我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
第四十刃。藍染惣右介の命を受けて現世組の偵察を行い、井上織姫と交戦した破面。
井上織姫
空座第一高校一年生。盾舜六花による『拒絶』を操り、攻撃・防御・回復を自在に組み合わせる。
黒崎一護
空座第一高校一年生にして死神代行。現在は十番隊隊長代行も兼任している。
石田雨竜
一護の同級生である滅却師。高い霊子集束能力を持ち、滅却師最終形態の実戦運用にも到達している。
戸川古男
八番隊五席。現世では空座第一高校の教師として一護たちを受け持っている。
藍染惣右介
現在は虚圏を拠点とする死神。十刃を配下に置き、現世組の成長にも強い関心を示している。
「さて、報告を聞かせてもらおうか。ウルキオラ、ハリベル、グリムジョー、ヤミー」
玉座の前で膝をつく。
ウルキオラの指が左目へかかり、眼球を取り出す。残った右目で藍染の顔を見上げると、穏やかな笑みが返ってきた。
「はい。我々は本日、現世にて偵察任務を行いました。……『共眼界(ソリタ・ヴィスタ)』」
掌を握る。
砕けた眼球から細かな霊子が広がった。
井上織姫の顔が浮かぶ。刀を向けた先で、何度も見た笑顔だ。
……次は、あの光を消す。
首を落とすだけでは足りん。回帰が始まる瞬間を捉え、能力ごと潰す。
そうすれば、あの女も笑ってはいられまい。
「現世到着後、約60秒で藍染様のおっしゃっていた特異な戦力――有沢たつき、茶渡泰虎、黒崎一護、井上織姫の四名が襲来。我々は帰刃を使わぬ状態で、しばらく交戦しました」
「うむ。それで?」
「その後、護廷十三隊の隊長格を含む複数名の増援が集結し始めたため、現有戦力では勝機は五分五分と判断。被害の拡大と任務の性格を考慮し、撤退しました」
「ほう……よい判断だ。戸川君たちも駆けつけていたのなら、さもありなん。……それでどうだい? 各々、直に相手をした感想は」
隣で拳が鳴った。
「俺はあのデカブツを絶対にぶっ殺す!!! それだけですッ!!」
……その話は聞いた。
茶渡泰虎の右腕について報告しろ。貴様が腹を立てていることなど、見れば分かる。
「まあ……俺も同じですかね。あのクソガキ、仮面を出してきやがりましたが、あいつはまだ底がある。次は解放状態でぶつかって、完全に叩き潰したいと思います」
「十番隊隊長代行………か。彼の成長速度は、私の想定通り………という訳か」
お叱りはない。あの仮面も、想定のうちか。
「有沢竜貴……。かつて東仙様と素手で渡り合ったというのも納得の力量でした。力だけでなく、あの戦術眼……機会があれば我が配下(フラシオン)に加えたいほどです」
「……………井上織姫の力は………我が軍にとって、極めて有用かと」
「なるほど………プラナリアのような超速再生、いや……事象そのものの回帰か。しかし、あの中では明確に我々を敵と認識し、強い意志を持っていた。……どうやって我々に協力させるつもりだい?」
勝てないと思うほど弱くない。
確かに、そう言っていた。
ならば、負けた時はどうする。あの目でこちらを見上げ、まだ勝つと言い張れるか。
「…………私と彼女は、別れ際に『再戦』の約束をしています。その勝利の対価として、彼女をこちらへ連れ帰ります」
「ケッ! それで言うことを聞くようなタマかよあの女!?」
……貴様には頼んでいない。
自分の相手に勝つことを考えろ。
「手段は問わない。が……ウルキオラ。あまり向こうを刺激しすぎないように。こちらもまだ、全ての準備が整ったわけではないのだからね」
「…………はい。承知いたしました」
一人で会えばよい。
黒崎一護たちも、戸川古男も、相手にする必要はない。あの女を連れ出して決着をつける。
今度こそ、帰刃を見せてやろう。
◇◇
翌朝、辿り着いた部屋で、鞄が足元へ飛んできた。
半歩避ける。
「遅刻遅刻〜ッッ!! やばいやばい!!」
机の引き出しが開き、すぐに閉じる。寝間着の袖が目の前を横切った。
……何をしている。
すぐ傍に立っているのに、目が合わない。
昨日とは違って霊圧を高めていないが、隠してもいない。
