我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
護廷十三隊五番隊隊長。死神・緋山雷太と虚・ガルムルドの魂が融合して生まれた存在であり、両方の名と過去を自らのものとして生きている。
アーロニーロ・アルルエリ
第九十刃。取り込んだ魂や霊子の情報を利用し、その姿や能力を自身のものとして扱う特殊な破面。
斬魄刀・漂泊
雷太が長年使用してきた斬魄刀。死神としての雷太とともに数多くの戦いを経験している。
緋山染華
雷太の母。十一番隊十席。雷太にとって、現在もかけがえのない家族である。
狭山薫子
三番隊隊長。長年にわたり雷太へ想いを寄せており、雷太自身も少しずつ彼女へ向き合うようになっている。
日番谷冬獅郎
十番隊隊長。雷太とは古くからの同期であり、互いの実力を意識する間柄。
喉へ泥が入り、咳と一緒に血が漏れた。
口を閉じる。鼻から吸おうとして、そこにも液が流れ込んだ。
……ここで、終わるのか。
こんなことになるとは思わなかった。十刃の座を貰うつもりだった。
数字を入れて、帰ったら見せてやろうって。
俺は………所詮は…………死神の魂を喰らった虚に過ぎない?? 無様にも…………心を半端に乗っ取られただけなのか……??? そうか………だからか………?? 俺は………まだ…………何も……………………
◇◇
いきなり呼び出されて、何の用かと思えば。
「俺が隊長………ですか!?」
「うむ」
総隊長の目が、真っ直ぐこちらへ向いていた。
「いえいえ! まだまだですよ……!! いえ!! いずれは貰いますけど、卍解だってまだ……」
出来ねえんですよ。そう言えば、今日は帰れる。
いずれやります。それなら嘘にもならねえし、総隊長だって。
「お主がやる気を出したなら推薦するという隊長ばかりじゃ。日番谷隊長も、きっとそうするじゃろうて」
冬獅郎も。あいつなら、そう言うかもしれねえ。
馬鹿にするつもりじゃなく、本気で。
早く来いって。こっちの顔を見て、当たり前に。
は? …………俺は………怠けていただけだったのか……??
冬獅郎に先を越されたのを、悔しくないフリをして逃げていただけだったのか……?
喉が痛んだ。
咳をしても、泥は出てこない。
◇
母さんの顔が浮かんだ。
「どうしたの? 雷太………いつもなら甘えてくるのに……」
膝へ、いつもなら頭を預けていた。
髪を撫でられて、飯はまだかと聞いて。
少し大きくなっても、その場所は空けてくれていた。
そんな顔をするなよ。
いつもと違うって、分かってなかったのか。
「親離れする歳なんだよ!! 母さんもとっとと再婚しろ!!」
「あらあら……頼もしくなっちゃって…」
笑ってくれた。それでいいと思った。
母さんが喜ぶなら、俺も。
……本当に、俺も喜んだのか。
膝に戻らなくなったのは、帰る場所がなくなったからか。
それとも、俺から離れただけなのか。
母さん…………俺は…………本当の息子では………ない……………のか…………
胸を押さえたかった。
そこにあるはずの顔も、声も、胸の穴に消えていく。
俺を見つけたら、母さんは名前を呼ぶ。
雷太って。
今だって、帰れば。
……帰れるのか。
◇
母さんの顔が見えなくなった。
今度は、前髪を上げた薫子の顔があった。
「雷太くん…………振り向いてくれて…………嬉しい…………」
指先を絡めたまま、下からこちらを見上げていた。
何をそんなに緊張してやがる。俺相手に。
「何だよ? 女として努力してくれたらって言ってるだろうよ!」
「そんなふうに言ってくれるなんて………初めて………。だから……狭山薫子は、三番隊隊長になる決意をしたんだよ?」
初めて。
その言葉が、引っかかった。
俺は知っている。
昔から、あいつは俺を見ていた。
知っていたのに、あんな顔で笑ってくれたのは。
そうか……………緋山雷太とは、そういうやつだったのか? …………薫子…………
女として努力しろって、言った。
俺のために、あいつは。
だったら俺も、あいつの前で。
……そんなことすら、俺は、緋山雷太は言わなかったのかよ。
また、笑ってごまかすのか。
帰れたら、あいつにも。ちょっと相手が悪かったって。
……帰って、何になる。
薫子の言葉が、もう一度浮かんだ。
あいつが待っていたのは、俺じゃなかった。緋山雷太だ…。
母さんの膝も。
