天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
秘密の計画の準備は問題なく終わった。
いや、まぁ……問題はあったけど、偶然遭遇した酒場に行こうとしているルドガーさんに助けてもらって事なきを得た。
まさかお菓子とかお茶を売っているお店があんなに見つからないとは……学術都市を侮っていた。
迷子になりかけてリーゼちゃんと涙目で街を彷徨っていたのも記憶に新しい。
お店探しという点に関してはトコヨもフレスベルグも役立たずだったのだから仕方ない。
ルドガーさんに家まで送ってもらえたからセシルさんが帰宅する前に家に着くことができて、問題なくなったと言った方が正しいのかもしれない。
……ルドガーさんに事情を説明したらすごい呆れたような表情を向けられたのとかは気にしないことにしよう。
なにはともあれ準備は終わって、決行日になった。
今は3人で夜の街中を帰宅している最中だ。
家まであと少しというところで、私はリーゼちゃんと顔を見合わせた。
リーゼちゃんはこくりと小さく頷く。
よし。ここは、私が切り出すところだ。
「……セシルさん」
「なに」
「今日、この後少しだけお時間ありますか?」
「ない」
即答だった。
あまりにも早かった。
「ま、まだ何も言ってませんよ!?」
「どうせ碌でもないこと言い出す顔してた」
「碌でもないことではないです!」
「……ふぅん」
セシルさんは怪訝そうに目を細めながら、私とリーゼちゃんを見比べた。
その視線だけで、内緒にしていたことまで見透かされてしまいそうな気がして、思わず背筋が伸びる。
だけど、ここで怯んではいけない。
せっかくリーゼちゃんと相談して準備したのだ。
「その……お茶会を、しませんか?」
「は?」
「あ、あの、ほんの少しだけでいいんです。お茶とお菓子も用意してありますし……いつも図書館でお世話になっているので、そのお礼も兼ねて……」
リーゼちゃんも私に続くように言葉を添えてくれる。
「セシルさんに教えていただいたおかげで、写本も少しずつ出来るようになってきましたから。お礼がしたいんです」
「……」
セシルさんは少しだけ黙り込んだ。
嫌そうな顔はしている。
しているんだけど、いつものようにばっさり切り捨てる感じではなかった。
「……お茶会って、誰が茶淹れるの」
「わ、私とリーゼちゃんで頑張ります」
「はぁ……」
セシルさんは重いため息を吐いた。
それでも、拒絶はしなかった。
受け入れたとも言ってくれていないけど、拒絶されていないならまだ可能性はある。
そう思いながらセシルさんの家に到着して、私とリーゼちゃんは急いで準備に取り掛かった。
セシルさんは玄関先でしばらく私たちを見ていたけど、特に止めることはなく、無言でリビングの方へ向かっていった。
これは、実質了承ということでいいのだろうか。
多分いい。きっといい。
「リーゼちゃん、頑張りましょう!」
「はい!」
私たちは昨日のうちに隠しておいた包みを取り出した。
中には、お店で買った茶葉と焼き菓子が入っている。
香りのいいお茶だと店員さんが言っていたものと、手でつまみやすそうな小さな焼き菓子。
どちらもセシルさんがあまり嫌わなそうだと思うものを選んだつもりだった。
「……それ」
意気揚々と準備をしていたら、背後から低い声が聞こえた。
恐る恐る振り返ると、セシルさんが目を細めてこちらを見下ろしていた。
「いつ買ったの」
「あ」
しまった。
完全に、しまった。
リーゼちゃんも同じことを思ったのか、分かりやすく固まっている。
「今日、私とずっと一緒に図書館いたよね。昨日は、あんたらだけ先に帰した。……いつ買ったの」
「あ、あの、それは、その……」
「……昨日、少しだけ、寄り道を……」
リーゼちゃんが正直に白状した。してしまった。
セシルさんの目がさらに細くなる。
怖い。
「へぇ」
「す、少しだけですよ? 本当に少しだけです。お菓子とお茶を買っただけで」
「買っただけで?」
