天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
翌朝。
昨日の今日だったから様子を見るだけのつもりで対策本部の治療室を訪れた。
都市政府に依頼していた補充人員も割り当ててもらったらしくて、司教様も問題ないと明言してくれた。
今はそんな確認の帰りだった。
中央講堂へ続く廊下で、都市政府の役人さんたちが話している声が聞こえてきた。
「——救援を依頼していた聖堂騎士団が到着したとの報告が」
「本当か?」
「はい。東門に来てくださっています。最寄りの管区本部から派遣された地方部隊のようです。到着の報告もそこそこに外壁と街道の警備へ回ってくださったので、事後報告となってしまっているのですが……」
「気にするな。しかし、ようやく来てもらえたか。地方の部隊となると、聖都の本隊ほどの規模ではないのか?」
「はい。騎士長1名を筆頭とした三個小隊とのことです。どうやら管区内で多くの救援依頼が来ているとかで、どこを贔屓するわけにもいかないと割り当てを決めたらしく——」
思わず足を止めてしまった。
聖堂騎士団。
嫌でも、フレスベルグを殺そうとする騎士たちに包囲され、殺された時のことを思い出してしまう。
今のリーゼちゃんとフレスベルグは、あの出来事を知らない。
教会が先に動いてくれたことで、襲われること自体がなかったことになっているからだ。
『心配し過ぎてもしかたないと思いますよ。どのみちもう警備とかは始めてるみたいですし。私たちだけでも少し警戒しておけばいいかと』
『……うん。そうだね』
学院を出ると、銀色の甲冑を身につけた騎士たちが外壁へ向かっていた。
防壁柱を学院の魔術師と一緒に確認する者や、門へ物資を運ぶ者もいる。
その後も街中で何度か見かけたけど、リーゼちゃんやフレスベルグを探しているような動きはなかった。
ただ、ヴァイスタールを守るために動いているようにしか見えない。
完全に警戒を解くことはできなかったけど、何事も起きないまま、その日は過ぎた。
聖堂騎士団が到着した翌日。
今日は治療室にも顔を出さず、朝からセシルさんたちと調査や考察を続けていた。
机には、昨日までに集めた記録と地図が広げられている。
セシルさんは複数の日付を何度も見比べていたけど、答えは出ないままだった。
そんな時に、聞き覚えのある警鐘が窓を震わせた。
外から、通りを走る大声が聞こえてくる。
「南外縁へ大規模な魔物の群れが接近中! 一般人は学院内に設立された避難所へ避難せよ!! 討伐に協力してくれる者は南門へ向かえ!!」
「……またか」
「どうする? 依頼主殿」
「どうするも何も、行かないわけにもいかないでしょ。ここで行かないなら調査してる意味自体無くなる」
「そりゃそうだ」
セシルさんは地図を畳み、鞄へ押し込んで立ち上がる。
「行くよ」
リーゼちゃんがフレスベルグを抱き上げ、ルドガーさんも剣を腰へ差す。
私も杖を手に持って気合を入れた。
私だって治癒で役に立てるはずだ。
セシルさんたちに手助けが必要ないなら、また外壁に臨時の治療所の手伝いをしてもいいし。
「あたしは避難所の方手伝ってくるから。皆、気をつけてね」
「ファロさんも気を付けてくださいね!」
「ありがと! じゃ!」
ファロさんはそう言って手をひらひら振りながら素早い動きで走って行ってしまった。
私たちが南門の外壁上へ上がると、南門の外は前回以上の魔物で埋め尽くされていた。
学院の教師や学生、傭兵、街の腕自慢まで、協力する意志がある者はほとんど集められているように見える。
それでも、黒い群れの方が圧倒的に多い。
前衛の中央を支えているのは、銀色の甲冑を着た聖堂騎士団だった。
大盾で魔物の突進を受け、後列の槍で仕留め、負傷者が出れば即座に交代する。
騎士団が加わったことで、押されながらも防衛線は崩れていない。
明らかに、前回よりも前衛が厚くなっていた。
「俺は下を手伝う」
「任せる」
「依頼主殿が死んだりすんなよ。俺の報酬支払うやつがいなくなるからな」
「そう思うなら、ここにいる私ら魔術師をあんたが死ぬ気で守れよ」
「ははっ、違いない」
それだけ言うとルドガーさんは階段を駆け下りていった。
リーゼちゃんも、フレスベルグを抱いて外壁の縁に近づいている。
「フラン。前と同じように、皆を助けます。力を貸してください」
『ホー!!』
一際強く鳴くと同時に、白い身体を風が包みフレスベルグが本来の姿へ戻る。
リーゼちゃんが素早く背に乗ると、フレスベルグは大きな翼を広げて外壁を越えた。
……騎士団は誰一人としてフレスベルグへ武器を向けなかった。
目の前の魔物に集中している、と思う。
多分、大丈夫だよね。
「風の聖獣様がご協力してくださる! 分断された群れを狙って殲滅せよ!」
外壁上で指揮を執っていると思われる人が周囲の魔術師たちに向けて声を張り上げる。
特に事前に連携をしていたわけではないけど、フレスベルグの暴風が、密集していた魔物をいくつもの群れへ分けた。
騎士団が分断された群れを抑え込み、外壁上から魔術が降り注いだ。
私は光弾で、セシルさんは雷撃で外壁へ迫る飛行する魔物を迎撃していた。
その繰り返しをしていたら、ふと気になったことがあった。
前回も、南門側から来ていた気がする。
これだけの魔物が同時に人を襲うために街に来てるのに、一方向だけから?