冬獅郎の隣も。
緋山雷太が座る場所だった。
俺は、そこへ座った。
何も知らない奴らの前で平然と笑って。
◇◇
泥を噛む。
歯の間に入り込んだ感触から、別のものを思い出した。
逃げる魂魄を追った。
捕まえた時、口の奥が勝手に緩んだ。
泣いていた。何かを叫んでいた。
聞いていたはずなのに、言葉が一つも浮かばない。
弱い。遅い。逃げ切れるわけねえだろ。
口を開き、喰らいついた。
抵抗が消えると、穴の空いていた所が満たされた。
力が増えた。次は、もっと強い奴を。
……楽しかった。
楽しかった。
腹いっぱいになって、まだ獲物を探した。
あそこで逃げる奴を、次に喰おう。
追いついた時の怯えた顔を、もう一度見たい。
その時の笑い方を覚えている。
口を大きく開け、声を出して笑った。
誰に聞かれようと、どうでもよかった。
俺だった。
ガルムルド・ジュードスタイン。
魂魄を喰って、また強くなった。
雷太を喰った時も。あいつの記憶が、胸の中へ入ってきた時も。
手に入れたって、喜んだんだ。
……母さん。
喰った奴の母親を、そう呼んだのか。
薫子の前で笑ったのも、あいつの顔を借りて。
口元が震える。吐き出したい。
腹の底から、全部。
思い出すたびに、あの時の満足が戻ってくる。
◇◇
別の顔が浮かんだ。
鏡の前に立つ、仮面のない顔だった。
今の顔じゃない。
雷太の髪も、八重歯もなかった。
まだ人間だった頃だ。
笑い声が聞こえていた。
そちらへ顔を向けても、輪に入る言葉は出てこなかった。
何でもないふりで目を逸らした。
帰ってから、言えばよかったことを何度も考えた。
面と向かって言えなかった悪態は、幾らでも出た。
俺を見下しやがって。何も知らねえくせに。
いつか、こっちを見て驚けばいい。
……いつかって、いつだ。
覚えている。
何も起きない一日が嫌だった。変わるのは怖かった。
誰かが楽しそうにしていると、腹が立った。
自分から話しかけることも出来ず、嫌な顔をして。先に諦めて。
死んだ後、喰う側になった。
逃げるのは相手になった。追いかけ、捕まえ、好きなように喰った。
その時、嬉しかった。
雷太は、そんな奴じゃない。母さんに甘えて、女に囲まれて。
冬獅郎に負けたと笑い飛ばせる。
俺は、あんなふうに笑えなかった。
誰かに好かれていると思えなかった。
だから、貰ったのか。
顔も、名前も。
笑って迎えてくれる母親も。
俺を見てくれる女も。
全部、喰った奴の物だった。
戻ったら、母さんは抱きしめるかもしれない。
どんな口で、また母さんと呼ぶ。
あの腕の中で、何を隠して笑う。
……帰れねえ。
俺は緋山雷太じゃない。
あの顔を使って、息子のふりをした。
隊長にだって、なれた。それを、俺の力だと。
同じ顔に、負けた。体に残った記憶に、何も言い返せなかった。
俺には何がある。
魂を喰った喜びと、人間だった頃の惨めさと。
……もう、思い出したくねえ。
柄を握る力が緩んだ。
肘も、膝も引かなかった。
泥に押されるまま、肩が沈んでいく。
……もう、どこにあるのか分からねえ。
刀を握る手を思い浮かべる。
その指の形が、うまく浮かばない。
少し前なら、考えなくたって動いたのに。
「……………え」
声がした。
遠くから聞こえる。泥の向こうか、耳のすぐそばか。
「ん……?」
「………………かえ」
「なんだ……………これは……………」
舌が重い。
喉を動かすと、口の中へ泥が入った。
誰だ。
俺を呼んだのか。
喰われる前に、言いたいことがあるなら。
胸の穴が一度、強く脈打った。
「たたかえ……」
何だって。
「――戦え!!!!」
耳の奥が震えた。
閉じかけた目を開く。
「お前……………『漂泊』……………」
握っている。
まだ、ここに。
掌の感触を探ると、指に柄が触れた。
離してなかった。こいつを、俺は。
「貴様の心は………どこにある!?」
「ああ……………俺の………心…………」
母さんに会いたい。
薫子の顔を見たい。
冬獅郎が目を覚ましたら、今度は俺が先に立ってやりたい。
誰に聞かなくたって、そう思う。
目の前に俺と同じ顔がいたからって、いまの気持ちは。
◇◇
そうだ…………俺は…………変わるきっかけを探していたんだ………。悔しくないわけがない………。母さんには素直になれない……。薫子にはもっと上に……、俺が誰よりも強くなるから……!!!!
