我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
自称「護廷十三隊十四番隊隊長」。現世では空座高校の臨時英語教師「GTT」。本日は拉致してきた砕蜂をお姫様抱っこしながら、堂々と「妻」として学校に紹介するという暴挙に出る。巨乳の年上女傑が好みだが、砕蜂のことも満更ではない様子。
戸川梢綾(とがわ しゃおりー) / 砕蜂(ソイフォン)
二番隊隊長・隠密機動総司令官。古男に拉致され、空座高校の「体育教師」かつ「戸川の妻(産休明け)」という無茶苦茶な設定を押し付けられる。古男のマッサージには抗えず、公衆の面前で変な声を出してしまう。
黒崎一護(くろさき いちご)
空座高校1年。古男の破天荒すぎる振る舞いに呆れつつも、時折見せる「大人としての真剣な顔」に戸惑いを感じている。
石田雨竜(いしだ うりゅう)
一護のクラスメイト。GTTの狂った設定と茶番劇に対し、今日も教室中に響き渡る声で的確なツッコミを入れる。
朽木ルキア(くちき るきあ)
十三番隊隊士。転校生として潜入中だが、雲の上の存在である二番隊隊長の突然の登場に肝を冷やす。
朝のホームルームを告げる時刻、一年三組の廊下から聞こえてきたのは、いつもの重々しい足音だけではなかった。
カツーン……カツーン……。
パイプオルガンに歪んだエレキギターが重なり、誰もが知っている結婚行進曲が、どうしてこうなったのか分からないほど禍々しい編曲で教室へ迫ってくる。
一週間もGTTの担任生活に付き合わされてきた生徒たちは、もう足音が聞こえた段階で会話をやめていた。
ドガーーーーん!!
勢いよく開いた扉の向こうから後光が差し込んだ。
そこには当然ながら古男がいた。
ただし、一人ではなかった。
「クックック………おはよう諸君!!」
白衣を翻して仁王立ちする古男の腕には、小柄な女性が抱きかかえられていた。
俗にいうお姫様抱っこの形である。
黒髪の女性は古男の首に腕を回すどころか、全力で抜け出そうと暴れている。
「ええい! 離せ貴様!!! 生徒の前で恥ずかしいとは思わんのか!!!」
「カーカッカッカッ!!!! お前はこうすれば黙るだろう!!」
古男の指が肩へ触れたかと思うと、そのまま首筋から背中へ滑り、腰へ至るまで淀みなく動いた。
暴れていた身体から急に力が抜け、振りほどこうとしていた手まで古男の胸元を掴んだまま止まる。
「っ!? な、何を……うん……あ……、……はん………♥」
男子も女子も、誰一人として隣を見ることができない。
古男だけが平然と肩甲骨の際を押している。
一護は耐え切れず椅子を蹴るように立ち上がった。
「あ…………先生!! なんなんだ……ですか! その人は!!」
その横では石田も立ち上がり、いつでも警察へ通報できそうな勢いで古男を睨んでいた。
「まさか生徒を拉致してきたんじゃ……!! 犯罪ですよ!! 警察を呼びますよ!!」
「クックック………失礼な。これは私の愛しき『妻』だ!! 戸川 梢綾(とがわ しゃおりー)と言う。まあ、私は『蜂の子』と呼んでいるがな」
「え? 蜂の子……?」
教室のあちこちから同じ言葉が返ってくる。
「クックック………蜂の成虫には見事なくびれがあるが……転じて蜂の子(幼虫)には、胸も……尻も……くびれも……」
「死ねえええええ!!!!!」
次の瞬間には手刀が古男の急所へ突き込まれていたが、当たる直前で古男の上半身がぐにゃりと横へ折れた。
さらに二撃、三撃と続く手刀も、身体の軸が存在しないような妙な動きですり抜けていく。
何事もなかったように教壇へ戻った古男は出席簿を開いた。
「……というわけなので、彼女には今日から『体育教師』として来てもらうことになった。今までは『産休』で休んでいたのでな」
一護が目を剥いた。
「なっ…!! あんた、子供いたのか!!」
梢綾も目を剥いた。
「わ、私達に子供がいたのか!!!?」
石田は机を叩いた。当然である。
「なんであんたが驚くんだ!!! 大丈夫か!? 本当は無理やり拉致されてきたんじゃないのか!!?」
「クックック。石田よ、我を何だと思っているのだ」
「イカれた厨二病だと思っているよ!!」
教室中の首が、ゆっくり同じ方向へ頷いた。
古男はそれを見ても特に傷ついた様子はない。
梢綾だけが急に大人しくなった。
「え……と……。その……だな。」
指先が落ち着かない。
視線は古男にも生徒にも向かず、床の辺りを行き来している。
「……つ、妻であることは……事実、だ」
あまりにも顔が赤い。
しかも否定するどころか、自分から認めた。
男子の何人かが小さく「ああ……」と声を漏らし、女子たちも妙に納得した顔になる。
教室の隅では、唯一事情を知るルキアが今にも立ち上がろうとしていた。
「はっ!! 砕蜂…隊……っ!!」
「……君は、朽木家のご令嬢じゃないか。」
笑ってはいない。
怒鳴ってもいない。
それなのに、ルキアの額から一気に汗が噴き出した。
「…………」
ルキアは何度も頷いた。
コクリ、コクリ……。
皆が二人の間で何が交わされたのか分からず眉を寄せていた。
◇◇
梢綾が体育教師として空座高校へ来てから数日が経った。
校庭では笛が鳴り、生徒たちが一斉に走り出していた。
「そこ! 歩幅が崩れている!! 無理に前へ出ようとするな!!」
声が、広いグラウンドの端まで通る。
生徒より遥かに小さい身体でありながら、走れば誰も追いつけず、跳べば男子生徒より高く、見本として投げたボールは学校側が想定していた場所よりはるか先まで飛んだ。
そして授業でやらせる内容そのものは、ごく普通だった。
準備運動の時間も、走る距離も、種目ごとの時間配分も崩さない。
職員室の机には学習指導要領と年間指導計画が並べられ、付箋まで細かく貼られている。
「戸川先生、もう全部確認されたんですか?」
同僚教師に尋ねられ、梢綾は当然のように答えた。
「任された以上、規定を把握するのは当然だろう」
そのまま次の授業へ向かっていく背中を、教師たちは感心したように見送った。
一方、夫ということになっている男の授業は、何日経っても何一つ落ち着かなかった。
「聞け若人よ!! 仮定法過去とは、叶わぬ現在への嘆きである!!」
教室に雷鳴が響き、黒板には巨大な文字で、
If I were...
