我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
自称「護廷十三隊十四番隊隊長」。現世では「GTT」。明るく狂った道化を演じることで、かつての罪悪感を誤魔化し続けてきた男。本心では自分を許すことができず、長い年月を嘆いている。
戸川梢綾(とがわ しゃおりー) / 砕蜂(ソイフォン)
二番隊隊長。古男の狂気の奥底に眠る深い孤独と後悔を知り、彼を「戸川梢綾の夫」として、一人の男として受け入れようと決意する。
病院を出る頃には、すっかり夜になっていた。
勇一が目を覚ましたあとも、一護と茶渡は病室に残っていた。
突然の眠りから戻された子供には、これから医師への説明も、生活のことも、母親がもういないという現実も待っている。
一心にはすでに連絡が入り、ほどなく病院へ来ることになっていた。
古男はその騒ぎから一人だけ離れ、夜道を歩いていた。
いつもなら白衣の裾を翻しながら、街灯の一つにまで妙な名前をつけ、魁湛から勝手なBGMを流して歩く男だった。今夜は何も鳴らない。歩調も遅く、背筋まで普段より僅かに沈んで見えた。
「古男!! 待てって!! 古男!!」
背後から聞こえた声に、ようやく足を止めた。
「どうした蜂の子。一護達についてやらなくて良いのか? 目を覚ましても色々あるだろうに……」
振り返った顔を見て、砕蜂はすぐには答えられなかった。
戦いの最中、シュリーカーへ向けていた殺意とも違う。勇一を救った時の静かな顔とも違う。普段なら笑っている口元には力がなく、年齢など分からないはずの古男が、その時だけはひどく老いて見えた。
「……いや、志波一心に連絡しておいたから……。……話を聞いてもいいか?」
「カーカッカッ……! 我が暗黒の黒歴史を知りたいと!? 良かろう!! 我が起源は尸魂界を創世した霊王の父祖にあたり……!」
無理に持ち上げた声が、途中で掠れた。
砕蜂はそのまま続けさせなかった。古男の肩を掴み、いつもの戯言へ逃げようとする顔を正面から見た。
「古男……頼む。お前がそんな、泣きそうな顔をしながら笑っているのを見るのが……辛いんだ」
古男は何も返さなかった。
しばらくして肩から力が抜け、笑おうとしていた口元も元へ戻った。
◇◇
戸川家へ戻ってからも、すぐには話は始まらなかった。
砕蜂は急かさなかった。今夜だけは妙に広く感じられた。古男は窓辺に立ったまま、外の灯りを眺めていた。
やがて、背を向けたまま口を開いた。
「……あの術はな。元々は実験のために作られたものだ。今回の使い方は、あくまで術の用途としては例外に過ぎん」
「どういうことだ? あの術なら、失った鎖を繋ぎ止め、救える魂は多くなるはずだ。なぜ、それが例外なのだ?」
「我々死神は長い時を生きる……が、尸魂界の住人だ。義骸ができたのは、そもそも弱った死神の救済のためではないのだ。……我々が現世をも支配域に加えようとしたからだ」
「現世を……支配……?」
「そう。だが義骸は老いない。突然人間が街に現れるのは不自然だ。老いる義骸もあるにはある。一心を見ろ。たかが二十年ほどで人間と同じく年を取っている。だがそれでは、中に入った死神も人間と同じく老いるのだ」
砕蜂の中で、先ほど病室で見たものと話が繋がった。
切断された因果の鎖を、別の身体へ結び直す。
あの術が死者を救うためのものではなかったとすれば、何のために必要だったのか。
「まさか……!!」
「そうだ。この術で、人間の肉体と別の魂を結びつけ、現世に『真の肉体ある人間』として根を下ろす。そして老いるたびに肉体を乗り換え、尸魂界が現世を完全に支配を行うこと。そのために開発されたのだ」
