我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
自称「護廷十三隊十四番隊隊長」。八番隊五席。現在、現世で空座高校の臨時英語教師を務めている。奇行や厨二病的な言動は健在だが、なぜか授業の質は異常に高く生徒たちから人気がある。
黒崎一護(くろさき いちご)
空座高校1年3組の生徒。高い霊能力を持つ普通の高校生(※まだ死神代行にはなっていない)。怪しすぎる古男の存在と、身近な秘密(霊感や恋愛事情)を容赦なく暴露される展開に苦悩する。
石田雨竜(いしだ うりゅう)
一護のクラスメイト。成績優秀で生真面目なクインシーの生き残り。古男の滅茶苦茶な授業進行に逐一ツッコミを入れるが、解説の的確さにはぐぬぬと悔しがる。
有沢たつき(ありさわ たつき)
一護の幼馴染で空手部所属。古男に突如「一護が好きだな!」とクラス全体の前で暴露され、大パニックに陥る。
砕蜂(ソイフォン)
二番隊隊長。古男が帰ってこないことに焦れ、毎日八番隊舎へ押しかけては「マッサージ(という名の稽古)」を求めてツンデレな葛藤を繰り広げている。
京楽春水(きょうらく しゅんすい)
八番隊隊長。連日八番隊へ怒鳴り込んでくる砕蜂の相手をし、うんざり気味になだめている。
大前田希千代(おおまえだ まれちよ)
二番隊副隊長。砕蜂の不機嫌の煽りを喰らって不運にも蹴り飛ばされる。
戸川古男が空座高校一年三組の臨時担任となって、一週間が経った。
最初こそ、生徒たちは突然教室へ爆煙と共に現れ、自らを『キング・ドアリバー』と名乗った男に警戒していた。しかし一週間も経てば、人間というものは大抵のことには慣れる。
少なくとも、古男が変人であることには慣れた。
それどころか意外なことに、教師としての評判はかなり良かった。
授業中に意味不明なことを言い始める、突然別の言語を話す、黒板に謎の紋章を描く、時折どこからともなく音楽が流れるといった欠点を除けば、教え方そのものは驚くほど上手い。
生徒がどこで理解につまずいているのかを一目で見抜き、文法を丸暗記させるより、その言葉がどういう場面で使われ、なぜその形になるのかを説明する。
発音も自然で、教科書には載っていない口語表現まで詳しい。
結果、一週間にして一年三組における評価は、
『教え方の上手いイケメンの変な先生』
というところへ落ち着いていた。
ただし一護だけは、まったく安心していなかった。
今日も英語の授業が始まる時刻になると、廊下から聞き覚えのある音が近づいてくる。
カツーン……カツーン……。
どう見ても普通のゴム靴を履いているはずなのに、まるで全身甲冑の騎士でも歩いているような重い足音だった。
続いてパイプオルガンが鳴り始める。
荘厳な聖歌隊の声まで重なった。
教室の生徒たちは、もう何が来るのか分かっている。
「今日は何だろうな……」
「昨日は『漆黒の語学皇帝』だったよね」
「一昨日は『ロード・オブ・イングリッシュ』」
「先生、毎日設定変わってない?」
一護は机へ肘をついたまま、深くため息を吐いた。
隣では石田が眼鏡を押し上げ、教科書を開いたまま無言で扉を睨んでいる。
そして。
ドガーーーーン!!
