天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
『ミコト、少し落ち着きましょう。頭に血が昇り過ぎですよ』
『それは……そうかもしれないけど、だけど、あんな言い方……』
『セシルも言ってたでしょう。気にするだけ無駄なんですよあぁいうのは。怒りすぎてると祈りにも影響がでますよ。セシルも変に気にされる方が嫌がりますよ、多分』
『多分って……』
トコヨにそう言われても、どうしても飲み込み切れない。
否定するにしても、もう少し言い方というものがあるだろう。
それに、セシルさんの理論を否定しているのも、既存の理論という内容ばかりだった。
それだけでは間違っているということにはならないはずだ。
講堂を出て、少し人通りの少ない廊下まで来たところで、私はセシルさんの背中へ声をかけた。
「セシルさん、あの……」
「謝るなよ」
振り向かないまま、先に言われてしまった。
「えっ」
「依頼を受ける最終判断をしたのは私。だから変な責任感じて謝るな」
「……はい」
何を言えばいいのか分からなくなる。
でも、気にしないでくださいなんて言うのも違う。
私が黙っていると、リーゼちゃんが静かに口を開いた。
「私は、セシルさんの仮定をおかしいとは思いません」
「慰めはいらない」
「慰めではありません。私は理論に関してはそこまで詳しくありませんから、正しいかどうかは判断できません。ですが、分からないことを調べようとしているのに、あんな言い方酷いと思います」
リーゼちゃんは、少し震えながらも言い切った。
フレスベルグも同意するように短く鳴く。
セシルさんは一度だけリーゼちゃんを見た。
「……そ」
「で、本部の情報が役に立たねぇなら、どうするんだ?」
ルドガーさんが壁に寄りかかりながら尋ねる。
いつもの軽い口調に戻っている。
ただ、目だけは真剣だった。
「自分たちで調べる」
セシルさんは、さっき書き写した帳面を開いた。
頁には、小さく描かれた地図と、沢山の日付が並んでいる。
「ここの情報で分かったのは、魔物が出た場所と報告日くらい。これだけだと、発生範囲が散らばりすぎてて中心は分からない」
「やはり、魔術であれば中心となる場所があるのですか?」
リーゼちゃんが尋ねる。
「普通はね。術者か魔術陣か、何かしらの起点がある。影響が広範囲なら、起点に近いほど変化が早いか強い可能性が高い」
「では、変化が始まった時期と、その強さを場所ごとに調べれば……」
「何か見えるかもしれない。見えなかったら、この仮定は捨てる」
セシルさんは地図の中のヴァイスタールを指先で叩いた。
「私はこの街を中心にさらに調べる。これまで以上に正確に、広範囲で」
それから、指先が私へ向く。
「ミコトは私の手伝いをするかこの街で独自に情報収集するか、出来そうなことを確認して相談」
「そういうことなら……! 私、治癒で教会の治療院かここの治療室の手伝いをします! 実際に魔物の被害にあってしまった方に話を聞くチャンスにもなると思います!」
「そ。なら、治療を手伝う代わりに、無理のない範囲で話を聞いて。いつから魔物が増えたのか。普段どこに住んでるか。魔物に襲われた場所と日時。誘導する聞き方はするなよ。最初から魔術の影響だと思いますかとか聞いたら、証言が歪む」
「分かりました。普通に体調の変化として聞きます」
治療院なら、私にもできることがある。
怪我を治す手伝いをしながらなら、患者さんや付き添いの人にも話を聞けるはずだ。
「リーゼとフレスベルグは、傭兵と一緒に周辺の村」
「私たちは街の外を調べるんですね」
「そ。フレスベルグも今の小型じゃない本来の姿なら乗れるでしょ?」
『ホー!』
「もちろんです! 安全に乗るのは2人程度が限界ですけど、乗れます!」
「なら徒歩や馬車より早く広い範囲を回れる。村ごとに、食事量の変化、魔物が増えた時期、被害が出た場所を聞いて。可能なら家畜や野生動物の様子も」
フレスベルグが、任せろと言いたげに胸を張った。
「フランも、皆の役に立てるなら喜んで協力すると言っています」
「戦闘は避けて。調査が目的。必要なら露払い程度をするのは任せるけど、基本的にはさっさと調査してさっさと戻ってくるのを意識して」
「分かりました」
「その判断は俺がする」