他の方角の魔物は、どこに行ってしまったのか。
まさか、他の村を襲っている、とか……?
「セシルさん」
「なに、手短にしろ」
「は、はい! それはもちろん……その、前回の襲撃も、この方角から来ていましたよね」
「……そうだけど」
「今回は前回よりも多いのに、やっぱり同じ方角から来ています。他の方角からは来ないんですかね? 周辺はどこも魔物が増えていたのに、全部が南から来るのが不思議で……ここに来れないってことは、他の方角は周辺の山村が襲われてしまっているのかなって心配に……」
「それは私らが気にすることじゃないでしょ。騎士団だっているんだし——」
睨むようにして言い返されていたところで、セシルさんの動きが止まった。
「——同じ方角?」
すぐに、外壁上で指示を出していた男性へ振り向く。
「指揮官! 他の門はどうなってる! 魔物の襲撃はここだけか!?」
「北、東、西のいずれにも大規模な群れは確認されていない! 都市へ向かっているのは南の群れだけだ! 協力者はここだけを集中して対処してくれればいい!」
「南だけ……」
セシルさんの目が見開かれた。
鞄から地図を引き抜き、近くの木箱へ広げる。
風で飛ばされないよう四隅へ石を置くと、色の違う簡易的な筆記具を何本も取り出した。
「一日単位じゃ誤差が大きい。数日ごとに分ける」
最も古い時期の記録へ青い印を付ける。
食事量の変化と、同じ頃に起きた魔物被害。
近い時期の場所だけを、一つの円で囲んだ。
それをした辺りで、外壁の外側上空から魔物が飛んでくるのが見えた。
大急ぎで祈りを捧げて、光弾を生成する。
「行けっ!!」
光弾を魔物に向けて射出する。
直撃自体はしたけど、魔物が結構大きめだったせいかよろめくだけで致命打にはなっていなかった。
「フレアランス!」
「っ! あ、ありがとうございます!」
魔物がよろめいた隙に、近くにいた魔術師が炎の槍で魔物を処理してくれた。
それを確認して、セシルさんの方に目を戻す。
地図には、青、緑、黄色、赤、様々な色の印と円が書き込まれていた。
同じ色で書いていた時には、無秩序に散らばっているようにしか見えなかった印。
だけど、時期ごとに分けられたその色ごとに見ると、確かに規則性がありそうに見えた。
それぞれの円はそこまで大きくないし、中心も同じ場所にはない。
青い円より、緑の円は僅かに南東へずれている。
黄色はさらに南へ。
直近の日付のものをまとめたと思われる赤い円は、ヴァイスタールの南側へ大きく寄っていた。
セシルさんが、それぞれの円の中心を線で結ぶ。
線は少しずつ南へ伸び、その先は今まさに魔物が押し寄せている方角と重なった。
「——中心が動いてるんだ!!」
「動いている……?」
「こんな初歩的な固定観念に縛られてたなんて私は馬鹿か! こんな規模の術が常識通りの準備設備を必要とする保証がどこにある!!」
セシルさんの指が地図の上を走る。
私も覗き込んでいたその地図に、急に影が差した。
魔物かと思って大急ぎで振り返ってしまう。
「何が分かった?」
振り返るとそこには、60歳を過ぎたくらいに見える豪華なローブを着た男性が地図をのぞき込んでいた。
「ラングフォード学長! 次の術の準備が——」
「陣の準備だけしていろ。すぐに戻る」
後ろから呼び止める魔術師へそう返し、男性は返事も待たずに再び地図を覗き込んだ。
「私はアリスター・ラングフォード。アルトヴァイゼン魔術学院の現学長だ。挨拶は後でいい。これはなんだ」
「……魔物活性化開始時期と食欲変化に相関があると見て調べた、周辺一帯の異常発覚日時」
