我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
かつてギリアン級大虚だった存在。空座町で大量の魂を喰らってアジューカスへの進化を目指したものの、死神や滅却師その他諸々に追い回され、何も食べられないまま虚圏へ逃げ帰った苦労人。そこで藍染惣右介に捕まり、破面化実験へ投入される。本人が今回もっとも強調したいのは、現在はもうギリアンではないという一点。
緋山雷太(ひやま らいた)
護廷十三隊五番隊三席。藍染を敬愛していた若き死神だったが、その藍染自身によって殺害され、魂魄をガルムルドへ投入される。本来なら死亡したはずだったが、ガルムルドとの完全融合によって、肉体・記憶・人格・死神としての能力まで復元された。
ガルムルド・ジュードスタイン/緋山雷太
今回誕生した一人の存在。ガルムルドの人格に雷太の記憶が追加されたわけでも、雷太の身体をガルムルドが乗っ取ったわけでもない。二つの魂魄が境界ごと失って融合しているため、「ガルムルドであり雷太でもある」という状態が本人にとって最も自然な自己認識となっている。日常生活では外見・身分ともに緋山雷太として振る舞う。
藍染惣右介(あいぜん そうすけ)
五番隊隊長。自作崩玉を用いた破面化実験の一環として、ガルムルドへ自分が殺した緋山雷太の魂魄を投入した張本人。想定を超えて「虚と死神の完全融合体」が完成したため、雷太を処分せず、その後の進化を観察することにする。実験対象本人から殺害について普通に恨まれているが、それすら興味深い観察材料らしい。
緋山染華(ひやま せんか)
十一番隊十席にして雷太の実母。戦うことも痛いことも大嫌いなくせに、息子が「死にかけた」と言った途端、顔、瞼、口、死覇装の中まで確認しようとする猛烈な過保護母。
息子が世界でも類を見ない完全融合体になって帰宅したことにはまったく気づかず、普段どおり薫子との仲を気にしている。
瀬山薫子(せやま かおるこ)
雷太の幼馴染。本人は今回登場しないものの、雷太が虚圏へ遠征している間も身を案じていたらしく、帰宅した雷太へ染華が真っ先に「薫子ちゃんには挨拶したの?」と確認する程度には母親公認の重要人物。
よお!! 久しぶりだな!! 覚えてるか?
俺の名はガルムルド・ジュードスタイン。ギリアン『だった』者だ!!
おい、そこだけ妙に強調するなって? いやいや、言いたくなるのも無理はないんだよ。空座町で人間どもの魂を喰らい、めでたくアジューカスへ進化するはずだった俺が、顔を出した先で死神やら滅却師やら銀色の鎧を着た女やらに狙われ、何も食べずに虚圏へ逃げ帰ったところまでは覚えているだろう。
あの時点では、俺もまだ立派なギリアンだった。立派なギリアンという言葉に矛盾を感じた奴は黙っていろ。数万の虚の意識を押し潰し、自分の名まで持っていたんだから、同族の中では将来有望だったんだ。
問題は、命からがら戻ったら、藍染惣右介とかいう眼鏡の死神に見つかったことである。
あの男は俺を仕留めようとも、逃げたことを笑おうともしなかった。
青紫色に光る怪しい玉を掌へ浮かべ、珍しい虫でも見つけたような目で俺を眺めていた。
空座町で学んだばかりの危機管理能力が逃げろと俺の全身へ命じていたが、もちろん逃げられなかった。
藍染が俺の前へ差し出したのは、自作の崩玉と呼ばれる光るビー玉と、見ず知らずの少年の死神の魂魄だった。
死神の方はすでに意識を失っており、死覇装を血で濡らしていた。
事情を尋ねるより早く、玉も魂も胸の孔へ押し込まれた。
それで何が起きたと思う? 俺の体は内側から折れ曲がり、魂を詰め込んでいた輪郭が潰れた。
骨が縮む音なのか、魂魄そのものが圧縮される音なのかは分からない。
進化するはずだった力が人の形へ集まり、顔を覆っていた仮面へ亀裂が走った。
次に来たのは、仮面を顔の肉ごと掴まれ、外側へ引き剥がされる痛みだった。
これが、いわゆる破面化というものらしい。
もっとも、俺の場合は仮面が剥がれるだけでは終わらなかった。
胸へ入れられた死神の魂が開き、そいつの記憶が俺の中へ流れ込んできた。幼い頃に母親の膝で眠った感触、初めて浅打を握った日の重さ、五番隊へ入隊した誇り、同僚の顔と名前、教わった剣技、鬼道の詠唱、任務へ出る前に処理できなかった書類の枚数まで、二百年分もの人生が区切りなく押し寄せた。
