我こそは十四番隊隊長(自称)   作:かなりゆっくりめ

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戸川古男(とがわ ふるお)
自称「護廷十三隊十四番隊隊長」。八番隊五席。今回は二番隊(隠密機動)へ出向き、隊長である砕蜂のコンプレックスを容赦なく抉りつつ、圧倒的な実力差で地獄の鬼ごっこを展開する。

砕蜂(ソイフォン)
二番隊隊長・隠密機動総司令官。敬愛する四楓院夜一に追いつこうと必死に己を鍛えているが、古男に図星を突かれた上に斬魄刀を奪われ、徹底的にコケにされる。

伊勢七緒(いせ ななお)
八番隊副隊長。自身の斬魄刀を京楽に預けているため、古男から突然他人の斬魄刀(雀蜂)をプレゼントされそうになり困惑する。

二番隊隊士
隠密機動の隊員。古男の理不尽な振る舞いに翻弄される。


蜂の子と鬼ごっこ

古男が二番隊を訪れたその日、珍しく彼は真面目な顔をしていた。

 

ふざけた笑い声もなければ、魁湛による意味不明な演出もない。静かな足取りで隊長執務室の前まで来ると、そこにいた隊士へ厳かな声音で告げた。

 

「十四番隊隊長である。……蜂の子隊長はご在宅かな?」

 

やはり平常運転だった。

 

応対した隊士は何とも言えない顔をしたまま執務室へ入り、机に向かっていた砕蜂へ恐る恐る声を掛けた。

 

「隊長……また戸川五席が隊長を訪ねてきましたが……」

 

「誰が蜂の子だ!! 叩き出せ!!」

 

古男の名を聞いただけで砕蜂の眉間には深い皺が寄った。

以前から二番隊へふらりと現れては、妙な呼び名を付け、訳の分からないことを口走り、こちらが追い出そうとするといつの間にかいなくなる。

今日こそ隊舎の中へ一歩も入れるなと命じようとした、その時だった。

 

背後から、くぐもった女の声が聞こえた。

 

『クックック………私メリーさん。いま、蜂の子さんの後ろにいるの……!』

 

砕蜂の身体が弾かれたように反転した。

 

「!!? 私の背後を!!!?」

 

隠密機動総司令官たる自分の背後へ、気配もなく入り込まれた。その事実だけで一瞬にして意識が戦闘へ切り替わる。

だが振り返った先には誰もおらず、障子も閉じたまま、天井にも床下にも人の気配はない。

 

『私メリーさん………メリーさん………』

 

今度は妙に近い。

砕蜂が声の出所を探って自分の肩口へ手を回すと、死覇装の背中に小さな通信機が貼り付けられていた。

 

「…………」

 

ゆっくりと窓へ顔を向ける。

 

古男はそこにいた。

 

いつの間に入ったのか、開け放たれた窓枠へ腰掛け、片手に小型の送信機を持っている。こちらの顔を見るなり、いかにも満足そうに口元を歪めた。

 

「クックック………どうした? 俺はずっと目の前にいるぞ。蜂の子よ」

 

「この……! なんという屈辱だ……!!!」

 

「蜂の子隊長、なぜそんなにも苛立っているのだ!? ほれ、この煮干しをやろう」

 

差し出されたのは、半分ほど齧られた煮干しだった。

 

「いらん!! そもそもなぜ蜂の子なのだ!? 私は砕蜂だ!」

 

古男は食べかけの煮干しを自分の口へ戻し、しばらく噛んでから妙に神妙な顔をした。

 

「クックック……蜂の成虫にはくびれがある……。転じて蜂の子、すなわち幼虫には、胸も……尻も……くびれもない……。故に蜂の子よ…………」

 

一瞬の沈黙の後、砕蜂の霊圧が爆発した。

 

「この変態男が!!!! 殺す!! 尽敵螫殺――」

 

雀蜂へ手を掛ける。

 

だが指が掴んだのは鞘だけだった。

 

鞘を確認し、それから窓枠へ目を向けると、古男はいつの間にか抜き取った雀蜂を手にし、刀身を光へ透かしながら眺めていた。

 

「うーん、手入れが甘いな。白打ばかり鍛えすぎるとバランスが崩れるぞ」

 

「いつ取った!! 返せ!!!!」

 

砕蜂が床を蹴った。

 

次の瞬間、窓枠から古男の姿が消える。

 

砕蜂は即座に気配を追ったが、その認識より先に背後へ手が伸びてきた。肩から腕、脇腹、背中へと古男の両手が遠慮なく触れていき、筋肉の張りを確かめるように指を押し込んでは場所を変える。

