我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
八番隊五席。旅禍襲来の非常時でも、自分が優先すべきものについて独自の基準を持つ。
藍染惣右介
五番隊隊長。古男とは妙なところで気が合い、報告書を巡って密かな勝負を続けている。
雛森桃
五番隊副隊長。藍染への信頼は絶大。隊長が何をしていても基本的には応援する。
黒崎一護
懺罪宮へ収監中。仲間たちの霊圧を感じ取り、自分にもできることを考え始める。
朽木白哉
六番隊隊長。一護の処刑阻止へ動く義兄。最近は懺罪宮への滞在時間と酒量が増えている。
志波海燕
十三番隊副隊長にして志波家当主。一護救出派の中心人物の一人。白哉とは別方向に酒へ強い。
コン
現在は白哉が用意したウサギの人形に入っている改造魂魄。戦闘力はなくとも、小さな身体だからこそできる役割がある。
隊舎へ続く回廊を歩く藍染惣右介の後ろから、古男がついてきた。
古男は足音を消さず、ついてきていることを隠さない。これは尾行ではなく、公開同行である。
藍染は振り返らずに尋ねた。
「…………なぜついてくるのかな? 戸川五席」
「クックック……。己の胸に手を当ててみろ」
言われたとおり胸へ手を当てたが、古男につきまとわれる覚えはなかった。
「………特に心当たりがないのだが」
「ならば、思い当たるまでじっくり待ってやろう」
旅禍の侵入を告げる警報が鳴り、他の隊士が持ち場へ走る中、古男は腕を組んで居座った。古男にとっては緊急警備より優先度が高かった。
「……まさか、君が提出したあの奇怪な『定期活動報告書』を、僕がまだ解読できていない件かい?」
「なんだ、まだ解読できていなかったのか……。底が知れたな、藍染よ」
暗号の話になると藍染は乗ってきた。
古男の定期活動報告書は、いつからか藍染との暗号勝負に変わっている。
数字の置換、古代語、楽譜、星の配置、献立の品数、紙を光へ透かさなければ読めない文字まで、方式は提出のたびに変わった。
普通に書くという案を二人とも採用しない。
前回の解読には三日を要し、出てきた本文は『北側巡回、異常なし』だった。
報告としては正しいが、三日を費やす内容ではない。
それでも藍染は解読を喜び、古男は次こそ敗北させると誓った。
定期業務は、この二人が関わると業務から離れた方向へ高度化する。
「今回の暗号はとびきり難解なのだよ。良ければ……ひとつヒントをくれないかい?」
古男はマントを翻し、藍染へ人差し指を突きつけた。
「――クックック……俺が……『VIVANT(ヴィヴァン)』だ!!」
「………!!! なるほど……! 自衛隊の影の諜報組織……別班、あるいは旧日本の極秘暗号パターンか……!! まさかそんな素直かつ古典的なルートで攻めてくるとはね……」
藍染は一語のヒントを、現世の諜報史や旧日本の暗号技術へ勝手に結びつけた。正解は分からないが、本人は手応えを得ている。古男の暗号が難しいのではなく、出題者と回答者が揃って答えから離れている可能性もあった。
「クックック……。さあ藍染よ!! 我と共に、この美しき日本を護り抜こうではないか!!」
そこから先は暗号ではなく、諜報網、鉄道、経済安全保障、饅頭の価格統制を扱う国家論になった。古男は餡の値上がりも国防問題として語り、藍染には聞く気がなかった。
やれやれ……しばらくその庭のバッタを僕だと思って熱弁していてくれ……。
鏡花水月により、古男には庭のバッタが藍染に見えていた。
反論しないバッタは、本物の藍染より都合のよい聴衆だった。
