我こそは十四番隊隊長(自称)   作:かなりゆっくりめ

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戸川古男(とがわ ふるお)
自称「護廷十三隊十四番隊隊長」。現世では空座高校の英語教師「GTT」。浦原商店で受け取った漆黒のスーパーボールを斬魄刀の柄に埋め込み、スーパーのタイムセール(争奪せし魔の刻)へ向かう。帰宅後は特製の青椒肉絲(暗黒の晩餐)を振る舞う。

戸川梢綾(とがわ しゃおりー) / 砕蜂(ソイフォン)
二番隊隊長・隠密機動総司令官。古男からの唐突な「愛してるぞ」の言葉に激しく動揺し、顔を真っ赤にしてパニックを起こすも、彼の手料理には素直に「美味しい」と唸る。

四楓院夜一(しほういん よいち)
元・二番隊隊長。砕蜂の「ペット(タマ)」としてキャットフード漬けの日々を送らされ、限界を迎えて浦原商店へ泣きつく。

浦原喜助(うらはら きすけ)
浦原商店店主。元・十二番隊隊長。古男から頼まれていた怪しげなスーパーボールを渡しつつ、哀れな夜一におにぎりを提供する。


暗黒の晩餐と漆黒の球体

浦原商店では、カウンターの上に陣取った黒猫が、浦原喜助を相手に先ほどから盛大に毛を逆立てていた。

 

「しゃーーーーーっっっ!!!」

 

「いや〜、それは大変でしたね〜。……でも夜一サン、もう戸川先輩はいませんし、今は喋ってもいいんじゃないすか?」

 

「しゃーーーーーっっっ!!! ……しゃ……」

 

そこまでやって、ようやく自分がまだ猫を演じていることに気づいたらしい。

夜一は一度大きく息を吐いてカウンターへ座り直した。

ここ数日、戸川家では砕蜂の膝に乗せられ、撫で回され、声を出しそうになるたび普通の猫へ戻るという生活を続けていたせいで、もはや意識して切り替える必要すらなくなっていた。

 

「……フゥ。……もう猫のフリが癖になっておってな……」

 

「それはまた重症ッスねぇ」

 

「誰のせいだと思っておる。儂は元々、好きで猫になっておるだけであって、誰かの飼い猫になるためにこの姿をしているわけでは――」

 

「クックック……」

 

夜一の言葉が途切れた。

 

浦原が「あ」とだけ漏らしたのとほぼ同時に襖が開き、白衣を翻した古男が何食わぬ顔で姿を現した。

 

「貴様のせいじゃぞーーーーっ!!!」

 

さっきまでの愚痴を全部そのまま爪へ乗せたような勢いで夜一が飛びかかったが、古男は笑いながら身体をぬるりと傾けた。

爪は頬の横を抜け、返す前脚も肩を外れ、さらに噛みつこうとした頃には額を人差し指一本で押さえられている。夜一は宙に浮いたまま四肢を振り回したものの、古男の顔まであと僅かという距離がどうしても埋まらなかった。

 

「カーカッカッカッ! 元の姿ならいざ知らず、猫の姿の攻撃など、我が絶対防御の前にはかすりもせぬわ!!!」

 

「猫扱いするなと言っておるじゃろうが!! そもそも何じゃその気色悪い避け方は!! 昔からそうじゃが、お主は殴ろうとしても斬ろうとしても手応えというものがまるで――」

 

夜一はそこで言葉を切った。

 

じゃれ合いに近いものとはいえ、今も爪の一本すら届かなかった。昔から何度か似たことはあったが、こうして改めて考えると妙である。

古男がとんでもない古参であることは知っている。鬼道も、白打も、瞬歩も尋常ではない。

 

――おのれ……何者だこやつは……打撃が一切通らん……。

 

「まあまあ、その辺にしときましょうよ。戸川先輩、頼まれていたスーパーボールですが、これで良いっすか?」

 

浦原が懐から取り出したものを見た瞬間、古男は夜一を解放した。

 

掌に載っていたのは、何の変哲もない小さなゴム球だった。

ただし表面は不自然なほど黒く、店内の照明さえほとんど跳ね返さない。

夜一にはただの妙に黒い玩具にしか見えなかったが、古男は何か途方もない秘宝でも受け取ったように両手で掲げた。

 

「クックック……この漆黒の輝き、見事だ……! 光さえ呑み込むこの深淵の魔核、長き時を経てついに我が手中へ落ちたか。これを魁湛へ封印することで、我が暗黒剣はさらなる完成へと近づく!!」