 

「くふっ……、う……な!! 何をするかあ!!!!」

 

顔を真っ赤にして振り払おうとする砕蜂とは対照的に、古男の表情は妙に真剣だった。

 

「……先代が斬術を使うより白打のみに徹したのは、そちらの方が強いからだ。だが、お前は違う。体躯が特別大きいわけでもなく、霊圧だけで押し切れるほど突出しているわけでもない。それなのに先代と同じ場所だけを伸ばそうとしている。白打へ寄せすぎれば、斬術も歩法も鬼道も、その分だけ噛み合わせが悪くなるぞ」

 

古男の指が肩甲骨の際を押し、さらに腰へ移る。

 

「ここも硬い。踏み込みのたびに余計な力を入れているな。速く動こうとするあまり、動き出す前から身体が次の一歩を急いでいる」

 

「っ……!」

 

「カーカッカッカッ!!!!」

 

真面目な顔は一瞬で消えた。

雀蜂を握ったまま窓から飛び出し、古男は二番隊の屋根へ駆け上がる。

 

「待て!!!! 斬魄刀返せ!!!」

 

当然、砕蜂も追った。

 

「クックック!! 追いついてみるがいい!!! 蜂の子は『飛廉脚』も出来ないのか!!」

 

「できんわ!!! 死神は『瞬歩』だ!!!!」

 

「カーカッカッカッ!! 霊圧が乱れているぞ!!!」

 

魁湛が腰元で光った途端、砕蜂の視界がぐにゃりと歪んだ。屋根が波打ち、建物が傾き、前を走っている古男の背中まで左右に伸び縮みして見える。

 

「おのれ……!! 目眩ましか!!!」

 

「クックック!! 敵が正しい景色を見せてくれると思うなよ!!!」

 

「誰がお前を敵にした!! 私の斬魄刀を返せ!!!!」

 

二番隊の屋根を越え、道を飛び越え、隊舎から隊舎へと追走は続いた。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

その頃、八番隊では七緒が書類の山と格闘していた。

 

ようやく一区切りついたところで、古男が何食わぬ顔で執務室へ入ってくる。

 

「伊勢副隊長」

 

「………なんです? また書類の不備ですか?」

 

「これをやろう」

 

机の上へ一本の斬魄刀が置かれた。

七緒は見覚えのない刀と古男を見た。

 

「これは……斬魄刀? なぜ私に?」

 

「君は春水に自分の斬魄刀を預けているだろう? その代わりだよ」

 

「…………ありがたいお話ですが、他人の斬魄刀は使えませ――」

 

廊下から足音が迫ってきた。

 

直後、襖が勢いよく開き、肩で息をする砕蜂が飛び込んでくる。普段なら乱れ一つ許さない髪も死覇装も崩れ、顔は真っ赤で、額には汗が浮かんでいた。

しかも途中から魁湛の視覚演出に散々振り回されたらしく、入口で一度大きく身体を揺らし、口元を押さえた。

 

「はあっ……! はあっ……! 貴様!!! 私の斬魄刀を!!!! 返………おえっ……! 返せ!!! ぜー……ぜー……!!」

 

七緒は机の上の刀を見る。

古男を見る。

砕蜂を見る。

もう一度刀を見た。

 

「……戸川五席」

 

「む………思ったよりも早かったな……!」

 

古男は雀蜂をひょいと取り上げた。

 

「ではもう一度だ!!」

 

「ま………待て!!!!!!」

 

再び窓から消える。

 

砕蜂は一瞬だけ膝へ手をついたものの、すぐに歯を食いしばり、追いかけていった。

 

七緒は何も言わず眼鏡を押し上げた。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

それから半日。

 

瀞霊廷のあちこちで、古男の高笑いと砕蜂の怒声が聞かれた。

 

「はーっハッハッハ!!!!!」

 

「がヒューーー!! まっ……て……! まっ…………て……! かハッ……はあ……!」

 

それからさらに半日。

 

夕日が傾く頃には、追走の舞台は瀞霊廷を離れ、郊外の森へ移っていた。

 

「クックック!!! その程度の『響転』では、わが瞬歩はとらえられぬ!!」

 

「…………お願い…………だか…………ら…………かえ……………し……………て」

 

「死神は瞬歩だぞ、蜂の子!!」

 

「おまえ…………が…………響転と…………言った…………」

 

そこまでだった。

 

砕蜂の足がもつれ、そのまま地面へ倒れ込んだ。

 

