我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
かつて護廷十三隊に所属していた死神。独特の関西弁と飄々とした態度を持つ。戸川古男とは以前から面識がある。
戸川古男
八番隊五席。現世では空座第一高校の教師として勤務し、一護たちのクラスを受け持っている。
黒崎一護
空座第一高校一年生。死神代行にして、現在は十番隊隊長代行も兼任している。
有沢たつき
一護の幼馴染。高い霊力と身体能力を持ち、戸川古男から暗黒魔闘術を学んでいる。
石田雨竜
空座第一高校一年生。滅却師の生き残りとして独自に修行を続けている。
黒崎一心
一護の父。現世では黒崎医院を営む医師だが、かつては護廷十三隊十番隊隊長を務めていた。
井上織姫
一護の同級生。盾舜六花による事象の拒絶を操り、攻撃・防御・治療の全てに高い能力を持つ。
「戸川先生、少々よろしいですか?」
職員室の前で、平子の足が止まった。
……今、誰を呼んだ?
「教頭先生、どうしました?」
横顔を、扉の隙間から覗く。
あかん。声も顔も合うてしもうた。
「急な話なのですが、先生のクラスで転校生を一人、受け入れることになりましてね……」
「編入ですか……。秋のこの時期に来るとは随分と中途半端ですが、親御さんの急な引っ越しですか??」
「ええ……どうやら、そのよう……みたいです」
「…………『みたい』?」
そこで疑わんといてください。
親の都合いう言葉を、素直に信じてくれる先生がよかった。よりによって、この人の受け持ちか。
扉の取っ手から手を離しかける。
帰りたい。
まだ顔は見られていない。いや、ここで帰って何になる。黒崎一護の隣へ潜り込むために、わざわざ制服を着てきたのだ。
一度、頬を緩める。もう少し笑え。口元が引き攣っておる。
「どうも〜、平子言います。今日からお世話に………………あ」
「……………貴様か、平子真子」
「…………戸川先輩…………。い、いや! 戸川先生! 今日からどうぞ、よろしゅう頼んます……!」
「相変わらず、いい面の皮をしているな……」
笑うしかなかった。
◇◇
黒板へ名前を書き終え、チョークを置く。
よし。四文字ともきっちり逆になっている。
「助平(すけべ)の『平』に小野妹子の『子』、真性包茎の『真』に辛子明太子の『子』で、平子真子(ひらこしんじ)言います。以後、よろしゅう」
口の端を上げ、反応を待つ。
さあ、どこから来る。
「ふむ…………見事なおかっぱ頭だが、ほんの少し前は優雅な長髪だった俺の知り合いの子だ。お前たち、仲良くしてやってくれ」
「黒板の鏡文字に一切ツッコまんのかい先輩ッッ!! そこ一番ボケたつもりやったのに!!」
「あははははははッッ!!」
負けた気がする。
いや、競う場面ではない。分かっているが、この人に笑いを持っていかれるのは面白くない。
それに、ほんの少し前っていつや。そんな言い方をせんといてくれ。
黒板を振り返る。鏡文字は放置されている。
後でノートへ写す子がおったら、気の毒やな。
「お隣さんやなあ、仲良くしてや。黒崎君♡」
「ああ、よろしくな」
頬杖のまま、気のない返事。
少し拍子抜けした。こちらの顔より、さっきの自己紹介の方が気になる様子もない。
なら、こちらから慌てて距離を詰める必要はない。椅子を引き、鞄を机の脇へ掛ける。
窓に映る自分の制服姿へ、目が留まる。
……似合わんこともない。
そう思った直後、教壇から視線を感じて顔を戻す。先輩に見られると、なぜか急に座り方が気になった。
◇◇
「平子だっけか? ……戸川先生の知り合いってことはあれだろ、お前も『死神』なんだろ?」
……バレとる……転校初日、自己紹介から五分で完全に見抜かれとる……!