それほど慌てる敵が、どこかにいるのか。
「あーー!!! もう! あれどこいったの!? ブラシ! ヘアブラシ!!」
机の上へ目を落とす。
ノートの下から、柄が突き出ていた。
そこにあるだろう。
「――そら」
抜き取って差し出すと、すぐに手から消えた。
「ありがとう!!! ああっ、しかも今日の英語の宿題やってないよー!!」
……今度は何だ。
振り返った先で、空欄だらけのノートが開いている。隣の問題集を指で起こし、設問に目を通す。
これを埋めればよいのか。
ペンを拾い、椅子へ腰を下ろす。
背後では引き出しの開く音が続いていた。何かを落とした音に、短い悲鳴が重なる。
少し静かにしろ。
一問目の答えを書き、二問目へ移る。
戸川古男の名が印刷されているので警戒したが、解読の必要はなかった。
問われていることも、答えるべき内容も分かる。
……報告書も、こう書け。
最後の一行を埋め、紙を押さえていた指を離す。
「――やっておいたぞ。ほれ」
「よし……!! これで大丈夫!! 助かったよー!!」
ようやく済んだか。
椅子から腰を上げ、刀の柄へ手を置く。
「では、俺との再戦を………」
「遅刻しちゃう〜!!!! 行ってきまーす!!」
目の前を食パンが通り過ぎる。
咥えたまま靴へ足を押し込み、ドアノブへ手が伸びた。
待て。
扉が閉まる。
足音が遠ざかり、部屋には物音がなくなった。
「…………………? 俺に、全く気づいていない……??」
……馬鹿な。
物を受け取っただろう。声も聞いたはずだ。
机にはブラシが置かれていた。ノートも鞄も消えている。
使う物は忘れずに持っていったらしい。
…俺を忘れるな。
◇◇
「ふんふふふ〜ん♪ あれ? 今朝、部屋に誰かいたっけ? 椿鬼ちゃん?」
「ちげーよ!! てかてめえ、あの霊圧に気づいてね〜のかよ!! 殺されるぞ!!」
そうだ。貴様の主に教えてやれ。
「だってみんながいつも手伝ってくれるから、小人さんかなーって……」
……小人ではない。
この顔を見忘れたのか。昨日、何度向き合ったと思っている。
横へ並び、同じ速さで地面を蹴る。
「……………いくら何でも、もう少し周囲を警戒したほうがいいと思うぞ。女」
「あ! ウルキちゃん!!」
「……………ウルキオラだ」
「さっきはブラシ探してくれて、宿題も手伝ってくれてありがとう〜! ほんっと助かったよ〜!」
……礼はよい。
そうやって笑うな。何をしに来たか、まだ聞いていないだろう。
「……礼には及ばん。だから、約束の再戦を………」
「学校終わったらね〜〜!! じゃあ後で!」
急に速度が上がる。
門の向こうへ姿が消え、上履きを手にした腕が一度こちらへ振られた。
その手を見送り、足を止める。
……またか。
学校が終わるのは何時だ。
追って首根っこを掴むことはできる。だが、騒ぎ始めたら、あの教師にも気づかれる。
藍染様の命に背くつもりはない。
待てば戦うのだな。
ならば、待とう。
◇◇
教室の後ろで腕を組む。
井上織姫の席は、ここから見えた。
鞄からノートを取り出し、隣の生徒と話している。椅子に座ってしまえば、朝ほど忙しくはないらしい。
今なら話せるか。
足を動かしかけたところで、廊下から戸川古男の霊圧が近づいた。
……授業とやらが始まるのか。
壁へ背を預け、動くのをやめる。
黒崎一護の顔が、少しこちらへ向いた。目が合う直前に前へ戻る。
次は眼鏡の男が振り返りかけてやめた。
何なのだ、貴様ら。
茶渡泰虎も、有沢竜貴も、こちらの気配を探っている。来る気があるなら、最初から来い。
「………なあ、水色。あの教室の後ろに立ってる、虚ろな目をした白いお方は一体……誰なんですかね……??」
「……見ないでおこう、啓吾。目があったら確実に殺される気がする……」
……殺さん。貴様らに用はない。
「……………気にするな。他の一般の人間どもには、俺の姿は見えない。授業に集中しろ」
「僕たちにはバッチリ見えちゃってるんですけど…………」
「ほう。霊力は高いのだな、喜ぶといい」
「いや…………見えちゃうから怖いっていう、そういう問題なのか……!? ツッコミ待ちか!?」
