我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
空座第一高校一年生にして死神代行。現在は日番谷冬獅郎が復帰するまで、十番隊隊長代行も兼任している。
戸川梢綾/砕蜂
二番隊隊長兼隠密機動総司令官。現世では戸川梢綾を名乗り、空座第一高校の体育教師を務める。
浅野啓吾
一護の同級生。非常に騒がしく調子のよい性格だが、妙なところで仲間との結束が強い。
小島水色
一護の同級生。啓吾とは対照的に落ち着いているが、時折そちら以上に容赦がない。
松本乱菊
十番隊副隊長。日番谷不在の現在は、尸魂界側で十番隊の実務を支えている。
緋山雷太
新たに就任した五番隊隊長。破面ガルムルド・ジュードスタインでもある、死神と虚の完全混成体。
日番谷冬獅郎
十番隊隊長。藍染離反事件で重傷を負い、現在も深い昏睡状態にある。
「さあ!! 走れ走れ!! 夏休みの自堕落な生活でなまった体を叩き直せッ!!」
梢綾の笛に追い立てられ、トラックを走る足が速まる。
「うおおおおおおおおおッッ!!!!」
「うわあああああああッッ!!!!」
「だあああああああっっ!!!!」
啓吾も水色も、追い抜くどころか横に並ぶことさえ許さない勢いで走っている。
体育でこんなにやる気を出す連中だったか。一護には、追試から逃げる時でもここまで速くはなかった気がする。
一周してきたのに、次の直線でも誰も緩めない。後ろの方まで歯を食いしばっている。
人類の限界を試す前に、授業の残り時間を確認していただきたい。
「おお…………みんな、夏休み明けだというのに少しも体がなまっておらんではないか……!」
ゴールを抜けた啓吾は、膝に手をつきながらも顔を上げていた。肩が上下するたびに、汗が顎から落ちていく。
「はいッ!! 我ら一同、シャオ先生のために夏休み中も一日たりとも鍛錬は怠っていませんッッ!!」
「よし!! 流石は私の自慢の生徒たちだ!! 大儀であった、褒美にこの私から直々に『ハグ』をしてやろう!!」
これはまた、随分と思い切った褒美である。普段の啓吾なら、言い終わる前に飛び込んでいるに違いない。着地点で足を滑らせるところまで、一護にも想像がつく。
ところが、差し出された両腕の前から全員そろって遠ざかる。
「――いえ!! 結構ですッッ!!!!」
拒絶の返事までぴったりそろっていた。夏休みには、こちらの練習もしていたのだろうか。
「な……なぜだ?? こ、これでも私は、現世でも尸魂界でもそれなりにモテるのだぞ……??」
開いていた腕が、おずおずと下がる。その前で、今度は啓吾を先頭に膝が折れた。
「いえッ!! 天上天下においていと高き神聖なる位置におられるシャオ先生の尊き御体に、我ら下賤な豚どもが触れるなど恐れ多くて万死に値しますッッ!!」
何を誓っているのか。点呼の際に豚と呼ばれても、今後は文句を言えなくなるぞ。
梢綾の戸惑いをよそに、啓吾は後ろへ回り込んで水色へ目配せしている。
「くくく…………シャオ先生は俺たち男子生徒全員の心の不可侵領土……」
「誰にも手は出させないし、誰も汚させない…………」
親指を立てて応じる水色まで、やけに満足そうに笑っていた。
「……おい、完全にテメエら二人の裏での差し金と洗脳じゃねえか」
屈伸をやめて睨んでみても、聞こえないふりで通される。
一護としては、シャオ先生の夫を忘れていないかと聞いてやりたい。あの男なら不可侵領土の真ん中で高笑いしているぞ。しかも毎日、英語を教えに来ている。
肝心の梢綾は、まだ自分の両手を眺めていた。生徒を褒めるつもりが、触れてはいけないものにされてしまった。神様へ昇進する説明までは受けていなかったのだろう。
もう一度笛が鳴ると、膝をついていた連中も立ち上がる。ありがたいお言葉を待つ顔で先生を囲むのはやめてほしい。次は腹筋、と言われたところで拝みかねない。
◇◇
「ふぅ…………これで今日の宿題は終わり、と。……あとは……」
シャーペンを置いて腕を伸ばすと、待ち構えていたように呼び出し音が鳴った。閉じたノートを脇へ寄せ、モニターの通話を開く。
「はい、十番隊隊長代行の黒崎だ」
『黒崎隊長! お疲れ様です! 本日の決裁書類を共有フォルダへ転送いたしました!』
「ああ、確認した。フォルダに入れておいてくれ。今目を通す」
担任の先生より護廷十三隊の方が、一護を信用しているらしい。それでよいのか、あの組織は。
届いた書類を開く。一枚目には見覚えがある。処理済みの一覧にも同じ件名が残っており、日付も合っていた。
『恐れ入ります! 先ほど技術開発局から稟議が上がっていた、霊子観測機器の修繕予算の件に関してですが……』
「これは承認済みだ、ハンコ押して回しといた。あとこっちの他隊との合同演習の申請書は、内容が越権だから総隊長に回してくれ。――それから、この荒くれ者の討伐要請は十番隊で抱え込むな。剣八に丸投げしろ。留守なら一角でもいい、あいつらにぶん投げときゃ喜んで片付ける」
適材適所という言葉が、これほど物騒に聞こえる職場も珍しい。依頼を受け取った十一番隊では、誰が行くかで先に斬り合いが始まりそうだが、そこまで十番隊で面倒は見られない。
一護にとっても、剣八の手合わせ欲をよそへ向けられるならありがたい。討伐後に元気が余って、こちらへ来ないことを願うばかりである。