 

「それ、ただのスーパーボールじゃろ」

 

「夜一よ。物の価値を見た目だけで判断してはならんぞ」

 

「見た目以外に何かあるのか?」

 

「ない」

 

「ないんかい!!」

 

古男は構わず魁湛を持ち上げ、柄頭に付いていた小さな部品を外すと、そこへ黒い球を押し込んだ。まるで最初からそのために作られていたかのようにぴたりと収まり、古男は角度を変えて何度も眺めた末、ようやく満足そうに腰へ戻した。

 

「クックック……完成だ。魁湛・暗黒形態。能力に変化はないが、見た目の禍々しさが約三割増した」

 

「市販のスーパーボール一個のために喜助へ頼んでおったのか、お主は。何百年生きても本当にそういうところだけは変わらんな……」

 

「ちなみにホームセンターで売ってたやつッス」

 

「聞きたくなかったわ!!」

 

古男にとっては十分な成果だったらしい。夜一の呆れた声も耳に入らず、しばらく柄頭を眺めて悦に入っていたが、ふと時計へ目をやると表情を改めた。

 

「クックック……では、タイムセールの時間だ。おっと……『争奪せし魔の刻』であった……。半額という刻印を受けた選ばれし惣菜どもが、今まさに我を待っている。さらばだ!!」

 

「言い直す必要はなかろうに……」

 

後光のような光だけを店内へ残し、古男は風のように飛び出していった。

浦原も夜一も追いかける気にはならなかった。

 

「……で、何の用ですか? 夜一サン」

 

ようやく本題を振られた夜一は、古男へ向けていた勢いを急に失った。

 

「……実は……しばらくキャットフードしか食べてなくてな……」

 

浦原は事情を聞き返さなかった。「ああ……」とだけ言って奥へ消え、すぐにおにぎりを持って戻ってきた。

 

「おにぎりがあるッスよ」

 

「感謝じゃ!!」

 

久しぶりに口へ入った米は、夜一が思っていた以上にうまかった。

砕蜂が悪いわけではない。むしろタマを可愛がるあまり、猫用としてはかなり良い餌ばかり用意してくれている。

朝は高級猫缶、昼はカリカリ、夜には別の猫缶、さらに「今日は頑張ったからな」と猫用のおやつまで出てくる。

好意しかないだけに、実は人間の食事がしたいなどとは余計に言い出せなかった。

 

「ミルクも飲みますか? 好きでしょう?」

 

「…………暫くはミルクもごめんじゃ。朝ミルク、風呂上がりにミルク、寝る前にも『タマ、温めてやったぞ』とミルクじゃ。儂は何百年生きたと思っておる。あやつの中では完全に幼い子猫になっておるぞ」

 

「いやあ、愛されてるじゃないッスか。タマちゃん」

 

「その名で呼ぶな!! ……まったく、正体を明かせば明かしたで面倒なことになるし、黙っておれば毎晩抱いて寝ようとするし……。昨日など儂の肉球を一つずつ触りながら『夜一様もこのように柔らかい手をしておられたのだろうか』などと言い出したのじゃぞ。儂はその夜一様本人じゃ!!」

 

これには浦原も堪えきれず、とうとう肩を震わせた。

 

おにぎりを平らげた夜一は恨めしそうに睨んだが、二つ目を差し出されると素直に受け取った。

 

「それにしても………戸川先輩はなんでこの町にいるんすかね? 学校の先生をやるだけならまだしも、砕蜂サンまで連れてきて、夜一サンを拾って……何かしている様子はありますけど」

 

「……儂で遊びに来たと言う説を、今は推しておる……。それなら今のところ大半の行動に説明がつく」

 

「…………絶対にないとも言い切れないのがあの人ッスね」

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

その夜、玄関が勢いよく開いた。

 

「ただいま! シャオ♥ 今日は旦那様が『青椒肉絲』を作るぞ! 愛してるぞ!!」

 

リビングで報告書に目を通していた砕蜂は、一瞬でそれどころではなくなった。

 

「なっ!!? あ……、う……………あ………あ、ありがとう……。あいし……あい…………あい…………」

 

夫婦という設定なのだから返すべきなのかもしれない。

古男は毎日のように何の躊躇もなく言ってくるのだから、自分だって一度くらい言えて当然のはずだった。ところが喉まで出かかった文字がどうしても続かず、古男は買い物袋を提げたまま、その様子を面白そうに眺めている。

 

「クックック………蜂の子よ、どうやら今夜は『猿の子』でもあるようだな。顔だけなら見事な茹で上がりだぞ」

 