藍染は隊舎へ入り、バッタは葉の上で国防の責任を負わされた。
侵入警報が鳴る中、一匹の昆虫が日本の食料安全保障を任されている。
◇◇
執務室では雛森桃が藍染を迎えた。
「藍染隊長! おかえりなさいませ!」
「ただいま、雛森くん。今日はとても素晴らしい解読作業になりそうだよ」
何を解読するのかは尋ねず、雛森は隊長の仕事へ全面的な支持を表明した。
「はい! 頑張ってください隊長!」
藍染は古男の定期活動報告書を机へ広げた。
庭から演説は聞こえていたが、古男はバッタを相手に忙しい。
前回も茶と食事を運び、三日がかりの解読を支えている。
結果が『北側巡回、異常なし』だったことは知らない。
真相が伝われば、五番隊の威厳と雛森の敬意が同時に被害を受ける。
どうせ浦原喜助の崩玉の隠し場所もすぐには分からん。
藍染は古男の報告書を別班の通信規則へ当てはめ、鼻歌とともに筆を走らせた。
「解読〜♪ 暗号解読〜♪」
尸魂界の支配へ向けた計画と、古男が暇に任せて作った暗号は、藍染の机上で同じ扱いを受けていた。雛森は止めなかった。
◇◇
同じ時刻、懺罪宮の独房前には空の酒樽が並び、酒の臭いが漂っていた。
鉄格子へ手をかけた朽木白哉は頬を赤くし、焦点の合わない目で義弟を見ていた。
足元は頼りないが、顔だけは大貴族当主の真顔である。
連夜の宴会は、処刑反対派の情報共有から始まった。八度も続けば酒樽が増え、議題は減る。白哉と海燕は、義弟へ確認すべき重要事項があると言って見張りを退室させた。
懺罪宮は牢獄から親族会議の会場へ変わり、見張りたちは戻ってこない。
重要事項の正体を聞かなかった者だけが、本日の懺罪宮で無傷だった。
「…………卿…………」
「な、何だよ………兄貴。酒臭えぞ……」
「……卿、ルキアを……抱いたか??」
「なッッ!!?? ばッッ!!?? バカ言ってんじゃねえぞコラァァッッ!!!!」
一護は立ち上がり、白哉は真顔のまま続けた。白哉の中では、これは詮索ではなく兄としての確認だった。分類を変えても内容は変わらない。
「確かに………確かに我が妹には……女としての色気や……胸元のふくらみなど……色々足りんかもしれん……! だが卿は……それを承知の上で……あやつと付き合ったはずだッ……!!」
白哉は妹を擁護するつもりだが、実際には胸がないと公言している。
徳利をあおっていた海燕も格子の間から腕を差し入れた。肩を組むつもりだったが、一護へ届かず格子に絡んだ。
「そうだぞ一護ォォッ!! 男女の仲を深めるのにアレは最高に良いんだ!! 夫婦円満の秘訣だぞコノヤロー!! 現に俺と都も円満だァァッ!!」
「お前ら、酔っ払いすぎだろォォッッ!!」
婚約者との性交渉を確かめる親族会議である。
死神たちが近寄らないのは二人が隊長格だからであり、回答を廊下の角から待っているからではない。
遠方で霊圧が炸裂し、窓枠と鉄格子が鳴った。床を伝った振動で酒樽も揺れる。
一護は窓へ顔を向けた。現世で何度も感じた仲間の霊圧が、瀞霊廷の内側にある。
「………っ! この霊圧……あいつらか……!?」
白哉は刀の柄を握り、壁から身体を離した。
「さて………………………義弟の仲間の侵入とあらば……出迎えに………………む?」
右足を出したところで廊下が傾き、肩が壁へぶつかる。
天井と床を交互に確かめた末、疑ったのは自分の酒量ではなく世界の方だった。
「な、なぜだ……? 世界が反転している………! これは……敵の空間反転攻撃か……? ……平子真子は…………もうこの尸魂界にはいないはずだが……」
海燕も立ち上がろうとした。
「行くか……………おろ? おろろ?」
