天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
結局、2人は朝になっても帰ってこなかった。
セシルさんとも話し合って、日がしっかり上ったのを確認してから2人を探しに行くことになっていた。
その前にと思って、私はシスイが早く目覚めるようにと治癒を重ね掛けしていた。
『目、覚めませんねぇ。シスイ』
『うん……』
シスイの顔色はよくなってきてるけど、治癒も万能ではないからすぐに完治とはいかない。
外傷はすぐに塞ぐことができても、それによって負ったダメージや負荷は残る。
流れてしまった血をすぐに元に戻すことはできない。
他2人はもう目覚めているのにシスイだけ目覚めないのはこのせいだろう。
神の奇跡をお借りしている聖魔法と言っても、小規模な治癒では限界があるのだ。
準備が必要な大規模な聖魔法による治療も考えたけど、道具が足りないのとトコヨがなぜか止めてきたことから断念した。
それで特に準備なしでもできる小規模な治癒を重ね掛けしていたのだ。
そんなタイミングで、シスイの身体が少しだけ動いた。
「ぅ……」
「シスイ……?」
「ミコト様……?」
「よかった……大丈夫ですか? 痛みが残っているところとかはありませんか?」
目が覚めたシスイを見て、思わず治癒をかけるためにかざしていた両手を彼の手に重ねてしまう。
それと同時に、シスイが明らかに動揺し始めていた。
あたふた、している……?
やっぱりどこかに悪いところでも……
そう思って、再び治癒を使う準備を始める。
「だ、大丈夫です! 大丈夫ですから!」
「本当ですか……? 私を庇ったせいで致命傷になりかねない傷を負っていましたし……」
「はい! 本当に大丈夫ですから!」
一応念のために自分の目で大丈夫そうかを確認して、問題なさそうなのが分かったところでシスイから離れる。
「……ねぇ、あれって天然でやってんの?」
「えっと……多分、そうだと思います」
「……まじか。……まぁいいか。ミコト、大丈夫だったならそろそろ行くよ」
「はい、セシルさん」
サヨとなにやら話していたらしいセシルさんから声をかけられる。
シスイも大丈夫そうだし予定通り私も行こう。
アンデッドがいるかもしれないとなると聖魔法が使える人間は絶対に必要だ。
「ミコト様……?」
「あ、えーと……すいません、シスイへの説明は任せてもいいですか?」
「もちろんです。お任せください」
シスイが疑問符を浮かべた理由はすぐにわかったけど、長々と説明している時間はない。
そこで、残って酒場を警備する予定だったシラノさんたちに声を掛けたら快く了承してくれた。
シスイのことは彼らに任せて、私はセシルさんと王城に向かった。
昨日と同じように、セシルさんと崩壊した街を黒竜に気づかれないように進んでいく。
昨日は気づかなかったけど、セシルさんが話してくれた違和感を前提として考えると、この街は異常としか思えなかった。
本当に遺体が一つも落ちていない。
血の跡とかが残っている場所はある。
戦闘痕が残っている場所もある。
それなのに、遺体が一つとして見当たらなかった。
『言われてみると確かに何もないですね。綺麗すぎます』
『……うん。神社と同じような被害にあってると思えない。神社は、もっと酷かったし……』
お母さんを含めた皆の遺体の状態を思い出して、あの時の吐き気とかまで思い出して思わず口を押えてしまう。
『大丈夫ですか? ミコト』
『……大丈夫。ありがと。トコヨも、周囲の警戒しておいてね。何か気づいたらすぐに教えて』
『もちろんです!』
いつも通りのトコヨの様子に少しの安心感を覚えながら、無言でするすると進んでいくセシルさんから遅れないようについていく。
王城には、そんなに時間もかからずに辿り着いた。
「……ここもか」
「お城の中も、遺体が見当たりませんね」
王城の中も、外と変わらない状況だった。
外壁が崩れたりはしているし、黒竜の襲撃を受けて破壊されたんだろうなと分かる場所とかも散見されるけど、それだけだった。
「1か月ちょいで腐敗しきって骨まで消えるとかあり得ない。魔物に食い荒らされたとしてもこんな状態にはならないし……」
「……でも、黒竜以外の魔物がいないのもおかしくないですか?」
「そ。それもおかしい。魔物が徘徊してるならまだ理解できる。とりあえず、警戒しつつ2人を探すよ」
「はい」