まだ弁当すら一緒に食うてへんぞ。
いきなり死神か、と来るとは思わなかった。もっとこう、趣味は何かとか、前の学校はどこかとか。用意してきた話を一つくらい使わせてほしい。
「有沢さん、わざわざ一般生徒として潜り込んできたんだ。彼には彼なりの、公にはできない理由があるはずだ。まずはそれをじっくり聞こうじゃないか」
「隠しているわけがあるなら……無理に話せないと俺は思うが……」
大きい子、ええこと言うなあ。
そちらへ笑いかけようとした途端、目の前を別の顔に塞がれる。
「平子君!! 平子君って本当に『真性包茎』なの!? ねぇ見せて!! どんな形してるの!?」
近い近い。なんでそんな楽しそうやねん。
「見せられるかいアホゥッッ!! そら可愛い女の子に話しかけられんのは男として無上の喜びやけど、初手からその質問はぶっ飛びすぎやろォッッ!!!!」
つい退いてしまった。
落ち着け。高校生相手やぞ。
戸川先輩の教え子という点は、考えないでおこう。
「――まあ、それはいいとして……ほらよッ!!」
「おっと……!」
鼻先を板が掠める。
首を戻しながら、腹の底で舌打ちした。手を出さなかった分、まだましか。いや、今の一瞬で試された。
「うむ。死神代行証が視認でき、反応して躱したということは……少なくとも貴様、ただの一般人ではないな」
さて、どう返す。
霊が見える体質で通すか。先輩との関係は――いや、そんな細工を聞いてくれる顔ではない。
「なにィッッ!? これが見えると一般人じゃないのかよォォッッ!!??」
「僕たちは……生まれも育ちも普通の一般人のはずなのに……!」
なんや、お前ら。
今はこっちの正体について話しておったはずやが。
「……浅野、小島。お前たち二人のバキバキに割れた筋肉と、無意識に漏れ出ている霊力は……もうどう見ても一般人の枠を超えているぞ」
二人揃って腕を確かめている。
そこで初めて気づくな。服を着る時、袖がきついとは思わんかったのか。
「うむ。それだけの基礎体力と霊力があれば、我が護廷十三隊の隠密機動の下っ端くらいは十分に務まりそうではないか。流石は砕蜂隊長直々の猛特訓だな」
「なっ……あんなに死ぬ気でグラウンドを走らされたのに、まだ下っ端レベルなのかよォォッッ……!!」
そっちで落ち込むんかい。
普通の人間に戻りたい、とは思わんのやな。
「もっと鍛えないと……。いつか、シャオ先生の体を手に入れるその日まで……!」
「相変わらず、動機の百パーセントが不純物でできてるなお前ら……」
あの先輩の嫁に、ようそんなことを言える。
無知って強いなあ。知った後に生き延びられるかは、別の問題になるが。
「………………俺の記憶が正しければ、現世の高校生ってもう少し平和で……殺伐としてはいないはずやったんやけどな……」
笑って誤魔化す顔が、そろそろ疲れてきた。
この子らにとって、あの人の知り合いは死神で当然なのか。
……やっぱり、担任を替えてもらうところから始めるべきやった。
◇◇
「はあ…………はあ…………はあ…………ッ!」
雨竜君。その目つき、親父にそっくりだぞ。
口にしたら怒るだろうな。今はやめておく。
「なあ………雨竜君よ。俺にわざわざこんな危険な修行を頼まなくても、竜弦の野郎に頼めばいいじゃねえか。俺は元死神であって、滅却師の技術なんざ専門外だぜ?」
「良いんです!! あの男に頭を下げるなんて……死んでもごめんだッッ!!」
よくない。死んだら俺があいつに何て言う。
息はまだ整っていない。止めるべきか。
だが、あの目には覚えがある。ここで首を振れば、別の場所で勝手に始めかねない。
息子の友達の無茶を引き受けるのも、親の仕事に含まれるのだろうか。どうも範囲が広すぎる。
「――『滅却師最終形態(クインシー・レットシュティール)』ッッ!!」
手套が外れ、白い光に顔を照らされる。
おいおい。
思っていたより、ずっと強い。
「チッ、相変わらず無茶な真似をしやがる……! 来いッ!!」
「――『卍解』・『剡血月下陣(えんけつげっかじん)』ッッ!!!!」
血が燃える。熱を帯びた腕から炎が噴き、刀身を包む。
飛んでくる矢へ、正面から振り下ろす。
重い。
砕けた光を突っ切って踏み込むと、頬を次の一射が掠めた。速さもある。顔を狙う遠慮のなさには、目を瞑ってやろう。
いかん。つい楽しくなった。
向こうの霊圧が崩れる瞬間を、見落とすわけにはいかない。
剣で二射を払い、足を止める。
来た。
弓の輪郭が薄れる。踏ん張っていた膝が折れかける。
「――『五天拡盾』!!」
五つの光の間で、霊圧が急に膨れ上がる。
「続けて……『双天帰盾』ッッ!! 私は、拒絶するッッ!!!!」
橙色の光が雨竜君を覆う。
途切れかけた霊圧を感じ直し、ようやく息が抜けた。
戻った。
本当に戻しちまった。
目の前で起きたことを、竜弦へどう説明したものか。まず間違いなく、眼鏡越しに馬鹿を見る目を向けられる。
俺だって、見ていなければ同じ顔になっただろう。
「石田君〜! もう少しだよ! 頑張ってーーッ!!」
「……ああッッ!!」
おう。やる気は結構。
ただ、俺の休憩は?