「……お店が、なかなか見つからなくて……」
「……それで?」
「……ちょっとだけ、道に迷いかけました」
口にした瞬間、空気が冷えた気がした。
セシルさんは無言だった。
無言なのに、怒っているのが伝わってくる。
「……あんたら、昨日私が何て言ったか覚えてる?」
「ま、まっすぐ帰るようにと……」
「知らない店に入るなとも言ったよね」
「はい……」
「誰かに声かけられてもついていくなとも言ったよね」
「はい……」
「で、知らない街で、2人だけで、寄り道して、店探して、迷いかけたと」
「……はい」
私とリーゼちゃんの声がどんどん小さくなっていく。
セシルさんはこめかみを押さえた。
「……本当に、あんたらは……」
「で、でも! 最終的にはルドガーさんに会って、家まで送っていただけたので!」
「それが一番問題なんだよ」
「へ?」
思わず間の抜けた声が出た。
助けてもらえたのだから、そこは良かった点なのではないだろうか。
「あの傭兵だったからよかっただけでしょ。あんな時間に、男に声かけられて、道に迷ってるのがバレて、そのままついていったってことでしょ? 自分たちが知らない店まで案内されて」
「……あ」
「ルドガーじゃなかったらとか、あの傭兵がここまでいいやつを装ってただけだったとかだったらどうなってたか分かってる?」
セシルさんの声音はいつもより低かった。
怒っている。
だけど、それは呆れているというより、本気で心配された結果の怒りに近い気がした。
「この街は治安が悪いわけじゃない。でも、知らない土地で道も分からない、世間知らずの女2人が夜に迷ってるのを見て、全員が善意で助けてくれると思うな。フレスベルグがいたって、建物の中に連れ込まれたら動きにくい。そうなったらどうするつもりだったの」
『ひどい言われようですけど、反論できませんね』
『うん……』
セシルさんの言葉が正論すぎて、何も言い返せなかった。
リーゼちゃんもすっかり縮こまっている。
「「ごめんなさい……」」
私とリーゼちゃんが揃って頭を下げると、セシルさんは長い長いため息を吐いた。
「……次から何か買いたいなら先に言え。私が案内する。勝手に行くな」
「は、はい」
「分かりました……」
「あと、あの傭兵にも礼言っとけ。完全に巻き込んでるから」
「そ、それは、助けてもらってすぐに……」
「は、はい。すぐにお礼はさせていただきました」
怒られた。
完全に怒られた。
秘密の計画が成功する前に、計画の根っこの部分で怒られてしまった。
お茶会どころではなくなったかもしれない。
そう思っていると、セシルさんはもう一度ため息を吐いてから、椅子に腰を下ろした。
「……で」
「はい?」
「茶、淹れるんでしょ。さっさとして。どうせ夕食もまだだし、今日はそれで夕食代わりにしとく」
「……!」
セシルさんはそう言いながら、机の上に積まれていた紙束を端に寄せてくれた。
呆れたような顔はしている。
それでも、場所を空けてくれている。
リーゼちゃんと顔を見合わせてしまった。
リーゼちゃんの顔がしょんぼりしていた状態から一気に笑顔に変わっていく。
私も同じ状態なのは言われなくても分かってしまうくらいだった。
「ありがとうございます!」
「……声でかい」
怒られた直後なのに、少しだけ嬉しくなってしまった。
私とリーゼちゃんは急いでお茶の準備を始めた。
少しして、机の上には無事にお茶とお菓子が並べられた。
小さな焼き菓子は香ばしい匂いがして、お茶からは花のような柔らかい香りが立ち上っている。
「それでは、いただきましょう!」
「はい!」
「……」
セシルさんは無言でお茶を一口飲んだ。
表情は変わらない。
でも、嫌そうではない。多分。
「どうですか?」
「普通」
「普通ですか……」
「悪くはないって意味」
「それならよかったです!」
リーゼちゃんがほっとしたように笑う。
私もお茶を飲んでみると、ふわりと甘い香りが広がった。
うん、まぁ、シルヴィアさんのと比べちゃうと明らかに劣っているのは分かる。
それでも、美味しく飲めるのは間違いない。