セシルさんの言葉に頷きつつ、2人で警戒しながらお城の中を回り始めた。
城門付近は入る時に既に見てきたから、広間から順に回っていく。
あくまで目的は2人の捜索だから、細かいところまでは見ないで大雑把にある程度見ていくという感じだった。
「このままお城の中を手当たり次第に探していく感じですか?」
「一応ね。ただ、何もなければ戻ってきてないとおかしいくらい時間は経ってる。何かあったのはほぼ間違いない。王族が使う脱出路を探すって言ってたんだし、その通路を探すよ。通路が崩落して閉じ込められてるとかの可能性だってある」
「……! なるほど……怪我ならシルヴィアさんがいれば治癒できるはずですし、そういう可能性の方が高そうですね」
言われてみれば納得だった。
黒竜の攻撃を短い時間とはいえ耐えることができる剣士と、致命傷だったはずの2人を治癒できるだけの信仰心を持った敬虔な神官。
あの2人がいて戻ってこられないとなると、そういう物理的な問題の方が可能性は高いかもしれない。
そう納得して、辺りを見渡しながら歩みを進めた。
大広間、謁見の間、中庭、兵舎と順番に見回っていく。
最近人が来た形跡があるところはある。
だけど、何も見つからない。
現状では特に危険も見当たらない。
『セシルすごいですね。考察が理路整然としていて安心感があります。ミコト、本当について回るだけになっちゃってますね』
『それはトコヨもでしょ。仕方ないじゃん。私お社と集落のこと以外ほとんど知らないし……』
この駄幽霊、軽口を叩くみたいな感じで馬鹿にしてくるけど役に立ってないのは同じだろう。
私の周囲を飛び回りながら、私と同じように辺りを見渡しているだけだ。
2人とも役立たずでしかない。
お城とかの存在もお母さんに教えられていたけど、お母さんも実物を見たことがないし私も見たことがなかった。
大体の想像でこんな感じの建物かなとか思っていても、そんなの実物とは全然違う。
役立たずになるのは当然だった。
その後もいろんな部屋を回って、セシルさんがどういう部屋なのかとかを端的に教えてくれてから2人と1霊であたりを軽く見て回るという流れの繰り返しだった。
そして、ついにその通路を見つけた。
王族の私室らしきものが集まっている廊下の奥まった目立たないところ。
周囲の棚や調度品がおかしな位置に配置されている、普通の階段とは明らかに違う下りの階段。
「ここか。いろいろと配置もおかしいし、床か何かで隠されてたっぽいね」
「ここに入ったんですかね……?」
「ま、入って確かめてみるしかないでしょ。城の中はほとんど見て回ったけど2人はいなかったし」
そう言ってセシルさんはゆっくりと階段を降り始めた。
私もそれについて階段を降りていく。
明かりすらついていないその階段は、入り口から離れるだけですぐに何も見えなくなった。
見えなくなってすぐに光弾を生成して維持し続けることで辺りを照らし続けるようにして、ようやく近くなら見えるかという先が見えない暗闇。
地下に向かっているであろう冷たい階段。
こんなところに2人が来たのかと疑問に思っているうちに、階段を降り切って暗い地下通路に到着した。
そこには、夥しい量の古い血痕が残っていた。
「血……?」
「……かなり古い血痕だね。もう乾ききってる。竜と魔物の襲撃を受けた時のやつか、それとももっと古いやつか……」
セシルさんがしゃがみ込んで血痕を分析し始めていた。
よく冷静にこれを見られるな。
明らかに普通じゃない量なんだけど。
「お。……ミコト」
「はい?」
「2人、間違いなくここに来たみたいだよ」
「ほんとですか!?」
セシルさんの言葉を受けて、セシルさんの近くにしゃがみ込む。
彼女はそのまま自身が発見した2人がここに来た根拠を示してくれた。
そこには、足跡が残っていた。
積もっていたであろう土埃。
そこに残っている、大きな男性の足跡と、対照的にとても小さく見える女性のものと思われる足跡。
「この足跡だけ明らかに新しい。他のところよりも土も埃も被ってない。2人のってことで間違いないだろうね」
「この奥に進んだんですかね? でも、見つけたならそれで帰ってくればよかったのに……」
「通路が使えるかわからないし、ちゃんと出口まで通れる状態なのかとか、魔物がいないかとかを確認しにいったんじゃない?」
「……なるほど?」
それなら確かにおかしくはない、のかな?