もはや怒鳴る力も残っていない。指一本動かすのも億劫なのか、土の上に伏したまま荒い呼吸を繰り返している。

 

古男は少し先で立ち止まった。

 

いつもの高笑いも、ふざけた口調もない。

 

戻ってくると、雀蜂を手の届くところへ置き、倒れた砕蜂の脚へ手を添えた。ふくらはぎから太腿へ、固くなった筋肉を順に押しほぐし、腰から背中へ移る頃には、先ほどまで痙攣するように張っていた身体から少しずつ力が抜けていった。

 

「う……あ……くふ……」

 

「力を抜け。これだけ走ってまだ全身を固めてどうする」

 

声を出す余裕もない砕蜂を相手に、古男は手を止めなかった。

 

「良いか。瞬歩には『序立』、『抜脚』、『瞬歩』の三段階の理屈がある。貴様は完成した瞬歩ばかりを意識して、その前を雑にしている。動くと決めた時点で重心が前へ流れ、抜脚で余分に地面を蹴る。だから一歩ごとの霊圧消費が大きい。短い距離なら誤魔化せても、これだけ続けばすぐに差になる」

 

砕蜂は土に頬をつけたまま、僅かに目だけを動かした。

 

「……先代は……」

 

「夜一の真似をするな」

 

「同じ身体でもなければ、同じ感覚を持っているわけでもない。あれが百歩で覚えたものを、お前が百歩で覚えられないからといって才能がないわけではない。千歩かけて理屈にしてしまえばいい」

 

砕蜂の指先が僅かに動く。

古男は脚の付け根へ指を当て、硬くなった筋肉をゆっくり押しながら続けた。

 

「白打も同じだ。お前は先代を超えたいあまり、先代の完成形を追いすぎている。あの女と同じになったところで、あの女を超えたことにはならんぞ。斬術を捨てる必要もない。鬼道を捨てる必要もない。お前自身に残されているものを勝手に削るな」

 

「…………」

 

「先代の上手さは天性のものだ。なら、お前は『理屈』で踏破してみせろ。自分の才能に合った鍛え方をしなければ、永遠にあの女は超えられんぞ?」

 

砕蜂の目が僅かに見開かれた。

古男はようやく手を離し、傍らに置いていた雀蜂を砕蜂の手元へ寄せた。

 

「俺は、その方がいい女になると思うぞ? ――砕蜂」

 

返事を待たず、立ち上がる。

 

夕日の中へ伸びた影が森の奥へ遠ざかっていき、砕蜂はその背中が見えなくなるまで何も言わなかった。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

それからというもの。

 

二番隊では、三日に一度ほど奇妙な光景が見られるようになった。

 

「待て戸川ぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「カーカッカッカッ!! 遅いぞ蜂の子!! 序立からやり直せ!!!」

 

「今日は絶対に捕まえる!!!!」

 

瀞霊廷を横切って古男を猛追する砕蜂。

 

その日の追走が終わる頃には決まって全身を使い果たし、息も絶え絶えになりながら古男を睨みつける。

 

そしてしばらくすると。

 

「…………戸川」

 

「なんだ蜂の子」

 

「…………今日の…………あれを…………」

 

「聞こえんな」

 

「…………マッサージをしろ」

 

「カーカッカッカッ!!!! 素直になったではないか、蜂の子よ!!!」

 

「殺すぞ!!!」

 

そう言いながらも、翌々日にはまた追いかけていた。

 

誰もそれを稽古とは呼ばなかった。

 

砕蜂自身も、決してそうは呼ばなかった。

 

ただ三日に一度、二番隊隊長が八番隊五席を本気で追い回すようになっただけである。

 




雀蜂(すずめばち)
砕蜂の斬魄刀。解号は「尽敵螫殺(じんてきしゃくせつ)」。能力を解放する前に古男に奪われてしまった。

白打(はくだ) / 斬術(ざんじゅつ)
死神の基本戦闘手段である「斬拳走鬼」のうち、素手での体術が「白打」、刀による剣術が「斬術」。夜一は白打に特化していたが、古男は砕蜂の肉体バランスを見て「斬術も鍛えろ」と助言した。

飛廉脚(ひれんきゃく) / 響転(ソニード)
滅却師(クインシー)および破面(アランカル)の高速移動術。死神である砕蜂の「瞬歩」をわざと別の名前で呼んで煽った。

序立(じょりつ)・抜脚(ばっきゃく)・瞬歩
古男が語った瞬歩のプロセス理論。感覚やセンスで動く夜一に対し、理論で身体を動かすように砕蜂へ道筋を示した。
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