うるさい男だ。
井上織姫も、その隣で笑っている。こちらを見るたびに、小さく手を振ってくる。
振らなくてよい。そこにいることは分かっている。
「クックック!! 良いか愚民ども!! 今日の『暗黒英語』の題材はまさにこんな時だ!!」
黒板へチョークが走る。
古男の顔が一度こちらへ向き、口元が吊り上がった。
……何だ。
「『もしも、世界を滅ぼす悪魔が教室の後ろに突然現れたが、他の皆には見えなかったとしたら!! 貴様はどうする!?』」
「おー! また戸川先生のオリジナル暗黒構文だ!!」
俺のことか。
世界を滅ぼすなどと言った覚えはない。
貴様の教え子に待てと言われたのだ。用が済めば帰る。
「What if a world-destroying demon suddenly appeared at the back of the classroom—but no one else could see it?! What would you do?!」
刀を抜く気はないらしい。
……随分と余裕があるな。
昨日も、こちらの撤退を見送っていた。藍染様の名も、崩玉の名も、平然と口にした。
何を知っている。どこで知った。
「この仮定法過去の構文、明日の小テストに出すぞ〜!!」
「これを試験に出すのか!! と言うか戸川先生ッ!! 貴様は後ろにいる本物の破面にツッコミは入れないのかァァッッ!!」
「ルキアよ!カーカッカッカッカ!! 悪魔とて、交わした『契約』は律儀に守るものだ!! ただ待っているだけの行儀の良い悪魔を狩る理由はないッッ!!」
「おおーーーーッッ!!! かっけぇーーーッッ!!!」
「……もう嫌だこのクラス……」
……承知しているのか。
ならば、話は早い。あの女が席を立ったら、こちらへ寄越せ。
黒板の横の時計へ目を移す。
針は、ほんの少し動いていた。
遅い。
これほど待たせておいて、再戦を忘れたとは言わせんぞ。
◇◇
昼を告げる音が鳴り、鞄から別の包みが出てきた。
教室を出る女の後を追い、階段を上がる。
屋上の扉が開いた。
ここで戦うのか。
結界はない。ならば、場所を移す必要がある。
「ウルキちゃんも一緒にお昼食べよー!」
「ウルキオラだ」
……食事か。この次は何だ。眠るのか。
差し招く手を見下ろしていると、横から黒崎一護の声がした。
「…………で、テメエ。マジで何をしに学校まで来やがったんだよ」
「昨日、この女と約束しただろう。『また遊ぼう』とな」
「えっ! わざわざ約束を守るために来てくれたの!? やったー!!」
「うむ。お前が『学校が終わったら』と言ったから、待機していただけだ」
「……そんなニュアンスの約束だったか……??」
「まあ……確かに井上は『また遊ぼう』とは言っていたが……そこまで律儀だとは……」
「僕がいない間に、一体この破面となんて関係を築いているんだ井上さんは……」
……本人に聞け。
あの女は納得している。貴様らの許可を取りに来たのではない。
「……おいウルキオラ。俺たちと今ここで戦う気はねえのかよ?」
「藍染様より、『護廷十三隊を過度に刺激するな』と厳命されている。こちらの目的はあくまで再戦の約束を果たすことだ。井上織姫以外と遊ぶ予定はない」
「ダメだよ〜ウルキちゃん! フルネームで『井上織姫』なんて呼ぶの、すごく余所余所しいよ!! 友達でしょ!」
「…………まあ……敵だからな、一応……」
織姫、と呼べばよいのか。
お前も俺の名を正しく呼べ。何度教えれば覚える。
弁当箱を寄せ、空いた場所を掌で叩く手が見えた。
腰を下ろし、中身へ目を落とす。
「……織姫。もし俺が食卓を囲むのであれば、そこには『人間の魂』があるべきだろう。用意してはもらえないか?」
「テメエふざけんな!! 誰がエサなんて――」
「それはないなあ………あ! そうだ! 石田君!」
「へ……? ぼ、僕かい?」
「石田君、この前の特訓でマスターした『滅却師最終形態』を使って、周りの霊子をギュギュッと集めて『霊子のおにぎり』を作ってみてよ!! それならウルキちゃんも食べられるかも!!」
