天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
南門の内側にある、屋根付きの荷捌き場を臨時の治療所として使わせてもらえることになった。
外壁のすぐ内側、門から運び込まれた人をすぐに寝かせることができて、危険になったら街の奥へ退避することもできる場所。
南門の防衛指揮を執っている方から許可をもらってすぐに、荷物を下ろして準備を始めた。
「敷物はここに。入口に近い側は、運び込まれた方の傷を確認するために空けておきましょう」
「分かりました」
助祭の方が抱えていた敷物を広げていく。
別の方は、聖水の瓶や包帯、清潔な布を手の届きやすい場所へ並べていた。
寝台なんて用意している時間はない。
石畳の上へ敷物を何枚も重ね、少しでも身体を横たえやすくする。
そもそもここに長居するような想定じゃない。
ここで最低限の応急手当をして、重傷者は対策本部の方の治療室に送る。
移動させることすら困難な状態の人にこの寝台擬きを使って、私が高位治癒を施す。
そういう想定だ。
「軽傷の方は左側。重症の方は最低限の治癒と処置を施したら対策本部の方へ。この場で高位治癒が必要な場合は、敷物の方で私が対応します」
「はい。では、私は入口で傷の程度を確認します」
「私は軽傷者の治癒を」
「それでは、私が物品の管理と学院の治療室へ送る流れの手配をします」
3人がすぐに役割を決めて動き始める。
ヴァイゲルト司教の見立ては正しかったらしい。
3人とも素早く必要なことをするために動き始めてくれている。
私も聖水の箱を開き、大きな布と一緒に右側へ置いた。
高位治癒が必要な人が来ないのが一番いい。
だけど、これだけの魔物が押し寄せている以上、使わずに済むとは思えなかった。
『……門の方、動き始めるみたいですよ』
トコヨの声に顔を上げる。
まだ開かれている巨大な門の向こうで、戦う人たちが隊列を組んでいた。
盾や剣、槍を持った傭兵の人たちや、杖や短い剣を持った魔術師の人たち。
装備も服装もばらばらだった。
その人たちが、門の外に立てられた何本もの旗より少し手前で、横に広がっている。
さらに後ろには、学院のものらしい同じ色のローブを着た魔術師の人たちが並んでいた。
外壁の上にも、大勢の人が杖を構えている。
「前衛、標旗より先へ出るな! 追撃は不要だ! 魔物を押しとどめ、広域術の射線を空けろ!」
外から、指揮官の声が響いた。
「近中距離術者は前線で前衛を援護! 遠距離班は外壁上から飛行個体と大型を優先しろ!」
短い命令が次々に飛ぶ。
門の左右では、学院のローブを着ている人たちが大きな金属製の柱のようなものを石壁へ固定していた。
柱の表面には、いくつもの複雑な模様が埋め込まれている。
「あれは……」
「恐らく、錬金術製の防壁柱だと思います。私はあまり詳しくはないのですが、いくつもの魔道具を組み合わせて、実際に魔力を注入することで起動するとかなんとか……?」
「門から先に魔物が入らないようにするためのものだと思います」
助祭の方たちが横目に門の方を見ながら説明してくれた。
つまり、魔術に詳しくない人たちでも知っているくらいには、街の防衛装置として認知されてるものってことか。
「接続完了!」
「起動は前衛の退避時だけだ! 魔力を込めていつでも起動できる状態にしておけ! 合図を聞き逃すな!」
柱へ魔力が注がれたのか、埋め込まれた結晶が一度だけ淡く光った。
同じように、外壁に刻まれていた線も青白く輝き始める。
石造りの巨大な壁全体を、薄い光が覆っていく。
防衛のためにあらかじめ作られていた魔術が、次々に起動しているのだと思う。
準備が進む間にも、平原を埋めていた黒い群れは近づいてきていた。
一匹一匹の形が分かる。
四足の魔物が地面を蹴り、人に近い姿をした魔物がその間を走っている。
上空には、翼を持った魔物までいる。
こんなにたくさんの魔物が、一斉に同じ場所を目指してくる。
嫌でも、故郷の集落を襲った魔物たちが頭を過った。
