写本するよ。2人にも出来そうなのやってもらうから」

 

「わ、私、写本のやり方を知らないんですけど、大丈夫でしょうか?」

 

「リーゼ文字書けるでしょ? ここ写本のやり方説明してる冊子も置いてるし、魔術理解できてる分ミコトよりまだできるはず」

 

「あ、あの、私は……」

 

「ミコトにはあらかじめ言っておいたでしょ」

 

「……は、はい。馬鹿じゃなければできるって……」

 

「そ。馬鹿じゃなければ、ね」

 

「が、頑張ります……!」

 

脅すようにニヤニヤと圧をかけてくるセシルさんに怖気づきそうになるけど、気合を入れなおす。

セシルさんに馬鹿認定されないために、絶対に成功させないといけない。

失敗の許されない作業の始まりだった。

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