天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~ 作:あじのふらい
『前々から思っていましたけど、ミコトって隠れるのが下手ですよね』
『今それ言う?』
集合住宅の角から、そっと顔を出す。
少し離れた先では、普段着姿のサヨが軽い足取りで歩いていた。
今日はサヨの休日だった。
そのサヨが、休日をどう過ごしているのか。
フリッカ以外の友人がいるのか。
今日遊ぶのもフリッカみたいだけど、それも含めて今日の過ごし方を見ていれば他に友人がいるのかも分かるだろう。
あとは、私がいない場所でも周りの人と普通に関われているのかとかだ。
それを確認するために、私はサヨをこっそり尾行していた。
『普通に聞けばよかったのでは?』
『聞いたら、こっちの意図とはずれた答えを返そうとするかもしれないでしょ』
『それはそうですけども。ただ、尾行相手には耳も鼻もいい犬獣人のフリッカがいますし。相手としては最悪だと思いますけど』
『だから距離を取ってるの』
『見失いかけてますけどね』
『トコヨも上から見てくれるでしょ?』
『結局、私ありきですか……まぁいいですけど』
そんなことを考えている間にも、サヨは少しずつ先へ進んでいく。
このままだと本当に見失ってしまいそうだったから、私も急いで次の建物の陰へ移動した。
『協力はしますけど、代わりにあとで何か甘いものでも食べてくださいね。私も味わいたいですし。交換条件です』
『まぁいいけど……』
相変わらずの食い意地だなこの駄幽霊。
とはいえ、今はトコヨの言葉を頼りに進むしかない。
広場へ続く道を急ぎ足で進み、露店の陰から様子を窺う。
サヨは広場の真ん中でフリッカと話していた。
「今日は何するの?」
「んー……クラウスさんのところでお菓子は食べたいかな。今日いい果物入ったって言ってたし!」
フリッカの茶色い巻き尾が、楽しそうに左右へ揺れている。
サヨも嬉しそうに笑っていた。
仕事中や家で一緒にいる姿はたくさん見ている。
だけど、こうして休日の姿までは見れていなかった。
『ちゃんと友達してますね』
『うん……よかった』
『それはそれとしていい果物が入ったらしいですよ。後でそれを食べましょうね』
『それは私も食べたい。それにしようね』
2人が向かったのは、ファロさんの露店だった。
昨日は準備中に私が話しかけてしまったのか、今日はいろいろと商品が増えているように見えた。
色とりどりの布や髪紐、小さな木彫りの置物、干した果物、見たことのないものもたくさん並んでいる。
「いらっしゃい。今日は二人でお買い物?」
「はい。見ても大丈夫ですか?」
「もちろん。見るだけならタダだから、好きなだけどうぞ」
2人は肩を並べて商品を見始めた。
フリッカは珍しいものを見つけるたびに犬耳をぴくぴく動かし、サヨの袖を引いている。
サヨが呆れたように笑う。
フリッカも笑いながら、持っていたものを元の場所へ戻した。
フリッカだけじゃなくてファロさんまでいるからだいぶ距離を取っているから声は聞こえない。
だけど、だいぶ楽しそうなのは見て取れた。
今も髪紐みたいなものを髪に添えて色を見てるみたいだし。
結局2人ともお互いに選んだ髪紐を買ったらしい。
すぐにお互いに着け合ってるし本当に仲がいいのは間違いない。
ファロさんは代金を受け取りながら、ちらりとこちらを見た。
目が合った。
私は反射的に壁の裏へ引っ込んだ。
『絶対気づかれましたね』
『うん……』
『ものすごく面白そうな顔をしていましたよ』
『言わないでくれるといいんだけど』
ファロさんは、少なくともその場で私のことを口にしなかった。
何事もなかったように二人を見送り、私がもう一度顔を出すと、口元だけで笑っていた。
今度お礼を言うべきだろうか。
それとも、何もなかったことにするべきだろうか。
悩んでいるうちに、二人は食事処へ向かっていた。
慌てて後を追う。
食事処の前では、顔見知りらしい男性がサヨへ手を上げた。
「サヨちゃん、この前はありがとな。おかげで腕もすっかり動くようになったよ」
「それはよかったです。でも無理はしないでくださいね。また何かあったらすぐに治療院へ来てください」
「ああ。分かってるよ」