知識だけではなかった。母親への呆れと信頼、仲間への情、幼馴染へ向ける感情、藍染隊長への敬意、そして自分を殺した相手が藍染惣右介だったと知った瞬間の怒りまで、すべてが俺自身の感情として胸を焼いた。
同時に、俺がギリアンとして喰らってきた魂の記憶も、空座町で味わった恐怖も、進化への執念も消えてはいない。二つの濁流が頭の中でぶつかり、どちらかがどちらかを押し流すのではなく、境目そのものを壊して混ざっていった。
あまりの情報量に、俺の意識はそこで途切れた。
――んで、気がついたらよ。
◇◇
「……う…………。ここは……?」
声が違っていた。少年の喉を通った声である。それでも、自分以外の誰かが話した感覚はなかった。
頭を押さえながら身を起こすと、視界の高さも、手足の長さも変わっている。死覇装が人型の身体を包み、腰には一本の斬魄刀があった。白い仮面もなく、胸へ触れても虚だった頃の孔は開いていない。外から見える範囲では、死神の身体が傷一つない状態で戻っていた。
瓦礫の丘から離れた砂の上に、藍染が立っていた。
「気がついたかね。ここはどこで、君は自分が誰だか分かるかい?」
「…………何を言ってるんですか、藍染隊長。ここは虚圏の境界付近で、俺は五番隊の極秘任務で調査に来ていて――」
口から答えが出たところで、別の記憶が同じ口を止めた。
「……いや、待てよ。俺はギリアン級大虚のガルムルド・ジュードスタインだ。空座町から逃げ帰って、あんたに会って……。あ? いや、違わねえ。俺は護廷十三隊五番隊三席、緋山雷太だ。……どっちだ?」
名前を口にするたび、その名で生きてきた時間が蘇る。ガルムルドと呼ばれれば振り返るし、雷太と呼ばれても同じように振り返るだろう。
片方が偽物なのではなく、どちらも自分であるため、選ぼうとする問いの方が間違っていた。
藍染は興味を隠さず目を細め、顎へ指を添えた。
「外見は完全に『緋山くん』そのものになったと思ったが、意識の方も興味深い混ざり方をしているね。君の前にいる私を隊長と認識しながら、同時に初対面の死神として警戒している」
雷太は自分の両手を見下ろした。指の長さも掌の傷も見覚えがあり、爪の間に残った砂だけが、昨日までの生活にはなかったものだ。
霊圧を巡らせると、霊力が斬魄刀へ通じ、その奥では虚の核が脈打っている。二つは反発せず、最初から一つの循環だったように身体を満たしていた。
「藍染隊長……これはいったい……。俺に死神の魂魄を喰わせて、俺が俺で…………どういうことです?」
「ふむ。まず、君を『緋山くん』と呼んで構わないのかな?」
雷太は己の内側を探った。返事を争う二つの声も、身体を奪い合う二つの意思も存在しない。そこにいるのは、二つの人生を最初から自分のものとして思い出せる一人だけだ。
「いや……俺はガルムルド・ジュードスタインであり、同時に緋山雷太でもある。名前を一つ選べと言われりゃ、見た目も立場もこっちなんで雷太を使いますが、そんなところらしいですね」
「なるほど。アーロニーロ・アルルエリのように、喰らった者の能力と記憶を宿す現象とも異なるようだ。虚が死神を取り込んだのでも、死神の記憶に人格を上書きされたのでもない。二つの魂魄が境界を失い、完全に一つへ融合した。いわば、虚と死神の完全融合体(ハイブリッド)か」
藍染は雷太の周囲を歩き、霊圧の流れを観察した。
事前に想定していなかった結果を、次の実験へ使える法則へ変えようとしている。
「破面化の実験体としては極めて異質だが、素晴らしい成果だ。虚の力を得た死神でも、死神の力を奪った虚でもない。君は双方の魂を完全な形で持ちながら、そのどちらとも矛盾しない」
「………要するに藍染隊長は、俺を破面化の実験台にするため、緋山雷太を殺して魂を取り出し、それをガルムルドへ投与した。俺がアジューカスへ進化する力と、あんたの崩玉で起こした破面化と、死神の魂魄が同時に作用して、二つの俺が混ざったわけだ」
殺された時の痛みも覚えていた。背後から胸を貫かれ、信頼していた顔を振り返り、理由を尋ねる前に膝をついた。
殺した側を前にしていると、その怒りは現在の感情として腹の底から湧いてくる。