再び迫る矢を斬り払い、横へ跳ぶ。着地した足元を光が抉る。止まる場所を読まれたか。
ならば、と踏み込む速度を上げる。
柄を握る手が熱い。血を燃やして踏み込む。気合は入るが、そろそろ足に来ている。
「……おいおい、俺の卍解も、血を燃やすから結構疲れるんだがな……」
弦が鳴る。
聞けよ。
今のは、もっと撃ってこいという意味ではなかったぞ。
刃で受けた衝撃に、肘が軋む。押し返した向こうで、歯を食いしばる顔が見えた。
……いい顔をするじゃねえか。
ここで休もうと言い出すのも、少々気が引ける。
うちへ来たのだ。頼る先を間違えたとは、思わせたくない。
腹を括って、剣を握り直す。
竜弦。お前の息子は大したもんだぞ。
だから今度、俺にも何か奢れ。
◇◇
数刻後、ようやく剣を下ろせた。
炎が消えると、膝が笑う。座るつもりで腰を落とし、そのまま仰向けに転がった。
空が青い。
立派にやり遂げた気分で眺めたいが、腰が痛い。
「よし…………! これで、完成だ……! 『滅却師最終形態』を発動しても……十五分以内に手套を再び装着し直せば、デメリットを踏み倒して再使用できる!!」
よかったな。
口に出そうとして、先に息が漏れた。今は少し待ってくれ。おじさんにも体力の限界がある。
それにしても、よく笑っている。あのしかめっ面に見慣れていたせいか、ずいぶん幼く感じる。
「石田君すごーい!! これでようやく……私たちの戦力に追いついたね!!」
……ん?
「ああ! ありがとう、井上さんのおかげだ!!」
そのまま喜んじまうのか。
拍手も笑顔も、実に晴れやかだ。
横から口を挟む方が、意地の悪い大人になりそうなほど。
いや雨竜君よ、お前それでいいのか……? 今の井上ちゃんのセリフ……どう考えてもお前のこと見下してなかったか……??
■ 滅却師最終形態
クインシー・レットシュティール
散霊手套を外すことで、周囲の霊子を強制的に支配し、滅却師としての能力を極限まで引き上げる形態。
絶大な力を得る代わりに、本来は使用後に滅却師としての能力を失う重大な代償を持つ。
■ 散霊手套
石田雨竜が使用する滅却師用の特殊な手套。
装着中は周囲の霊子を弾き続けることで、滅却師に高度な霊子集束能力を要求する修行具でもある。
■ 五天拡盾
井上織姫が使用する盾舜六花の応用技。
形成した領域を通過する霊圧の抑制を拒絶し、霊的出力を増幅する。
■ 双天帰盾
対象へ生じた事象そのものを拒絶し、損傷以前の状態へ戻す織姫の能力。
単純な傷の治療だけではなく、条件が整えば霊的な損耗にも干渉できる。
■ 剡血月下陣
えんけつげっかじん
黒崎一心の卍解。
自らの血と霊圧を燃焼させる性質を持ち、高い戦闘能力を発揮する一方、一心自身にも相応の負荷を要求する。
■ 平子真子の転入
秋から空座第一高校へ転入してきた生徒。
戸川古男とは以前から面識があるものの、その詳しい目的や事情については、現時点では一護たちへ説明されていない。