「……食欲変化はともかく、魔物被害に関してはこの円の外にも多数報告されている。その点はどう見る」
「誤差。もともと魔物被害がゼロなんてあり得ない。群れから外れる魔物がいるのもこの前の襲撃の散り方を見ていれば分かる。そこに魔物の襲撃で住民が過敏になって記録したり助けを求めたりしているのも勘案したら許容できる範囲の誤差。——なにより、円の範囲から出た場所は明らかに報告数が減ってる」
ラングフォード学長は、地図に描かれた円と中心を結ぶ線を順に見ていく。
最後に、南門の向こうから押し寄せる魔物へ目を向けた。
「……ふむ。最新の中心が南へ移り、現在の襲撃も南の一方向からのみ発生している。なるほど」
短く呟いた後、セシルさんへ向き直る。
「お主がフォートリエだな」
「そうだけど、なに」
「先に対策本部での件を詫びよう。我が学院の教師が、君の経歴を理由に発言を軽んじ、ベルンハルトの名まで持ち出したと聞いている。学院を預かる者として、非礼を詫びる」
「どうでもいい。時間ないんだけど、用事はなに」
ラングフォード学長は一瞬だけ目を丸くした後、僅かに笑った。
「ほほっ、その目、ベルンハルトを思い出すわ。矛盾点は見当たらん。一考の価値どころか、確認すべき重大事案として扱うのが妥当であろうな」
「そ」
「現在起きている現象との整合性は高い。今の襲撃が南のみから来ていることも、君の仮説を補強している」
セシルさんが地図を畳み始める。
「なら邪魔しないでくれる。ここで魔物を倒し続けても終わらない。中心に原因があるなら、そっちを止めないと意味ないでしょ」
「待て」
ラングフォード学長は、門外の戦場へ視線を向けた。
銀色の甲冑を着た騎士たちが中央を支え、街の戦力と交代しながら魔物を受け止め続けている。
フレスベルグの風も、押し寄せる群れを何度も分断していた。
「聖堂騎士団が来てくれたおかげで、前線は持っている。私であれば、一度だけ外へ抜ける道を作ることもできよう」
学長は赤い魔術陣の方へ戻りかけて、足を止めた。
「私はベルンハルトと長らく共に働いていた」
セシルさんの動きが僅かに止まる。
「口調も、態度も、雰囲気も、君はあの男と似ても似つかん。だが、その目。誰に笑われようとも持論を曲げず、徹底した検証で証明してくるその頑固さは、実によく似ている」
「……」
「その嫌そうな顔は特に似ておるな。へそを曲げたベルンハルトそっくりだ。……亡き友への餞だ。その忘れ形見が検証して見せた有力な仮説を、私も信じてみようではないか。君たちの仲間を呼び戻したまえ。私が道を作ろう」
そこまで言うと、ラングフォード学長は赤い魔術陣の中心へ戻った。
……これは、手助けしてもらえるっていうことで、いいんだろうか。
「南門前の前衛へ伝令! 中央を空けろ! 聖堂騎士団には、術後に空く道の左右を保持するよう要請しろ!」
指示が外壁上を駆け巡る。
旗が振られ、角笛の音が変わった。
門外の騎士たちが、魔物を押し留めながら左右へ分かれていく。
「……ミコト、光弾でフレスベルグに合図出して。私は傭兵に合図出すから」
「わ、分かりました!」
指示されてすぐに、光弾をフレスベルグのすぐ近くに飛ばす。
セシルさんは雷の簡易的な術でルドガーさんの気を引いていた。
その合図に気づいたルドガーさんが、南門の中央へ戻り始めている。
上空では、リーゼちゃんを乗せたフレスベルグが大きく旋回していた。
セシルさんは地図を鞄へ戻し、私の腕を掴んで階段を駆け下りた。
南門の内側でルドガーさんと合流する。
「原因が分かったのか?」