教室の扉が爆発したような音を立てて開いた。
煙の向こうから古男が現れ、教壇の前まで進むと、白いコートを大きく翻して両腕を広げる。
「我が名は!!! GTT――グレート・ティーチャー・トガワである!!!!!」
石田が即座に立ち上がった。
「キング・ドアリバーはどこへ行った!!!!」
教室の何人かが吹き出した。
古男は石田を一瞥すると、何事もなかったように教卓へ出席簿を置いた。
「さて……授業を始めるぞ〜」
「説明をしろ!!」
「細かいことを気にすると大物になれんぞ、石田」
「一週間で名前を三回変える奴に言われたくない!」
古男は黒板へ今日の日付を書きながら、さらりと受け流した。
「良いか!! 教科書など英語を覚えるうえで足かせにしかならぬ!!!! さあ!! みんな!!! このようなくまの書物は床に捨て給え!!!!」
この一週間で古男の授業の作法を覚えてしまった生徒たちは、誰一人として疑わなかった。
「はーい!!!」
教室中で教科書が宙を舞った。
何冊もの教科書が床へ落ちる。その光景を見た古男は、目を見開いた。
「Whoa!! Why did you throw something like that there?! That’s suicidal!!」
『うわあ!! なんでそんなところにそんな物を投げ捨てるんだ!? 自殺行為だぞ!!』
石田の額に青筋が浮かんだ。
「それは今やれと言ったからだろうが!!!」
古男はすぐに石田へ向き直った。
今度は英語のまま、実に滑らかに続ける。
「Hey, Ishida! If you want to become a doctor someday, you shouldn't worry about such trivial details! And if you *don't* want to become one, there's no need to memorize that stuff anyway—so there's even less reason to worry about it!」
『おい石田! 将来医者になりたいのなら、そんな細かいことを気にするな! もし医者になりたくないのなら、そもそもそんなものを覚える必要はない――なら尚更気にする必要はないだろう!』
「どちらに転んでも僕が悪いことになっているじゃないか!!」
一護はすでに頭を抱えていた。
何が腹立たしいかといえば、古男の英語そのものは普通に聞き取れるし、授業としてもちゃんと成立していることである。
床へ教科書を捨てさせたこと以外は。
古男はそんな一護を見ていたが、不意に視線を窓の外へ向けた。
校舎の外を、一人の少女の霊がふわふわと通り過ぎていく。
一護も同じ方向を見ていた。
古男の片眉が上がった。
「Mutsu... Ichigo! Kannst du Geister sehen? Du warst gerade ganz gebannt von diesem süßen Geist, der durch das Fenster zu sehen war, nicht wahr?!」
『む……一護! お前、霊が見えるのか? 窓の外に見えるあの可愛い霊に見とれていただろう、そうだろ!?』
一護の顔が固まった。
石田は別の意味で立ち上がった。
「ドイツ語の時間ではないはずだ!!! 先生……!!」
「Das stimmt zweifellos! Aber hör mal – Deutsch und Englisch gehören zur selben Sprachfamilie. Der Unterschied zwischen ihnen ist nicht größer als der zwischen Standardjapanisch und dem stark akzentuierten Tsugaru-Dialekt! Es ist einfacher, als Russisch zu lernen, das kann ich dir sagen!」
『それは間違いなくその通りだ! だが聞き給え――ドイツ語と英語は同じ語族に属している。その違いは標準語と強烈な津軽弁の違いほどのものだ! ロシア語を学ぶより簡単だと断言できるぞ!』
「比較が雑すぎる!!!」
石田のツッコミを聞いている場合ではなかった。
一護は勢いよく椅子から立ち上がった。
「…………てか今なんて言った!? もしかして先生も……見えて……」
「クックック………我が千里眼をもってすれば見えないものなどいない!!!」
一護は何かを言おうとしたが、古男はそれを待たず教室を見渡した。
一人。
また一人。生徒たちの霊圧へ目を向ける。
「ふむ…………一護! 石田! 井上! たつき! 圭吾! 水色! 君たちには霊能力が目覚める余地がある!!!」
「え?」
織姫が自分を指差した。啓吾は訳も分からず喜んだ。
「マジ!? 俺、超能力者になれんの!?」
「いいなあ、それ」
水色はさほど興味がなさそうだった。
古男はそこで有沢たつきを見た。
「そしてたつき!!」
「な、何だよ」
「貴様は一護が好きだな!!!」
教室が静まり返った。
たつきの顔が一瞬で真っ赤になった。
「なっ……!!? ななにを言ってるんだこの変態教師ーーーっっっ!!!」
「おいっ!? 急になに言い出してんだよ!!」
一護まで慌て始める。
教室の女子たちが一斉にたつきを見る。
男子たちも見る。
圭吾に至っては嬉々として身を乗り出した。
「え!? マジで!? 有沢って黒崎のこと――」
「圭吾!! 殺すぞ!!」
「なんで俺!?」
古男は満足げに腕を組んでいた。
騒がしくなった教室の向こう側からは、僅かに別の死神の霊圧が感じられる。
――この付近に漂う霊圧は……朽木ルキアか。
古男は窓の外へ目を向けた。
現世任務で空座町へ派遣されること自体は、別に不思議ではない。
――任務で来ているのかな……。まあ、そっとしておこう。俺は現在、有給休暇中だからの……。
そこで、少しだけ疑問が浮かぶ。
休暇へ入ってから一週間。
八番隊からの連絡はない。
七緒も来ない。
春水も来ない。
雀部も来ない。
山本も来ない。
……なぜ尸魂界から誰も俺を探しに来ないのだ?
――そろそろ迎えが来てもよくないか?