「ば、馬鹿なッ!! 最終形態をそんな炊き出しみたいなことに使うなんて……それに、敵の破面に霊子の塊を食わせたら強化することになりそうなんだけど!!」
「……心配は無用だ。霊子程度の食事では、俺の戦闘力にさして変化はない」
「いやそういう問題じゃなくてね!?」
では、何を心配している。
食わせる気がないのなら、そう言え。
「頼む石田……。こいつに人間の魂を食われるよりマシだ。握ってやってくれ」
「……くそっ!! 滅却師の誇りが……ッ!!」
手套が外れた。
周囲の霊子が引き寄せられ、白い光が屋上を照らす。
……ほう。これほど集められるのか。
昨日、この男はいなかった。戦場へ出ていれば、こちらの相手も増えていたことになる。
藍染様にお伝えしなければ。
掌の中で、光が小さく固まっていく。
一度押し潰し、形を整え、また握る。指の間から漏れる霊子の量が減った。
……まだ粗いな。
外側を固め過ぎている。内側へ均等に回せ。
「はい、ウルキちゃん! どうぞ!」
受け取った端から、粒が落ちた。
口へ運び、一口齧る。
固い部分が崩れ、その奥は妙に軽い。
「どう? 美味しい?」
残りを指で挟み直す。
少し力を加えただけで、側面に亀裂が入った。
「……パサパサして味気ない。霊子の密度にムラがあり、塩味も全く足りていないな。エサ以下の、ただの廃棄物だ」
「――なんだとォォッッ!!!!」
……聞こえなかったか。
同じことを二度言わせるな。
「僕の滅却師としての霊子収束技術を愚弄したなッ!! 良いだろう……土下座して『美味しいです』って泣いて言うまで、極上の霊子おにぎりを握り続けてやるッッ!!!!」
「おい馬鹿やめろ雨竜!! 相手は破面だぞ!! 霊子食わせまくったら絶対に強くなるだろ!!」
新しい塊が差し出された。
今度は端から崩れない。中に空洞もなく、歯を入れると滑らかにほどけた。
できるではないか。初めから、こう作れ。
食べ終える前に、次の一個が置かれる。
こちらも悪くない。わずかに密度が増しているが、固さは増していない。
次を取る。
……分かった。食おう。
口へ運ぶたびに、織姫の顔が近づく。
感想を待っているらしい。
まずいとは思わない。
ただ、泣いて頼むほどではない。そんな顔で見られても、評価は変えられん。
空いた手へ、また一個。
黙って受け取ると、満足そうに頷く顔が離れた。
これなら食べられる、とでも思っているのか。
喉へ落ちていく霊子を感じながら、その笑顔を見返す。
……お前は、本当に分からん。
最後の一個を食べ終える頃には、向かいの肩が大きく上下していた。
手套が左手に戻り、白い光が消える。
黒崎一護の視線がこちらへ向いた。
何だ。その顔は。
指先へ霊圧を通すと、来た時よりわずかに出力が増していた。
……なるほど。
もう一度手を握り、何事もなかったように膝へ戻す。
織姫の弁当箱には、まだ食べ物が残っていた。
早く食え。
俺の用は、まだ一つも済んでいない。
■ 共眼界
ソリタ・ヴィスタ
ウルキオラが自身の眼球を媒介として使用する情報共有能力。
自らが目撃した光景を他者へ直接提示することができ、偵察結果の報告にも利用される。
■ 滅却師最終形態
クインシー・レットシュティール
散霊手套を外すことで、周囲の霊子を極端な精度と規模で集束・支配する滅却師の極限形態。
本来は重大な代償を伴うが、石田は現在、その運用方法を独自に発展させている。
■ 霊子おにぎり
石田雨竜が高密度に集束した霊子を、食物のような形状へ圧縮したもの。
本来の滅却師技術にこのような使用法が存在するわけではない。
味や食感については、製作者の霊子集束精度に左右されるらしい。
■ 暗黒英語
戸川古男が空座第一高校で展開する独自の英語授業。
通常の英文法を、異常事態や戦闘、世界滅亡などの極端な例文へ置き換えて教える。
教材の内容そのものは、古男が作成する暗号報告書と異なり、普通に解読可能。
■ ウルキオラと織姫の「約束」
前回の別れ際、織姫がウルキオラへ「また遊ぼう」と声をかけ、ウルキオラも「またな」と返答した。
その言葉をウルキオラ本人は、次の戦闘を約束したものとして解釈している。