「ミコトさん」
助祭の方に呼ばれ、我に返る。
「大丈夫ですか?」
「……はい。大丈夫です」
今は、あの時とは違う。
ここには外壁がある。
戦うために集まった人たちもいる。
目の前のことに集中しないと。
「準備を終わらせましょう。すぐに怪我人が来るかもしれません」
「はい」
包帯を並べ終えた直後、外から角笛の音が響いた。
魔物の咆哮が重なる。
地面を駆ける無数の足音が、一つの大きな地響きになって近づいてくる。
「構えろ!」
外壁上から伝令? の人の声が辺りに大きく響き渡る。
門の外に並んでいた人たちが、一斉に武器を構えた。
外壁上から、無数の光が放たれる。
火の玉、氷の槍、風の刃……形も色も違う魔術が、空を埋めるほど飛んでいく。
先頭を走っていた魔物たちへ直撃する。
爆発と土煙が一斉に上がり、黒い身体が何体も宙へ跳ねた。
翼を持つ魔物の一体が、口から黒い塊を吐き出した。
外壁へ飛んできたそれは、壁を覆う青白い光へ触れた瞬間に弾けて消える。
防衛魔術も、ちゃんと攻撃を防いでいるらしい。
それでも、後ろにいた魔物たちは止まらなかった。
倒れた魔物を踏みつけて、前へ進み続ける。
「前衛、接敵!」
金属のぶつかり合う音。
何かが砕ける音。
怒声と悲鳴。
門の外で、人と魔物がぶつかった。
傭兵の人たちが盾で魔物の突進を受け止める。
横から槍が突き出され、後ろにいた魔術師の人が近い距離から炎や氷を撃ち込んでいた。
だけど、前へは出ない。
魔物を押し返しても、旗の位置を越える前に足を止める。
ここからだとあまり詳しくは聞こえないけど、深追いしようとした人へ制止する怒声まで飛んでいるようだった。
「広域術、準備完了!」
外壁の中央付近で、巨大な赤い魔術陣が広がった。
その中心に立つ、ひときわ装飾の多いローブを着た人へ、周囲の人たちが学長と呼びかけているのが聞こえた。
杖を掲げられる。
前衛のさらに向こう。
魔物が密集している場所へ向けて、赤い光が集まっていく。
「前衛、後退! 射線を空けろ!」
戦っていた人たちが、一斉に距離を取った。
その直後。
地面を這うような炎が、平原を横切った。
炎は横一線に広がり、魔物の群れをまとめて呑み込んでいく。
火柱がいくつも立ち上がった。
離れているはずの臨時治療所まで熱気が届く。
炎が収まると、何十体もの魔物が倒れていた。
「すごい……」
思わず声が漏れた。
一度の魔術で、あれほどの数を。
その直後、別の場所では地面から無数の岩槍が突き出した。
さらに、外壁の別の塔から放たれた冷気が地面を白く凍らせ、走っていた魔物たちの足をまとめて止める。
学院の学長や先生たちなのだろう。
他の魔術師の人たちとは明らかに規模の違う魔術が、魔物の多い場所を狙って次々に放たれていた。
それでも、戦いは終わらない。
倒れた魔物の後ろから、新しい魔物が走ってくる。
前衛の人たちが再び前へ出た。
「負傷者です! 通してください!」
背後から声が響いた。
振り返る。
二人に肩を支えられた男性が、足を引きずりながら運び込まれてきた。
片足の太腿が大きく裂け、巻かれた布が真っ赤に染まっている。
「こちらへ!」
入口を担当していた助祭の方が、すぐに男性を座らせる。
「意識はあります。出血が多いです」
「私が診ます。次の方が来たら、先に傷の確認をお願いします」
「はい」
男性の前へ膝をつく。
布を外すと、深い爪痕が三本走っていた。
「すぐに治します。少しだけ我慢してください」
傷口へ手をかざし、祈りを捧げる。
淡い光が、血に濡れた傷を包む。
開いていた皮膚が閉じ、溢れていた血が少しずつ止まっていく。
治癒を終えるより先に、また声が響いた。
「負傷者3名!」
「2人は裂傷です! 1人は重傷です!」
「左側へお願いします! 肩を借りている方が重症ですね! すぐに処置しますので、対策本部の治療室の方にお連れします!」
助祭の方々が動く。
私も目の前の傷を塞ぎ終えると、すぐに次の人へ移った。
それからは、戦いを見る余裕なんてほとんどなかった。