古男は窓の外を見たまま、そこから先を語った。
「一五〇〇年位前になるか…。俺はこの術の開発の中心だった。この術は失敗すると因果の鎖が消滅する。つまり虚になるんだ。……数限りなく殺したよ。男も女も、生きている人間の魂を引きずり出し、虚にして斬った。俺があの虚(シュリーカー)に怒りを覚えたのは……なんてこともない、同族嫌悪だ」
砕蜂は口を挟めなかった。
古男はそこで初めて、窓から視線を外した。
「子供は因果の鎖が弱いことが多い。だから、その子供で実験は繰り返された。その末に完成した術で乗り移った貴族の奴はこう言ったよ。『このような下賤な肉体に宿るのは我慢ができない』とな……」
声が崩れた。
「俺の罪は何だったのか!! せめて悪に使われるなら俺には罪が残った。犠牲者にも納得できないかもしれないが、理由が残った!! ……だが何だそれは!! それで禁術にして……俺が奪った命も魂も………! ただ無駄に過ぎないと奴らは言ったんだよ!! シャオ……俺は……」
「古男……」
「きっとこれは……罪深い。永遠に許されることがない。だから俺は……死神になった。元柳斎の言葉にすがって……」
それ以上は言わせなかった。
砕蜂は古男の頬へ手を添え、そのまま唇を重ねた。
長くはなかった。
ただ、古男が驚いて目を開き、逃げるための言葉を探す前に、今度はその身体を抱き締めた。
「それは……私が生まれる前のことだろう……」
「それは………そうだ……」
「ならば私には分かったとは言えないかもしれない。だが、お前が今、どれほど苦しんでいるかは分かった。……でも、お前は今日、一人救ったんだ。一護や茶渡も喜んでいた」
「随分と小さな罪滅ぼしだ……」
「そして……話してくれて、私は嬉しい。夫婦だからな」
古男は、もう笑って誤魔化そうとはしなかった。
「……俺で良いのか? 俺はもう、とっくの昔にジジイだぞ?」
「お前が良い。お前が……欲しいのだ」
砕蜂は離れなかった。
「蜂の子………砕蜂」
「私は戸川梢綾だ。それで良い。私は貴方を愛している。先に惚れたのは私だ。そうすれば愛してくれるのだろう?」
そこでようやく、古男の口元に笑みが戻った。
魁湛の演出も、大仰な高笑いもない。
「……先に惚れるのが女からだなんて……随分古い価値観だな、お前は」
「うるさい……お前が言ったのだ。ジジイ」
「シャオ…………」
砕蜂は古男の胸元へ顔を埋めた。
「そう……、もっと触って……。んっ…」
背中へ回った手は、いつもほど遠慮がなかった。それでも乱暴ではなく、何度も確かめるようにゆっくりと撫でていく。
「力を抜け……痛いぞ……」
「それでも良い。貴方の痛みを、私にも……少しだけ分け与えてくれ」
古男は砕蜂の髪へ口づけた。
「……バカめ。愛してやるよ」
今度は砕蜂も言い返さなかった。
古男の胸へ頬を寄せたまま、背中へ腕を回す。
窓から差し込む月明かりの中で、古男もその身体を抱き返していた。
現世支配計画
古男がかつて中心となって進めていた、死神を現世の人間として定着させる計画。結果的に多くの犠牲を出し、古男にとって最大のトラウマとなった。
同族嫌悪
古男がシュリーカーに対して激しい怒りを抱いた理由。彼自身がかつて、同じように子供の魂を弄ぶ実験に手を染めていたからである。
裏縛道(うらばくどう)
古男が使用した、魂と肉体を繋ぎ直す術。その本質は「他者の命を支配する」ための禁術であり、古男にとってはこの術を使うこと自体がかつての罪を思い出させる行為だった。
「お前が良い」
砕蜂が古男の過去と罪をすべて受け入れた言葉。二番隊隊長としての矜持を捨て、ただ「戸川梢綾」として古男と向き合う決意が込められている。