我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
二番隊隊長にして隠密機動総司令。中央四十六室を巡る異変について独自に調査を続けている。
戸川古男
八番隊五席。砕蜂の夫であり、今回の一護処刑について中央四十六室とは別の思惑も警戒している。
中央四十六室
瀞霊廷の司法を担う最高機関。一護への処刑命令を出し続ける一方、長期間にわたり構成員の姿が確認されていない。
古男の胸に頬を押し当てる。耳の奥へ伝わる鼓動は乱れていない。
息が上がっているのは私の方だ。
任務の成果を持ち帰れないまま、夫の腕に収まっているこの状況。
隠密機動総司令として情けない。抱く腕に責める力がないことが、かえって苦しい。
「ん………古男………ごめんなさい。……四十六室からは、依然として何一つ情報がつかめていない……」
見張りを替えた。侵入経路も洗い直した。禁足区域へ近づく者は、身分を問わず追わせた。それでも地下へ入る姿も、地下から出る姿も捕まらない。
任務は失敗だ。
そう言い切って叱られる方が楽なのに、背を撫でる手は私を胸元へ引き寄せる。
「クックック……。仕方あるまい。あの中央四十六室の連中が、これほどの騒ぎになっても一歩も表に出てこない……。それ自体が、奴らの異常を示す決定的な収穫になる」
確かに異常だ。旅禍が瀞霊廷へ入り、隊長格まで動き始めた。
それでも四十六室は沈黙したまま、処刑に関する命令ばかりを寄越してくる。
誰も出てこないのか。出てこられないのか。
それとも、もう誰もいないのか。
「………古男は……今回の件、どう考えているの……?」
返事の代わりに腰の奥を強く突かれ、問いは喉の途中で潰れる。
肩へ立てた爪が肌へ食い込んでも、動きは緩まない。
「あんッ……! も、もっと……いじわる……っ」
けれど、この男に抱かれながら焦らされることも嫌いではない。
そこまで見透かした手が顎を上げ、逃げられなくなった私の耳へ低い声が届く。
「志波家の台頭を快く思っていない勢力が、この瀞霊廷の根底に存在することは確かだ。それも途方もなく根深い……。仮に今回の処刑騒動が無事に解決したところで、一護や一心はことあるごとに槍玉に挙げられ続けるだろう。……あいつらが現世に留まっている限りはな」
一護は自分が志波の血を引くことさえ知らずに育った。
それでも血筋を憎む者は、本人の意思など顧みないのだろう。
「………でも、あいつらは皆現世の人間だ。……百年、二百年と続く戦いにはならないと……だが……」
人間の寿命が尽きても、敵の憎悪は終わらない。
死後の魂まで追うつもりなら、一護たちはいつまでも逃れられない。
「クックック……ここまで大掛かりな策を弄して失敗すれば、奴らとてそう易々とは動けまいよ」
ならば今回、必ず失敗させる。
「まあ……私たち死神にとっては、人間の一生など瞬きのようなものだが……ッ、ああんッ!」
身体の熱へ引き戻された私を見下ろし、古男の目から戯れが消える。
先ほどまでとは違う。次に来るのは夫の言葉ではなく、命令だ。
「そうだな。さて……我が愛しき蜂の子よ。お前には四十六室とは別に、もう一つ調べてもらいたいことがある。……極めて危険な任務だが、できるな?」
むしろ胸が高鳴る。この男が私を選んだ。私なら成し遂げられると信じている。
「………はい。あなたの命なら何だって。……だから……今夜はもっと、私を壊れるくらいいじめて……」
言い終える前から、首へ回した腕に力がこもる。呆れた吐息に髪が揺れる。
「………いつの間にやら、とんでもない変態に育ったものよ……」
誰に育てられたと思っている。そう言い返す余裕は、すぐになくなる。
密命を聞いたのは、その後だ。
明日の深夜、二番隊の裏回廊へ単身で向かい、待っている者から証拠を受け取る。
部下には知らせず、伝令神機も持たない。
危険なら好都合だ。今度こそ古男の役に立てる。
◇◇
刻限を過ぎても、待ち人は現れない。
部下は全員撒いた。
伝令神機も私室に置いてきた。これで古男の命令には寸分も背いていない。
夜風が石柱の間を抜けるたび、羽織の裾が鳴る。
その音に紛れる足音がないか、呼吸を止めて探る。聞こえない。霊圧もない。
遅い。
場所を間違えるはずはない。古男の言葉なら、眠っていても聞き漏らさない。
相手に何か起きたのか。待ち合わせ自体を察知されたのか。
考えが悪い方へ傾きかけた時、回廊の奥で衣擦れが鳴る。
右手はもう斬魄刀の柄を握っている。
「――遅くなりましたか? 砕蜂隊長」
