我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
自称「護廷十三隊十四番隊隊長」。八番隊五席。有給休暇を取得して現世へ降臨。真夏の猛暑の中で漆黒のコートと眼帯を纏い熱中症で倒れるも、持ち前のハッタリと謎のイケメンぶりで現世を満喫する。
黒崎一心(くろさき いっしん)
黒崎診療所の医師。元・十番隊隊長(志波一心)。現世に居座った過去を持つため、古男から「志波三心」と揶揄されるが、古男の気遣いに救われる。
黒崎一護(くろさき いちご)
空座高校に通う一心の息子。突如家に転がり込んできた変な男(古男)に困惑させられるが、父を誇れという言葉には少し毒気を抜かれる。
四楓院夜一(しほういん よいち)
元・二番隊隊長および隠密機動総司令官。黒猫の姿で現世を徘徊しているが、古男の「野良猫への語りかけ作戦」に引っかかって登場してしまう。
浦原喜助(うらはら きすけ)
浦原商店店主。元・十二番隊隊長。古男を「戸川先輩」と呼び、怪しげなブツの取引を行いつつもうまくあしらう。
空座高校の生徒たち
一護のクラスメイトたち。突如現れたド派手な演出の臨時の英語教師(古男)の顔面の良さにざわめく。
戸川古男が八番隊から姿を消したのは、数日前のことだった。
机の上には一枚の紙だけが残されており、そこには相変わらず妙に芝居がかった筆跡で、
『しばらく休みます。我を探すのなら今のうちであるぞ……クックック……』
と書かれていた。
普段なら七緒が即座に連れ戻すところだったが、今回はきちんと休暇の申請だけは出されていたらしい。しかも山本元柳斎まで「仕方あるまい。好きにさせてやるのじゃ」と珍しく寛大だったため、そのまま有給休暇として処理されることになった。
八番隊では、しばらく魁湛の奇妙な音楽も、廊下を駆け回る古男の高笑いも聞かなくて済むと、何人かの隊士が密かに胸を撫で下ろした。
もっとも、全員が喜んでいたわけではない。
「なぜだ!! 三日前には何も言っていなかったではないか!! 今日の夕刻は……その……大事な……!」
二番隊では砕蜂がなぜか激怒していた。
「隊長。戸川五席とのご予定でも?」
「違う!!」
「では何が」
「マッサージが……!」
砕蜂はそこで我に返った。
「……ではなくて!! 大事なデートが……!」
「どなたとの?」
「黙れ!!!」
二番隊の隊士たちは、それ以上聞かなかった。
◇◇
そして、その古男はというと。
真夏の空座町を歩いていた。
気温は三十五度を軽く超え、照り返すアスファルトの上には陽炎が揺れている。道を歩く人々は帽子を被り、日傘を差し、店先から吹き出す冷房の風を求めて足早に通り過ぎていた。
そんな中で一人だけ、季節という概念を完全に無視した男がいた。
全身を覆う漆黒の重装コート。右目には黒い眼帯。両手から腕にかけては、わざわざ煤でも擦りつけたような黒い包帯が巻かれている。
背中には意味もなく複数のベルトが垂れ下がり、歩くたびに金属製の留め具がカチャカチャと鳴っていた。
「……くっ、鎮まれ我が右腕よ……! 一定距離ごとに配置された封印が……破られようとしている……! クックック……!」
道行く人々が自然に距離を取っていく。
古男はそれにも気づかず、右腕を左手で押さえながら一歩、二歩と進んだ。
三歩目で足が止まった。
「…………」
四歩目。
膝が折れた。
「……む?」
そのまま前へ倒れた。
実に綺麗な倒れ方だった。
そして偶然にも、その場所は黒崎診療所の玄関前だった。
◇◇
「おい! 大丈夫か!? 聞こえるか!?」
玄関先で人が倒れたと聞いた一心は、すぐに外へ飛び出し、古男を担いで診療所へ運び込んだ。
黒いコートは太陽の熱をこれでもかというほど吸い込み、触っただけで熱い。額からは汗が滝のように流れ、呼吸も浅い。
「何だこの格好……真夏だぞ!? とにかく冷やすぞ! 誰か水持って――」
ベッドへ寝かせたところで、一心はようやくその顔をまともに見た。
そして固まった。
「…………え?」
古男の片目が薄く開く。
「……クックック……久しぶりだな……志波三心よ」
「一心だ!!!」
「てめえ何でこんなところにいやがる!!! というか、その格好は何だ!! 自殺志願者か!?」
