天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
「情報の閲覧権限?」
「そ。政府がどこかで報告の情報とかまとめてるはず。それを見る権限をもらいに行く」
「気になってたんですけど、政府っていうのは、この街の取り仕切っているところって認識でいいんですか?」
「大体は合ってる。ただ、正確には、この国の行政を取り仕切ってるところ」
「この国、ですか?」
「ヴァイスタールは独立都市。街一つで、一つの国として成立してる。バルグラント帝国がすぐ近くにあるけど帝国の領地じゃない。聖都も似たようなもんでしょ」
セシルさん、リーゼちゃん、ルドガーさん、私の4人で朝の通りを歩きながら、セシルさんが淡々と説明してくれる。
街一つで国。
言われてみると、独立都市という名前はそういう意味なのかもしれないけど、いまいち理解が追いつかない。
「では、ヴァイスタールにも王族がいらっしゃるのですか?」
リーゼちゃんが不思議そうに尋ねる。
「いない。ここは民主制だから」
「「みんしゅせい……?」」
聞き慣れない言葉に、私とリーゼちゃんの声が重なった。
セシルさんが面倒そうに眉を寄せる。
「市民が、自分たちの代表を選ぶ仕組み。選ばれた市長と議員が話し合って、街の方針や法律を決める」
「市長という方が、王の代わりになるのですか?」
「権限はあるけど王じゃない。市民に選ばれてるだけだから、ずっと同じ人間が務めるわけでもない。次の選挙で他のやつが選ばれれば交代」
「王族ではない方が、国を治めるのですか……」
リーゼちゃんが驚いたように目を瞬かせている。
王族として育てられたリーゼちゃんにとっては、かなり不思議な仕組みなのだろう。
私としても、お母さんが筆頭巫女として集落を取り仕切っていたから、皆で代表を選ぶという形はいまいち想像できない。
「もちろん、実際には魔術学院の意見もかなり強い。ヴァイスタールは魔術教育で成り立ってる街だから、学院を無視して政策を決めるのはほとんど無理。でも、少なくとも王や貴族が上から全部決める王国とは形が違う」
「なるほど……」
リーゼちゃんは真剣な顔で頷いている。
「では、都市政府というのは、市長や議員の方々を中心に、この国を運営している組織ということですね」
「そ。ミコトの言った、この街を取り仕切ってるところって認識でも間違いではないけどね」
「街なのに国で、王様はいなくて、市民が代表を選んで……」
頭の中で整理しようとする。
難しい。
集落、王国、帝国、独立都市。
場所によって人々をまとめる仕組みが全然違うらしい。
『ミコト、顔に出てますよ』
『難しいし、なんというか、あんまり想像できなくて……』
『まぁ、今すぐ理解しなくても困りはしないでしょう。王様がいない国もあるとだけ覚えておけばいいんじゃないですか?』
『そんな覚え方でいいのかな……』
「箱入り娘二人には難しかった?」
「わ、分かりましたよ。大体は」
「私も理解できたと思います、多分」
「ならいい」
セシルさんはそれだけ言って、魔道図書館の重い扉を開いた。
図書館の中へ入ると、今日も受付の周辺には沢山の書類が積み上げられていた。
司書の人たちも慌ただしそうに行き来している。
昨日報告した魔物のことも、今頃政府に伝えられているのだろうか。
受付にいたマルタさんは、私たちの姿に気づくと顔を上げた。
「あ、セシルちゃん、おはよう。昨日は遅くまでありがとう。皆、体調は大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
「私も問題ありません」
私たちが順に答えると、マルタさんは安心したように息を吐いた。
ルドガーさんは特に答えなかったけど、飄々としてる感じだし問題ないのは伝わるだろう。
「都市政府に頼みたいことがある」
「政府に? 私を通してということかしら」
「そ。今回の魔物の活性化に関する報告を全部見たい。目撃された場所と日時、魔物の種類、被害の内容、討伐に向かった人間からの報告。政府が持ってる情報全部」
「全部……」
マルタさんが困ったように眉を寄せる。