ルドガーさんが即座に口を挟んだ。
「それでいい。箱入りのエルフのお姫様の護衛なんだ。調査の話を聞くのもあんたがやった方がいい」
「了解だ、依頼主殿」
ルドガーさんは軽く肩をすくめた。
方針が決まっていく。
セシルさんが街の中。
私が治療院。
リーゼちゃんとフレスベルグ、ルドガーさんが周辺の村。
それぞれが別の場所で、変化が始まった時期と範囲を調べる。
「集めた情報は、全部地図に落とす。食欲の変化も、魔物の発生も、書ける範囲の情報を細かく書いて」
「はい」
「分かりました」
返事をした直後、廊下の向こうから鐘の音が響いた。
一度。
少し間を置いて、続けて二度。
周囲にいた人たちの動きが、一斉に変わる。
「北西外縁で新たな群れを確認! 概算30以上! 大型個体の姿もあります!」
伝令の声が、廊下に響き渡った。
近くの部屋から教師と魔術師の人たちが飛び出し、指示を受けるために走っていく。
セシルさんは、その様子を静かに見た。
「……時間ないね」
誰に言うでもなく呟く。
「今日から動く。準備ができたやつから、すぐに」
私たちは頷いた。
まだ、何が起きているのかは分からない。
セシルさんの考えが正しいのかも分からない。
だけど、魔物は待ってくれない。
聖堂騎士団が到着するのが先か。
大襲撃が起きるのが先か。
それすら分からない状況だった。
鳴り続ける警戒の鐘を背に、私たちはそれぞれの調査を始めるため、魔術学院を後にした。
南門を出てすぐの開けた場所まで移動する。
門の外では、討伐に向かうらしい魔術師の人たちが慌ただしく準備を進めていた。
城壁の上には杖を持った人が何人も並んでいる。
さっきまでいた対策本部ほどではないけど、ここもこの街に来た時とは全く違う雰囲気になっていた。
門を守っている人から、街道を外れすぎないようにと注意を受けた。
普通なら、今の状況で街の外へ出るなんて止められてもおかしくない。
だけど、私たちは都市政府から討伐依頼も受けているからなんとか通ることはできた。
「ここなら大丈夫」
セシルさんが周囲を確認してから言う。
リーゼちゃんの肩に乗っていたフレスベルグが、軽く翼を広げた。
そのまま地面へ飛び降りる。
その小さな身体を覆うように風が渦巻き始めた。
「皆さん、少し離れてください」
リーゼちゃんの言葉を受けて、私たちは距離を取る。
フレスベルグの周囲を回っていた風が一気に強くなった。
小さかった身体が、風に包まれながら膨らんでいく。
足が太く、翼が長くなり、全身を覆う羽毛が大きく鋭くなっていく。
やがて風が収まった時、そこに立っていたのは、私の背丈を遥かに超える大梟だった。
全身を覆う羽は、雪のような白。
その中に、翼の付け根や尾羽、目元を彩るように若葉色の羽が混ざっている。
梟らしい丸みを残した顔つきではあるけど、目の周りを縁取る羽は鋭く流れ、正面から見据えられると少し身構えてしまうような凛々しさがあった。
森で見たことのある姿だ。
それでも、こうして堂々と立っている姿を見るのは初めてな気がする。
「何度見ても大きいですね……」
「見惚れてる暇ないよ」
「み、見惚れてたわけではないです……!」
セシルさんに指摘されて、慌てて否定する。
『見惚れていたというより、目を輝かせていましたね』
『トコヨはちょっと黙ってて』
フレスベルグは私たちの会話に興味がないのか、大きな翼を一度広げた。
それだけで突風が起こる。
砂埃が舞い上がり、私の服も大きくはためいた。
巫女服だったら袖まで大きくはためいて大変だっただろうから普段着でよかったかも……
「思ってたよりでけぇな。こいつに2人で乗るのか?」
「はい。フランなら大丈夫です」
「落ちたりしねぇだろうな」
ルドガーさんの言葉を聞いたフレスベルグが、ゆっくりと顔だけをそちらへ向けた。
澄んだ瞳で、じっとルドガーさんを見つめている。
「……なんだよ」
フレスベルグが短く鳴く。
リーゼちゃんが少し困ったように笑った。
「暴れたりしなければ落とさない、と言っています」
「俺だって空の上で暴れるほど馬鹿じゃねぇよ」
もう一度フレスベルグが鳴いた。
「本当か?、と」
「聖獣様も随分とお茶目だなおい。本当だよ」
ルドガーさんが苦笑する。
その間に、セシルさんは写しておいた小さな地図を広げた。
