天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
「それじゃあ、約束通りご飯ね。こっちこっち」
夜のヴァイスタールをファロさんが先導してくれる。
向かったのは、図書館から少し離れた通りにある食事処だった。
魔術師というより、商人や旅人が多そうな店だ。
店の中は賑やかで、お肉やお魚を焼いた匂いが漂っている。
「ここ、商人とかがよく使う店なんだよ。量も多いし、味もいい。値段も高すぎない。あたしもよく使ってるの」
「詳しいんですね」
「そりゃ商人だからね。食事処の情報は大事だよ。店主とか客から情報も拾えたりするし」
ファロさんは慣れた様子で店員さんに声をかけて、席へ案内してもらった。
「とりあえず、あたしは魚にするけど皆はお肉でいいよね? そのメインとパンとスープ。あと果実水を人数分。量は……普通でいいかな?」
「少なめで。少なくとも女3人は少なめ。傭兵、あんたは」
「俺も少なめでいいよ。ここにきてからの大盛り料理には辟易してたからな」
セシルさんが私たちの分をまとめて調整してくれた。
そうそう、こうやって言っておかないと本当にひどい大盛り料理ばかり出されるから、残さないためにもこうするしかないのだ。
ルドガーさんも同じ目にあってたらしい。
ファロさんも苦笑していたあたり、同じ感じになったことがあるのだろうか。
席に着くと、私は改めてファロさんを見た。
猫獣人の耳と尻尾。軽い口調。
商人としての手際。
それに、見た目はどう見てもお姉さんだ。
そこでふと、ルドガーさんの方を見る。
ルドガーさんは女の人が好きらしい。
初対面の時もそんな話をしていた気がする。
ファロさんは多分、シルヴィアさんより少し背が高いくらいだろうか。
身長だけで見ると、リーゼちゃん、私、セシルさん、シルヴィアさん、ファロさんって順番な気がするし、男性と比べると流石にだいぶ低いけど、女性の中でも高めなのは間違いない。
体のメリハリもすごい。
……メリハリに関しては、だいぶ大きい側のシルヴィアさんに負けてない大きさをしているのが見て取れる。
そうなると、ルドガーさん的にはどうなのだろう。
そう思って見てみたけど、ルドガーさんは特にファロさんに興味を示していないようだった。
席に座って、周囲を確認して、出入り口の方を見ている。
馬車旅で見慣れたいつもの動きだった。
「……どうしたミコト」
「い、いえ。なんでもありません」
「なんでもない顔じゃねぇだろ」
「また変なこと考えてるだろ」
「ま、またってなんですか、セシルさん!」
「顔に出てる」
ひどい。
そんなに顔に出ていただろうか。
ファロさんは私とルドガーさんを見比べて、あぁ、と何か納得したような顔をした。
「あー……もしかして、女好きってやつ?」
「ちょ、直球ですね……」
「違うの?」
「否定はしねぇが、誰彼構わず口説くわけじゃねぇよ。少なくともこいつらに興味はない」
ルドガーさんは果実水を飲みながらそう言った。
あれ、そういえばルドガーさんお酒飲んでないな。
お仕事モードだとこういう時でもちゃんと自重してくれるのか。
私がそんなことを考えていたら、ファロさんは自分を指差した。
「あたしは?」
「ガキ」
即答だった。
ファロさんの耳がぴんと立った。
私も思わず目を瞬かせる。
ガキ。ガキ……?
ファロさんはどう見ても私よりお姉さんに見えるのに。
「え、えっと……ファロさん、おいくつなんですか?」
「17」
「17歳!?」
「うん。17歳」
17歳。見えない。
だけど、未成年だ。
でも、私より2歳上で、セシルさんやシルヴィアさんよりも1つ上。
大人っぽく見えたけど、確かに年齢としてはまだ大人ではない。
「ほら、ガキだろ」
「いや、まぁ、成人前だけどさぁ……そこまではっきり言われると、それはそれでちょっと傷つくんだけど? スタイルには自信あるし」
「内面からガキオーラがにじみ出てる。ここの4人全員そうだ」
……私たちまで含めてガキ扱いされた……?