その後も、2人は何人もの集落の人から声をかけられていた。
商店のおばさんからは、治療院で配っている聖水について聞かれている。
私もこういった声掛けはよくされるから同じってことだろう。
サヨは誰に対しても笑顔で受け答えしていた。
特別に仲がいい人がいるようには見えないけど、避けられている様子もなかった。
むしろ、皆から見習い巫女として頼られ、同時に年下の少女として可愛がられているように見える。
『集落の人との関係も問題なさそうですね』
『うん。私が思ってたより、ずっとしっかりしてたみたい』
『ミコトが遠征している間も、一人で治療院をやってたんですから当然な気はしますけど』
『それは分かってたけど……』
知っていることと、自分の目で見ることは違う。
サヨは、私がいなくても自分で考えて動いていた。
困った時には周りを頼り、周りからも頼られている。
そのことに安心しながら、私は食事処の窓へ近づいた。
2人が頼んだのは、蜂蜜をかけた小さな焼き菓子と、果物を煮詰めた甘いソースが添えられた果物と焼き菓子の盛り合わせだった。
一つずつ別のものを頼んでいるっぽい。
「こっちもおいしいよ。食べてみて」
「ありがと。サヨもこっち食べてみて」
「うん」
2人は食べるたびに顔を見合わせ、どちらの方が好きかを言い合っている。
サヨは果物の方が好きらしい。
フリッカは蜂蜜の方を気に入っていた。
『ミコト』
『なに?』
『私たちも食べませんか?』
『……私もすっごく食べたいけど、あとでね……』
トコヨが真剣な顔で言い切った。
いつもなら駄幽霊というところだけど、私も食べたい。
帰りに買おう。絶対。
そう心に決めて、少しして食事処から出てきた2人の後を追った。
次に2人が向かったのは、神社と教会の間にある少し開けた場所だった。
人通りある通りからは外れてるけど、何かあればすぐにどちらかの治療院へ行ける。
そんな場所。
「今日はどっちからやる?」
「フリッカから見せて。前に言ってた、聖水との組み合わせとか」
「うん、じゃあ聖水作りからだね」
いくつかの小瓶を取り出したフリッカが両手を胸の前で組み、静かに目を閉じる。
普段の快活な雰囲気が消え、神官らしい穏やかな表情へ変わった。
少しして、小瓶に光が灯った。
それからすぐに聖水で陣を描き始めている。
「先輩みたいに綺麗にかけない……聖水だと書いてるのほとんど見えないのになんで先輩はあんなに正確に書けるんだろ……」
「それはミコト様もかも……私なんてペンで書く方でもまだお手本でもらった魔法陣をすぐ近くに置いて模写してるし……」
……コツ、教えてあげた方がいいんだろうか。
結論としてはたくさん練習して身体に覚えこませるってことくらいしかないけど。
綺麗に円を書いたりするコツはもう教えたはずだし——
「ミコトさん?」
「ひゃっ!?」
真後ろから声をかけられ、今度こそ身体が跳ねた。
慌てて振り返る。
そこには、書類の入った鞄を持ったシルヴィアさんが立っていた。
いつもの穏やかな笑みではない。
困惑を隠し切れない顔で、木の陰にしゃがみ込んでいる私を見下ろしている。
「何をなさっているのですか?」
「し、静かに」
「はい?」
「サヨたちに気づかれてしまうので……」
私が口元へ指を当てると、シルヴィアさんはさらに困惑した。
それでも声は小さくしてくれる。
「どうして、サヨさんたちに気づかれてはいけないのですか?」
「えっと……尾行しているからです」
「尾行」
聞き返された。
言葉にしてみると、ものすごく悪いことをしている感じがする。
『実際、あまり褒められたことではないですよね』
『トコヨも協力したでしょ』
内心で言い合っている場合ではない。
シルヴィアさんは、返答を待ちながらじっとこちらを見ている。
観念して、昨日までにあったことを小声で説明した。
サヨの祈りが私への感謝や願いに偏っていること。
私が遠征から戻った時に、少し心配になるほど喜んでいたこと。
依存が崇拝の域に入っているのではないかと疑っていること。
友人関係や、私がいない場所でどのように過ごしているのかを確認したかったこと。
一通り話し終えると、シルヴィアさんは少しだけ目を伏せた。
「事情は分かりました。尾行という方法については思うところはありますが……」
