我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
護廷十三隊総隊長・一番隊隊長。古男の結婚の報を聞いて茶を吹き出し、彼が己の「物心ついた頃からの幼馴染」であることを明かす。
京楽春水(きょうらく しゅんすい)
八番隊隊長。古男の直属の上司。見た目二十歳前後の青年である古男が、山じいの幼馴染(推定数千歳以上)だと知って戦慄する。
卯ノ花烈(うのはな れつ)
四番隊隊長。かつて古男と何らかの因縁(あるいは想い)があったのか、砕蜂との結婚を聞いて笑顔のまま鉄の棒を素手で何本も捩じ切り、怨念を滲ませる。
虎徹勇音(こてつ いさね)
四番隊副隊長。静かに鉄棒を粉砕しながら「泥棒猫」と呟く卯ノ花隊長の狂気に触れ、失神寸前の恐怖を味わう。
藍染惣右介(あいぜん そうすけ)
五番隊隊長。古男から結婚式の仲人を依頼されて困惑しつつも、送られてくる奇怪な暗号報告書の解読パズルに知的好奇心を刺激され、心底楽しんでいる。
雛森桃(ひなもり もも)
五番隊副隊長。古男の難解な暗号解読に目を輝かせて没頭する藍染隊長を、微笑ましく見守る。
朝の一番隊隊舎に、総隊長の怒声が響いた。
「なんじゃとおおおおおっ!!! あやつが、結婚するじゃとおおおおっっ!!??」
直後、山本元柳斎重國が口に含んでいた茶が盛大に噴き出した。
執務机を挟んだ向こうでは、報告に来た京楽が編笠の縁を指先で少し持ち上げている。
長い付き合いの中でも、山本がここまで見事に茶を吹く光景はそう見られるものではない。
「ええ……今朝方、現世の戸川先輩から直筆の手紙……いや、怪文書混じりの婚姻届の写しが届きましてねぇ……」
婚姻届そのものに問題はない。戸川古男の氏名も、相手の氏名も、必要事項は一応きちんと書かれている。
問題は余白だった。
『悠久の契りを今ここに』『冥府の王すら我らが愛を裂くこと能わず』『戸川家第九百六十六代暗黒盟約』などという一切必要のない文言がびっしりと書き込まれ、欄外には魁湛らしき刀と二匹の蜂を組み合わせた紋章まで描かれている。
婚姻届を素材にして古男が何か別の文書を作ったような有様だった。
山本は手ぬぐいで髭についた茶を拭った。
「……で、相手は……どこの女子じゃ……?」
京楽は少しだけ言いにくそうに答えた。
「それがですね……二番隊隊長兼、隠密機動総司令官の……砕蜂隊長でして……」
山本から返事がなくなった。
やがて、深い皺の刻まれた顔に何とも言えないものが浮かんだ。
「……………………。あやつめ…………己の年齢(とし)というものを考えんか……!!」
「いやはや、僕も肝が冷えましたよ。……ところで山じい、戸川先輩って結局いくつなんですか? 隊長格の誰も正確な年齢を知らないんですよねぇ。見た目は二十歳そこそこの青年にしか見えないのに……」
自分と浮竹が真央霊術院へ入った頃には、古男はすでに八番隊五席だった。
卯ノ花とも昔馴染みで、山本には平然と「元柳斎」と呼びかける。記録を遡っても途中から訳が分からなくなり、本人へ訊けば毎回「我は三万年の眠りより蘇りし」といった答えしか返ってこない。
山本は腕を組んだまま、長いこと黙っていた。
「むう…………。実はな……奴は、儂の『幼馴染』でな……」
「………………はい?」
「儂が物心ついた頃には、すでに奴は近所のガキ大将としてそこに居た。……それ以来の付き合いじゃ」
京楽は何も言えなくなった。
山本が若かった頃に知り合った、ではない。
山本が物心ついた頃には、もう古男がいた。
しかも「ガキ大将」として。
「マ、マジですか………………!?」
――山じいが物心ついた頃って……千年前どころの騒ぎじゃないだろ……! あの人、見た目ピチピチの若造なのに、どんだけ生きてんだよ……!!