一瞬だけ寂しくなった。
だが教室ではまだ、たつきが一護へ必死に弁明している。
「一護! 今のは違うからね!? あの教師が勝手に言ってるだけだから!」
「いや俺に言われても……」
「だから違うんだって!」
「分かったから顔近えよ!」
古男はチョークを手に取った。
「さて……恋の話は休憩時間にするとして授業の続きだ」
「誰のせいでこうなったと思ってんだ!!!」
たつきの怒声を背中で受けながら、古男は黒板へ流麗な筆記体を書き始めた。
「この『暗黒英語』さえ覚えれば、将来スイスで仕事ができるぞ」
「暗黒英語って何だよ……」
一護はもう疲れていた。
黒板には次々と英文が並んでいく。
*"Swiss banks have long been spoken of as hotbeds of crime, but they aren't exactly 'wide-open' institutions where money laundering is a breeze. It’s simply a case of the concept of 'perpetual neutrality' taking on a life of its own in Japan. Do you like The Castle of Cagliostro? You know—Lupin the Third."*
「『スイスの銀行は長年犯罪の温床と噂されてきたが、マネーロンダリングが容易なほど大開放された機関というわけではない。単に日本国内で「永世中立」という概念が一人歩きしているだけだ。君たちは「カリオストロの城」が好きかい? ほら、「ルパン三世」のやつだよ』――よし、この構文の日本語訳についてやるぞ〜」
石田は黒板を睨んでいた。
文章を頭の中で分解する。
時制。
修飾関係。
口語表現。
単語の選択。
ついでに背景知識。
何か一つくらい間違っていてほしい。
できれば致命的に間違っていてほしい。
しかし、いくら見てもない。
「…………くっ……」
「悔しいが、文法も背景知識の解説も何ひとつ間違ってはいない……!!」
「なんで悔しがってんだよ……」
一護は机へ突っ伏した。
その隣では、たつきが授業どころではなくなっていた。
ちらり。
一護を見る。
目が合いそうになると黒板へ戻す。
少し経って、また見る。
一護は気づいていない。
「…………一護」
「ん?」
「あの……その……」
「何だよ」
「今の……冗談だからね……!?」
「まだ気にしてたのかよ」
たつきの顔がまた赤くなった。
教壇では古男が英文の構造を説明し始めている。
なぜか非常に分かりやすかった。
◇◇
同じ頃。
尸魂界では、八番隊の執務室の扉が猛烈な勢いで開いた。
「戸川はまだ帰ってこないのか!!?」
砕蜂である。
机へ向かっていた京楽春水は、もはや驚きもしなかった。
これで何度目だろう。
「いや……砕蜂隊長。いくら君でも毎日うちの隊舎に来られてもねぇ。帰ってきたら知らせるって言ったよね?」
「むうううう!!!!」
砕蜂は明らかに不機嫌だった。
古男がいなくなってから一週間。
三日に一度だった鬼ごっこは当然行われていない。
瞬歩の調整も。
白打の修正も。
その後の――。
砕蜂はそこまで考えて顔を赤くした。
後ろにいた大前田が、おそるおそる口を開く。
「隊長……そんなに会いてえなら、現世へ行く許可の申請を正式に出せば――」
最後まで言えなかった。
砕蜂の踵が大前田の側頭部へめり込み、その巨体が執務室の壁まで吹き飛んだからだ。
「黙れ大前田!! 私がなぜあいつのために現世などへ行かねばならんのだ!!」
「俺まだ最後まで言ってねえんすけど……」
「これは、その……自分自身の白打の訓練のためだ!! そうであるからに決まっているだろう!!」
京楽は頬杖をつきながら苦笑した。
「はいはい。そういうことにしておこうねぇ……」
「その言い方をやめろ!!」
「じゃあ古男さんが帰ったら、すぐ二番隊へ知らせるよ」
「当然だ!!」
砕蜂はそう言い残して出ていった。
廊下を歩く足音が聞こえなくなってから、壁際に転がっていた大前田がゆっくり身体を起こす。
「……隊長、やっぱり戸川五席に会いたいだけなんじゃ……」
「大前田君」
「はい?」
「命は大事にした方がいいよ」
大前田は黙った。
現世ではGTTが絶好調。
尸魂界では二番隊隊長が絶不調。
そして当の古男は、自分を迎えに来る者が誰もいないことを密かに気にしながら、今日も元気に英語を教えていた。
GTT(グレート・ティーチャー・トガワ)
戸川古男が高校教師として名乗った新たな肩書。元ネタは某有名教師漫画と思われる。前回の「キング・ドアリバー」はあっさり撤回された。
暗黒英語(あんこくえいご)
古男が教える実践的かつ高度な英語。スイス銀行の仕組みや金融知識、映画の話題などを盛り込んだ、無駄に実用性の高い長文構文である。
同じ語族(ドイツ語と英語)
古男の解説通り、英語とドイツ語は同じ「ゲルマン語派」に属するため文法や語彙に共通点が多い。古男は津軽弁と標準語に例えて一護たちを煙に巻いた。