「うぅ……」
「ですが、心配なさる気持ちは理解できます。私も、サヨさんのミコトさんに対する言動が少し行き過ぎていること自体は把握していましたから」
「シルヴィアさんもですか?」
「はい。同じ屋根の下に暮らしている以上、普段の様子も見ていますので」
やっぱり、私が思っていた以上に分かりやすかったらしい。
シルヴィアさんは、サヨとフリッカの方へ視線を向けた。
2人は私たちに気づかず、聖魔法を見せ合っている。
「サヨさんは、御両親を一度に失っています。それだけではありません。故郷も、それまでの日常も、信頼していた大人の多くも失いました」
穏やかな声で、シルヴィアさんが話し始める。
「そのような中で、同じ故郷の出身で、命を救ってくれて、身近にいて、親しく優しく接してくれるミコトさんへ強く縋ること自体は、不自然な反応ではないと思います」
「縋る……」
「サヨさんにとって、ミコトさんは失わずに済んだ故郷の一部でもあるのでしょう。それに、もともと次期筆頭巫女として憧れていた方だと聞いたこともあります。その感情が重なり、心の逃げ場や拠り所になっているのだと思います」
シルヴィアさんは、言葉を選ぶように一度間を空けた。
「現実を全て受け止め切れない心が、安心できる相手へ寄りかかっている。一種の逃避に近い反応なのかもしれません。ですが、御両親を失ったばかりの少女であることを考えれば、それ自体はおかしなことではありません」
何も言えなくなってしまう。
気持ち自体はすごくよく理解できる。
サヨが失ったお母さんのことも知っている。
巫女としての祈りや生活も共有できる。
それでも、少しとはいえ私よりも幼いサヨにとって、両親を失うというのはそれだけ大きかったのかもしれない。
私みたいに筆頭として割り切らないといけない立場ってわけでもないわけだし……
「崇拝に近い形まで強くなっている点は、確かに心配です。ですが、サヨさんが全ての判断をミコトさんへ委ね、自分の意思を失っているわけではありません」
シルヴィアさんは、今度は私へ視線を戻した。
「昨日の給金の件では、サヨさんはミコトさんへ明確に反対しました。ミコトさんが望んでいないと理解しながら、独断で私へ相談もしています」
「……はい」
昨日、2人がかりで叱られたことを思い出す。
あれは間違いなく、私の言うことを何でも受け入れる態度ではなかった。
「治療院でも、自分では対処できないと判断すれば、すぐにミコトさんや私へ相談しています。今日も、自分の意思でフリッカと出かけ、集落の方々と関わり、互いに教え合っている」
「そう、ですね」
「ですから、私は今すぐにミコトさんとの距離を取らせる必要はないと思っています。無理に引き離せば、サヨさんはまた大切な人を失ったと感じるかもしれません」
その言葉に、何も返せなかった。
心配だからと距離を取る。
それは私からすれば、サヨのためにすることだ。
だけど、サヨから見れば違うのかもしれない。
「今の関係を維持したまま、サヨさんが他の方とも関わり、ここでの生活を積み重ねていく。その中で、御両親を失った心の傷が少しずつ癒えるのを待つしかないのではないでしょうか」
「待つ……」
「はい。すぐに元通りになるような傷ではありません。私も、これが絶対に正しいとは言えませんが、急いで変えようとするよりは、サヨさんが安心できる場所、心の整理ができる場所を保つ方が大切だと思います」
シルヴィアさんは、まだ16歳だ。
私と一つしか年齢が違わない。
それなのに、私がうまく整理できなかったことを、一つずつ丁寧に言葉にしてくれている。
「シルヴィアさん、すごいですね」
「えっ?」
「私は、サヨが私に依存しすぎているかもしれないって感じて、どうすればいいかばかり考えていました。サヨが何を失って、どうして私に縋っているのかまで、ちゃんと言葉にできていなかったです」
「私は神官として、御家族を亡くした方のお話を伺うこともありましたから。少しだけ、そういうことを考える機会が多かっただけですよ」
「それでも、ありがとうございます。相談できてよかったです」
頭を下げる。
シルヴィアさんは少し慌てながら、顔を上げるように促してくれた。