「貴様〜〜〜〜!!!!! 誰のせいでこうなっていると思っている!! いきなり帰ってきてそんなことを言われれば、誰だって!!」

 

「そうか。では次回から五分前に予告を入れてやろう。『これより帰宅し、愛を囁く。各員、迎撃態勢に入れ』とな」

 

「そういう問題ではない!!!」

 

しばらく部屋の中を追い回されたものの、古男は買い物袋を落とすどころか中身すら揺らさず、例のぬめるような動きですべてをかわしてキッチンへ逃げ込んだ。砕蜂も怒鳴りながらついてきたが、古男が肉と野菜を取り出して包丁を握る頃には、追撃より手元を見る方へ意識が向いていた。

 

「……お前、料理ができたのか」

 

「クックック……俺を誰だと思っている。十四番隊隊長たるもの、戦場で敵を斬るだけでは務まらぬ。兵站を知り、糧食を知り、己の妻の胃袋くらい掴めずして何が隊長か」

 

「最後の部分は隊務と何の関係もないだろう……」

 

言っていることは相変わらずだったが、料理の腕だけは冗談ではなかった。

 

ピーマン、筍、牛肉がほとんど同じ細さへ揃い、肉へ下味をつける手にも迷いがない。熱した中華鍋へ材料を入れれば一気に火が上がったものの、古男は眉一つ動かさず鍋を返し、調味料まで目分量で仕上げていく。初めは火事を心配していた砕蜂も、やがて漂ってきた香りの前では黙って見ているしかなかった。

 

「………どうだ? 我が『暗黒の晩餐』の味は!!!!」

 

食卓に出てきたのは、どう見ても普通の青椒肉絲だった。

 

料理名にまで暗黒を付ける必要があるのかとは思ったが、一口食べればそんな疑問はどうでもよくなった。肉は柔らかく、ピーマンと筍にはきちんと歯応えが残っており、濃すぎないタレが白米にちょうどいい。古男が向かい側からじっとこちらを見ているのが癪ではあったものの、二口目、三口目と箸を伸ばすうちに、意地を張る理由の方がなくなった。

 

「…………美味しいです」

 

「クックック……今のは実に妻らしかったぞ。もう一度、『美味しいです、あなた。これからも毎日作ってください』まで続けてもよいのだぞ?」

 

「そこまで言っていない!! というより今のは忘れろ!! ただ料理が美味かったと言っただけだ!!」

 

「ならば遠慮なく食え。鍋にはまだある。現世へ来てから動き回っておるのに、その程度の身体で飯まで減らせばますます蜂の子になるぞ」

 

「誰の身体が貧相だ!! ……だが、残すのも作った者に失礼だからな。もう少しだけ貰う」

 

砕蜂が差し出した茶碗へ、古男は躊躇なく山盛りの飯を載せた。

 

「多い!! 私は『もう少し』と言ったのだぞ!!」

 

「クックック……隠密機動総司令官が米一杯を恐れてどうする。今夜はたっぷり食べ、食後には我が神の指による霊圧循環按摩を受け、ぐっすり眠るがよい。理想的な新婚生活ではないか」

 

「新婚!! ……それとマッサージは受ける。今日は体育で身体を使ったからな」

 

怒っているのか受け入れているのか、本人にももう分かっていないらしい。

 

古男は何も言わず笑い、砕蜂はその顔を睨みながらも青椒肉絲を食べ続けた。

 

結局、皿の上には何も残らなかった。

 

食後、古男が明日は麻婆豆腐にすると告げると、砕蜂は少しだけ考えてから「辛さは控えめにしろ」と注文を付けた。




漆黒のスーパーボール
浦原喜助が調達した謎の真っ黒なゴム球。古男はこれを斬魄刀「魁湛」の柄に格納したが、特別な能力が追加されたわけではなく、単に「格好いいから」という理由以上の意味はない…と思われる。

争奪せし魔の刻
古男が現世のスーパーマーケットにおける「夕方のタイムセール(半額シール貼り)」につけた大袈裟な名前。

暗黒の晩餐
古男が作った晩ご飯(今回は青椒肉絲)のこと。ネーミングは怪しいが、料理の腕前自体はプロ級であり、砕蜂を完璧に胃袋から掴んでいる。

猿の子
顔を真っ赤にしてパニックになっている砕蜂に対し、古男が「ニホンザルの赤顔」に例えて放った軽口。「蜂の子」に続く新たなイジり用語である。
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