『は、早すぎる……! 的確なご判断、ありがとうございます! あと隊長、空座町のパトロール担当ですが、やはり十番隊から正規の隊士を一名派遣した方がよろしいのでは……?』
「いや、いい。お前らには俺が現場に出られない分、無茶させてるからな。空座町の見回りくらいは、俺が学校帰りに全部見るよ。隊員たちを休ませてやれ」
机の端から時間割を引き寄せる。六限まである日は、帰り道を変えればいい。部活も委員会もないのだから、そのくらいはできる。
放課後の予定としては、友達と寄り道する方が健全な気もする。もっとも、一護の友達を連れて歩けば、虚の方から通学路の変更を願い出そうではある。
『はっ……!! 隊長の温かいご配慮、心より感謝いたします……ッ!!』
画面の向こうで深々と頭が下がる。一護までつられて会釈しかけ、途中で首を止めた。
「おう、真面目にやってくれりゃそれでいい。――ところで、乱菊さんは執務室にいるか?」
『は…………あ、あの、松本副隊長は……その…………』
「あ? またどこかでサボって昼寝か? それとも酒盛りか??」
先ほどまでの返事と違い、なかなか先へ進まない。画面の向こうで廊下を確かめる様子まで見えている。
『いえ……その…………現在、新任の五番隊隊長・緋山雷太様の執務室へ入り浸っておられまして……』
「あいつの所? 何しに行ってるんだ?」
『はあ……隊内の噂では、どうも……淫らな関係にあるのではないかと専らの噂でして……』
モニターに近づけていた顔を引き、片手で覆う。
「……あいつ、何やってんだ本当に……」
余計なことを聞いてしまった。一護には確かめる義務があるのか。それとも、聞かなかったことにして書類へ戻っていいのか。
◇◇
「乱菊さん。これが、黒崎隊長に回す分の決裁書類の控えだ」
控えを差し出すと、代わりに別の束が机へ載った。
「ありがと〜、雷太。……で、こっちがうちの隊長が動けない分の、瀞霊廷内での十番隊実働仕事リスト! 悪いわね〜、協力してもらっちゃって」
噂を信じて戸の隙間から覗いた者は、さぞ落胆することだろう。日付と人数の確認を見物する覚悟があるなら、止めはしない。
雷太の机には、五番隊の当番表も広げてある。予定の重なる箇所へ印をつけると、向かいから別の時間を指された。そこなら空いている。頷いて丸を書き足し、筆を置く。
「まあ良いさ。一護には一護の事情があるからな。支え合うのは、組織として当然の筋だ」
「ふふっ、若いのに随分と頼もしい隊長さんになっちゃって。それじゃ、早速書類を現世へ転送してくるわね!」
椅子から立ち上がる乱菊を、背もたれに預けていた体を起こして呼び止める。
「――乱菊さーん!」
「ん? なぁに?」
こちらへ向き直ったところで、両手をわきわきと動かしてみせる。
「――で、あるからして……そのお礼に、胸を揉ませてくださーい!!」
「ダメ♡」
「えーーーッッ!! なんでだよケチ!!」
先ほど覗き見を止めなかった件については、撤回させていただこう。もう少し早く帰っていれば、立派な隊長のままで済んだのに。
「アンタねぇ、女性隊士たちに囲まれて、いくらでも揉ませてくれる相手がたくさんいるでしょーに! 私にまで手を伸ばすんじゃないの!」
「護廷十三隊の中で、松本さんの胸が一番形もサイズもデカくて極上なんだよなあ……!!」
「アンタは………もう、本当に手がつけられないスケベ坊主ね…………」
書類で額を小突かれ、伸ばしていた手を引っ込める。返事が変わる様子は、まるでない。
椅子へ腰を戻しかけ、戸口へ向く乱菊を見上げる。ふざけているうちに、聞くつもりだったことまで忘れるところだった。
「……で。冬獅郎は………まだ、目は覚めないのか?」
「……ええ。卯ノ花隊長が手を尽くしてくださっているけれど……深い昏睡から、まだ戻ってこないわ」
冬獅郎の傷を思い返す。どうにも引っかかる。藍染隊長の剣を知っているからこそ、なおさら納得できなかった。
「………………なぁ、乱菊さん」
「え?」
「………………あの傷……藍染隊長が本気で殺すつもりでやったにしては……どうにも筋が通りすぎているというか……不自然なんだよな」
「え……? それ、どういう意味……?」
しばらく口を開きかけたまま、やがて目を伏せる。
「…………いや。なんでもねえよ」
■ 十番隊隊長代行
日番谷冬獅郎が職務へ復帰するまで、黒崎一護が一時的に預かっている役職。
正式な隊長職そのものが一護へ移ったわけではなく、日番谷の復帰を前提とした時限措置となる。
■ 十番隊の遠隔業務
一護が現世で高校生活を続けながら隊長代行を務めるために導入された体制。
通常の決裁や報告は現世へ転送され、尸魂界での実働や隊内調整については松本乱菊を中心とした隊士たちが補佐している。
■ 空座町の警戒任務
霊的事件の多い空座町を巡回し、出現した虚などへ対応する任務。
一護自身が現世にいるため、現在は通学や日常生活と並行して担当している。
■ 五番隊新体制
藍染惣右介の離反後、緋山雷太が新たな隊長に就任。
副隊長は引き続き雛森桃が務め、従来の五番隊組織を引き継ぐ形で再編が進められている。
■ 日番谷冬獅郎の傷
藍染離反事件において負った重傷。
治療は卯ノ花烈を中心とする四番隊が継続しているものの、現在も意識は戻っていない。
傷そのものについて、雷太は何らかの違和感を抱いている。