味自体はそこまで甘くないけど、香りがいい。
お菓子と一緒に食べるとちょうどいい感じだった。
「このお菓子も美味しいですね。昨日頑張って探した甲斐がありましたね」
「はい。少し迷ってしまいましたけど……あ、いえ、すみません」
「蒸し返すな」
「はい……」
早速また怒られかけた。
危ない。
それからは、なるべく怒られない話題を選びながらお茶会を続けた。
とはいっても、話しているのはほとんど私とリーゼちゃんだった。
紅茶のこと。お菓子のこと。
普段シルヴィアさんが淹れてくれる紅茶のこと。
今日写本した範囲が昨日より少し楽に感じたこと。
魔道図書館の本棚が何度見ても迷路みたいなこと。
司書のマルタさんが優しく声をかけてくれたこと。
ヴァイスタールのお店は魔術師向けのものが多くて、見ているだけでも面白そうなこと。
リーゼちゃんは、風の魔術に関する本をもっと読んでみたいと言っていた。
「でも、魔術書は難しいですね。セシルさんが読んでいる本は、同じ文字で書いてあるはずなのに、別の言葉みたいに見えてきます」
「普段魔術を使っていてもですか……?」
「私、ほとんど感覚で使っちゃってるので……一応、お母様や大人の方々から段階的に術を教えてもらってはいるんですけど、細かい調整とかはほとんど考えていないというか……」
「それは……」
「感覚でやってたとしても、でかい術使うためにはどうせどこかで覚えないといけないことだよ。リーゼの使い方見てる限り、中級くらいまでしか教わってないでしょ」
「え、そ、そうです! よく分かりましたね!」
「見てりゃわかる。ガチで怖いハイエルフは人間には使えないようなの使ってくるはずだし」
「……お母様は使えるんですかね?」
「知らん。ただ、あんたにとってもここでの魔術書の知識は無駄じゃないってこと」
「は、はい! ありがとうございます! 頑張ります!」
リーゼちゃんが嬉しそうな顔で意気込んだ。
セシルさんの説明が一段落したところで、何気なく周囲を見回す。
机の上にも、棚にも、床の端にも、当たり前みたいに本や紙束が置かれている。
やっぱりこの家は本が多い。
集落のセシルさんの自室からしても同じような、というか、これ以上ではあるんだけど。
「セシルさんのお家って、本当に本が多いですよね」
「……今さら?」
「いえ、魔道図書館にもたくさん本がありますけど、ここも本が多いなと思って」
「……元は養父のだよ。元から私のって言えるのは自分で写本した走り書きだけ」
「養父さんの……養父さんも本が好きだったんですか?」
「……まぁそうなんじゃない」
言い方はいつも通りそっけない。
これ以上聞いてくるなと言わんばかりに話を打ち切られてる。
多分、踏み込んでほしくない話なのだろうか。
でも、本当に言葉通りの素っ気ない感情しかないなら、きっとこうして本を大事に残してはいないんじゃないだろうか。
養父さん? のことは知らないけど、そんな気がした。
もちろん、口には出さないけど。
セシルさんはそれ以上は特に何も言わず、焼き菓子を一つつまんでいる。
やっぱり、基本的には会話に入ってこない。
でも、さっきから話を振ったりすれば反応もしてくれるし、聞いてはくれているらしい。
それが分かるだけでも嬉しかった。
ただ、このままだと本当に私とリーゼちゃんだけで話し続けてしまう。
ならせめて、セシルさんも興味を持てる話題にしたいところだ。
セシルさんが興味を持ちそうで、私でも聞けること。
間違いなく何かしらの魔術関連だよね……魔術……魔術……
そう考えていて、ふと思いついた。
「そういえば、セシルさん」
「なに」
「治癒の効果がある魔術って、ないんですか?」
セシルさんの手が止まった。
リーゼちゃんも興味を引かれたのか、こちらを見る。
「治癒魔術?」
「はい。治癒は聖魔法で行うものだと思っていたんですけど、魔術でも似たようなことができるのかなと思って。本の補強とかに使えるものもあるみたいですし」
「……研究自体はあるよ」
「あるんですか?」