と書かれる。
「『もし俺が貴様だったならば』!! だが俺は貴様ではない!! ここに人間の孤独がある!!!」
「先生、普通に説明してください!!」
石田が叫んでいる。
それでも試験をやれば点数は上がった。
古男の説明は余計な演出さえ我慢すれば頭に残り、一度理解できなかった生徒には別の例を使い、さらに駄目ならまた別の説明を持ってくる。英語を苦手としていた生徒まで平均点を越え始め、職員室では古男の授業を見学したいという教師まで現れた。
三者面談になると、また別の問題も起きた。
「先生、本当にお若いんですねぇ」
向かいに座った母親が、先ほどから妙に身体を前へ寄せている。
「クックック……時というものは我が魂の前では無意味よ」
「戸川先生って、お休みの日は何をなさってるんです?」
「深淵を眺めている」
「まあ、お洒落」
「どこがだよ……」
母親は気にせず話を続け、ついには携帯電話の番号を書いた紙まで机の端へ置こうとした。
その時だった。
廊下の向こうに梢綾が立っていた。
何も言っていない。
ただこちらを見ている。
母親の手が止まる。
梢綾の背後に、黄色い小さな蜂の幻影が見えたような気がした。
「……では先生、本日はありがとうございました」
紙は鞄へ戻された。
「うむ。また何かあれば――」
「何もありませんので!!」
母親は子供の腕を掴み、足早に去っていった。
「クックック……蜂の子よ。どうした?」
「別に」
梢綾はそのまま歩き去った。
「ふむ?」
◇◇
屋上には、夕方の風が吹いていた。
フェンスの向こうに広がる空座町を見ながら、一護は隣に立つ古男へ以前から気になっていたことを口にした。
「おい……あんた、女の好みは『背が高くて巨乳の年上』とか言ってなかったか? あの奥さん(梢綾)、全然タイプ違ぇじゃん」
古男は遠くの街を眺めたまま笑った。
「クックック………確かに。ロングヘアーの巨乳で、年上のちょっと……いや、だいぶ危ない人を斬ることを何とも思わないような、柔和な笑顔の女傑が一番の好みだがね……」
かなり具体的だった。
――かなりヤベー奴だな、それ。
古男は一護の視線など気にせず続けた。
「クックック……だが、蜂の子はあれはあれで良いのだ。考えてもみろ。四六時中、一緒にいるだけで自分の胸が張り裂けるような女と、平穏な生活ができるか?」
一護は少し考えた。
「あの奥さんと一緒にいる時点で、平穏から結構遠い気がするけどな……」
古男は答えない。
「そりゃあ………無理かもしれねえ……」
白衣の裾がフェンス際で大きく揺れる。
古男はしばらく街を眺めていた。
「一護。俺はな……。なるべくなら、お前たち『子供』には…………」
それまでとは違う声だった。
「? なんだよ?」
古男は目を伏せた。僅かな間だけ、その先が出てこなかった。
やがて口元へいつもの笑みが戻る。
「……いや。……後で、ルキアと一緒に居残れ。お前たちに『死神』について教えてやる」
昨夜、一心から聞かされた話は穴だらけのままだ。志波家。十番隊。死神。尸魂界。
ルキアも知っていることと知らないことが混ざっている。
ようやくまともに話を聞ける。
「分かった。じゃあルキアにも――」
「クックック………命を刈り取る黒フードの骸骨でな……。手には大きな鎌を持って、夜な夜な魂を狩るのだ………!!」
「ふざけんな!! それ俺が最初ルキアに言ったそのまんまじゃねえか!!!」
戸川梢綾(とがわ しゃおりー)
砕蜂の現世での偽名。本名である「蜂 梢綾(フォン・シャオリン)」の音を可愛くもじり、古男の姓を冠したもの。生徒たちからは「シャオ先生」などと呼ばれ、厳しいが意外と面倒見の良い体育教師として馴染みつつある。
産休(さんきゅう)
産前産後休業のこと。古男が「今まで学校にいなかった理由」としてでっち上げた適当な設定だが、砕蜂本人が設定を知らなかったため「私たちに子供が!?」と素で驚愕する羽目になった。
ロングヘアーの巨乳で危ない人を斬る女傑
誰なのかはまったくの不明な女性。古男のど真ん中のストライクらしいが、「四六時中一緒にいたら胸が張り裂ける(命の危険がある)」と冷静な自己分析もしている。
子供には……
彼がふざけた態度や過剰な演出を繰り返すのは、一護たちのような若い子供たちに重圧や悲壮感を、少しでも感じさせないための彼なりの優しさ(あるいは道化)である可能性があったかもしれない。