一方で、進化を目前にしながらギリアンのまま停滞していたガルムルドにとって、藍染は望んでいた壁を越えさせた相手だった。
その恩もまた、誰かから流れ込んだ借り物ではなかった。
「別に……頭が澄んで落ち着いただけですよ。俺は死神で、あんたの言う破面で、緋山雷太であり、ガルムルドだ。両方の記憶と誇りがある。そこに不都合はないですよ、今のところはね」
藍染の微笑が薄くなった。自我の混乱を期待していたのか、忠誠の揺らぎを測っているのか、雷太にはどちらも考えられた。
「……私を恨むかい?」
雷太は立ち上がり、腰の斬魄刀が鞘の中で収まっていることを確かめた。斬魄刀の名も、始解の解号も覚えている。虚の本能は目の前の強者へ牙を剥けと囁いていたが、その衝動さえ一歩引いて眺められる理性があった。
「死神の緋山雷太として殺された分は、きっちり恨んでますよ。ただ、ギリアンのガルムルドを進化させてくれた恩もある。その二つを天秤にかけて、差し引きどうなるかってところだな」
「恩が勝てば私に従い、恨みが勝てば私を斬ると?」
「そんな単純な秤じゃないですよ。俺を殺したあんたへ隊長と呼びかける気持ちも、今ここで斬りかかりたい気持ちも、どっちも本物だ。だから、これからあんたが何をするのか見てから決めます」
藍染は怒らなかった。むしろ、予想の外へ出た結果を喜ぶように笑みを深くした。
「思考と感情の統合が、もうそこまで進んでいるとはね。実に理性的だ。では、これからどうするつもりだい?」
「決まってるでしょう」
雷太は藍染へ背を向け向こうへ歩き出した。霊圧を探りながら、片手だけを上げる。
「尸魂界へ帰りますよ。俺は五番隊の三席だ。虚圏遠征から戻ったなら、隊舎へ顔を出して溜まった書類仕事を片づけるのが筋でしょう? 藍染隊長」
「その姿と霊圧なら、見破られる可能性は万に一つもあるまい。君の魂魄を詳しく知る者が触れたとしても、緋山雷太本人であるという答えしか得られないだろう」
「そりゃ助かります。遠征帰りに破面になりましたと報告したら、始末書の提出先が分からないんでね」
藍染は呼び止めず、遠ざかっていく背中を見送った。
「ふふ……。良いだろう、行きなさい。君が何を選び、どこまで進化するのか、私も楽しみにしているよ」
雷太は振り返らなかった。藍染が自分を自由にしたのではなく、実験体を観察するつもりでいることも理解している。
そのうえで五番隊へ帰ると決めたのは、死神としての居場所も、そこで待つ者たちも、自分の人生から手放す理由がなかったからだ。
◇◇
夕暮れに染まった緋山家の玄関が開いた。
「ただいまー」
屋敷へ入れば廊下の軋む場所も、居間までの歩数も考えずに分かる。
覚えている家へ帰ってきたのではなく、自分の家へ戻ってきた感覚だ。
「おかえり〜。虚圏への遠征任務は大丈夫だったの?」
居間の縁側では、染華がサボっていた。両腕と太腿を露わにした死覇装で寝ころび、息子を迎えている。
「死にかけたけど、死んでないから大丈夫だ」
「大丈夫なわけあるかァァッ!!」
雷太の頬を両手で挟んだ。顔を左右へ向け、瞼を持ち上げ、口を開かせようと指をかけ、最後には死覇装の襟まで引っ張って傷の有無を確かめ始める。
「ちょっ、帰って早々なんだよ!! 口を開けさせて何が分かるんだ!?」
「舌の色で体調が分かるかもしれないでしょ!! あんた、昔から本当に説明が雑なのよ! 死にかけたって、どこを斬られたの!? 血はどれだけ出た!? 四番隊には行ったの!? 痛みは残ってないでしょうね!?」
雷太は襟を守りながら後ろへ下がり、染華の検査から逃れる。
「痛みも傷も残ってねえよ! 見りゃ分かるだろ。だから帰ってきたんだ!」
「もう、そういう物騒なことばっかり言う! 無事なら最初から『問題なく帰還しました』って言いなさいよ。母親が余計な心配をしなくて済むでしょうが!」
染華はようやく手を離したが、今度は雷太の周囲を回り、歩き方に異常がないかまで確かめている。
戦うことも痛いことも嫌いな女にとって、息子が虚圏で死にかけたという報告は、本人の負傷より想像しただけで痛かった。
「……そういえば、帰りに薫子ちゃんには挨拶してきたの?」
「なんで今の話から薫子が出てくるんだよ」