掌が擦れ、皮膚が裂けた。
それでいい。
どこに手があるのか、分かる。
この手で、刀を。
「ふん…………飲み込まれたか………口ほどにもないガキめ…………」
……勝手に終わらせるな。
俺は………………もう…………緋山雷太ではないかもしれない…………けど……………
昔と違うことが、そんなに悪いか。
母さんに甘えなくなった。
光四郎の邪魔をしなくなった。
薫子を見て、あいつにも上へ来てほしいと思った。
どれも、俺が選んだ。
誰かに言われて変えたわけじゃない。
魂魄を喰って、笑ったのも俺だ。
人間だった頃、何も言えずに帰ったのも。
あれを思い出したからって、母さんに会いたい気持ちが消えるか。
薫子に、知らねえ女だと言えるか。
……言えるわけねえだろ。
「ん? まだ消化されねえのか??」
うるせえ。
今、考えてるんだよ。
否定されるたびに、何で黙った。自分の顔で言われたからか。
俺ならそう思うはずだって、あいつの言葉を信じたのか。
俺のことを、俺より知ってるつもりでいやがる。
俺は………緋山雷太……! ガルムルド・ジュードスタイン!!!! どちらも…………捨てられない…………。捨てたいと思ったこともない!!!!!
喉から泥を押し出す。
肩の傷から霊子が漏れた。散りかけた粒へ意識を向け、刀を握る手へ引き寄せる。
まだある。
俺の力は、ここにある。
冬獅郎。
隊長になったお前を見て、悔しくなかったはずがねえ。
俺が本気を出せばって、何度思った。
なぜならよ……………これが!!! 俺の待っていた、本気を出す時だからだ!!! 俺が本気を出せば……?? いつ出しやがる!!! ――今だ!!!!
腕を引いた。
肘が動いた途端、胸に詰まっていた泥が口から流れた。
柄を握り直す。今度は五本とも曲がる。
「……………卍解……………」
「なっ!!!?」
俺は、ここにいる。
霧が掌を包み、刀身に沿って広がった。
腕を絡めていたものが、粒になって崩れる。
「……………斯く漂泊らうならば、須らく揺籃にほどかれらんかし《かくさすらうならば、すべからくようらんにほどかれらんかし》」
目の前の肉に、白い線が走った。
裂け目から霧が噴き出し、その周りの霊子がほどけていく。
踏み込む。
もう一歩、足を出す。
裂け目から、広間の床が見えた。
「ぐううおおおおおおッッ!!!!!!」
右の頬を覆う硬い感触へ、指先を滑らせた。
……こっちも、出てきたか。
仮面を剥がす気にはならなかった。
目の前では、残った肉が後ろへ退いている。
さっきは、あんなにでかく見えた。
いまは、その動きがよく見える。
どこから来る。刃か。それとも、虚閃か。
痛みは残っているが、腕は動く。
胸の奥から上がってくる力を、止めたくなかった。
「今………すごくいい気分だ。今なら…………お前の首だって簡単に取れそうだよ……まるで………花を摘むようにな」
「抜かせえ!!!! 喰らえッ! 『虚閃(セロ)』ッッ!!!!」
真紅の光が膨らんだ。
霧の向こうで、こちらへ狙いが定まる。
ああ、そうか。それを撃つか。
「無駄だ……………」
光が霧に触れた。先端から崩れ、散った粒が周囲へ広がる。
後ろから押し寄せた霊圧も、同じ場所でほどけていった。
眩しさが消える。白かった霧に、朱色が混じった。
指先を動かす。霧の流れが変わり、眼前の顔へ向かって集まった。
分かる。どこに、どれだけあるか。
あいつが撃ってきた力も、散らさずに。
……返してやる。
「――朱奏雨槍(しゅそううそう)…………」
頭上で、朱い粒が細く集まった。
針が並び、その間に長い槍が形を取る。
指を下ろす。
一斉に落ちた。
避けようと伸びた触手を、朱い槍が貫いた。
その先も、付け根も、霊子へほどけていく。
残った触手がこちらへ伸びた。
