我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
空座第一高校一年生。一護の幼馴染で、幼少期から空手を続けている。尸魂界では戸川古男から『暗黒魔闘術』を学んだ。
黒崎一護
空座第一高校一年生にして死神代行。現在は十番隊隊長代行も兼任している。
毛利蘭
高い空手の実力を持つ女子高校生。強烈な打撃を武器とする。
砕蜂/戸川梢綾
二番隊隊長兼隠密機動総司令官。現世では戸川梢綾を名乗り、古男の妻として生活している。
四楓院夜一
元二番隊隊長兼隠密機動総司令官。砕蜂がかつて敬愛していた人物。現在は黒猫の姿で行動している。
踏み込んだ足の下で、床板に亀裂が走る。
「はあッッ!!」
「はああああッッ!!!!!」
正面から飛んでくる拳を両腕で受ける。道着の袖越しに骨が軋み、踵が床を擦る。
硬い。しかも、重い。
……っ、この野郎……!! 角みたいな髪型しやがって、こいつ本当に普通の女子高生かよ!? 素手でコンクリートを粉砕するレベルの突き撃ってきやがったぞッッ!!
現世で、骨を心配する羽目になるとは思わなかった。目の前の女は、息も乱れていない。
もう一度、拳が来る。払い落とすと、すぐに逆の拳が迫る。肩を引いて避け、踏み込もうとした足を止める。
腰が回っている。
「――とうりゃあああッッ!!!!!」
頭のあった位置を蹴りが通り過ぎる。屈んだ拍子に頬を風が叩き、前髪が跳ねる。
「なめんなコラァッ!! てえりゃああああッッ!!!!」
低い姿勢から軸足を払う。
「っ……この………………!!」
片足が浮く。崩れかけの体勢でも、こちらを向いた目は逸れない。立て直す前に、顎を狙う。
「――隙ありィッッ!!!!」
裏拳が当たり、手の甲に衝撃が残る。
「――そ、そこまでッッ!! 勝負ありッッ!! 勝者、有沢選手ッッ!!!!」
拳を引いた途端、歓声が耳に飛び込んでくる。
『決まったァァァッッ!! なんという激闘!! 空座高校一年・有沢たつき選手、絶対王者と目されていた関東の怪童・毛利選手を撃破し、一年生にして全国高校生空手大会の頂点に立ちましたァァッッ!!』
痛む腕を下ろして、一礼。
顔を上げると、向かいからも礼が返る。強かった。もう一度あの突きを受けたいかと聞かれたら、少し考えたい。
客席では、青いジャケットの小学生の口が開いたままになっている。
「う、嘘だろ……。蘭ねーちゃんより強い女の人が……この世にいたんだね…………」
◇◇
「………………ふう……」
「有沢選手! 前人未到の一年生での全国制覇、本当におめでとうございます!!」
「ありがとうございます」
頭を下げる。背筋を伸ばし直すと、道着が汗で背中に張りついた。
「この栄光の喜びを、今一番どなたに伝えたいですか!?」
「はい……。日頃から厳しく指導してくださった空手部の先輩方や、顧問の先生に感謝したいです」
ここはちゃんと言っておかないといけない。日頃の指導には、感謝してもしきれないほど。
レンズの向こうで見ているだろうか。シャオ先生なら、うんうんと頷いてくれそうな気がする。