「遠征帰りの無事な顔を見せるのは当然でしょう。あの子、あんたが虚圏へ行っている間も気にしてたんだから。ここへ帰る前に寄れば、頼もしいところを見せられたのにねぇ」
「薫子は関係ねえだろ!! あんたは俺の母親かっての!!」
「実の母親だろうがァァッ!! 産んだ覚えしかないわ!!」
雷太はため息をつき、染華の格好を上から下まで眺めた。屈んだ拍子に死覇装がさらにずれ、露わになった太腿は、息子を心配する母親像から大きく外れている。
「……俺の知ってる一般的な母親は、そんな太もも丸出しの破廉恥な格好で外を出歩かないんだよ」
「てめえ!! 私が血狼を解放したら、自分の血飛沫で服が吹き飛ぶから、最初から余計な布を減らしてるの知ってるでしょーがッッ!!」
「はいはい、露出狂の言い訳お疲れさまでーす」
雷太が鼻で笑って奥へ進もうとすると、染華は先回りして廊下を塞いだ。
「むっきーーーーーーーッッ!!!! 生意気なクソガキに育ちやがってぇぇぇっ!!!」
騙しているわけではない。
緋山雷太の姿を借りたガルムルドが、母親の前で息子を演じているのではないのだ。
ガルムルドを内側へ封じた緋山雷太が、元の生活へ戻ったわけでもない。
母親へ茶を出せば好みの濃さが分かり、小言を聞けば面倒だと思いながら安心し、薫子の名を出されれば反射で声が大きくなる。
その感情のどこにも、記憶を参照して正解を選ぶ偽物の手順は存在しなかった。
俺は緋山雷太としての個我も、ガルムルド・ジュードスタインとしての個我も、両方を本物として持っている。多重人格でも二重人格でもなく、身体を奪った寄生者でもない。生まれの異なる二つの魂が完全に溶け合い、新しい一人として成立している。
これは、死神と破面の境界を超えたこの俺が、最高の死神であり、最高の破面になるまでの物語だ。
完全融合体(ハイブリッド)
藍染がガルムルドと緋山雷太の融合状態へ便宜上付けた呼称。
通常の破面は、
「虚が死神の力を得た存在」
だが、今回の雷太はそれとは異なる。
また、
「死神が虚の力を得た存在」
でもない。
虚であるガルムルドと、死神である緋山雷太の魂魄そのものが完全に融合し、一人の新たな魂魄として成立している。
そのため、
虚の力+死神の力
という単純な足し算ではなく、
「最初から両方である一人」
という状態に近い。
人格融合
今回の雷太に発生した最大の特徴。
二重人格や多重人格とは異なり、
「ガルムルド人格」
「緋山雷太人格」
が頭の中で会話しているわけではない。
記憶、感情、価値観、経験、誇りまでが融合しているため、
藍染を敬愛している
ことも、
藍染に殺されたことを恨んでいる
ことも、
同時に矛盾なく本人の感情として成立する。
ガルムルドとして藍染へ感じる恩義と、雷太として感じる殺意も同様。
本人はそのどちらかを消す必要があるとは考えていない。
自作崩玉
藍染惣右介が作り上げた崩玉。
今回、ガルムルドの破面化と緋山雷太の魂魄融合を引き起こした要因の一つ。
本来想定していた破面化だけでなく、
ガルムルドがアジューカスへ進化しようとしていた力
緋山雷太の死神としての魂魄
崩玉による境界破壊
が同時に作用した結果、藍染自身も予想していなかった完全融合体が誕生した。
破面化
虚が仮面を外し、死神に近い姿と能力を得る現象。
通常は虚としての自我を保ったまま人型へ近づくが、ガルムルドの場合は、破面化の最中に死神・緋山雷太の魂魄まで融合したため、一般的な破面とはまったく異なる結果になった。
仮面も虚の孔も外見上は消失しており、魂魄を調べても「緋山雷太本人」としか認識できないほど融合が完全である。
斬魄刀
融合後の雷太が腰へ下げている刀。
緋山雷太が死神だった頃から使用していた斬魄刀であり、その名も始解の解号も失われていない。
雷太本人が復元されているため、斬魄刀との繋がりも維持されている。
ただし、その身体の奥には同時に虚としての核も存在している。
「最高の死神であり、最高の破面」
融合後の雷太が目指すもの。
どちらか一方へ戻ることでも、片方の力を捨てることでもない。
死神として生きてきた緋山雷太も、虚として進化を求めてきたガルムルド・ジュードスタインも、どちらも現在の自分自身である。
ならば、
死神として頂点へ至り、同時に破面としても頂点へ至ればいい。
実に単純である。
本人にとっては。