その前へ新しい針を落とす。先端が、途中で崩れた。
左へ退こうとする足元にも、槍を立てる。
まだ逃げる気か。
さっき俺を押さえ込んだ腕は、もう上がらねえのかよ。
同じ顔を見ても、刀を握る力は緩まない。
そこにいるのは、俺を喰おうとした奴だ。
「ぎゃああああああああああッッ!!!!!!」
さっきは、俺が動けなかった。
いまは、そっちか。
瞬歩で詰める。
もういい。
お前の話は、聞いた。
左の掌を眉間へ向ける。
指先に霊圧を集め、その奥へ赤い光を重ねた。
母さんが、俺を呼ぶ。
薫子が、俺を見る。
それを思い出した時、胸が痛むのも、嬉しくなるのも。
俺だ。
「終わりだ……………。その座は俺様が貰う。この破面………ガルムルド・ジュードスタインがな!!!」
「――『虚閃(セロ)』ッッッッ!!!!!!」
黒と赤の光が、眼前を覆った。
砂が足元から吹き飛び、羽織が背後へ引かれる。
左腕に反動が響く。
そこにあった霊圧が、急速に薄くなった。
光が消える。
煙が流れ、床が見えた。
同じ顔は、もうなかった。
しばらく、その場所を見ていた。
悪態も、笑い声も聞こえない。
……終わったか。
探査神経を広げる。
すぐ目の前にあった気配は、消えていた。
◇
生きてる。
俺は、ここに立ってる。
朱い霧を呼び戻す。
床に残っていた槍が崩れ、細かい粒になって浮かんだ。
周囲の霧と合わさり、ゆっくり手元へ集まってくる。
頬に触れる。
白い仮面が指先で崩れ、砂になって落ちた。
剥き出しになった右頬へ、広間の空気が触れる。
戻った刀身を見下ろす。
映った顔は、よく知った顔だった。
母さんに、この傷は見せられねえな。
帰る前に、治しとかねえと。
薫子にも。
十刃になってきたって言ったら、あいつはどんな顔をするだろう。
言えるわけないか。
冬獅郎が起きたら、言ってやろう。
俺も本気を出したぞって。
ありがとうよ、漂泊。
聞かれて、ようやく分かった。
空いた手を胸へ当てる。
掌の下で、穴はそのままに、鼓動が続いていた。
「…………………心は………ここにある」
■ 卍解
『斯く漂泊らうならば、須らく揺籃にほどかれらんかし』
かくさすらうならば、すべからくようらんにほどかれらんかし
緋山雷太の斬魄刀『漂泊』が到達した卍解。
周囲へ霧状の霊子を展開し、その霧へ触れた霊子的構造を「ほどく」能力を持つ。
始解『漂泊』が接触した対象の霊子的構造を分解する性質を持つのに対し、卍解ではその作用範囲が霧そのものへ拡張される。
アーロニーロの肉体や触手だけでなく、放たれた『虚閃』のような霊圧攻撃さえ、霧へ触れた部分から霊子単位へほどくことが可能。
さらに、ほどいた霊子を単純に消滅させるのではなく、雷太自身がその位置と量を把握し、再び集束・再構成して利用することができる。
敵が放った霊圧すら、自らの攻撃へ転用可能。
雷太自身が「死神・緋山雷太」と「虚・ガルムルド」という異なる存在を一度ほどかれながらも、一人の存在として再び己を定めたことで到達した卍解でもある。
■ 朱奏雨槍
しゅそううそう
卍解状態の雷太が使用する攻撃技。
霧によってほどかれた霊子を朱色の針や長槍として再集束し、上空から一斉に降らせる。
自身の霊力だけでなく、敵の攻撃を分解して得た霊子も形成材料として利用可能。
アーロニーロ戦では、相手が放った『虚閃』を霧によってほどき、その霊子を取り込んで多数の朱い槍へ変換した。
■ 卍解と雷太
この卍解の「ほどく」という性質は、雷太自身の存在とも深く重なっている。
緋山雷太。
ガルムルド・ジュードスタイン。
死神。
虚。
どれか一つだけを本物として残すのではなく、一度その境界をほどいた上で、その全てを現在の自分として受け入れる。
その精神的な到達と同時に、斬魄刀『漂泊』もまた新たな段階へ到達した。