ファロさんは尻尾をゆらゆらさせている。
少し警戒を緩めたようにすら見えた。
「まぁ、安心したよ。命の恩人であることに変わりはないけど、女好きとなると警戒しないといけなくなっちゃうし。線引きがはっきりしてるなら信用できる」
「信用ねぇ……いいのか? 俺みたいなのをすぐ信用して」
「商人だからね。人を見る嗅覚は育ってる」
ファロさんはそう言って、にっと笑った。
軽い笑顔なのに、言っていることはしっかりしている。
やっぱり、ただ元気な人というわけではなさそうだ。
そんなタイミングで、料理が運ばれてきた。
よかった、ちゃんと普通の量だ。
……少なめで頼んで普通の量が来るのはおかしいのではないだろうかという不満は呑み込んだ。
料理を食べながら、リーゼちゃんが遠慮がちに口を開いた。
「あの……ファロさんは、どうしてあのような場所に一人でいたんですか? 馬車もありませんでしたし……」
「それは私も気になります。旅商人の方って、隊商とかで移動するものだと思っていました」
私がそう言うと、ファロさんはパンをちぎりながら頷いた。
「普通はそうだね。特に若い女が一人で旅商人なんて、やめとけって言われる方が多いと思う」
「では、なぜ……?」
「それがあたしの売りだから」
ファロさんはあっさり言った。
「隊商は安全だけど遅いし、その分高くつく。馬車を持てば積める量は増えるけど、維持費もかかるし、道も選ぶ。あたしは猫獣人で足が速いし、夜目も利くし、ちょっとした悪路ならどうにかなる。だから、注文された品を少量でも早く届ける仕事なら、あたしみたいなのが使いやすいんだよ」
「強みってことですか」
「そ! 隊商よりも早く! 隊商よりも安く! があたしのウリってわけ」
商人の事情はあんまりよく知らないけど、聞いているとそれだけですごいと思えてしまう。
「……隊商と違うのはなんとなくそれで分かるんですけど、行商人と旅商人って何が違うんですか?」
世界樹の麓の集落にも行商人はたまにくるけど、旅商人と自称してる人は見たことがないかもしれない。
私が聞くと、ファロさんはパンをちぎりながら少し考えるように首を傾げた。
「一番大きい違いは、移動する範囲かな」
「範囲ですか?」
「うん。行商人は、基本的には一つの街とか、その周辺の村を回って品物を売る人たちだね。拠点になる街があって、その近くを定期的に回る感じ。だから、顔なじみのお客も多いし、扱う品物もその土地に合わせやすい」
「なるほど。近い場所を回る商人なんですね」
「そうそう。それに対して旅商人は、もっと遠くまで行く。国を跨いだり、地域を越えたりして、あちこちを旅しながら商売する商人って感じかな。あたしもカルドラ王国出身でそこを拠点にしてはいるけど、こうしてヴァイスタールまで来てるし」
「カルドラ王国ですか? それって……」
カルドラ王国出身でヴァイスタールまで来てるという部分の意味をすぐに理解できなくて固まってしまった。
まだ地理とかその土地固有の情報とかを知らないからあんまり細かく把握できてない。
世界樹の南にカルドラ王国があるっていうのはなんとなく知ってるけど……
「砂漠越えしてるってこと」
「砂漠越え?」
「世界樹の南にオルヴァレスカ大砂漠があるって言ったでしょ。カルドラ王国はその砂漠のど真ん中。基本的にあそこへの商人は隊商だけだよ」
「そそ、ありがと魔術師ちゃん。だから、あたしは行商人じゃなくて旅商人。特定の街の近くを回るんじゃなくて、遠くの国や地域まで移動して、そこで仕入れたり、届けたり、売ったりするからね」
ファロさんはそう言って、自分の荷物を軽く叩いた。
「もちろん、旅商人の中にも色々いるよ。珍しい品を持って各地で売る人もいるし、大きな隊商に混ざって動く人もいる。あたしの場合は、注文を受けて、遠くの土地まで仕入れに行って、届ける仕事が多いかな」
「では、移動範囲が広い分、扱える品物も増えるんですね」
リーゼちゃんが納得したように言う。
「そういうこと。砂漠で手に入るものを、森や学術都市の近くに持っていくこともできるし、その逆もできる。遠くの品を欲しがる人には、旅商人は結構便利なんだよ」
「その分、危険も増える」
セシルさんが短く言う。
「うん。そこは否定しない。移動範囲が広いってことは、それだけ魔物に遭う危険も、知らない土地で面倒に巻き込まれる危険も増えるからね」
ファロさんは軽く笑ったけど、その言葉は現実的だった。
「だから、足が速くて、夜目が利いて、悪路にも強い猫獣人のあたしは、そういう仕事に向いてるってわけ。隊商より荷物は少ないけど、遠くまで早く動けるのよ」
「それでは、この街にも商売で?」
リーゼちゃんが問いかける。
「うん。ヴァイスタールには錬金術師もいるし、得意先があってね。今回は契約してた商品を仕入れて届けるだけの仕事だったんだよ」
