私たちは、ライルさんと金髪の女性に先導されて崩壊した王都の中を進んでいた。
王都は、外から見たとおりの廃墟になっていた。
人も、少なくとも見える範囲にはいない。
だけど、拠点にしている場所があるらしい。詳しい話はそこでと言われた。
外では話せない、というよりも外ではなるべく気配を消したいらしい。
理由は言われなくてもすぐにわかった。
あの黒竜、私たちを見失ってから、巡回するように街の上空を旋回し始めた。
あれに見つからないために、外ではなるべく隠れて行動して長居をしないようにしているということだろう。
案内された場所は、大きな地下酒場だった。
酒場は薄暗いランタンの明かりが壁にゆらゆらと影を落としていた。
10人ほどの一般人、と思われる人たちもいる。
彼らが開けてくれたスペースに、シスイ、アサヅキさん、ナギノさんをすぐに横にならせた。
そのまま先にライルさんを含めた4人に金髪の女性と手分けして治癒を施した。
それが一通り落ち着いたところで、ライルさんがおもむろに立ちあがった。
「おう、セシルは戻ってたか」
「……こっちは一人だし、そりゃそっちよりは早いでしょ」
ライルさんが酒場のテーブル席の椅子に座っていた青髪の少女に声をかけた。
この感じ、この素っ気なく返している少女がさっきの雷を起こした人だろうか。
とりあえず、代表者として3人に助けてもらったお礼を言わないと。
筆頭巫女として恥ずかしくないように、丁寧に礼をする。
「助けていただきありがとうございました。お三方のおかげで、誰も欠けることなく竜から逃れることができました」
「気にしないでください。皆さんご無事……とは言い難いかもしれませんが、命に別状はなくてよかったです」
綺麗な金の長髪に碧眼の女性がにこやかな笑顔を浮かべながら丁寧に言葉を返してくれた。
物腰も柔らかいし穏やかで優しそうな人だ。
「自己紹介をしないといけませんね。
「ライル・ロックウッドだ。この国の元兵士。今は生存者探しをしてて、王都に取り残された人たちが安全に避難できるようにここに集めてる感じだな。こっちは――」
「セシル・フォートリエ。ただの魔術師」
シルヴィアさんに続いてライルさんが自己紹介をしてくれた。
ライルさんが青髪の少女を指し示しながら言葉を続けようとしたところで、少女自身がその言葉を遮って短く自己紹介してくれた。
こっちもちゃんと自己紹介しないと……
「私はミコト・アメノと申します。ここから東の辺境の山村の神社にて巫女を務めていました。筆頭であった母があの黒竜の襲撃で亡くなってしまったので、今は私が筆頭巫女となっています」
『ミコトミコト。多分巫女って通じませんよ』
『え、そうなの?』
私がした自己紹介にトコヨが突っ込みを入れてくる。
……そうなるとどう説明すればいいんだ。
巫女って通じないならオリツキ様にお仕えしてるとか言っても通じないだろうし……
シルヴィアさんたちの顔を順に見ていくと、無反応のセシルさんを除いて疑問符を浮かべているような表情をしていた。
「巫女?」
「ええと……巫女というのはオリツキ様にお仕えして祈りを捧げている……なんといえば伝わりますかね……?」
「あぁ、オリツキ様!」
シルヴィアさんが納得したような表情で手を合わせた。
あ、オリツキ様は通じるのか。
「オリツキ様ってあれだろ? 聖典に出てくる……」
「はい。主神オルディナ様が生み出し、天地を創造なされた4柱のうちの1柱――教会が奉じる5柱の神々の1柱、時神オリツキ様です。つまり、ミコトさんも神官ということですね」
「神官? というのはよく分かりませんけど、おそらくそれで合っていると思います」
オルディナ様という名前は聞き覚えがないけど、オリツキ様が時を司っておられるのは伝えられている通りだ。
だから、おそらく合っているんだろう。
つまりシルヴィアさんも私と同じ神に仕える方ということか。
そう聞くと親近感がわいてきた。
その後は、私の自己紹介が終わったと判断したらしいシラノさんとサヨも自己紹介をしていって情報共有に話が移った。
「つまり、この国はあの黒竜に?」
「あぁ。1、2か月くらい前だったかな。あの竜と魔物の群れが突然国を襲ってきて……数刻と持たずに王都が陥落したんだ。そこからはもう国としての体を成してない状態になっちまった。俺は近衛だったけど、隊長に救援を呼んできて欲しいって頼まれて王都をすぐに出たから戦火を免れたが……」
暗い表情のライルさんがこの国の現状を教えてくれた。
それを聞いているこの国の……王都に取り残されてしまって避難することもできていなかった人たちも暗い表情で俯いている。
ライルさんも話しづらそうにしていたからか、そこからはシルヴィアさんが言葉を引き継いだ。
「それで救援を求められたのが、世界樹の麓の集落なのです。クロード様……ではなく、集落の元締めさんと相談した結果、私とセシルさんがライルさんに同行して、生存者を探して保護するという流れになった形です」
なんか一瞬舞い上がったような感じで声が上擦ったけど、言い直していたしここは触れない方がいいのだろうか。
まぁ内容は理解できたからいいか。
世界樹の麓の集落ということは、オリツキ様から伝えられているあの天を貫く大木の麓の集落ってことだろうし。
「世界樹というのは、輪廻を巡らせてくださっているあの大樹で間違いないですよね?」
「はい。その世界樹で合っていますよ。ミコトさんたちの状況をお聞きしても?」
「もちろんです。2週間ほど前に、私たちもあの黒竜の襲撃を受け、集落が滅びてしまったのです。村人の大多数も同時に襲撃してきた魔物の犠牲に……その魔物たちもいなくならず、生き残った私たち6人の安全も確保できない状況になってしまいました。それもあって、安全な場所に避難するために旅をしていたのです」