意外だった。
てっきり、ないと言われるかと思っていた。
「身体の水分を操作して止血するとか、熱を与えて傷口を焼くとか。その辺まで含めれば、治療に使える魔術はある」
「それは治癒魔術とは違うんですか?」
「違う。今言ったのはあくまで神官に見せるまでの補助。傷そのものを塞いだり、毒や病を清めたりするようなものは聖魔法の領分。魔術で真似しようとすると効率が悪いし」
「効率ですか……?」
セシルさんは少しだけ考えるように目を伏せた。
そこまで整理しないと説明できないようなことなのだろうか。
「魔術は基本的に魔素を操作して現象を起こす技術。火を起こす、風を動かす、水を操る、土を固める。そういうものは分かりやすい。でも、人の身体を治すとなると話が変わる。身体の中身を正確に理解して、何をどう動かすか、作用させるかを判断して、余計な変化を起こさないように制御しないといけない」
「えっと……間違えたら、治すどころか悪化させるということですか?」
「そう。血の流れを止めすぎて手足が駄目になるとか、下手すれば普通に死ぬ。魔術師が片手間にやっていい分野じゃない」
「それは……確かに怖いですね」
聖魔法なら、祈りを捧げて神の奇跡をお借りする。
私が治癒の聖魔法を使うときも、傷をどう縫い合わせるかなんて細かく考えているわけではない。
癒したいと、苦痛を和らげてあげたいと祈って、聖魔法が形になる。
だけど魔術でそれをするなら、全てを理屈で積み上げないといけないってことだろうか。
「それに、そもそも採算が取れない」
「採算、ですか?」
「そう。研究するには金も時間も人手もいる。でも、治癒なら神官がやってる。小さい集落とかはともかく、街くらいの規模になるとほとんど教会の治療院はあるし、神官は利益度外視で治療する。金がないから見捨てるなんてことは早々しない」
「確かに、シルヴィアさんもそうですね」
「ミコトもだろ」
「私たち、ミコトさんとサヨさんからお金を請求されたことありませんよ?」
「うっ……だって、必要ないですし……クロードさんが維持費を補填してくださるので、貰ったらむしろ申し訳ないですし……」
「ミコトも堕神官もだけど、聖水の容器代すら払えないなら払わなくていいとか平気で言うだろ」
「え、っと……その……はい……困っている方でお金を払えないとおっしゃるなら、差し上げてしまうと思います……」
維持費の心配がないなら、お金を取る必要なんて本当にないと思っている。
オリツキ様の慈悲は皆に平等に与えられるべきだ。
「聖水なんて軽い治療補助に使えるから、それなりの価値がある。なのに教会は容器代だけで配ってるような状況。そんな連中相手に、魔術師が高い研究費かけて治癒魔術を実用化しても、誰が金払うのって話」
「ミコトさんたちだけじゃないんですね……すごいです」
「神社も教会も、あんたら利益出す気はないんでしょ。そんなやつら相手に研究費用がかかる魔術が勝てるわけないし、勝とうと思うやつなんてまずいないってこと。必要としている人間が少ないし、必要とされても聖魔法でいい。魔術でやる意味が薄い」
「でも、神官がいない場所では必要になりませんか?」
「可能性はある。だから完全に必要ないとは言わない。でも、神官がいない場所で高度な治癒魔術を扱える魔術師を常駐させるより、神官を1人呼ぶ方が早い。治癒魔術を一から研究するより、聖魔法を使える人間を育てた方がいいって判断になる」
「なるほど……」
「それにそもそも、どう研究するんだって話だよ」
「研究ですか?」
セシルさんが呆れたようなものいいでそう言った。
魔術の研究がまだよくわかってないんだけど、どういうことだろうか。
「さっき言ったでしょ。身体の中身を正確に理解しないといけないって。それってつまり、病気とか怪我をしている時の状態とか、魔術を使ったことでどう変化するのかを観察しなきゃいけないってことだよ」
「えっと、つまり……?」
「聖魔法で一瞬で直せるのに、不確かな魔術の実験台になって何日も何か月も苦しみたいやつがいるのかって話。そんなことしてたらあんたら神官も黙ってないでしょ」
