天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
「ありがとうっ! ほんっとうにありがとうっ!!」
目の前で少し黄色味がかった灰色と白の中間くらいの明るい髪色をした女性が勢い良く頭を下げた。
結構背が高そうな猫獣人? のお姉さんだった。
お姉さんだと判断した理由は、まぁ、うん。体のメリハリだ。
フリッカの犬っぽい耳とは違う、髪と同色の猫みたいな耳と尻尾がピコピコと揺れている。
触り心地よさそう……触ってみたいけど……触ったら怒るだろうか……っ、自重しないと。
今は街の外で魔物にまた襲われるかもしれないし、なによりこの人も怒るかもしれない。
「えっと、頭を上げてください。無事でよかったです」
「そ、そう? それじゃあ失礼して」
そういうと猫獣人のお姉さんは顔を上げたけど、尻尾はゆらゆら揺れていた。
耳もピコピコ動き続けている。
……やっぱり触り心地よさそう。
『ミコト……?』
『だ、大丈夫。我慢するから』
『まぁ、触り心地よさそうだとは思いますけど、時と場所は考えましょうね?』
『自重してるから!』
トコヨに反論していると、猫獣人のお姉さんは散らばった荷物を慌てて集め始めた。
「っと、まず自己紹介だよね。あたしはファロ・ポロニア。見ての通り猫獣人。ちょっとごめん、片手間だけど、大事な商品だから先に片付けだけさせて!」
「商品ですか?」
「うん。あたし、旅商人だから。注文された品を仕入れて届けたり、余裕があれば珍しい品を持ち込んで売ったり。まぁ、色々だね」
つまりは行商人みたいなことをしているということだろうか。
ファロさんはそう言いながら、背負い袋に荷物を詰め直していく。
リーゼちゃんが自然と手伝い始めているのを見て、私も散らばった小さな包みとかを拾って手伝い始める。
「あ、ありがと。助かるよ」
「いえ。壊れたりしていませんか?」
「うーん……まぁ、それはあとで確認するよ。今は魔物に食べられなかっただけで御の字だもん」
食べられる。
その言葉だけで、どれだけ危機的な状況だったかは容易に感じ取れた。
さっきの魔物はルドガーさんがあっという間に斬り伏せてしまったけど、私たちが少しでも遅れていたら、ファロさんは本当に危なかった。
少しして、荷物をまとめ終わってファロさんが立ちあがったのを見計らって声をかける。
「お怪我はありませんか? 必要なら治癒もできますけど……」
「え、貴女神官なの?」
「えーと、厳密には違うんですけど、似たようなものです。巫女として、オリツキ様にお仕えしているので」
「ん、んー? えっと、地方独自の形態の神官ってことかな?」
「はい。ですので、遠慮なく仰ってください。お金とかもいりませんので」
「それは……正直助かりはするね……さっき転んだ時に盛大にすりむいてるんだけど、頼める?」
「もちろんです!」
ファロさんが足を差し出して出血しているところを見せてきた。
それを見てすぐに跪いて治癒をかける。
傷自体はすぐ治った。
「わぁ、なにからなにまで、本当にありがとう。それで、助けてもらったお礼なんだけど」
「お礼ですか?」
「もちろん。命を助けてもらって、治癒までしてもらった。それで何もしないなんて、商人としてあり得ないでしょ。手持ちで足りるか分からないけど、払えるものは払うよ」
ファロさんが腰の小さな袋に手を伸ばす。
そんなもののために助けたわけじゃないし、必要ない。
私は慌てて首を横に振った。
「い、いえ! 私たちはもともと魔物退治の依頼を受けていたので! それに、治癒だって巫女として当然のことをしただけですから!」
「そうです。困っている方を助けるのは当然ですし、お礼なんて……」
リーゼちゃんも私と一緒に断ろうとしてくれた。
だけど、ファロさんは困ったように眉を下げる。
「うーん……そう言われると困るなぁ。こっちも助けてもらったままっていうのは落ち着かないんだけど。神官の子はまだしも、他の人たちはいいの?」
「別にいらない。ついでだし」
セシルさんは興味がなさそうにそう言った。
言い方はいつも通りだけど、私と同じ意図のことを言ってくれている。
「俺も依頼の途中だからな。依頼主殿の仕事の範囲だ。礼なんかいらねぇよ」
ルドガーさんも軽く肩を竦めている。
ファロさんは私とリーゼちゃん、セシルさんとルドガーさんを順番に見た。
それから、むむむと唸り始めている。
耳まで心なしかペタリと小さく折りたたまれている気さえしてしまう。
「……じゃあ、ご飯。街に戻ったらご飯ご馳走する。それくらいはさせて。あたしの気が収まらないから」
ご飯。
それなら、受け取ってもいいのだろうか。
お金を直接もらうのは違う気がするけど、ここで断ってもファロさんが諦めない限り同じことの繰り返しな気がする。
そう考えると、ご飯なら……いや、でも……
「ミコトさん。ここまで仰るなら、ファロさんのお気持ちを無下にするのも……」
「うーん……」
あれ、私が治癒したりした結果一番前にいたから悩んでたけど、これセシルさんが決めた方がいいよね、多分。
そう思ってセシルさんの方を振り向くと、どうでもいいから早くしろとでも言いたげな険しい視線を向けられていた。
……そういうことなら、私が決めちゃおう。
