我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
自称「護廷十三隊十四番隊隊長」。八番隊五席。今回は五番隊執務室を襲撃し、藍染のデスクを踏み荒らした上、ポエムと暗号で書かれた任務報告書をバラ撒いて去っていく。
藍染惣右介(あいぜん そうすけ)
五番隊隊長。普段は温厚で知的な聖人君子を演じているが、極度の負けず嫌いと探究心の強さが災いし、古男の解読不可能な報告書解読に全てを捧げてしまう。
雛森桃(ひなもり もも)
五番隊副隊長。藍染を心から尊敬しているが、古男の奇行とそれに巻き込まれて完徹を重ねる藍染の姿に精神を削られる。
市丸ギン(いちまる ぎん)
三番隊隊長。一週間不眠不休で暗号解読に没頭し、「壁を超えた」と語る藍染の異様さに引いている。
伊勢七緒(いせ ななお)
八番隊副隊長。藍染から解読された古男の報告書を受け取り、その異常な執念に困惑する。
五番隊の隊長執務室に、朝から地鳴りのような重低音が響いていた。
ゴゴゴゴゴゴ……。
書類へ筆を走らせていた藍染は、しばらくその音を無視していた。
ならば放っておけばそのうち止まるだろうと思っていたのだが、いつまで経っても終わらない。
とうとう筆を置き、ゆっくり顔を上げたところで、視界の真正面に草鞋があった。
机の上に古男が立っている。
しかも端ではない。
書類のど真ん中である。
「……ふむ」
「戸川五席……? いや……その……だね」
古男は答えず、片足をさらに前へ出した。大仰に腰を落とし、腕を組み、今度は真正面から藍染を見下ろす。
その動きに合わせるように、また執務室いっぱいへ重低音が響いた。
ゴゴゴゴゴゴ……。
「僕の机の上に立っていられると、仕事が……ね」
「クックック……天におわすは星の大海。地に這いずり回るが如き凡夫には、机上の空論など無意味よ」
藍染はしばらく考えた。
「え……と。どういう意味だい?」
「カーカッカッカッ……そこに隙間があるだろう?」
「どけるという発想はないのかい?」
藍染の机は決して狭くない。だが中央に仁王立ちしていれば、残された作業領域などたかが知れている。
それでも古男には退く気配がなく、むしろ書類と書類の間にある僅かな空白を指差し、「ここを使え」とでも言いたげに頷いた。
そこへ盆を手にした雛森桃が入ってきた。
「藍染隊長、お茶が……って、何をやってるんですか!!」
古男の姿を見るなり盆を脇へ置き、机へ駆け寄る。
袴の裾を掴んで力いっぱい引っ張ったものの、古男は微動だにしない。
足元に根でも生えているのかと思うほどで、雛森が両手で引いても、身体を反らして体重を掛けても、草鞋の位置さえ動かなかった。
「降りてください! 隊長がお仕事できないじゃないですか!」
「カーカッカッカッ! そこな脳内桃色少女よ」
「私はそんな変なこと考えてません!!」
「それほどまでに我が足に縋りつきたいならば、この至高の霊圧をまさぐり、夜の閃光を感じぬように逆立ちすると良い……クックック……」
雛森の顔が引きつった。
「隊長!! 頭がおかしくなりそうです!」
「僕もだ……」
説得が無意味なのはすでに分かっていた。その間にも古男は「とくと見よ。我が至上の肢体を!!」と言い出し、机の上で片腕を掲げたり、妙に腰を捻ったり、何かの彫像を思わせるポーズを次々と決め始めている。
さすがに限界だった。
「……仕方ない。縛道の六十一 ――六杖光牢」
六つの光が古男を囲み、腰を中心に一斉に突き刺さった。通常なら身動きを完全に封じられる縛道である。雛森もこれでようやく静かになると思ったらしく、小さく安堵の息を吐いた。
次の瞬間。
パリン!!