「届けるだけの仕事だった? ということは、もう届け終わっていたんですか?」
「一応ね。契約してた分はちゃんと届けた。品質も納期も問題なし。そこまではよかったんだけど……」
ファロさんはそこで少しだけ顔をしかめた。
「戻ってきたら、なぜか客の要求が変わっててさ」
「要求が?」
「うん。前は、錬金術の素材とか、作業しながら片手でつまめる焼き菓子とか、細く切った干し肉とか、そういうのを好む人たちだったんだよ。食べ物だったとしても、本とか書類を汚したくないからって、手が汚れにくいものばっかり頼んできた」
セシルさんの手が止まった。
本当に少しだけだったけど、確かに反応した。
「それが急に、肉だの魚だの菓子だの、とにかく量がある食糧を要求してきたんだよ。しかも、今回の契約とは別の追加分なのに、それを持ってこないなら先の依頼分の支払いもしないみたいなことを言われてさ」
「それは、おかしくありませんか?」
リーゼちゃんが少し驚いたように言う。
うん、流石に理不尽ではないだろうか。
私でもそう思う。
「そうだよ。普通に契約違反。だから本当なら突っぱねてもよかったんだけど、相手は得意先だし、今後のこともある。ここで揉めると面倒なんだよね。支払いを止められたらあたしも困るし」
「契約したお金を払わないなんて、そんなことがあるんですか……?」
思わず口にしてしまう。
契約したのなら払うのが当然だと思うのだけど。
ファロさんは私の反応を見て、少しだけ目を丸くした。
それから、少し困ったように笑う。
「ミコト、貴女ちょっと純粋すぎない? 大丈夫?」
「えっ」
「あ、悪い意味じゃなくてね。契約してても渋る人は渋るよ。特に相手が若い女商人だと、足元を見られることもあるし。金払いで心配ないのは聖心の証付けてる神官くらいよ」
「そんな……」
「まぁ、今回は得意先だし……今まではちゃんと払ってくれてた。だから余計に変だなって思った」
「変、ですか?」
「うん。支払いを渋るにしても、言い方とか理由が雑すぎたのよ。なんか本当に大量の食べ物を欲しがってるみたいでさ。あたしから値切るためというより、とにかく持ってこいって感じだった」
ファロさんはそう言って、果実水を一口飲んだ。
「それで、仕方なく追加分を仕入れに出たら魔物に襲われてしまったと……」
「そういうこと。泣きっ面に魔物ね」
ファロさんが笑う。
私もつられて少しだけ笑ってしまった。
だけど、セシルさんは笑っていなかった。
「嗜好が変わったのはいつ?」
「ん?」
「その客が、素材とか手が汚れないものから、大量の食糧を欲しがるようになったのはいつから?」
ファロさんは少し考え込む。
「前に会ったのが10日くらい前かな。その時にはもうおかしかった。その前はひと月くらい前。だから、その間だと思う」
「一人だけ?」
「いや……周りも似た感じだったかも。出してくれたお茶菓子も妙に量が多かったし、他にも同じようなことを言ってる人はいたかな。あたしの客だけって感じではなかったと思う」
「味の好みは?」
「味というより量。あと、食べやすさとか手軽さへのこだわりが薄くなってる感じ。前は、手が汚れるからこれは嫌だとか、書類を広げながら食べにくいからこっちにしてとか、細かく言ってたのに」
セシルさんの目が細くなった。
「……ヴァイスタールでは、片手で食べられるものが好まれやすい」
「そうなんですか?」
「本を読みながら、書き物しながら、研究しながら食べる人間が多い。手が汚れるもの、両手が塞がるもの、食べるのに時間がかかるものは嫌われやすい。少なくとも、私がいた頃はそうだった」
「あぁ、やっぱりそうだよね。あたしもそんな印象だったんだよ。だから変だなって思ってた」
ファロさんも頷く。
それって、セシルさんの好みと同じではないだろうか。
こういうところを見ると、この街の人は皆セシルさんみたいな人ってことか。
「セシルさんもそうですよね!」
「……ミコトちょっと黙ってて」
「えっ」
『ミコト、空気読みましょうよ……』
トコヨまで苦笑しながらそんなことを言ってくるのか。
「その感じだと、なにか欲しい情報でもあった? 恩人だし、今回は情報も特別にタダで出すけど」
「まだ分からない。だから今はいい。だけど、無視するには気持ち悪い」
セシルさんの言葉に、空気が少しだけ重くなる。
ファロさんも真面目な顔になった。
「……あたし、何か役に立てる?」
「客の情報と、いつ何が変わったか。その辺りは後で聞くかもしれない」
「分かった。商人として話せる範囲なら話すよ。客の信用に関わる部分はぼかすけど」
「十分」
ファロさんの返答に、セシルさんは満足そうに頷いている。
……なんか、完全に置いていかれている感じがする。
でも多分、必要なことなら後で話してくれる、よね?