「私もサヨさんの様子は気にかけます。ミコトさん一人で抱え込まなくて大丈夫ですよ」
「はい」
心の底から安堵しながら頷いた。
「あとは……ミコトさんも、何かあれば私に相談してくださっていいですからね。お母様や親しい方、故郷を失っているのはミコトさんも同じなんですから」
「それは……」
「こう見えても私は、ミコトさんより年上ですからね。サヨさんのように、私を頼りになるお姉さんと見て相談してくれていいんですよ」
「——ありがとうございます」
多分、わざとふざけた言い方をしてくれたんだと思う。
なるべく相談しやすいように。
普段よりも明らかにお茶目な感じを押し出してそう言ってくれた。
片目でウインクするのとか、イリスさんにそっくりだったし。
その時、少し離れた場所からフリッカの声が聞こえてきた。
「やっぱり先輩の教え方って分かりやすいんだよね。どこが悪いかすぐに見つけてくれるし」
シルヴィアさんの動きが止まった。
サヨも嬉しそうに頷いている。
「シルヴィアさん、すごいもんね。でも、ミコト様の教え方もすごく分かりやすいよ。私ができるまで、何回でも丁寧に教えてくれるもん」
「先輩だってそうだよ。私が失敗しても怒らないし、できたところはちゃんと褒めてくれる。信仰とはかくありきっていう難しいのも、理解できるまで丁寧に教えてくれたもん」
「信仰とはかくありき?」
「そう! 信仰心が薄ければ神に祈りは届かない。儀礼的に正しく無ければ奇跡の行使は叶わない。所作が美しく無ければ民の心に響かないっていう感じのことを、最初は難しい言葉で説明されたのを噛み砕いてこうやって教えてくれたの!」
「ふーん……でも、ミコト様だって祈り方まで丁寧に教えてくれたもん。私がうまく聖魔法使えなかった時に、祈り方のコツ教えてくれたらすぐに使えるようになったし!」
何かが始まった。
トコヨがものすごく楽しそうな顔をしている。
隣を見るとシルヴィアさんは固まっていた。
「それに、ミコト様は舞もすごく綺麗なの。故郷で初めて儀式を主導なさった時なんて、光が境内いっぱいに広がって、本当にオリツキ様が降りてこられたみたいで」
「先輩は洗礼もできるよ。助祭の時に聖心考査へ合格したの、先輩が初めてなんだから」
「ミコト様は王都の地下にいたたくさんのアンデッドを、儀式で全部浄化したんだよ」
「……先輩はお料理もすごく上手」
「……ミコト様は抱きしめてくれるとすっごくあったかい」
「先輩は紅茶もすごくおいしい!」
「ミコト様は甘いものを食べてる時の笑顔がすごくかわいい!」
「「……ならどっちの先生の教え方がうまいか今から聖魔法の成功具合で勝負!!」」
本当に何かが始まってしまった。
困惑してシルヴィアさんの方を見ると、シルヴィアさんも苦笑していた。
「……フリッカの評価も、少し行き過ぎている気はしますね」
「……? シルヴィアさんはすごい人ですし、言ってることは間違ってないと思いますよ?」
「ミコトさんまで何を仰ってるんですか」
「えっ、でも本当に……」
「では私も申し上げますが、サヨさんの言っていることも、大半は間違っていないと思いますよ」
今度は私が黙る番だった。
顔が熱くなっていく。
「と、とにかく、これ以上聞いているのは2人に悪いですよね」
「……そうですね。後で知られたら、フリッカ色々言ってくるでしょうし」
2人で顔を見合わせ、頷き合う。
なるべく音を立てないように立ち上がり、木の陰から離れた。
サヨはフリッカと笑い合っていた。
私のことを必要以上に持ち上げているのは、やっぱり少し心配だ。
だけど、その隣には友達がいる。
周りには、サヨを知り、声をかけ、頼ってくれる人たちもいる。
多分、問題はないだろう。
「あ、食事処でいい果物が入ったらしいんですけど、この後一緒に食べに行きませんか?」
「いいですよ。書類を教会に置いてきてからならですけど」
「もちろん待ってます! サヨとフリッカが違うのを頼んで交換したりしていたので、私もやってみたいです!」
「ふふ、いいですよ。それでは、少し待っていてください」
トコヨもさっき食べたがっていたし文句はないはず。
そんなことを思いながら、シルヴィアさんが教会の方に歩いていくのを見送る。
さっき見た甘味への期待はどんどん膨らんでいた。