六つの光の帯が、まるで薄い硝子でも割れたように砕け散った。
古男は何事もなかったようにポーズを続けている。
「カーカッカッカッ!! 邪なる光の檻など、我が立ち姿には無力!」
藍染の眉が僅かに動いた。
六杖光牢が破られた。
力任せに弾いたようにも見えない。霊圧で押し潰した気配もない。だが砕けた。
何かを考える間もなく、今度は古男が突然天井を仰いだ。
「お……あおおおおお!! あおあおあおあお!!!!」
「ど……どうしたんだい??」
「隊長……こ……怖いです!!」
古男の身体から、青、緑、紫、桃色、蛍光黄色と、目に痛い色の霊圧が次々と噴き出し始めた。煙のようにまとわりついたかと思えば、液体のように滴り、次の瞬間には炎のように燃え上がる。
色彩はやたら鮮やかなのに、見れば見るほど生理的な嫌悪感を催す奇怪な光景だった。
「キヒヒヒヒヒヒ! 藍染副隊長!!」
「隊長です!!」
「副隊長だった時もあるだろう」
「それは……まあ……そうだが……」
藍染が素直に認めてしまい、雛森がさらに困った顔をする。
古男は机上から藍染を指差した。
「藍染惣右介! 貴様には才能がある!!」
雛森は当然のように頷いた。
「まあ、隊長なんですから……」
古男は大きく息を吸った。
そして、さも尸魂界の歴史に残る真理を告げるように言い放った。
「名言を考え、タイミング良く語る才能が!!!」
藍染は黙った。
雛森も黙った。
先ほどより静かな時間が流れた。
やがて藍染が、疲れたように微笑んだ。
「………………何か用があるんじゃないのかい??」
「クックック…………貴様にはこの呪文書を解読する栄誉を与えよう!!」
その言葉とともに、古男が抱えていた紙束を天井へ放り投げた。
紙は一斉に広がり、机の上から床、棚、雛森の頭の上まで執務室中へ舞い落ちる。古男は自分で撒き散らした書類が床へ着くより早く窓から姿を消し、残されたのは重低音の余韻と、大量の紙だけだった。
雛森は頭に乗った一枚を取った。
「…………一体、何だったんでしょう」
「さあ……?」
藍染も足元の紙を一枚拾う。
そこには、意味不明な詩のような文章と、見たこともない記号がびっしり書き込まれていた。任務報告書らしき様式だけはかろうじて残っているが、内容はまるで分からない。
そのまま捨ててもよかった。
むしろ普通ならそうするべきだった。
だが藍染の視線が、ある一箇所で止まった。
「…………む」
「どうされました?」
「いや……」
もう一枚拾う。
先ほどと似た記号。
だが並びが少し違う。
さらに三枚目。
四枚目。
藍染の眼鏡の奥で、目が僅かに細くなった。
「これは……法則性がありそう……か?」
◇◇
翌日になっても、古男の書類は藍染の机から消えなかった。
その翌日も。
二日目の深夜、雛森が再び執務室を訪れた時、藍染は同じ場所に座っていた。
机の上には大量の紙が番号ごとに並べ直され、壁には文字列を書き写した紙が何枚も貼られている。茶は冷え、夕食にはほとんど手を付けていなかった。
「藍染隊長!! もう二日も寝てないじゃないですか!! いい加減、部屋に戻ってください!」
「雛森君……もう少しなんだ」
「昨日もそう言ってました!」
「この古代文字風の配列には規則がある。だが文章単位で追うと必ず途中で破綻する。おそらく、一枚ごとに完結していないんだ……」
藍染は紙へ顔を近づけたまま、ほとんど独り言のように続けている。
「ここにある四文字が三枚目にも出てくる。だが意味が合わない……いや、待て。三枚目ではなく六枚目か。六……?」
雛森はとうとう両手で顔を覆った。
「戸川五席のせいで隊長が壊れてしまう……」
しかし三日目、四日目、五日目と経つにつれて、藍染の部屋はますます異様になっていった。書類は床一面に規則正しく並べられ、古代文字らしき記号には一つずつ番号が振られ、現世の文字体系や尸魂界の古文書まで持ち込まれている。寝ている形跡はほとんどなく、髪も徐々に乱れ、いつもの穏やかな微笑みだけが消えていった。
一週間目。
市丸ギンが様子を見に訪れた頃には、隊長執務室というより、何かの狂信的研究施設のようになっていた。
「藍染隊長……どないしたん? 桃ちゃんがえらい心配しとったよ?」
返事がない。
「藍染隊長?」
藍染がゆっくり顔を上げた。
髪は乱れ、目の下には濃い隈ができている。
それなのに眼鏡の奥だけが異様に輝いていた。
「ギン……」
「はい?」
「私は今……一つ壁を超えたのかもしれない……」