「一年生にしてこの強さ、すでに将来の日本代表として有望視されていますが、ご自身ではどう捉えていますか!?」
「光栄です。……でも、アタシなんてまだまだですよ。……だって、アタシの『彼』の方が強いですから」
マイクがぐっと近づく。
空手の話をしていた時より、明らかに食いつきがいい。
「な……なんとッ!? 有沢選手に、すでに彼氏さんがいらっしゃるんですか!?」
今なら、大勢に聞いてもらえる。
カメラに向かって二本指を立てる。顔が勝手に笑ってしまう。
「はい! 空座高校の黒崎一護君という人で、近所の病院の跡取り息子なんです!! 一護、見てるかー!? アタシ優勝したぞー!!」
文句は帰ってから聞けばいい。
全国へ先に知らせておく。本人への確認は順番が後になったが、そこは幼馴染として融通を利かせてほしい。
◇◇
翌朝、味噌汁を口へ運んだところで、テレビから聞き覚えのある名前が流れた。
『――続いてのスポーツニュースです。昨日行われた全国高校空手道選手権にて、一年生王者となった有沢たつき選手! 彼女が堂々と宣言した「病院跡取りの最強の彼氏・黒崎一護君」の話題で、現在ネット上は大騒ぎとなっており――』
むせた拍子に味噌汁が飛ぶ。
画面には、笑顔でピースを決める幼馴染。そのすぐ脇には、自分の名前が大きく出ている。何度見直しても黒崎一護と読める。
ちょうど玄関から聞こえてきた足音に、椀を置く。
「おいコラァァッッ!! たつきィッッ!! テメエッッ!!!!」
「なんだよ!? アタシは事実しか言ってないぞ?? お前はアタシの彼氏で、実家は個人病院の跡取り息子だろーが!」
そもそも、朝食中に自分の交際をニュースで知るとは思わない。
本人より事情に詳しい視聴者が全国にいる。
「彼氏っていうのは……普通、互いに合意してから名乗るもんだろォがッ!!」
胸元を指で小突かれる。
「ああん!? 『3人まとめて面倒見る』って、こないだ覚悟決めたのはどこのどいつだよ!! 男なら腹くくって観念しろッ!」
掴んでいた手から力が抜ける。
あの時の言葉は覚えている。忘れたふりをしたところで、目の前の顔を見る限り通用しそうにない。
「…………………ぐうの音も出ねえ……」
テレビでは、もう一度インタビューが流れている。
一護、見てるかー。
見ている。朝飯を噴きながら、しっかり見ている。
◇◇
「タマー! タマー!! ご飯の時間だぞー!」
日陰で丸めていた背を伸ばす。欠伸を終えて縁側へ出ると、銀の皿が目に入る。
「にゃー……」
結局のところ、尸魂界の混乱の最中、儂が『四楓院夜一』だと名乗り出るタイミングを完全に逸してしまった……。このままではただの飼い猫として一生を終えてしまうぞ……。
呼ばれた名前に返事をするのも、すっかり慣れてしまった。タマではない、と言う機会は毎日ある。今日もすでに一度あった。
「ほら、今日は奮発して高級ミルクと、黒毛和牛の牛肉ソテーだぞ!」
「にゃ〜〜♫」
……まあ良い、この極上の飯が食えるなら、しばらくはこのまま猫のフリをして我慢してやるか……美味い!
