我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
自称「護廷十三隊十四番隊隊長」。八番隊五席。今回は六番隊舎へ現れ、ルキアに不気味な距離感で急接近し、白哉に謎のポエムを言い残して去っていく。
朽木ルキア(くちき るきあ)
十三番隊隊士。六番隊舎を訪れた際、古男の気味の悪い「クックック……」という笑いとゼロ距離アプローチに激しく困惑する。
朽木白哉(くちき びゃくや)
六番隊隊長。妹に絡む古男を「病原菌」扱いして追い払おうとするが、古男の放ったポエム(実は緊急伝言)をスルーした結果、人生最大級の理不尽な不覚を取ることに。
京楽春水(きょうらく しゅんすい)
八番隊隊長。白哉へ緊急連絡の伝言を古男に頼んでしまった元凶。
山本元柳斎重國(やまもと げんりゅうさい しげくに)
護廷十三隊総隊長。隊首会を欠席した白哉を一刀両断で叱りつけ、古男のせいにしようとした白哉を理不尽に一蹴する。
十三番隊からの用件で六番隊を訪れていたルキアは、帰りの廊下で妙な男に行く手を塞がれた。
いや、塞がれたというより、気づいた時には目の前にいた。
戸川古男。
八番隊五席。自称十四番隊隊長。十三番隊にも時折ふらりと現れるため顔くらいは知っていたが、こうして直接相対するのは初めてだった。
そして、近い。
異様に近い。
「クックック…………貴様が六番隊の『白き怪鳥』の妹か…………」
古男は鼻先が触れそうな距離まで顔を寄せたまま、喉の奥で粘つくように笑っている。
ルキアは一歩下がった。
「……違います。それと戸川五席、申し訳ありませんが少し退いていただけませんか。そこに立たれると通れないのですが……」
古男は答えない。
「クックック…………」
もう一歩下がると、同じだけ近づいてくる。
「……あの」
「クックック…………」
「その……近いゆえ……」
ルキアは困ったように笑ってみせたが、古男の顔はなおも近づいてくる。
「クックック…………」
何なのだ、この男は。
噂では聞いていた。
変人である。
意味不明なことを言う。
どこからともなく音楽を鳴らす。
八番隊では誰もまともに相手をしない。
だが、聞くのと実際に遭遇するのとではまるで違う。
逃げようと横へ動けば古男も横へ動き、逆へ動けばそちらにもついてくる。
ついには廊下の壁際まで追いやられ、ルキアが本気でどうしたものかと考え始めたところで、背後から低い声が響いた。
「卿は何をしている」
古男がゆっくりと振り返る。
廊下の向こうから白哉が歩いてきていた。
ルキアは思わず安堵したが、古男はまるで新たな獲物でも見つけたかのように口元を吊り上げた。
「クックック…………出たな、怪鳥」
白哉は答えなかった。
ただ冷ややかに古男を見る。
古男も負けじと見返す。そのまましばらく無言の時間が流れた。
一分も経ってはいないはずなのに、ルキアには妙に長く感じられた。
やがて古男が先に息を吐いた。
「クックック………………ふう……なんか疲れてきたな。朽木の妹よ」
「は……はい」
疲れたのはこちらなのだが。
すると古男は先ほどまでの不気味な調子を急に崩し、何でもないことのように尋ねてきた。
「海燕副隊長はどちらに?」
「え……? ここは六番隊舎なので、十三番隊舎におられるかと……」
「そうか」
それだけだった。
「卿は本当に何をしに来たのだ。初めから十三番隊へ行けばよかろう」
古男は再び喉を鳴らした。
「クックック…………我は怪鳥の妹が、貴様の妻に似ているか見に来ただけだ」
ルキアは一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「……兄様に……妻……?」
「余計なことを……」
古男は白哉の不機嫌など意にも介さず、改めてルキアを眺めた。
「クックック…………なるほどな。可愛いものよ……。ルキアよ、我が十四番隊に入れてやろう。特別に第二席くらいから始めてもよいぞ」
「え……嫌です」
古男の笑いが一瞬だけ止まる。
白哉は小さく息を吐いた。
「……尋ねた私が愚かであったようだ。ルキア、もうよい。行くぞ」
「クックック……自らの愚かさを認めることが将来の功夫につながる……良いぞ、凶鳥」
白哉が足を止めた。
「先ほどまで怪鳥ではなかったか」
古男は驚いたように目を見開いた。
「なんと……凶鳥は怪鳥でもあったとは……!」
「兄様……この者は一体……」
「病原菌のようなものだ。関わるな、ルキア」
あまりにも即答だったので、ルキアはそれ以上尋ねることができなかった。
古男は病原菌と呼ばれたことなど気にも留めず、しばらく「クックック」と笑っていたが、そこで急に何かを思い出したらしく手を打った。
「そういえば春水から伝言がある」
「……ならば最初からそれを言え」
「焦るな怪鳥。言葉とはただ意味を伝えるためのものではない。その奥に秘められた天地の理を感じ、魂で受け止めてこそ――」
「伝言を言え」
「クックック…………相変わらず情緒のない男よ」
古男は大きく息を吸った。
腰の魁湛が淡く輝き、どこからともなく鐘の音が響く。
ルキアが思わず天井を見上げる中、古男は先ほどまでとは打って変わった深遠な声音で朗々と詠み上げた。