避難民の人たちでまとまって移動しないといけない関係上塞がってたり魔物がいたりしたら使えたものじゃないだろうし。
この暗闇だ。
万が一戦闘になったりしたら連携なんて取れるはずもない。
「とりあえず、慎重に進んでみるよ」
「はい」
セシルさんのその方針に特に異論はなかったから、そのまま同意して2人でゆっくりと進み始めた。
進んでいくにつれて、違和感を覚え始めた。
腐敗臭が、する気がする。
それが徐々に強くなっていく。
『ミコト、気づいてるかもしれませんが……』
『うん……臭いだよね』
セシルさんは杖を握って警戒しながら歩みを進めている。
この違和感には、セシルさんも気づいているんだろう。
「あの、セシルさん」
「……ミコトも分かってると思うけど、慎重に進むよ。アンデッドはまず間違いなくいるだろうけど、あれは集団行動なんて取れないはず。見つけ次第叩いて、集まってくるようなら引き返す。明かりだけ絶やさないようにして」
「……はい」
セシルさんの言う通りかもしれない。
アンデッドは基本的に、未練や執着、生前に溜め込みすぎた七つの大罪に基づく行動しか取れないから、理性的な行動はできない。
臭いからして多分複数いるんだろうけど、まずそうだったら引き返すって形でいい、はず。
視界の問題でトコヨに先行して見に行ってもらうということもできないけど、シルヴィアさんたちの手がかりを見つけないといけない。
だから、もう少し進んだ方がいい。
私も警戒しながら後に続いた。
『ミコトっ!!!』
事態が動くのは、一瞬だった。
分岐路のようなものが見えて、警戒して左右の確認をした。
そこはただの資材置き場で、特に通路でもなんでもなかった。
だけど、そっちに気を取られたせいで、わずかに正面の通路の先の暗闇への警戒が緩んでしまった。
トコヨが叫んだその瞬間には、何かが飛来する風を切るような音が聞こえた。
「ぐっ!?」
「セシルさん!?」
セシルさんの足に、矢が突き刺さっていた。
立っていられなくなったセシルさんが倒れこむのが見えて、急いで駆け寄る。
自分で矢を強引に抜こうとしていたセシルさんの足に治癒をかけるために駆け寄りながら、矢が飛んできた方に目を向ける。
それで理解した。
2人が、何にやられたか。
何が起きてしまったのか。
通路の先から、兵士のもののように見える鎧を着たアンデッドと思われる動く死体や骨が、列をなしてこちらに向かってきていた。
街に発生していた死体がない違和感。
これが全てなわけはないだろうけど、その原因の一端が、目の前に迫っていた。
セシルさんは痛みで脂汗を浮かべながら魔術の詠唱をしているみたいだけど、間に合うとは思えなかった。
それくらいの数のアンデッドが、すぐ側まで迫っている。
『ミコト!! ミコト!! この数を聖魔法でどうにかするのは無理です!! セシルを背負ってでもいいので早く逃げてください!!』
『う、うん!!』
「ごめんなさいセシルさん!!」
詠唱しているセシルさんを強引に抱えようとするけど、セシルさんの方が、私よりも少し背が高い。
私が低すぎるのかもしれないけど、それでも、この緊急時に、足を怪我した自分よりも背が高い人を連れて逃げることなんてできるわけがなかった。
アンデッドの波は、すぐに私たちのところまでやってきた。
群がられた近接戦闘ができない2人の少女に、それをどうにかする術はなかった。
腕を掴まれて、首を絞められて、噛みつかれて、アンデッドに蹂躙されていった。
そんなに長く持たずに、私の意識は途切れた。