1人を治療している間に、次の人が運び込まれる。
治癒を終えた人が出ていけば、空いた敷物へ別の人が寝かされる。
軽傷の人は助祭の方々が治癒する。
私は出血の多い人や傷の深い人を担当していた。
「次の方を」
「アメノさん、こちらです!」
治癒を何度も施し、終わるたびに次の人の所まで移動する。
どれだけ酷い状況なのかは分からない。
それくらい、外では絶え間なく魔術の音が響いているし、負傷者が絶え間なく連れてこられていた。
『ミコト、今運び込まれてる人。助祭の子は軽傷扱いにしようとしてますけど、見た目より状態が悪いですよ』
『分かった』
トコヨも治療所の中を飛び回って私の補助をしてくれていた。
「そちらの方を先に診ます! 代わってください!」
「え?……分かりました、お任せします」
呼吸が浅くなっていた人へ治癒を施す。
少し遅れていたら、危なかったかもしれない。
治癒を続けると、苦しそうだった呼吸が徐々に落ち着いていった。
「ありがとうございます……」
「まだ動かないでください。本当は細かく負傷状況を聞きたいのですが、ここではこれが精いっぱいです。本部の治療室へ運んでもらいますから」
目の前の人へ声をかけていた時、外からひときわ大きな怒声が響いた。
「前衛、総員後退! 門内へ入れ!」
門の方を見る。
戦っていた人たちが、魔物に背を向けないようにしながら門へ下がってくる。
盾を構えた人たちが最後尾に残り、押し寄せる魔物をどうにか食い止めていた。
「防壁柱、起動!」
門の左右に固定されていた金属の柱が、一斉に輝いた。
前衛の最後の人が門を抜ける。
その直後、門の開口部を塞ぐように半透明の光の壁が広がった。
追いかけてきた魔物が、光の壁へ激突する。
何体もの魔物が爪や牙を突き立てるたびに、防壁の表面へ波紋が広がった。
「防壁は長くはもたない! 広域術を急げ!」
柱の近くにいた人が叫ぶ。
光の壁は、魔物の攻撃を受けるたびに揺らいでいた。
長くはもたないというのは本当らしい。
「術者、射線確保!」
外壁上から、再び巨大な魔術陣がいくつも広がる。
光の防壁へ魔物が群がる。
密集したその場所へ、多くの魔術がまとめて落ちた。
轟音と閃光で、門の外が見えなくなる。
反射的に目を閉じた。
音が収まり、恐る恐る目を開ける。
門の外に集まっていた魔物の大半が倒れていた。
防壁の光も同時に消える。
「前衛、再展開! 門前から離れすぎるな!」
『……何度もこれを繰り返すつもりみたいですね』
『……でも、魔物はまだあんなに……』
一度の魔術で何十体も倒している。
外壁の上からも、絶えず攻撃が続いている。
それなのに、平原の黒い群れがなくなる様子はなかった。
「外壁上で重傷者が出ました!」
階段の方から、血の付いたローブを着た若い男性が駆け下りてきた。
息を切らしながら、私たちを見渡している。
「飛行する中型個体の爪を受けています! 肩から胸にかけて裂かれ、出血が止まりません! 動かすとさらに出血するため、ここまで運べないんです!」
3人の助祭の方が、一瞬だけ顔を見合わせた。
「私が行きます」
「——お願いします。こちらは私たちにお任せ下さい」
「お願いしますね」
聖水を2瓶。
清潔な布と包帯。
必要になった場合に簡易的な魔法陣を描ける大きな布。
それらを持って立ち上がる。
「案内をお願いします」
「こちらです!」
男性の後を追い、外壁へ続く石段を駆け上がった。
一段上がるたびに、戦いの音が大きくなる。
魔物の咆哮と魔術の詠唱、術による爆音が絶え間なく聞こえ続ける。
外壁上へ出る直前、頭上を黒い影が横切った。
「伏せて!」
案内してくれていた男性に腕を引かれ、石壁の陰へ飛び込む。
直後、巨大な鳥のような魔物が外壁すれすれを通り過ぎた。
鋭い爪が石壁を引っ掻き、欠片が飛び散る。
「貫け!」
別の魔術師が放った氷の槍が、飛び去ろうとした魔物の翼へ突き刺さった。
体勢を崩した魔物へ、さらにいくつもの魔術が飛んでいく。