その後は、少しだけ和やかな空気に戻った。
ファロさんが旅先で見た珍しい品の話をしてくれたり、リーゼちゃんがリオレ大森林の話をしたりした。
セシルさんは必要な時以外ほとんど喋らなかったけど、話自体はちゃんと聞いているようだった。
ルドガーさんも軽く相槌を打ちながら、傭兵として渡り歩いた場所の話とかをしてくれた。
食事が終わる頃には、外はすっかり夜になっていた。
少なめで頼んだおかげで食べきることはできたけど、それでもかなりお腹いっぱいだ。
「少なめでこれなら、やっぱり普通に頼んでたら危なかったですね……」
「やっぱり貴女たちもそれで少なめにしたのね。最近のヴァイスタール、ほんとに量がすごいよね。あたしもあんな量は無理だから少なめにしちゃってるし」
ファロさんはそう言って苦笑した。
店を出ると、夜風が頬に当たった。
魔物退治で動き回った後だからか、むしろ心地いいくらいだ。
「今日は本当にありがとう。あたしは南門近くの銀の止まり木亭に泊まってるから、何かあったら訪ねてきて」
「そ」
「あと、さっきも言ったけど、ご飯だけじゃ命の恩は返し切れないから。情報も、可能な範囲でなら話すから!」
「必要だったら声かける」
「うん! それじゃあ、今日はここで。何かあったら本当に声をかけて。あたしも、今日の話で気づいたことがあったら伝えるようにするから。教えてくれた家に行けばいいわよね?」
「ん。それでいい」
セシルさんが短く答える。
ファロさんはそれで十分というように頷いて、手を振ってから、軽い足取りで夜の通りへ歩いていった。
尻尾がゆらゆら揺れて、人混みの中に消えていく。
「……元気な方でしたね」
「はい。でも、とてもきちんとした方でもありました」
リーゼちゃんの言葉に頷く。
ファロさんは軽そうに見えるけど、命の恩ってところにもすごいこだわりを感じたし、曖昧にせず返そうとしていた。
良い人だと思う。
そんなやり取りをしながら、私たちは夜の通りを歩き出した。
この辺りは夜でも意外と賑やかだった。
おそらく錬金術製と思われる灯りに照らされた通りには、まだ多くの人が行き交っている。
出店も並んでいて、焼いたお肉や甘いお菓子の匂いが漂っていた。
「夜でも結構お店が出ているんですね」
「学院や図書館に遅くまでいる人間が多いから。夜の出店自体は昔からある」
「そうなんですか?」
「そ。出店があること自体はおかしくない」
「自体は、ですか?」
セシルさんが足を止めた。
その視線の先には、出店に並ぶ料理があった。
大きな串焼き。
両手で持たないと食べづらそうなパン。
顔くらいある焼き菓子。
器から溢れそうなほど盛られた煮込み料理。
どれも美味しそうではある。
食事処と同じで、量が凄まじいけど。
「あんな内容じゃなかった」
セシルさんは静かに呟いた。
「さっきも言ったでしょ。ヴァイスタールで好まれるのは、片手で食べられて、手が汚れなくて、食べながら本や書類を扱えるもの。少なくとも、両手が塞がるような食べ物がここまで並ぶ街じゃなかった」
夜風が通りを抜ける。
肉を焼く濃い匂いが、妙にはっきりと鼻についた。
セシルさんは、出店の並びを見つめたまま目を細めていた。