「クックック……我が魂はもはや尸魂界に留まることはない……。だがこの地を流れる灼熱が如き霊脈は、我が肉体を削り取り――」
「冷や汗びっしょりじゃねえか! 熱中症だバカ野郎!! ほら冷たい水飲め! あとそのコート脱げ!!」
一心に首元を冷やされ、冷水を渡された古男は、反論することもなくごくごく飲み干した。
二杯目。
三杯目。
ようやく顔色が戻ってくる。
「……ふう。生き返ったぞ。褒めて遣わす、志波三心」
「だから一心だっつの!! そこだけは何百年経っても直らねえな、てめえ!」
「クックック……隊長の任務を放り出して現世に残った奴など『三心』で十分だ。海燕もブチギレておるわ」
一心の顔から勢いが少し消えた。
「……海燕のやつ、元気にやってんのか……?」
「ああ。元気にしている。少なくとも、お前よりは真面目に働いているぞ」
「そりゃ悪かったな」
◇
そこへ玄関が開く音がした。
「ただいま〜。親父、なんかさっき人が倒れてたって近所の人が――」
制服姿の一護が診察室へ顔を出し、ベッドに腰掛けている古男を見る。
古男も一護を見る。
しばらく無言で観察した。
「クックック……貴様の息子か? 一心」
「ああ。一護っていうんだ」
一護は少しだけ怪訝そうな顔をしたものの、すぐに頭を下げた。
「どうも。黒崎一護です」
「なるほど……苺とはな。随分と可愛がっているようではないか」
「……はあ」
一護には何を言われているのかよく分からなかった。
古男はベッドから立ち上がり、一護の前まで来ると、長身を生かして肩へ手を置いた。
「君の父は昔からだらしなくてな。同僚の女に鼻の下を伸ばしては、書類を溜め込み、仕事を押し付け、突然どこかへ消えては部下を困らせていた」
「てめえ!! 息子の前で何年前の話してやがる!!」
「……まあ、今もそんな感じだから別に驚かねえけど」
「一護!?」
父親の悲鳴を無視して、古男は一護の肩を軽く叩いた。
「だがな。やる時はやる男だ。誰かのために命を張ることを躊躇わぬ。普段の姿だけを見て判断してやるな」
一護は目を瞬いた。
「誇りに思いなさい。志波――いや、黒崎一心の息子であることを」
「…………まあ……別に……」
視線を逸らした一護の耳が、ほんの少し赤くなる。
一心はそんな息子と古男を見て、目頭を押さえそうになった。
「戸川……お前……」
古男は一心を見た。そのまま視線を横へ滑らせる。
壁に飾られていた家族写真が目に入った。
「クックック……! そこの写真……! 娘がいると見た!! 是非俺に紹介を!!!」
「なんのつもりだコラぁぁぁっ!!! 娘になに手ぇ出そうとしてんだ!!!」
「……じゃあ俺、部屋戻ってるから」
「一護!!! 父との情熱的なスキンシップは!?」
「ねえよ」
一護はそのまま階段を上がっていった。
「おい待て一護! もうちょっと何かあんだろ! 久しぶりに父に抱きつくとか!」
「毎日いるだろ」
「戸川てめえ! 貴重な息子とのスキンシップの機会を!!」
「フッ、勤務中であろう。患者の前で何をしている」
「患者が言うな!」
古男は笑いながらもう一度写真へ目を向け、それから何気なく一心へ尋ねた。
「……で、三心よ。妻はどうした?」
一心が黙った。
さっきまで騒がしかった診察室が、急に静かになる。
古男もすぐに察した。
「……不謹慎であったか」
一心は写真を見たまま、小さく息を吐いた。
古男はしばらく何も言わなかった。
「息子を死神にするなら俺に言うが良い。……わかるだろう?」
一心がゆっくり古男を見る。
「……すまねえ」
「クックック……我が元・眷属の残した家族だ。少しは目をかけてやらんとな……」
しばらくして古男が立ち上がると、なぜか黒い重装コートを脱ぎ捨て、どこから取り出したのか真っ白なコートへ着替え始めた。
しかも内側には小型の送風機が仕込まれている。
黒かった眼帯まで白へ交換し、腕の包帯も通気性の良さそうなメッシュ素材に巻き替えた。
「最初からそれ着ろよ!!」
「クックック……漆黒は魂の正装よ」
「その正装で死にかけてんじゃねえ!!」
古男は爽やかな風を全身へ浴びながら診療所を出ていった。
◇◇
空座町の路地裏へ入ると、建物の陰に黒猫が一匹丸くなっていた。
古男は足を止めた。