「『かつて来たりし修練の果ての頂は今は昔、本日この時にこそ真に集う栄光の柱』…………ケケケ………………以上だ」
長い沈黙が落ちた。
ルキアにはまったく意味が分からない。
白哉も同じだったらしい。
「…………本当に何をしに来たのだ」
「クックック…………」
古男はしばらく笑っていたが、不意にその笑みを消した。
声まで普通になる。
「……とりあえず、張り詰めすぎな兄上殿を窘めに……であるかな」
「何……?」
だが古男はもういつもの顔に戻っていた。
「はーっハッハッハ!!!! ではさらばだ!! 今行くぞ!! 我が愛しの海燕よ!!!!」
大声を上げるなり、廊下の向こうへ駆け去っていく。
死覇装の裾が翻り、どこからともなく荘厳なファンファーレまで鳴り始めた。
その背を呆然と見送っていたルキアだったが、やがて古男の最後の言葉を理解し、顔色を変えた。
「な……何だと!? 海燕副隊長は妻帯者でおられるのに……!」
白哉は妹を見た。何か言おうとして、やめた。
今日一日で疲れすぎていた。
◇◇
翌日。
執務室で書類を処理していた白哉のもとへ、京楽春水が姿を現した。
「やあ、朽木隊長。相変わらず真面目にやってるねぇ」
白哉は筆を動かしたまま顔を上げない。
「何用だ」
「いや、ちょっと確認したくてね。昨日、どうして隊首会に来なかったんだい? 急な変更だったとはいえ、朽木隊長が無断で欠席するなんて珍しいからさ」
筆が止まった。
白哉がゆっくり顔を上げる。
「……隊首会は今日のはずでは?」
京楽も目を瞬いた。
「昨日だよ。予定が変更になったんだ。緊急だったから、僕から戸川五席に伝言を頼んだんだけど……行かなかったのかい?」
白哉は答えなかった。
昨日の光景が脳裏に蘇る。
ルキアへ異様な距離で迫っていた古男。
怪鳥。
凶鳥。
功夫。
愛しの海燕。
そして、あの意味不明な一文。
『かつて来たりし修練の果ての頂は今は昔、本日この時にこそ真に集う栄光の柱』
しばらく考えた。
考えた末に、ようやく理解した。
――本日、この時に、集う。
あれが。
あれが隊首会の日程変更を知らせる伝言だったのか。
「…………」
白哉の指先で筆が軋んだ。
京楽はそんな様子を見ながら、少し気の毒そうに続けた。
「山じい、かなり怒ってるよ。無断欠席だからねぇ。早めに一番隊へ行った方がいいと思うよ」
白哉は何も言わず立ち上がった。
京楽はその背中を見送りながら、しばらく考えた。
「……もしかして、ちゃんと伝わってなかったのかなぁ」
だが、伝言を頼んだ相手が戸川古男である。
今さらだった。
◇◇
山本元柳斎重國の前に、白哉は背筋を伸ばして立っていた。
「朽木隊長。昨日の無断欠席について、申し開きはあるかの」
白哉は黙って山本を見た。
本来であれば、何を言われようとも己の非として受け入れるところだった。
だが今回は事情が違う。
少なくとも、あれを正しく伝言として受け取れというのは無理がある。
どの角度から考えても無理だった。
「…………戸川五席が……」
言いかけた瞬間。
山本の眉が吊り上がった。
「貴様!! あやつのせいにするとは何事か!!!!」
怒声が執務室を揺らした。
白哉は言葉を失った。
「…………」
あやつのせいである。
間違いなく、あやつのせいである。
『隊首会は本日に変更された』
それだけでよかった。
意味が分からない。
しかも伝言を頼んだのは京楽である。
だが山本は白哉の胸中など知る由もなく、さらに杖を床へ打ち鳴らした。
「伝言を受けたのであれば、内容が分からぬ時点で確認すればよかろう! 隊首会は護廷十三隊の重要会議じゃ。それを怠っておきながら、戸川に責任を押しつけるとは何事か!」
白哉は何も答えなかった。
言えば言うほど不利になる。
それは分かる。
分かるのだが。
どうして自分が怒られているのか、どうしても納得できない。
昨日、病原菌と呼んだ男の笑い声が頭の中で響く。
『クックック…………』
拳を握りたい。
だが握れば負けた気がする。
歯を食いしばりたい。
それも負けた気がする。
六番隊隊長として。
朽木家当主として。
己の感情を表へ出すわけにはいかない。
長い沈黙の末、白哉はゆっくりと頭を下げた。
「……申し訳…………………ございませ………ん」
途中で声が僅かに詰まった。
山本はそれをどう受け取ったのか、満足したように頷く。
「分かればよい。以後、気をつけよ」
「…………はい」
白哉は頭を上げた。
表情はいつも通りだった。
ただ、その日の六番隊では、隊長執務室から普段より少し強めの霊圧が漏れていたという。
そして戸川古男は、その頃十三番隊で海燕を追い回していた。
白き怪鳥 / 凶鳥
古男が朽木白哉につけた怪しいあだ名。白哉の厳格な佇まいや、千本桜の白いイメージから勝手に命名されたと思われる。
緋真(ひさな)
白哉の亡き妻であり、ルキアの実の姉。古男はルキアを見て「妻に似ているか見に来た」と言い、白哉の触れられたくない過去に容赦なく踏み込んだ。
隊首会(たいしゅかい)
護廷十三隊の隊長と総隊長が集まる最高幹部会議。無断欠席は厳罰対象となる。
かつて来たりし修練の果ての頂は……
京楽から頼まれた「隊首会の日程が本日繰り上げ変更になった」という連絡を、古男が「魁湛」的感性で超訳したポエム。常人には解読不可能。