京楽は改めて婚姻届へ目を落とした。
余白には、
『年齢差など愛の前には塵芥』
と書いてあった。
今までならいつもの戯言として読み飛ばしていただろう。
今日は妙に重かった。
◇◇
同じ報せは、四番隊にも届いていた。
執務室へ入った虎徹勇音は、手にした書類を何度か確認してから、机に向かっている卯ノ花へ恐る恐る声をかけた。
「う、卯ノ花隊長……先ほど一番隊から通達がありまして……。あの、現世に派遣されている八番隊の戸川五席が……砕蜂隊長と正式にご婚姻されるそうで……いわゆる逆玉の輿というか……」
卯ノ花は微笑んでいた。
いつもと同じ穏やかな笑顔だった。
だから勇音も、最初の数秒は何もおかしいと思わなかった。
机の下から金属が軋む音が聞こえてくるまでは。
太い医療用の鉄棒が、卯ノ花の両手の中でゆっくりと捩れていた。
道具を使っているわけではない。
素手だった。
雑巾でも絞るように、頑丈な鉄棒が何重にも捻れ、ついには耐え切れず中央から裂ける。
勇音はそこで初めて足元を見た。
同じ形にひしゃげた鉄棒が、すでに十数本あった。
「ひっ……!!??」
「まあ……それはそれは、とても喜ばしいことですねぇ……」
笑顔は変わらない。
声もいつもの卯ノ花だった。
それなのに、勇音の身体は勝手に壁際へ下がっていった。
「た、隊長……!?」
「ええ、是非とも盛大にお祝いをして差し上げなければなりませんねぇ……。あの女の首を、この手で綺麗にねじ切り……いいえ、一太刀で首を落として……いえいえ、心を込めてご祝儀を包まねば……。ふふふ……」
途中から祝い方が明らかにおかしい。
勇音が聞き間違いであってほしいと願っている前で、卯ノ花は新しい鉄棒へ手を伸ばした。
今度は先ほどより速く曲がった。
「……泥棒猫めが……」
勇音の背中が壁に当たった。
「い、居ない……! いつもの優しい隊長がどこにも居ない……!!」
「何を言っているのです、勇音。私はいつも通りですよ?」
そう答えながら、卯ノ花の手の中でまた鉄棒が一本、捩じ切れた。
◇◇
五番隊では、別の意味で古男が隊長の仕事を妨害していた。
雛森が執務室へ入った時、藍染は机に肘をつき、眼鏡の位置を直しながら珍しく深い溜息を吐いていた。
「藍染隊長……? どうされたんですか? 先ほどから浮かないお顔をされて……」
「いや……実はね、現世の戸川五席から『結婚式の仲人を務めてほしい』と頼まれてしまってね……。所属は八番隊なのだから、直属の京楽隊長に頼むべきだと断りを入れたのだが……」
「断ったのに、ダメだったんですか?」
「うむ……『日頃から五番隊の藍染に報告書を丸投げして世話になっている手前、恩があるから貴様にしか頼めん!』と押し切られてしまってね……。うーん……」
古男の理屈は相変わらずよく分からない。
報告書を他人へ丸投げしている側が、なぜそれを「恩がある」と表現できるのか。
しかも、その報告書を毎回解読させられている藍染へ、今度は結婚式の仲人までやらせようとしている。
「藍染隊長、大変ですね……。何か私にお手伝いできることはありますか?」
「ありがとう、雛森君。……ところで、君が手に持っているそれは何だい?」
「あ、はい! 戸川五席から先ほど現世より届いた、最新の『現世任務定期報告書』です!」
藍染の溜息が止まった。
眼鏡の奥の瞳が、先ほどまでとはまるで違う輝きを帯びる。
「むむっ……!! これは……また新しい暗号体系か……!! 雛森君、そこに置き給え!」
雛森は素直に机へ報告書を置いた。
表紙には、
『第七封印指定報告書・黙示録鳥獣戯画方式』
と書かれていた。
右下には小さく、
『※今回は割と簡単』
ともある。
その一文ほど信用できないものはなかった。
藍染はすぐに報告書を開き、最初の頁へ目を走らせる。縦書きと横書きが混在し、意味不明な詩の途中へ英単語、梵字、将棋の棋譜らしきもの、さらに現世のスーパーの特売情報まで挟み込まれていた。
雛森はそんな隊長の背後へ目を向けた。
壁際の書棚には、『戸川古男暗号解読目録』と几帳面に書かれた分厚い本が、第1巻から第21巻まで綺麗に並んでいる。
第一巻はまだ薄かった。
巻数を重ねるごとに厚くなり、第十五巻あたりからは普通の書物の倍近い幅になっている。
さらに壁一面には、
『暗黒=緊急とは限らない』
『黄泉=一番隊、ただし文脈により職員室』
『血盟=署名』
『漆黒の円環=輪ゴム』
『終焉の鐘=提出期限』
といった、研究成果が細かな字で整理されていた。
藍染はすでにペンを握っていた。
「……よし! 仲人の件は後回しだ。まずはこの、新たな暗号を解読することから始めようじゃないか……!!」
報告書の一行目と過去の対応表を見比べ、余白へ何かを書き込み、今度は別の巻を取り出す。完全に仕事より、好きな問題を与えられた時の顔だ。
雛森はしばらくそれを眺めていた。
――ふふっ。隊長……なんだかんだ言って、戸川五席のパズルを解くのが一番楽しそうだな……。
その頃、藍染はすでに婚礼の仲人について忘れていた。
山じいの幼馴染
古男の隠された実年齢の指標。見た目は二十歳前後の青年にしか見えないが、護廷十三隊創設以前、山本元柳斎重國が物心ついた頃(数千年以上前)からの付き合いであることが判明した。
鉄棒捩じ切り
古男の結婚を聞いた卯ノ花隊長が無意識(あるいは激情)で行った奇行。分厚い医療用鋼鉄の棒が、素手で雑巾のように絞り上げられて破壊された。
戸川古男暗号解読目録(全21巻〜)
藍染惣右介が個人的に作成・編纂している、古男の支離滅裂な報告書(暗黒ポエム・厨二病スラング)を解読するための専門辞典。藍染の最高峰の知能が完全にパズル攻略用として浪費されている。
泥棒猫
卯ノ花が砕蜂に対して放った怨嗟の言葉。かつての因縁や想いの深さを物語っている。