黒猫を見る。
ゆっくり近づく。そして顔を寄せた。
「クックック……四方堂夜五よ。そのような姿に身を落とすとは、情けないものよ……」
猫が迷惑そうに目を開けた。
その時、背後の塀から声が飛んだ。
「誰が夜五じゃ!! なぜそんなブサイクな野良猫に話しかけておるか!!!」
古男は猫から顔を離し、にやりと振り返った。
塀の上には夜一が座っている。
「クックック……引っかかったな、夜一」
「いや、お主が猫を見るたび同じことを言っておると街の猫たちから聞いての。いずれわしに当たると思って待っておっただけじゃ」
「ほう」
「で、一体何の用じゃ?」
古男は答えなかった。
遠くから微かに音が聞こえていた。
『冷た〜いアイスクリームはいかがですか〜』
「クックック!!! 我が耳はアイスクリーム屋の移動販売のアナウンスを捉えたぞ!!」
「待て、話は――」
すでにいなかった。
遥か彼方の路地を、白いコートを膨らませながら古男が疾走している。
夜一はしばらくその背中を見送った。
「……はあ。相変わらず忙しない奴じゃ……」
◇◇
その日の夕方。
浦原商店では、喜助が一本の棒菓子をかじりながら帳簿をつけていた。
入口から高笑いが聞こえてくる。
「カーカッカッカッ! 喜助よ。頼まれていた『暗黒の極光術の紙片』を持ってきてやったぞ。感謝して飛び上がり回転するが良い!」
「いや〜助かりました、戸川先輩。現世じゃなかなか手に入りませんからねぇ」
古男から渡されたのは、限定販売の駄菓子に封入されているカードだった。
喜助は大事そうに懐にしまった。
「これ、あと一枚で揃うところだったんスよ」
「クックック……我の手にかかればこの程度のことは些事よ!!!!」
「ところで戸川先輩、いつまで現世に?」
古男は腕を組み、天井を見上げた。
「クックック……我が運命は余人が知るに能わず……時に一刻、時に千年をかけ、対岸を放火するのだ!!!」
「……まあ、ご自由に楽しんでくださいッス」
喜助は深く考えなかった。
戸川古男の発言を深く考えると疲れる。
尸魂界の古参たちは、だいたいその境地に達している。
◇◇
翌朝。
空座高校一年三組では、担任ではない教師が教壇に立っていた。
「あ〜、突然ですが。担任の田中先生がご家族の事情で急遽休職することになりまして」
教室に小さなどよめきが起こった。
学校帰りの昨日、診療所で黒コートの変人と遭遇した一護も、ぼんやり話を聞いていた。
「その間、臨時の先生が着任することになりました。戸川先生、どうぞ」
一護の顔が固まった。
戸川。
まさか。
いや。
いくらなんでも。
教室の扉が開いた。
同時に床から猛烈な白煙が噴き出した。
ドーーーーン!!
「うわっ!?」
「何!?」
「火事!?」
煙の中から人影が現れる。
白いコート。
白い眼帯。
妙に爽やかなメッシュ包帯。
その男は教室中央まで進み、片腕を大きく広げた。
「クックック……! 子供と大人の間にて揺れ動く若人よ!! 我が名は『キング・ドアリバー』!! 貴様らの担任となる聖者だ!!!!」
誰も喋らなかった。
古男だけがポーズを決めている。
一護は両手で顔を覆った。
数秒後。
古男は何事もなかったかのように腕を下ろした。
顔から怪しい笑みも消えた。
「……というわけだ。今日からよろしく。担任の戸川だ。担当教科は英語。急な話だが、まあ仲良くやろう」
爽やかに笑った。
教室の女子たちがざわつく。
「……え、普通に格好よくない?」
「いや、さっきの登場はヤバかったけど……」
「背、高っ……」
「眼帯も意外と似合ってる……」
一護は机へ突っ伏した。
「……俺の高校生活、終わった……」
教壇では古男が出席簿を開いている。
「では出席を取る。黒崎苺」
「一護だよ!!!!」
志波一心(しば いっしん) / 黒崎一心
元・十番隊隊長。現在は現世で黒崎診療所を営む一護の父親。古男からはわざと「三心」と名前を間違えられて弄られる。
志波海燕(しば かいえん)
十三番隊副隊長(本SSの世界線では生存)。一心の甥にあたる。古男の口から元気であることが語られた。
キング・ドアリバー
戸川古男が現世の高校教師として名乗った偽名。「戸(Door)川(River)」をそのまま直訳した安直なネーミング。