皿に前足を添え、ひと切れ咥える。柔らかい。噛むと肉汁が出る。次のひと切れにも、ためらわず口をつける。
身分を明かすのは、食後から考えればよい。空腹で重要な話を始める必要もなかろう。
「なあ………タマ」
「にゃ〜?」
「ん? お前……まるで私の言葉が分かっているみたいだな。……おいで」
脇へ両手が入り、皿から体が離れる。
肉はまだ残っておる。
伸ばした前足が空を切り、そのまま膝へ収まる。腹に添えられた手は温かい。仕方なく座り直すと、背中をゆっくり撫でられた。
「……夜一様は…………いないな。現世に戻ってからも、ずっとさりげなく駄菓子屋を見張っているのだが……姿を見せる気配すらない」
「にゃ〜ん……」
探す方向が少し違う。膝の上へ目を向けてもらえれば、すぐに見つかる。
喉を鳴らして顔を擦りつけると、指先が耳の後ろへ回る。そこを撫でられると、つい顎が上がる。
「昔はな……置いていかれたことを心底恨んだよ。憎みもした……。でも、年月を経て、ようやく分かったんだ。……私はただ、あの方に一緒に連れて行ってほしかっただけなのだと……」
砕蜂……。すまぬ、あの時はお主を巻き込むわけにはいかんかったのじゃ。だが……よし、今こそ真実を明かして――。
前足を膝へ置き直し、口を開く。
「――そ、」
「――古男と出会って、ようやく気づいたのだ。夜一様の『本当の気持ち』がな」
「にゃ?」
何に気づいたというのか。
頭を撫でる手に、迷いがない。
「――夜一様は……浦原喜助を、深く愛しておられるのだと」
「――にゃあああああああああああああーーーーーーーッッッッ!!!!??」
落ち着けるか。
喜助の顔を思い浮かべた途端、もう一度叫びたくなった。
「そう驚くな、タマ。百十年前……夜一様は、捕らえられた浦原を、己の地位も名誉も全て投げ打って助け出された。……古男を心から愛する今の私だからこそ、理解できる。あれは、紛れもない『愛』だ。たとえ世界を敵に回そうと、愛する男を守る……。あの方は、そういう覚悟で浦原と共に逃げたのだ」
「にゃ〜にゃ〜ッッ!! にゃにゃにゃッッ!!」
ち……違うぞ阿呆ッ!! 儂と喜助があんな下らん色恋沙汰なわけがあるまいがァァッッ!!
「そうだ………そうに違いない。愛の力でなければ、あの誇り高きお方が全てを捨てるはずがないからな」
「にゃ〜にゃにゃにゃにゃ〜ん……」
今さら名乗ったら、まず喜助との仲から問い詰められそうな気がする。
先ほど口を開いた時に、勢いで全部言ってしまえばよかった。たった一音で猫に戻った自分を叱りたい。
「……まあ………もしそれ以外の理由で私を置いていったのだとしたら、絶対に許せんがな……」
「……に、にゃ……」
頭に載った手は、さっきと同じように温かい。けれど、その顔を下から見上げる勇気がなくなる。
喜助を愛しておると言えば誤解が固まる。違うと言えば、今の声の続きを聞くことになる。
どちらも嫌なので、前足を揃えて座る。猫に返答を求めることはあるまい。
「まあ……あの方は不器用なお方だからな。己が浦原を愛しているという事実にすら、自分自身で気づいていないのかもしれんが……」
「にゃあ〜……」
とうとう、自分の気持ちすら分かっていない扱いになった。
明かすなら、別の日にしよう。喜助も呼んで、二人で否定すれば多少は話を聞いてもらえるか。いや、並んで現れた時点で喜ばれそうな気もする。
「…………タマ」
「――私は、取り返しのつかない罪を犯した。……きっと私は、ろくな死に方はしないだろう」
何をした。
喉の奥に言葉が引っかかる。見上げても目は合わない。布を握る指に、いっそう力が入っている。
「……でも……古男のためなら……私は、地獄の業火に焼かれようとも……」
■ 有沢たつきの空手
たつきが幼少期から続けている格闘技。
『暗黒魔闘術』とは別系統の技術であり、通常の競技では霊的な能力を使用せず、純粋な空手家として戦う。
■ 暗黒魔闘術
戸川古男がたつきへ教えた戦闘技術。
その正体は護廷十三隊創設期にまで遡る白打の特殊体系であり、現代の競技空手とは大きく異なる。
■ 四楓院夜一の黒猫姿
夜一が使用する特殊な変化。
長時間黒猫の姿を取ることが可能で、外見だけでは通常の猫とほとんど見分けがつかない。
■ 「タマ」
黒猫姿の夜一に対して砕蜂がつけた名前。
夜一本人は現在では呼ばれると自然に返事をする程度には馴染んでいる。
■ 百十年前の事件
浦原喜助らが尸魂界を追われ、四楓院夜一もその地位を捨てて現世へ姿を消した事件。
その際、夜一は砕蜂へ事情を説明しないまま尸魂界を去っている。