「原因を調べるために必要。昨日出た範囲だけでも、もらった情報と実際の状況が違いすぎる。ここに共有されてない報告があるなら、それも含めて確認したい」
「政府には伝えてみるけれど、すぐに許可が出るとは限らないわよ。一般市民には共有できない情報や報告も含まれているでしょうし、私の判断でどうにかできるものではないから」
「分かってる。今回の依頼の根本的な解決を目指すために必要って伝えて」
「分かった。それなら、私から正式に申請を出しておくわ。回答が来たらすぐに知らせるわね」
「ん」
セシルさんはあっさり頷いた。
すぐに見せてもらえるわけではないらしいけど、政府が持っている情報なら、昨日私たちが見たものよりもずっと詳しいはずだ。
それを見れば、魔物が増えた理由も分かるのだろうか。
セシルさんは受付から離れようとして、ふと足を止めた。
「あと、一つ聞いていい?」
「何かしら」
「最近、街の食事処で出される料理の量が増えたとか、屋台で売ってるものが変わったとか、気づいたことある?」
「料理……?」
マルタさんが目を瞬かせる。
魔物の話をしていたはずなのに、急に食べ物の話をされたからだろう。
「この街、どこの店に入っても私が知ってる頃より一人前の量が明らかに増えてる。屋台も片手で食べられるものより、でかい串焼きとか両手で持つパンとかが増えてる」
「そうなの?」
「……気づいてなかったの?」
「ええ。全く……」
マルタさんは戸惑いながら、図書館の入口の方へ視線を向けた。
「でも、言われてみれば……図書館の前に出ている屋台も、以前とは少し違うかもしれないわね。前は包み紙に入れた小さなパンや、手を汚さず食べられる焼き菓子が多かったけれど……最近は、大きなものが増えたような……?」
「いつ頃から?」
「ごめんなさい。気にしていなかったから、そこまでは分からないわ。学院や図書館に来る人たち以外の客を増やそうとしているのかと思っていたくらいで……」
「そ」
セシルさんは、それだけ確認すると踵を返した。
「セシルちゃん。料理に何かあるの?」
「まだ分からない。今のは確認しただけ」
「そう……?」
マルタさんは納得していないようだったけど、セシルさんはそれ以上説明しなかった。
私たちもマルタさんに頭を下げて、図書館を出る。
セシルさんは外に出てからも、何かを考え込むように通りを見回していた。
「セシルさん。さっきの質問は、昨日の違和感と関係があるんですか?」
「あるかもしれないし、ないかもしれない」
「曖昧な感じなんです……?」
「分からないから調べるんでしょ」
それは、そうなのかもしれない。
セシルさんは通りを歩く人や、開店の準備を始めている屋台を順に見つめている。
「今日は討伐には出ない。街の中を調べる」
「街の中を?」
「そ。政府から返答が来るまでに、確認できることを確認する」
「俺は必要か?」
ルドガーさんが、腰の剣へ軽く手を置きながら尋ねた。
「今日はいい。街の中で店を見たり、話を聞いたりするだけだから」
「そうかい。なら俺は宿に戻る。必要になったら声をかけろ。宿を離れる時は主人に行き先を伝えておく。急ぎならそっちに聞いてくれ」
ルドガーさんはそう言って、軽く手を上げた。
そのまま宿のある方向へ歩いていく。
「酒は飲まないでよ」
セシルさんが背中に声をかけると、ルドガーさんは振り返らずに答えた。
「仕事中に飲むほど馬鹿じゃねぇよ」
その言葉を最後に、ルドガーさんの姿は通りの人混みに紛れて見えなくなった。
「それで、私たちは何を調べればいいんですか?」
「何もしなくていい」
「えっ」
「私一人でやるから」
即答されてしまった。
リーゼちゃんも少し驚いた顔をしている。
「ですが、人に話を聞くのであれば、私たちもお手伝いできるのではないでしょうか」
「まだ何を聞くかすら決めてない。それに、箱入り娘二人のおもりしながらとか疲れる」
「は、箱入り娘……それに、おもりですか……」
久しぶりにその呼び方をされた。
というか、完全に子供扱いされてる。
迷子になりかけたりしたのは事実だから何も言い返せないけど……
「でも、セシルさん一人で大丈夫ですか?」
「街の中を歩くだけ。何かと戦うわけじゃない」