「そ、それは……確かに、可哀そうですし、治癒させていただきたくなっちゃいますね……」
「聖魔法以外の民間療法があくまで応急手当止まりで神官に見せるまでのつなぎ扱いになってるのも多分同じ事情でしょ。倫理的に無理、採算が取れない。つまりそういうことね」
「なるほど……」
「つまり、ミコトさんたちが優しすぎるせいで技術が育つ余地がないってことですよね?」
「ま、そういうこと」
セシルさんはそこまで言うと、焼き菓子を一つ口に入れた。
「……この菓子」
「あ、はい! セシルさんが食べやすいものがいいかなと思って選びました。この前のお土産みたいなのを選んでみたんですけど、どうですかね?」
「……嫌いではない」
それだけ言って、セシルさんはまた黙った。
でも、さっきより少しだけ空気が柔らかくなった気がした。
その後もお茶会は続いた。
リーゼちゃんがエルフの森で飲んでいた薬草茶の話をしてくれて、私が故郷で飲んでいたお茶の話をする。
セシルさんはたまに最低限の補足だけを挟んで、基本的には静かにお茶を飲んでいた。
それでも、席を立とうとはしない。
夕食代わりという軽口は本気だったのかもしれない。
しばらくして、お茶のおかわりを入れようと立ち上がった時だった。
ふと、窓の外が目に入った。
「……あれ」
思わず、声が漏れた。
「ミコトさん?」
リーゼちゃんが私の視線を追って、同じように窓の外を見る。
そして、息を呑んだ。
「……すごい」
夜空が、今まで見たことがないくらい綺麗だった。
ヴァイスタールの街は夜でも完全に暗くなるわけではない。
家々の窓には灯りがあって、街路にも淡い光がある。
それなのに、空の星はくっきりと見えていた。
ここ数日、何度も夜空を見たけど、こんなに綺麗じゃなかった。
深い藍色に染まった空。
そこに、数え切れないほどの星が散りばめられている。
大きな星も、小さな星も、白いものも、青みがかったものも、淡く瞬くものも。
まるで空そのものが透き通って、ずっとその先まで見えてしまっているみたいだった。
「リーゼちゃん!」
「はい!」
私とリーゼちゃんは、吸い寄せられるように窓辺へ向かった。
窓を開けると、夜の冷たい空気が室内に流れ込んでくる。
少し肌寒い。
でも、それすら気にならなかった。
「こんなに星が綺麗な空、初めて見たかもしれません」
「私もです。故郷で見る星も綺麗でしたけど……今日は、比較になりませんね」
それから私とリーゼちゃんは、しばらく言葉も忘れて夜空を見上げていた。
胸の奥が静かに満たされていくような感覚があった。
故郷を失ってから、何度も知らない場所に行った。
怖い思いもした。
痛い思いもした。
それでも、こうして誰かと一緒に綺麗なものを見られる時間がある。
それが、少しだけ不思議だった。
ふと振り返ると、セシルさんは席に座ったままこちらを見ていた。
窓辺に寄ることもなく、星空に目を向けることもなく。
ただ、私とリーゼちゃんが夜空に見惚れている様子を、少し離れた場所から眺めている。
その目は、どこか冷めているような気がした。
「セシルさんも見ませんか? すごく綺麗ですよ」
「見えてる」
「こっちで見た方がよく見えますよ?」
「別にいい。星は星でしょ」
「そ、そうですけど……」
やっぱり、セシルさんはこういうものにあまり興味がないらしい。
でも、そう言いながらも、私たちを止めたりはしなかった。
窓を閉めろとも言わない。
ただ少し離れた場所で、冷めた目をしながら、私たちが飽きるのを待ってくれている。
それがなんだかセシルさんらしくて、少しだけ笑ってしまった。
「……なに笑ってんの」
「いえ。なんでもありません」
「……そ」
セシルさんはそう言って、残っていたお茶を飲んだ。
私とリーゼちゃんはもう一度夜空を見上げる。
セシルさんは近くで見てくれているわけではないけど、3人で。
目を逸らすのがもったいないくらい輝いている星々を、しばらく眺め続けた。