「……では、ありがたく」
「うん! 任せて!」
ファロさんはぱっと笑った。
耳がぴんと立って、尻尾も嬉しそうに揺れている。
やっぱり猫っぽい。すごく猫っぽい。
「決まった? ならさっさと行くよ」
「あ、その前に私たちの自己紹介もしておかないと」
「歩きながらでもできるでしょ。魔物来る可能性高いし長居したくない」
セシルさんがそう言って街の方へ歩き始めた。
……その通りだった。
周辺は魔物だらけなんだから立ち話とかリスクでしかない。
「あ、待って待って。商品背負うから」
ファロさんは慌てて大きな背負い袋を持ち上げて、腰の小さな鞄も確認している。
さっきまで魔物に襲われて腰を抜かしていたとは思えないくらい手早い。
商人として荷物の扱いに慣れているのだろう。
「重くないですか? 持ちましょうか?」
「いやいや、大丈夫。いくら命の恩人と言っても、大事な商品を会ってすぐに任せるのは怖いし」
「あ、そ、そうですよね。すみません」
「謝ることじゃないよ。気持ちはありがたいし。むしろ商人としての癖みたいなものだからさ」
ファロさんは軽く笑ってから、背負い袋の紐を締め直した。
「フラン、周囲に魔物はいましたか?」
リーゼちゃんが肩に戻ってきたフレスベルグに問いかける。
フレスベルグは小さく鳴いて、翼を少しだけ広げた。
「……まだ離れたところにはいるみたいです。でも、すぐにこちらへ来る距離ではなさそうですね」
「それでも警戒はする。商人、あんたは真ん中」
「え、いいの?」
「保護したやつの戦闘能力が分からないのに外側歩かせるわけないでしょ」
セシルさんが当然のように言った。
口調はぶっきらぼうだけど、ちゃんと考えてくれているのは分かる。
ファロさんもそれに気づいたのか、少しだけ目を丸くしてから肩をすくめた。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。さっきの手際を見る限り、貴女たちに囲まれて帰れるなら安心だし」
ルドガーさんは変わらず前衛、私たちがファロさんを囲むようにして隊列を組んで、私たちはヴァイスタールへ戻るために歩き始めた。
自己紹介は歩き始めてすぐにしたけど、特に問題なく終わっている。
ファロさんは真ん中で周囲を警戒しながら歩いている。
耳が細かく動いていて、尻尾もゆっくり揺れている。
さっきまでのお礼を言っていた時の勢いとは違って、今はきちんと周囲を見ているようだった。
「あの、ファロさん、大丈夫ですか? 足、痛くありませんか?」
「大丈夫大丈夫。治してもらったし、歩く分には全然問題ないよ。それに、獣人は丈夫だからね」
「そういうものなんですか?」
「そういうもの、かな。少なくともあたしは結構丈夫。逃げ足にも自信あるし」
「逃げ足ですか」
「商人が魔物相手に戦おうなんて考えたら、その時点で終わりだからね。逃げる、隠れる、やり過ごす。大事なのはそこだよ」
ファロさんは軽く言うけど、実際に旅商人をしているなら重要なことなのだろう。
戦える人ばかりではない。
むしろ、戦えない人の方が多いだろうし。
「とはいえ、今回は逃げ切れなかったけどね」
「それは、魔物が多すぎたからですよね……?」
「そうなんだよねぇ。普段なら危ないと思ったらすぐ逃げるなり隠れるなり木に登るなりするんだけどさ。今日は逃げた先にまた魔物、向きを変えたらまた魔物って感じでさ。さすがにあれは無理」
ファロさんが困ったように笑った。
セシルさんはその言葉を聞いて、少しだけ目を細めている気がした。
街に近づくにつれて、夕暮れの色は少しずつ濃くなっていった。
門が見えた時には、ようやく肩の力が抜けた気がした。
私たちは、街についてすぐに魔道図書館に向かって報告に向かった。
魔道図書館に入ると、マルタさんがすぐにこちらに気づいた。
「おかえりなさい。大丈夫だった? 随分と遅かったけど」
「想定より出没範囲が広かった。街道近辺にも大量の魔物。大型個体もいた。襲われてる商人も保護した」
セシルさんが端的に言う。
マルタさんの表情がすぐに険しくなった。
「街道近辺にも?」
「はい。私が助けていただきました。たぶん、こちらの方々がいなければ死んでいたと思います」
ファロさんも少しだけ姿勢を正して説明を始めた。
さっきまでより口調が少し丁寧になっている。
「……貴女が保護された商人ということで間違いはないですか?」
「はい。私はファロ・ポロニアと申します。旅商人です。本日、ヴァイスタール近郊で追加の仕入れを行った帰りに、複数の魔物と遭遇しました。逃走を試みましたが、逃げた先にも魔物が複数確認され、最終的に街道脇で動けなくなったところを助けていただきました」
「……私ども司書から都市政府へ報告させていただきます。奥のお部屋へどうぞ。詳しくお話をお聞かせください」
マルタさんはそう言って受付の敷居を開いた。
セシルさんとルドガーさんが報告が大変そうだって言ってたからある程度は覚悟をしていたけど、やっぱり細かく確認されるらしい。
それから私たちは、別室で魔物の出没場所、討伐した個体数、特徴、街の周辺の状況、ファロさんから襲われていた時の状況とかまで、マルタさんに報告をした。
報告が終わるころには日は完全に落ちきっていて、街には魔術灯の明かりが灯り始めていた。