「何を調べようとしているのかだけでも、教えていただけませんか?」
リーゼちゃんがそう尋ねる。
セシルさんはすぐには答えなかった。
通りの先へ視線を向けたまま、少しだけ眉間に皺を寄せている。
「……まだ説明するような段階じゃない」
「でも……」
「机上の空論にもなってない。ただの思いつき。そんなものを説明して、あんたらまで余計なことを考え始めても無駄だし意味ないし」
「余計なことって……」
「ミコトはさっきから顔に出まくってるから。手助けしたいってのは美徳なんだろけどまだあんたが力になれる段階じゃないってこと」
「うっ」
否定できなかった。
リーゼちゃんの方を見ると、少し困ったように笑っている。
「リーゼも似たようなもんだから」
「わ、私もですか?」
「そ」
リーゼちゃんまでまとめて切り捨てられてしまった。
「だから、あんたらは訓練場に行き」
「訓練場?」
「図書館の近くにある一般開放のところ。前に気にしてたでしょ」
確かに、初めて図書館に来た日に見かけて気になっていた。
中がどうなっているのか、少し見てみたいと思っていたけど……
「私たちだけで訓練するってことですか?」
「最初は私も行く。使い方を説明して、最低限の指導したら調査に出る」
「時間をそこで潰しておけってことですかね……?」
「それもある」
セシルさんはそこで一度言葉を切った。
「昨日の戦闘、二人とも雑だったから。少しでもマシにしといて」
「ざ、雑……?」
「リーゼは感覚任せに風を広げすぎ。ミコトは光弾を外しすぎ」
「うぅ……」
何も言い返せない。
光弾は何度か外したし、射線管理を考えている間にルドガーさんが全て終わらせてしまったことも多々あった。
リーゼちゃんも思い当たるところがあるのか、しょんぼりと目を伏せている。
「それに、万が一、私の考えてることが当たってたら、原因を見つけた後に戦闘になる可能性が高い」
「戦闘……」
「街に異常を起こせるような何かがいるなら、弱いとは思わない方がいい。だから、暇してるくらいなら練習して」
セシルさんが何を考えているのかは、結局教えてもらえなかった。
だけど、単なる時間潰しだけで訓練場に行かせようとしているわけではないらしい。
「分かりました。頑張ります」
「私も、昨日よりお役に立てるように練習します」
「なら行くよ」
セシルさんはそれだけ言って、図書館の近くにある石造りの建物へ歩き始めた。
魔術訓練場の中は、外から見た印象よりもずっと広かった。
入口を抜けると受付があり、その奥には長い廊下が続いている。
壁には数字の書かれた札がいくつも並び、閉じられた扉の向こうから、何かが弾けるような鈍い音が聞こえてきていた。
「ご利用は3人ですか?」
受付の女性が尋ねてくる。
「訓練するのは2人。私は指導だけ。風魔術と聖魔法を使う。大規模術式も対人訓練もしない」
「風魔術の規模は?」
「初級中心。でかくても中級、テンペスト程度」
するすると話が進み過ぎてリーゼちゃんと顔を見合わせながらきょとんとしてしまう。
「それでしたら、すぐに使用できる部屋があります。備え付けの標的や訓練用魔道具を破損しても構いませんが、部屋の外に影響が出るほどの術式は使用しないでください」
「分かってる」
セシルさんが使用料を支払い、受付用の紙に名前を書いていく。
私とリーゼちゃんも言われた場所に名前を書いた。
受付の女性から木札を渡されて、廊下の奥へ案内される。
「こちらの7番室をお使いください。終了しましたら、木札を受付へ返却してください」
扉を開くと、石壁に囲まれた大きな部屋があった。
天井もかなり高い。
奥には人の形をした標的や、丸い的が並べられている。
壁や床には傷が残っていたけど、何度も補修されているのか、崩れたり穴が開いたりはしていなかった。
部屋の端には見たことのない魔道具のようなものがいくつも置かれている。
「わぁ……」
思わず声が漏れた。
リーゼちゃんも興味深そうに周囲を見回している。
フレスベルグはリーゼちゃんの肩から飛び立つと、壁際に設けられた止まり木のような場所に降りた。
……止まり木、というか、多分杖を立てかけたりローブを引っ掛けたりするためのものかな。