市丸の笑みが僅かに固まった。
「…………そうなん?」
それ以上近づく気にはならなかった。
◇◇
それから間もなく、八番隊の執務室へ、一週間前とは別人のようになった藍染が現れた。
目の下にはどす黒い隈。
顔色は悪い。
歩き方にも普段の余裕がない。
手に抱えている書類だけは、異様なほど美しく整理されていた。
七緒は思わず立ち上がった。
「これは藍染隊長。どうされたのですか、そのお顔……?」
藍染は答えず、厚い紙束を机へ置いた。
「これを」
表紙を見ると見覚えのある名前が書かれている。
「これは……戸川五席の任務報告書? かなり前のものでは……」
「解読にかなりの時間がかかってしまってね……」
藍染は椅子へ腰を下ろすこともなく、そのまま紙束を開いた。
疲労困憊しているはずなのに、暗号の話を始めた途端、声だけが妙に生き生きしてくる。
「まさか連番であることが重要であるとは思わなかった。わかるかい? この暗号を解くポイントは、一枚の中では決して解けない構造になっていることなんだ」
「は……はあ……」
「まず一枚目の暗喩は、六枚目に通常の言い回しで書かれている。この法則は基本的に有効で、六の倍数に対応する部分を拾いながら再配置していく。ただし途中でわざと法則から外した頁が混ぜられているから、そのまま機械的に処理すると必ず意味が崩れるんだ」
七緒は相槌を打つしかない。
藍染は止まらない。
「それから、この古代文字風の筆記。最初は尸魂界の古文字かと思ったが違った。現世のサンスクリット語を文字単位に分解し、それぞれをギリシャ語のアルファベットへ無作為に割り当てている。ただ完全な無作為ではなく、六枚ごとに対応表が一文字ずつずれる。おそらく読み手に規則性を見つけさせてから、その規則そのものを疑わせるためだろう。他にも同音異義語や古語を利用したミスリードがかなりあってね。中でも四十二枚目から七十三枚目までの部分は実に見事だった」
「そ……そうですか……」
「実に解きごたえのある暗号だった。戸川五席には……称賛していたと伝えてくれ」
七緒は完全に引いていた。
「……はぁ……」
それでも一つだけ疑問が残った。
「ですが……なぜ藍染隊長がそこまでして? 戸川五席の報告書ですよね?」
藍染は黙った。少しだけ視線を逸らす。
「いや………………解けないと思うと、つい熱中してしまってね……」
「一週間も?」
「…………」
「ほとんど寝ずに?」
「…………」
藍染は眼鏡の位置を直した。
「とりあえず帰ったら少し寝るよ」
そのまま執務室を出ていく。
足取りはふらついていた。
七緒は机に置かれた解読済みの任務報告書と、遠ざかっていく五番隊隊長の背中を見比べた。
何とも言えなかった。
◇◇
後日。
古男はまた五番隊へ現れた。
「クックック……藍染よ!!」
大量の紙が宙を舞った。
「新たなる禁断の呪文書を授けよう!!」
雛森が悲鳴を上げる。
「またですか!? 戸川五席!! やめてください!!」
古男は高笑いしながら消えていった。
床いっぱいに散らばった紙を前に、雛森は恐る恐る藍染を見る。
「隊長……捨てましょう。今度こそ捨てましょう」
藍染は黙って一枚拾った。
眉が僅かに動く。
二枚目。
三枚目。
「…………前回とは法則が違う」
「隊長!!」
「いや、雛森君。これは明らかに前回の解読法を知っている者へ向けて作られている。つまり戸川五席は、こちらがどこまで解けるかを想定して――」
「どうしてそこまでお付き合いするんですか!!!」
藍染は紙から目を離さなかった。
「いや…………解けないと思われるのは我慢がならなくてね……」
それ以来、戸川古男の任務報告書はなぜか一度五番隊を経由するようになった。
古男が撒く。
藍染が拾う。
藍染が徹夜する。
雛森が怒る。
数日後、解読された報告書が提出される。
誰が決めたわけでもない。
それでもいつの間にか、その流れだけが完全に定着していた。
六杖光牢(りくじょうこうろう)
縛道の六十一。六つの光の帯で相手の動きを完全に封じる高位の鬼道。藍染クラスが放てば脱出は容易ではないはずだが、古男は理由もなく破ってみせた。
サンスクリット語・ギリシャ語置換
古男が適当かつ乱雑に書いたと思われる謎のポエム文章。藍染の持ち前の過剰な知性と探究心により、高度な古代言語換算暗号として勝手に解釈・解読された。
名言を語る才能
古男が藍染に対して放った評価。未来においてポエムや名言を連発することになる藍染の資質を(偶然か本気か)見抜いていた一言。