立ち上がろうとした両足が絡み、空の徳利を抱えたまま石床へ倒れ込む。
それでも酒を原因とは認めなかった。
「いや……………調子が悪い……! マユリの野郎め………どこかで神経毒を撒き散らしやがったな……!」
平子真子も涅マユリも、この二人を攻撃していない。
白哉は悪酔いで平衡感覚を失い、海燕は酒を飲みすぎて立てなくなっただけである。
「……ただの二日酔いと悪酔いの眩暈(めまい)だろ……」
一護は付き合いきれず、懐からウサギの人形を取り出した。中に宿るコンが顔を出す。
「………………おい、コン」
「なんだ?? 一護」
「俺は処刑の日まで、この懺罪宮から動けないらしい。……俺が自力で脱出するチャンスがあるとすれば、処刑直前のあの広場だけだ」
コンは黙って聞いた。
「…………おう」
「お前、この酔っ払いたちの隙を見てここを抜け出してくれ。そして……ルキアたちのところへ行って、この瀞霊廷を案内してやってほしいんだ。ルキアはともかく、井上やたつき、石田やチャドは絶対に道が分かんねえだろ」
懺罪宮までには、よく似た白壁と回廊が続き、警報下では封鎖も増えている。
外から見える塔へ直進できる構造ではない。
ルキアが一行から離れれば、残る四人には道を知る者がいなくなる。案内役がいなければ、現世組は一護へ辿り着く前に道を塞ぐ隊長と戦い続ける。浮竹がすでに織姫の反射爆風を受けたことを一護は知らないが、その心配は別区画で現実になっていた。
「一護……お前……?」
「白哉の兄貴や海燕を信用してねえわけじゃねえ。……わけじゃねえが、あいつらを手助けしてやりてえんだよ。俺一人のために、命がけでここまで来てくれたんだからな」
コンに戦う力はないが、死神の足元を抜け、現世組と話し、瀞霊廷の道を教えられる。
必要なのは強者ではなく、見張りに拾われても玩具として扱われる案内役だった。
候補に酔い潰れた隊長格二人が含まれているため、ウサギの人形が選ばれても不思議はない。
「……へっ、わーったよ!! この天才マスコット・コン様に任せときな!!」
白哉は壁へ手をついて天地の正常化を待ち、海燕は石床へ伏せて見えない神経毒と戦っている。
その足元を抜けたコンは酒樽の陰を通り、開いた扉から回廊へ出た。巡回の死神にも気づかれず、懺罪宮からの脱出に成功した。
ただし、ルキアたちの現在地をコンは知らない。
一護から案内を命じられたウサギは、まず広大な瀞霊廷で案内相手を探さなければならない。最初に道を求めているのは現世組ではなく、案内役の方だった。
■ 古男の定期活動報告書
本来は八番隊へ提出する通常の業務報告。
いつしか古男と藍染の間で暗号勝負の題材となり、提出ごとに暗号方式が変更されている。
内容そのものは極めて普通であることが多く、解読難度と情報価値は比例しない。
■ 鏡花水月(きょうかすいげつ)
藍染惣右介の斬魄刀。
完全催眠によって対象の五感を支配し、別の対象を本人だと認識させることも可能。
今回のように戦闘ではなく、面倒な相手から静かに離れるためにも使用できる。
能力の格に対して用途が非常に贅沢。
■ 逆撫(さかなで)
平子真子の斬魄刀。
相手の上下・左右・前後などの方向感覚を逆転させる能力を持つ。
悪酔いした白哉が平衡感覚の異常から真っ先に平子を疑ったのは、この能力を知っていたため。
今回はもちろん無関係。
■ コンのウサギ人形
白哉が尸魂界潜入用として準備した小型の人形。
普段のライオン姿より目立たず、死覇装の懐にも収まる。
結果として、厳重な懺罪宮から抜け出す際にも都合のよい身体となった。