「まずリーゼ」
「はい」
「一番奥の丸い的に、ウインドカッター」
リーゼちゃんは真剣な表情で的に向き直った。
片手を前へ伸ばして、静かに息を整える。
「風よ——」
リーゼちゃんの周囲に風が集まった。
緑色の髪が揺れ、次の瞬間には鋭い風の刃が放たれる。
風刃は丸い的へ届き、中心から少し横にずれた場所を切り裂いた。
標的だけではなく、その後ろの壁にも浅い傷が走っている。
私から見れば、十分すごい魔術だった。
だけど、セシルさんは険しい顔をしている。
「今、撃つ直前に着弾点調整しようとしただろ」
「えっ。分かるんですか?」
「風の広がり方見れば分かる。軌道もブレてる」
セシルさんは標的へ歩いていき、切り裂かれた場所を指先でなぞった。
「刃の幅も広すぎ。魔物だけを狙うなら、こんなに広げる必要ない。近くに味方がいたら巻き込む」
「す、すみません……」
「謝る必要はない。直してくれればいい」
セシルさんは標的の中心に描かれた小さな円を指差した。
「リーゼ。術を使う時、どうやって風を集めてる?」
「どうやって……風に呼びかけて、刃になるようにお願いするというか……」
「それは説明になってない」
「で、ですが、お母様も同胞の皆も、最初は風の流れを感じて、形を思い描けばよいと……」
「子供に感覚を覚えこませるための初歩を教えてるだけだから、それ」
セシルさんが頭を押さえた。
「ハイエルフは風の適性が高い。フレスベルグの加護まである。術式が多少雑でも、風の魔素が勝手に形を補って発動する。だから今まで困らなかっただけ」
「勝手に補って……」
「そ。リーゼは術式の構築が甘い。理論を理解しきれてないからイメージだけで適当に魔力を通して周囲の魔素を適当に集めてる。つまり、術式によっては魔力も魔素も過剰なんだよ。出力は出るけど、その分だけ無駄が多いし、形も崩れやすいし、予期しない挙動もしかねない」
セシルさんはリーゼちゃんの隣に立ち、指で真っすぐ足元を指した。
「先に術式とその術式までの道を作る。術式のイメージを固めて、理論に沿って陣を構築する。必要な分だけ魔力を流して、魔素を集めるのはその後。魔素も広げず、その線に沿って必要な分だけ流す」
「必要な分だけ……」
「刃を大きくする必要もない。切りたい場所に、薄い風を通す。出力で押し切ろうとしない。あんたに写本させた部分の中に風の基礎も混ぜたでしょ。それを思い出して丁寧にやってみろ」
リーゼちゃんは真剣な表情で頷いた。
もう一度、的へ向き直る。
目を閉じて、先ほどよりも長く集中した。
「風よ——」
今度は、リーゼちゃんの髪が大きく揺れることはなかった。
集まった風も、先ほどより弱く見える。
だけど、放たれた風の刃は細く真っすぐに飛び、標的の中心を切り裂いた。
壁には届かず、標的だけに綺麗な線が刻まれている。
「わぁ……!」
「さっきよりはマシだね」
セシルさんは相変わらずぶっきらぼうだった。
それでも、リーゼちゃんの顔は一気に明るくなる。
「先ほどより、ずっと軽く使えました。風も、無理に集めなくても形になったような……」
「無駄に集めてた分が減ったから。今の形を崩さずに、少しずつ発動を早くして。ウインドカッターが出来たら覚えてる術を順に」
「はいっ!」
リーゼちゃんは嬉しそうに返事をした。
セシルさんの言い方は厳しいけど、教えている内容はとても分かりやすいらしい。
「セシルさん、先生みたいですね」
「やめろ。教師になる気はない」
「でも、リーゼちゃんの魔術を見ただけで悪いところが分かるんですね」
「風魔術なら私も使えるし」
「セシルさんも風の適性が高いんですか?」
「人間としては、それなり」
「それなり……」
どのくらいなんだろう。
以前、属性適性には人によって違いがあると教えてもらった。
リーゼちゃんは風だけが極端に高く、他の属性はほとんど使えないとも聞いている。
「属性の適性って、正確に調べられるんですか?」
「調べられるよ。そこにあるでしょ」
セシルさんが部屋の隅を指差した。
そこには、腰ほどの高さの台座が置かれている。