聞いていた相手だ。追われた様子も、負傷した気配もない。
「いや、問題ない。……古男から話は聞いているな?」
足音が止まり、顔がこちらを向く。
「ええ、もちろん」
古男の名を聞いても声は揺れない。柄を締めていた指がほどける。
「では、早速その証拠の――」
冷たい。
胸の内側へ、氷を差し込まれたような冷たさが走る。痛みがそのあとを追ってくる。
「――っ!!!!!!!????」
何だ。
手は袖に触れる前に落ちる。足へ命じても踏み込めない。
喉から空気が漏れるのに、次の息が入ってこない。
下を向く。胸元から刀が生えている。
違う。生えたのではない。刺されている。
刃は心臓を通り、背中へ抜けている。
雀蜂を抜け。
右手は柄に触れたまま動かない。指へ力を送ったつもりでも、爪の先さえ曲がらない。
口へ込み上げた血を吐くと、胸を通る刃が震え、ようやく痛みが全身へ弾ける。
殺せ。せめて目の前の敵を殺せ。
何度命じても、身体は自分のものではないように垂れ下がる。
相手の腕が持ち上がる。胸へ刺さった刀に、私の全体重がかかる。
「な………ぜ…………。……古……男…………ご……め…」
聞きたいことは山ほどあるのに、古男への謝罪しか口から出ない。
返事はない。
足が石畳から離れ、胸の傷が縦へ裂ける。声にならない息を吐いた直後、背中を白壁へ叩きつけられる。後頭部に光が散り、刀の切っ先が石を割る音を骨の中で聞く。
目の前の影が離れていく。
顔を見ろ。覚えろ。生きて戻れたなら、必ずこの手で殺す。
待て。
声も顔も、古男から聞いた相手と同じだ。
古男の無事を確かめなければ。
駄目だ。今動けば死ぬ。
動かなくても、いずれ死ぬ。
血の落ちる音を数える。
一つ。
二つ。
三つ。
二十を越えた辺りで、数が分からなくなる。最初から数え直したはずが、また同じところへ戻っている。
寒い。
古男の胸は、あんなに温かかった。頬を押し当てれば、いつでも鼓動を聞けると思っていた。
帰りたい。
もう一度、名を呼びたい。謝るのではなく、任務を果たしたと胸を張りたい。褒められたら、また抱いてほしい。
古男。
ああ……。
◇◇
夜明け、巡回路へ血の臭いが混じる。
旅禍が侵入してから、隊舎も警戒を怠るなと命じられていた。
鞘へ手を添え、臭いを追って角へ近づく。
「……ん? なんだこの凄まじい血臭は……? まさか旅禍がこんなところにまで――」
角を曲がったところで、言葉が切れる。
白壁へ刀が突き立っている。その刀に胸を貫かれ、隊長羽織を血に染めた女が吊られている。垂れた足は石畳へ届かず、腕にも首にも力がない。
見間違えようがなかった。
「ひッ……!? ひぃぃぃぃぃぃぃっッッ!!??」
膝が折れ、尻餅をつく。逃げろと身体が訴える。だが壁にいるのは、昨日まで自分たちへ命令を下していた隊長だ。
「た…………大変だァァァァァァッッッッ!!!!!!! 誰か来てくれェェッッ!!!!」
絶叫に応じて足音が集まる。駆けつけた隊士たちも壁を見上げたまま立ち止まり、誰一人、すぐには砕蜂へ触れられない。
救護班が血溜まりを踏んで近づく。首筋へ当てた指が何度も位置を変え、やがて離れる。
脈はない。
冷え切った手足。胸元まで血を吸った死覇装。鞘に収まったままの雀蜂。争った痕跡も、逃げた痕跡もない。
「隊長を降ろせ!」
刀へ伸びた腕を、横から別の手が掴む。
「待て! 現場を崩すな! 犯人の手掛かりが消える!」
怒声と怒声がぶつかる。その間も壁の身体は動かず、足元の血は朝の冷気で固まっていく。
最初の伝令が一番隊へ走る。続いて四番隊へ、各隊長へ、隠密機動の全隊へ。
伝わる言葉は襲撃から重体へ変わり、救護班の確認を経て死亡へ変わる。
二番隊隊長・砕蜂、殺害。
犯人は瀞霊廷の内側にいる。
二つの報せが駆け抜ける頃にも、磔にされた蜂は降ろされない。
■ 隠密機動総司令
隠密機動全体を統率する最高責任者。
二番隊隊長である砕蜂が兼任しており、通常の護廷十三隊の指揮系統とは別に、諜報・潜入・追跡などに特化した部隊を動かす権限を持つ。
■ 伝令神機
死神同士の通信や情報伝達に用いられる携帯端末。
今回の密命では情報流出経路そのものを排除するため、砕蜂はこれすら持たずに単独行動している。
■ 雀蜂(すずめばち)
砕蜂の斬魄刀。
始解すると指先へ装着する金色の刺突武装へ変化する。
隠密機動総司令である砕蜂が、抜刀する暇すら与えられず殺害されたという事実は、襲撃者が単純な力押しではなく、彼女の警戒を突破できる状況を作っていたことを意味する。