「中心が移動してる。今は南。細かい話は後」
「十分だ」
そのやり取りをした直後、赤い魔術陣が外壁上を覆うほどに広がる。
魔術陣の中心にいるラングフォード学長の方から、声が響き始めた。
「第一環、境界を定めよ——第二環、熱を集めよ——第三環、炎を束ねよ——」
上空に巨大な赤い魔術陣が展開され、その周囲を囲むように複数の小型魔術陣が同時に現れた。
真っ赤に燃え上がるようにしていくつもの魔術陣が光を迸らせながら輝き始める。
ラングフォード学長の方から、赤い粒子のような煌めきが大量に魔術陣に注ぎ込まれていく。
フレスベルグも外壁まで戻ってきていた。
「ミコトさん、さっきの光弾は一体——」
「ミコト、フレスベルグに乗せてもらえ。あれ撃たれたらすぐ出る。ルドガー、あんたは私と走る。リーゼ、フレスベルグに乗ったまま私らと同じ方向に飛べ」
「はいよ、依頼主殿。道中の護衛は任せろ」
「私も乗るんですか!?」
「治癒要員はいた方がいいけどあんたが魔物の大群の中を走り切れると思えない。いいな、リーゼ」
「は、はい! もちろんです!」
『時間ないですよ、いいからさっさと乗りましょう』
「そ、それじゃあ、失礼します」
『ホー』
「り、リーゼちゃん、今のって……?」
「気にしなくていいから早く乗れ、だそうですよ」
リーゼちゃんに断ってから、フレスベルグの背中に乗る。
ふわふわしているのにがっしりしていて踏み外しそうにもない不思議な感覚。
「大丈夫そう、ですかね?」
「う、うん。多分、大丈夫だと思う」
「それじゃあ、しっかり捕まっててくださいね」
リーゼちゃんがそう言った瞬間、フレスベルグが大きく翼を広げた。
そのまま一気に飛翔し始めて、全身を浮遊感が襲う。
「ひっ、っ、この感覚——」
「慣れるまでは変な感じがすると思うので、我慢していただけると。舌だけ噛まないように注意してくださいね」
「っ——」
その言葉にびっくりしてコクコクと頷くと、リーゼちゃんは苦笑していた。
それから少しして、赤い魔術陣の中心にいるラングフォード学長の杖が振り下ろされた。
「天に満ちる熱よ、我が描きし円環に従い、紅蓮の天蓋を築け。逃れる道を閉ざし、降り注ぐ火雨をもって、地を這う異形を灰燼へと還せ……燃え盛れ、紅蓮の豪雨——クリムゾン・バラージ」
巨大な炎の奔流が、平原を真っ直ぐ貫いた。
最初に外周の魔術陣が炎の壁を生み出して退路を塞がれていく。
その直後、中央の巨大魔術陣から無数の圧縮された火炎が雨のように降り注ぐ。
着弾した炎は地表で連鎖的に爆発し、範囲内を巨大な火炎柱で埋め尽くしていた。
「今だ! 行け!」
学長の声が響いた。
門外では、聖堂騎士団が焼けた道の左右へ盾を並べ、残った魔物を押し留めている。
フレスベルグがその上を低く飛び、熱気と煙を吹き散らしながら、両翼の風で群れをさらに左右へ押し分けた。
地面の方では、ルドガーさんを先頭にセシルさんたちが走っている。
フレスベルグはその上を追従するように飛んでくれていた。
一度だけ振り返る。
外壁上では、ラングフォード学長が次の魔術と思われる何かを準備しているのが見える。
銀色の甲冑を着た騎士たちは、誰一人としてフレスベルグへ武器を向けることなく、私たちが通る道を守り続けてくれている。
その光景を目に焼き付け、前へ向き直った。
炎で作られた道は、もう少しずつ魔物に埋められ始めている。
立ち止まる余裕はない。
私たちは、地図の上で少しずつ移動し続けていた中心——今回の異常の中心と思われる場所に向かって、焼けた平原を一気に通り抜けた。