上には手のひらを乗せられそうなくぼみがあり、その周囲を茶色、青色、赤色、緑色の4つの結晶が囲んでいた。
中央には、4つよりも大きな透明の結晶が埋め込まれている。
「魔素適性と魔力量の測定器。学院の入学前とか、訓練方針を決める時に使う」
「これで分かるんですか?」
「手を置けば勝手に測る。試してみる?」
「はい!」
私が答えるより先に、リーゼちゃんが目を輝かせていた。
セシルさんはリーゼちゃんを測定器の前へ呼ぶ。
「じゃあ先にリーゼ。くぼみに手を置いて」
「分かりました!」
リーゼちゃんが右手を置く。
最初に中央の透明な結晶が光り、続いて周囲の4つの結晶へ光が流れた。
茶色、青色、赤色の結晶はほとんど反応しない。
緑色の結晶だけが眩しいほど強く輝いた。
台座の正面に埋め込まれていた板に、数字が浮かび上がる。
地 0
水 0
火 0
風 150
魔力量 84
「これってどのくらいなんですか?」
リーゼちゃんはきょとんとしながら呟いた。
フレスベルグは止まり木の上で得意げに鳴いている。
フレスベルグが得意げにするような数字ってことなのか。
「属性適性は、0ならその属性はからっきし。100で人間が到達できる限界くらい」
「じゃあ、リーゼちゃんは人間の限界を超えているってことですか?」
「そりゃ人間じゃないし。ハイエルフは風魔素に特化して進化した種族。聖獣の加護まで受けてる。風が150でも何もおかしくない」
セシルさんは、他の3つの数字を指差した。
「その代わり、他の属性は全部0。風に特化した反動みたいなものでしょ」
「風以外が使えないのは分かってはいたんですけど、数字で見ると不思議な感じがしますね」
リーゼちゃんは表示された数字を眺めている。
「魔力量の84というのは、どのくらいなのでしょうか」
「80を超えたら超優秀。ハイエルフとして考えれば、まぁ妥当な範囲」
「妥当……」
少し複雑そうな顔をしている。
すごい数字だと思っていたのに、種族としては普通だと言われたからだろうか。
「ミコトがやる前に、人間側のサンプルを一回見せておく」
セシルさんがリーゼちゃんと入れ替わった。
迷いなく手を置く。
今度は4つの結晶が全て光った。
特に青色と緑色が強く輝き、中央の透明な結晶もリーゼちゃんの時より明るく見える。
地 65
水 83
火 72
風 81
魔力量 91
「全部ありますね……」
「魔力量がリーゼちゃんよりも多い……?」
私とリーゼちゃんが同時に声を漏らした。
……リーゼちゃんって、種族的に魔力も魔素適性も高いって話ではなかっただろうか。
「セシルさん、ものすごい天才なのでは……?」
「魔力量だけならね」
「だけって……属性適性も全部高いですよ」
「一つに特化してる天才型には負ける。全部一定以上使えるのは珍しいけど、どれも中途半端。器用貧乏」
セシルさんは自分の数字を見ても、特に嬉しそうではなかった。
「水と風が少し高いから、組み合わせて雷を使うのには向いてる。地も火も使えるけど、その属性だけで見れば、私より優れた魔術師は普通にいる」
「ですが、全部使えるのはすごいと思います」
「できることが増えるだけ。特定の術を極めるなら、適性が100あるやつの方が上」
セシルさんは手を離し、中央の透明な結晶を指先で軽く叩いた。
「こんな感じで、魔力量は0なら魔術の才能がない一般人。30以上あれば、細かい魔力操作を覚えて錬金術をやるくらいならなんとかなる。50あれば基本魔術に手を出しても困らない」
「では、80を超えている私たちは……」
「かなり多い。80で超優秀。90まで行けば天才扱い。100はこの装置の測定限界だけど、過去に出た例はないはず」
「セシルさんは、ほとんど測定限界ではありませんか」
「うちの家系は魔力量が多いから。ただの遺伝」
それでも、91はすごいと思う。
セシルさんは普段から沢山の魔術を使っているけど、その根本には生まれ持った魔力量もあったらしい。
「次、ミコト」
「はい!」
2人ともすごい結果だった。
リーゼちゃんは風の適性が150で、魔力量が84。
セシルさんは全ての属性が使えて、魔力量が91。
私ももしかすると魔術が使えるかもしれない。
少し期待しながら、測定器へ手を置く。