外壁の外へ落ちていく姿を確認してから、男性が立ち上がった。
「こちらです! お急ぎください!」
外壁の上には、杖を持った魔術師の人たちが何列にも並んでいた。
全員、休むことなく魔術を使い続けている。
負傷者は、石壁の陰へ寝かされていた。
濃紺のローブを着た男性。
右肩から胸元にかけて服が裂け、敷かれた布へ血が広がっている。
別の魔術師が傷口を布で押さえているけど、それでも血が止まっていなかった。
「治癒を使える方を連れてきました!」
「早く! もう呼びかけへの反応も弱くなっている!」
男性の隣へ膝をつく。
「聞こえますか?」
「…………」
返事がない。
呼吸はしている。
だけど、弱い。
布を少しだけ持ち上げ、傷を確認する。
肩の一部が深く抉られていて、傷は胸元まで続いていた。
このままでは危ない。
確実に高位治癒が必要。
下に連れて行こうとすれば状態が悪化してそのまま死んでしまう可能性が高い。
この人たちの判断は間違っていなかった。
すぐに跪いて聖水を傷口にかけ始める。
「高位治癒を使います。こちらに魔物を近づけないでください。今から最低限の応急処置と高位治癒の準備をしますが、妨害が入ると治癒が間に合わない可能性が高いです」
「分かりました」
聖水をかけ終わったらすぐに持ってきた布を開いてもう一本の聖水の蓋を開ける。
その時だった。
「ミコト?」
聞き慣れた声が、すぐ近くから聞こえた。
顔を上げる。
「セシルさん……? ごめんなさい。すぐに治癒をかけないといけないので、今は」
少し離れた場所に、セシルさんが立っていた。
風に煽られた青色の髪が乱れ、いつもの紺色のローブの裾には土と黒い血が付いている。
だけど、対応する時間がない。
すぐにセシルさんから視線を外して聖水で魔法陣を描き始めた。
「——はぁ、底抜けのお人好しが。他に必要なものは」
「魔法陣を描き終わったらすぐにこの方を魔法陣の上に移す必要があります。その人手がいります」
「分かった。おい、こいつは私が守るからあんたは最低限人手集めてこい」
「……分かりました。よろしくお願いします」
「いいから早く行け」
「はいっ!!」
セシルさんが杖を掲げた気配を感じた。
だけど、そっちに意識を向ける暇なんてない。
「冷気収束……気流制御……電位上昇……貫け——プラズマランス」
白い光が、私の頭上を一直線に走った。
背後で何かが弾ける音がして、黒い影が外壁の外へ落ちていく。
飛行する魔物が、すぐ後ろまで来ていたらしい。
「ありがとうございます」
「礼はいいから、さっさと治せ。こっちは見る」
セシルさんはそれだけ言うと、再び外へ杖を向けた。
「——未だ終わるべき時にあらぬこの命を、あるべき未来へと還したまえ——
手を翳すと同時に光が一際強く輝き、反響した光の波紋が深い傷へ染み込んでいく。
一瞬だけ男性の身体が震えた。
流れ続けていた血が、少しずつ止まる。
傷の端が閉じていく。
「外壁へ上がらせるな! 上空の群れを優先しろ!」
「冷気展開、気流制御……貫け——スパークランス」
背後で雷鳴が響いた。
誰かの怒声が響く。セシルさんの声も聞こえる。
男性の呼吸が、少しずつ深くなっていく。
青ざめていた顔にも、僅かに色が戻った。
「……もう大丈夫です。傷は塞がりました」
「本当ですか?」
「はい。ただ、あくまで傷を塞いだだけです。慎重に学院の治療室へ運んでください」
「分かりました。担架を!」
近くにいた人が、階段の方へ声をかける。
私は立ち上がろうとして、外壁の向こうに広がる光景を見た。
高い場所から見ると、戦いの全体がよく見えてしまった。
門前で横に広がる前衛。
その背後から魔術を放つ人たち。
外壁の上に並ぶ遠距離の魔術師。
炎が走る。雷が落ちる。
地面から岩が突き出し、風が魔物をまとめて吹き飛ばす。
魔物は、確かに倒れている。
何十体も。もしかしたら、もう百体以上。
それなのに。
「……増えてる?」
思わず呟いた。
平原の向こう。
最初に見た時よりも遠い場所から、新しい黒い影がこちらへ走ってきていた。