「今日は南側から西側を優先。街道沿いにある村を順番に回って。魔物が固まっている場所があったら近づかない。戦闘じゃなくて調査が目的だから」
「はい」
リーゼちゃんが地図と紙を受け取る。
「それから、暗くなる前には戻って。フレスベルグがいるから多少は安全だろうけど、夜まで飛び回る必要はない」
「あ、あと! 飛び回るのも注意しながらの方がいいと思います! 状況が状況なので、最悪魔物と間違えられる可能性もあると思うので……!」
「それもそうだな。着地場所も含めて俺が判断する。危ねぇと思ったら、その時点で調査を打ち切る」
「お願いします、ルドガーさん」
ルドガーさんの言葉に、リーゼちゃんが素直に頷いた。
……これで大丈夫だろうか。
聖堂騎士団に救援依頼を頼んでいると言っていたのがだいぶ気がかりではある。
だけど、今生きているリーゼちゃんとフレスベルグは騎士団に襲われていない。
警戒しろと言ってもどこまで警戒してもらえるか分からない。
だけど実際に魔物に間違われて襲われる可能性はあるだろうから、こう言っておけばきっとある程度は気を付けてくれるだろう。
まず、リーゼちゃんがフレスベルグの背中へ乗る。
翼の付け根近くに腰を下ろすと、慣れた手つきで姿勢を整えていた。
ルドガーさんもそれに続く。
2人が乗ったところで、フレスベルグの周囲に風が集まり始めた。
強い風ではない。
背に乗った2人を包み込むような、穏やかな風の膜だった。
「それでは、行ってきます」
「気を付けてね、リーゼちゃん。ルドガーさんもお願いします」
「おう」
リーゼちゃんが笑顔で手を振る。
フレスベルグが地面を蹴った。
大きく翼が振り下ろされる。
風圧に押されて、思わず腕で顔を庇った。
白い大梟の身体が、一気に空へ昇っていく。
城壁よりも高く飛び上がると、そのまま街道の南側へ向かって飛んでいった。
白い翼が青空を横切っていく。
遠ざかっていく2人と1羽の姿が小さくなるまで、私はその背中を見送った。
「ミコト」
「はい」
「私はファロと、街の商人から当たる。治療院で聞けたことは可能な限り書いておいて。曖昧なものは曖昧なままでいい。勝手に時期を決めつけるなよ」
「はい!」
「怪我人の治療が優先。死にかけてるやつを捕まえて根掘り葉掘り聞いたりする必要はないから」
「そこまで非常識なことはしませんよ……!?」
「箱入りだから一応言っただけ」
「箱入りは関係ないと思います……」
セシルさんは私の不満を無視して、街の中へ戻っていく。
急いでその後を追う。
「日が落ちる前に家へ戻る。遅れそうなら誰かに伝言を頼んで」
「はい。セシルさんも、無理はしないでくださいね」
「そっちも」
それだけ言い残して、セシルさんは人混みの中へ入っていく。
私も一度服に付いた砂埃を払ってから、教会へ向かって歩き始めた。
『ミコト?』
『なに?』
『対策本部の治療室に行った方がよくないですか?』
隣を飛んでいたトコヨが、不思議そうに尋ねてくる。
『そっちの方が魔物に襲われた人は多いと思いますよ。さっきも、負傷者を直接学院へ運んでいましたし』
『うん。私も最終的にはそっちに行くつもり』
『じゃあどうして教会に?』
『対策本部の治療室で治癒をしていたのは、神官の方たちだったでしょ?』
『そうですね』
『だったら、その大本の教会へ先に行った方がいいと思うの。私はこの街の神官じゃないし、いきなり治療室へ入って手伝わせてくださいって言っても、向こうも困ると思うから』
学院の治療室がどのような体制で動いているのかも分からない。
忙しい中で一から身分を説明して、誰に許可をもらえばいいのかを探すより、教会の責任者へ話を通した方がいい。
『教会で事情を説明して許可をもらえば、どこで人手が足りていないのかも教えてもらえると思う。教会の方が忙しいなら、そこで手伝えばいいしね』
『なるほど。そこまで考えていたんですね』
『……どういう意味?』
『いえ。ミコトも少しずつ、知らない場所でどう動けばいいのか考えられるようになったんだな……大人になったなぁと』
『それ、前の私は考えてなかったみたいな言い方になってない?』
『なってないなってない。そんなこと少ししか思いませんでしたし』
『少しは思ってたんだ……』
トコヨが誤魔化すように笑いながら、私の前を飛んでいく。
私もその後を急いで追いかけた。