中央の結晶が淡く光った。
四つの結晶にも光が流れていく。
でも、リーゼちゃんやセシルさんの時と比べると、明らかに弱い。
地 10
水 30
火 5
風 20
魔力量 10
「…………」
「…………」
「…………」
誰も何も言わなかった。
「えっと……」
恐る恐るセシルさんを見る。
セシルさんは表示された数字を一通り確認してから、淡々と言った。
「普通」
「普通……」
「むしろ、魔術を生業にしてない一般人によくある数字」
「水が30ありますけど……」
「属性適性があっても、魔力量が10しかない。術式を動かす魔力が足りないから、ほぼ意味ない」
「ほぼ……」
「ちゃんと理論を勉強して、簡単な術式だけなら使えるかもしれない。でも、数回使ったら疲れるだろうし、覚えるのも才能あるなしで難易度が全然違う。時間の無駄だね」
肩から力が抜けた。
少し期待していたけど、見事なまでに一般人だったらしい。
『普通ですねぇ』
『トコヨまで言わないで……』
『聖魔法には関係ない数字でしょうに。そんなに落ち込むことですか?』
『分かってるけど、ちょっとくらいすごい数字が出てほしかったんだよ……』
リーゼちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「ミコトさんには聖魔法があります。魔術が使えなくても、何も問題はありませんよ」
「そうだけど……」
「そもそも聖魔法は自分の魔力で使うものじゃない。ここの数字が低くても、治癒の効果には関係ない。あんな儀式できるならそれで充分だろ」
セシルさんまで同じことを言ってくる。
慰めてくれているのだろうか。
視線も逸らしてるし、言い方は相変わらずだけど。
セシルさんは測定器から離れて、部屋の奥に並ぶ標的を指差した。
「ミコトは光弾の射撃精度を上げる。昨日みたいに動いてない標的にすら外すのは論外」
「分かりました……」
「リーゼは今のウインドカッターを繰り返し。中心の小さい円から外さないように、できるだけ少ない魔力で撃つ。安定したら発動を早くする。それも出来たら他の術」
「はい!」
リーゼちゃんはすぐに標的へ向き直った。
私も光弾の練習を始めようとして、部屋の端に並んでいる魔道具が目に入った。
その一つに、赤い結晶が取り付けられている。
筒のような部分が部屋の中央へ向けられていて、横には説明が書かれた札が置かれていた。
「防御訓練用、火弾射出器……?」
札を読む。
赤い結晶に蓄えられた魔力を使い、簡易的な火の弾を射出する魔道具。
威力は5段階に分かれていて、一番低いものなら当たっても怪我すらしない程度らしい。
「セシルさん。これを使った練習もしてもいいですか?」
「……? 何に使うつもり」
「盾の練習です! この間覚えたんですよ!」
オリツキ様に祈りを捧げて、セシルさんに示すように目の前に光盾を生成する。
セシルさんは無表情で考え込んで、少しして小さく頷いてくれた。
「一番弱い設定からにしろよ」
「分かりました!」
魔道具を壁際から動かして、説明の通りに一番弱い設定へ合わせる。
リーゼちゃんの風魔術が標的を切る音が、少し離れた場所から聞こえる。
魔道具についているボタンのようなものを押すと、赤い結晶が輝き始めた。
急いで火弾が飛んでくる位置に立つ。
筒の先に、小さな炎が集まっていく。
思っていたより怖い。
だけど、実戦では魔物が待ってくれることなんてない。
『トコヨも手伝ってね!』
『手伝うって、何をです?』
『助言!』
『あぁ、そういうことですか。それならいいですよ』
トコヨの返答を聞きながら両手を前に出し、飛んでくる炎を見つめる。
次の瞬間、火の弾が勢いよく放たれた。
「穏やかなる守りの光よ、我が前に集いたまえ——」
火弾が光盾にぶつかって弾けた。
熱気に驚いて、思わず目を閉じる。
『……流石に目を閉じるのは危ないですよ、ミコト』
「防御の練習なら目閉じるな」
すぐ近くからトコヨの苦笑するような声が、離れた場所からセシルさんの声が飛んできた。
「き、気を付けます……」
魔術の才能以前に、まずは迫ってくる脅威を見続けるところから始めないといけなかった。