私の説明に、シルヴィアさんが同情するような表情を浮かべてから静かに口を開いた。
「それは……なんといえばいいか。……避難先を探しているということであれば、私たちとともに来ませんか? もともとソルミア王国の避難民を受け入れる準備をしていたので、ミコトさんたち6人を受け入れることもできると思いますよ」
「!……よろしいのですか? こちらとしては、そうしていただけるなら願ってもないことですが」
「もちろんです!」
『よかったですね、ミコト』
『うん!』
シルヴィアさんの提案は、渡りに船だった。
ここから先、私たちに指針なんてない。
もしもシルヴィアさんたちに会えていなかったら、人里を探して彷徨う羽目になっていただろうし。
トコヨの言葉に嬉しくなって、内心で勢いよく返答してしまうくらいに心が軽くなった気がした。
そんなことを話していたら、本を読んでいたセシルさんが口を開いた。
「で? 合流するのはいいけど、結局どう脱出するのさ。そこ話さないと何も進まないでしょ」
「脱出?」
脱出とはどういうことかと考え始めたところで、一つの脅威に思い至ってしまった。
また、あの黒竜が壁になるのか。
「えぇと……もしかして、あの竜ですか?」
「そ。あいつ、少し前からずっと王都近辺の上空を哨戒するみたいに飛び回ってんの。少人数での隠れながらの移動ならともかく、大人数で、しかも一般人も連れてとか絶対無理。それはあんたたちも身に染みてるでしょ」
つまり、さっき私たちが襲われたみたいに見境なく襲い掛かってくるってことか。
そうなると、確かに脱出なんて表現になるのも納得だった。
セシルさんの言葉を引き継ぐようにして、シルヴィアさんが言葉を続ける。
「それで、どのようにして集落まで戻るかを相談していた折に咆哮と戦闘音が聞こえて、ミコトさんたちが襲われているのが分かったという感じですね」
「な、なるほど……」
これは……どうすればいいのだろうか。
受け入れてもらえるということだし、協力を惜しむつもりはないけど、そもそも協力したところでどうにかできる存在かという問題が出てきてしまう。
正面から戦ったらまず勝てない。
勝てない、よね? セシルさんも脱出って言ってたし。
「一応、聞いておきたいんですけど、さっきの雷みたいなのは……」
「あれじゃ無理。ただの大規模な雷の魔術だから。精々怯ませるのが関の山。しかも詠唱に時間もかかるから時間稼ぎもしなきゃいけない。仮にまた当てられたとしても怯むのは10秒もないくらい。これじゃ脱出の糸口にはならないでしょ」
「……魔術?」
私も疑問符を浮かべかけていたことを、サヨが言語化した。
それを聞いた瞬間、セシルさんがすごく怪訝な表情を浮かべた。
「あんたら魔術知らないの? 村に魔術師もいなかった感じ?」
「えぇと……はい」
「はぁ……どんだけ閉鎖集落なのさ……詳細は脱出出来たらそこの堕神官にでも聞きなよ」
「堕しんっ……!? あのですねセシルさん!! 私は堕神官ではないと何度言えば——」
「あぁもううるさいうるさい。今はいいでしょ。少なくとも万能の力じゃないってこと。あんたら神官が使う聖魔法だって信仰心頼りで万能の力じゃないでしょ」
セシルさんとシルヴィアさんが口論を始めてしまったけど、セシルさんの言いたいことは大体わかった。
堕神官ってなんなんだろうとか気になることはあるけど、シルヴィアさんの反応を見る限り無視した方がよさそうだし。
そんなタイミングで、今まで静かに聞いていたライルさんが口を開いた。
「あー、一ついいか。ミコトたちを助ける前にちょうど言おうとしてたことだったんだけどよ」
ライルさんのその言葉に、シルヴィアさんとセシルさんも口論をやめて聞く体制に入ってくれていた。
「近衛として働いてた時に、隊長から緊急時に王族が王都から脱出するために使う地下通路があるって聞いたことがあるんだよ。緊急時となると戦争とかクーデターとかそういうのを想定したものだろうし、見晴らしのいいところが出口になってるとは思えない。もしかしたら、脱出に使えるんじゃないか?」
「……ほんとにあるならそうなんじゃない。あんた場所知ってんの?」
「いや、知らない。あくまで聞いたことがあるだけだ。だから、使うとなると探すところからする必要がある」
「ですが、一番現実的な案ではないですか?」
ライルさんが話してくれた道が本当にあるなら、脱出に使えそうだ。
それを見つけるのに何日かかるのかという問題があるけど。
あっ……そういえば……
「あの……すいません。それを探すとなるとある程度時間がかかりますよね? 私たち、その……食料がもうほぼなくて……」
「俺たちの備蓄も6人も増えるとなると流石に調達しないと余裕がないな……」
おずおずと私が申し出ると、ライルさんも少し考えこみ始めた。
それからそんなに時間をおかずに、こちらの心配を吹き飛ばす意図があるのが務めて作っていそうな明るい表情で顔をあげた。
「じゃあ、明日から通路を探す班と食料を調達する班に分かれて王都を探索するか! それなら時間も無駄にならないし、今日と明日の分くらいはなんとかなるからそこまで焦る必要もないしな! ミコトたちも疲れてるだろうし、今日はゆっくり休んでくれ!」
「……ありがとうございます」
このライルさんの提案を拒否する人は誰もいなかった。
結局、そういう方針になった。
班分けとかは明日しようってことで、ライルさんたちが食料を持ち出して簡単な料理を作ってくれた。
久しぶりに食べた干し肉以外の食事の暖かさに、涙がこぼれそうになった。