一つの群れではない。
左右から別の群れが合流し、ヴァイスタールへ向かっている。
『——はい。ミコトが治癒を施している間ずっと見てましたが、間違いなく増えてます。減らすよりも増える方が早いです』
空高く飛び上がっていたらしいトコヨが、険しい表情で戻ってくる。
「倒しているのに、どうして……」
「別の群れが合流してる」
セシルさんが、外へ杖を向けたまま答えた。
「最初から全部が見えてたわけじゃない。周辺に散ってたやつが、音か何かに引かれて集まり続けてる」
「それでは、数が減っていないんですか?」
「減らしてはいる。減らした分以上に来てるだけ」
トコヨが言っていたのと同じことを、セシルさんも認識していた。
セシルさんの声は、いつも通りに聞こえた。
だけど、額には汗が浮かんでいる。
呼吸も、少しだけ荒い。
ここへ来てから、どれだけ魔術を使い続けているのだろう。
「セシルさん、大丈夫ですか?」
「今それ聞く?」
「だって——」
「治療終わったなら下に戻れ。ミコトにここにいられるだけで守らないといけないから負担なんだよ」
門の内側を見る。
臨時治療所へ、新しい負傷者が運び込まれているのが見えた。
「……分かりました。セシルさんも無理はしないでくださいね」
「それこっちの台詞だから」
セシルさんは短く答え、杖を空へ向けた。
「氷核形成……風向補正……雷雲形成……——」
セシルさんが詠唱し始めたのを認識してすぐに、邪魔にならないように急いで移動し始めた。
それからも、戦いは続いた。
どれだけ時間が経ったのか分からなかった。
治療所へ運び込まれる人は、途切れなかった。
助祭の方々と交代で水を飲み、少しだけ休む。
すぐにまた、次の人を治療する。
その繰り返しだった。
外から聞こえる戦いの音は、少しも弱くならなかった。
何度も前衛が後退する声が聞こえた。
そのたびに門の防壁が起動し、光の壁へ魔物がぶつかる音が響く。
前衛から聞こえる声が減っている。
外壁上から放たれる魔術も最初より間隔が空いている。
運び込まれた人の中には、限界まで魔力を使ってしまったせいで気絶したなんていう人もいた。
「何匹倒しても終わらねぇ……」
腕を治療していた傭兵の人が、掠れた声で呟いた。
「後ろから、ずっと来やがる。こっちが先に潰れるぞ……」
「今は休んでください。傷はすぐに治しますから」
そう答えながらも、否定する言葉は出てこなかった。
私にも、門の向こうが見えている。
確かに魔物は減っているはずなのに、黒い群れがなくならない。
外壁から切羽詰まった報告がどうしても聞こえてきてしまう。
助祭の方の表情も徐々に曇っていって不安を隠しきれなくなってきていた。
「大丈夫です」
私が声をかける。
自分に言い聞かせるためでもあった。
「私たちは、目の前の方を治しましょう」
「……はい」
助祭の方が、もう一度治癒を始める。
私は次の患者さんへ手を伸ばした。
その時だった。
空気が、変わった。
魔術で起きた突風とは違う。
もっと澄んでいて、優しくて……そよ風みたいな……
『戻ってきたみたいですね』
『戻ってきた?』
トコヨが空を見上げている。
私も、つられるように顔を上げた。
外壁のさらに向こう。
青空の中を、巨大な白い影が飛んでいた。
雪のように白い羽。
翼の付け根や尾羽に混ざる、若葉色。
見間違えるはずがない。
「フレスベルグ……?」
私の背丈を遥かに超える大梟。
本来の姿へ戻ったフレスベルグが、ヴァイスタールへ向かって飛んでくる。
外壁上の魔術師たちも、その姿に気づいた。
「上空に大型!」
「待て!!……あれは、本当に魔物か……?」
飛び交う声を置き去りにするように、悠々と飛来した。
大きな翼が、戦場へ影を落とす。
そのまま魔物の群れの直上まで飛んでいく。
空中で止まった。
フレスベルグが両翼を大きく広げる。
白い羽の間から、若葉色の光が溢れ出した。
次の瞬間。
緑色に輝く暴風が、魔物の群れだけを呑み込むように、平原へ吹き荒れた。