我こそは十四番隊隊長(自称) 作:かなりゆっくりめ
新たに三番隊隊長へ就任した死神。優れた実力と事務能力を持つ一方、極端な人見知りで大きな声や陽気な人物を苦手としている。
吉良イヅル
三番隊副隊長。市丸ギン離反後も副隊長として隊に残り、新任の薫子を補佐している。
緋山染華
十一番隊十席。緋山雷太の母親であり、薫子とも以前から親しい。
藍染惣右介
離反し、現在は虚圏を拠点としている死神。戸川古男とは長年にわたり、奇妙な暗号報告書を介した知恵比べを続けてきた。
市丸ギン
元三番隊隊長。藍染、東仙とともに虚圏へ離脱した。現在も飄々とした態度を崩さない。
東仙要
元九番隊隊長。藍染とともに虚圏へ渡った一人。古男から受けた教えを現在も深く敬愛している。
ウルキオラ
虚夜宮に属する破面。冷静で合理的な思考を持ち、感情や曖昧な表現への関心は薄い。
ザエルアポロ
虚夜宮に属する破面の研究者。自身の知性に絶対的な自信を持つ。
「……おい、聞いたか? うちの新隊長の話……」
執務室へ戻る途中で、その噂が耳に入った。声をかけようとした吉良に、聞き捨てならない話が続く。
「ああ……なんでも、文武両道の冷静沈着な奴しか席官になれないらしいぞ。昨日も、廊下で大声で挨拶したうるさい不真面目な先輩が、問答無用で他隊へ叩き出されたって話だ……」
「狭山隊長は、一番隊にいた頃から規律には異常にうるさかったからな……。『大声を出すな』とか『仕事中にヘラヘラ笑うな』とか……」
「うむ……前隊長とは真逆だ。三番隊の引き締めは、これからとんでもなく厳しくなるぞ……!」
叩き出した覚えはない。本人とも話をして、受け入れ先へも事情を説明してきた。手続きの手間を思い出し、ため息を呑み込む。
二人の前を通ると、話はぴたりと止まった。揃って頭を下げられ、こちらも会釈を返す。叱りに来たと思われたらしい。持っているのは叱責の材料ではなく、隊長に確認してもらう予算書なのだが。
赴任早々、ずいぶん畏れられている。大声で呼び止めれば誤解は解けるかもしれないが、隊長に聞こえたら、吉良も異動候補になりかねない。
執務室へは、控えめに戸を叩いてから入る。返事が小さいのには、もう慣れていた。
「……ひ、ヒッ……さっきの人……声、大きすぎ……心臓……止まるかと思った……。怖い……あんな陽キャの人……同じ執務室にいたら……私、死んじゃう……。吉良君……あの人……他隊に……異動させて……」
机の下へ隠れてしまいそうな相手から書類を受け取り、ひとまず筆の届くところへ次の束を置く。
「……了解しました、隊長。これで今週五人目の配置転換ですね……。周囲が『粛清の嵐だ』と勘違いして怯えていますが……」
廊下の連中に見せれば、少しは安心してもらえるだろう。もっとも、見学者をぞろぞろ連れてきたら、机の下から二度と出てこなくなる恐れがある。誤解を解くのも簡単ではない。
さきほど渡した予算書は、話している間に確認が済んでいた。計算の誤りには訂正が入り、必要な署名も揃っている。頼んでおいた資料にも確認の印がついていた。
仕事について助言することは、ほとんどない。書類を受け取ろうとすると肩をすくめられるので、こちらも手を伸ばすのをためらう。手渡しをやめて机の端へ置いたところ、今度はすんなり受け取ってもらえた。
ただ、異動願いの理由はどう書こう。勤務態度にも実力にも問題がない以上、不真面目と決めつけるわけにはいかない。元気に挨拶した報いが転属とは、先輩隊士も納得しかねるはずである。
朝の挨拶を推奨してきた身としては、こちらから詫びる必要もありそうだった。
「薫子ちゃーーーん!! 来ちゃったわよォォッ!!」
突然の大声と開いた戸に、筆を受け取り損ねる。机の下へ転がったそれを拾う間にも、遠慮のない声が続く。
「あ…………お、お義母様……! こ、こんにちは……」
「はいこんにちは! 全く、息子が隊長になって、お嫁さんの薫子ちゃんまで三番隊隊長に出世しちゃうなんてねぇ! お母さん、嬉しいやらちょっと寂しいやらだわ!」
「いえ………………………嫁たる……者…………。雷太君を……支えられるだけの……甲斐性が………な………いと……」
今の大声は許されるらしい。恐る恐る机の向こうを確かめると、俯いた口元には笑みさえ浮かんでいた。
この違いを目にするのはいささか複雑である。なるほど、雷太の母親なら歓迎される。隊士全員にその条件を満たせと求めるわけにもいかない。
「まあ、頼もしいこと言ってくれるじゃない! ……でもね、薫子ちゃん」
「……?」
頭を撫でられていた薫子へ書類を差し出しかけ、手を止める。染華の声が変わった。少し席を外すべきかと迷ったが、話はそのまま続いた。
「……あの子ね、なんだか無理してるような気がするのよ。隊長になってから、やけに虚勢を張っているというか……。だから薫子ちゃん、あの子のこと、傍で気をつけて見てあげてね……」
「……はあい」
「……本当に…………まるで、『雷太じゃない誰か』が混ざってるみたいで……。ふふ、まさかね」
聞き返す前に、もう別れの挨拶を告げられていた。
見送りを済ませて戻ると、薫子と目が合った。何も尋ねられず、こちらも書類を抱えたまま口を閉じた。
◇◇
虚夜宮では、しばらく書類仕事とは無縁でいられると思っていた。お茶を運んできた市丸には、机へ積み上がった紙の量が信じられない。
「……藍染隊長、こんなとこで何してはりますの? 虚圏に来てまで机にかじりついて……」
「……いや。尸魂界を立つ前に、書庫からこれを持ってきていてね」
茶を置くために空けてもらった場所にも、解読途中のメモが残っている。湯呑みで隠す前に目を通し、見覚えのある言い回しに気づいた。
「これは………?? ああ……戸川5席が昔から提出してくる、あの悪名高い『暗号報告書』ですか」
「そうだ。まだ解読できていないストックが、これだけある」
処分せずに置いてあったらしい。まさか虚圏へ持参するとは。護廷を辞める際、持ち物を点検する者はいなかったのだろう。
「しかし藍染隊長、もう解かなくてもええちゃいますのん? 尸魂界を裏切ったんですから、四十六室や総隊長に提出する義理も報告先もあらへんのですし」
「……いや。これはもはや、あの男から私へ挑まれた『知恵比べの勝負』のようなものさ。すべてを解き明かさなければ……どうにも私の気が収まらないんだよ」
試しに一枚読もうとして、二行目で諦める。この調子で机の上を片付けるつもりなのか。茶のおかわりが何回必要になることやら。
空いたところへ湯呑みを置く間に、東仙の声が割って入った。
「はい!! 全くその通りです藍染様! 戸川先生の深き智謀と神懸かり的な暗号術は、我々こそがぜひ見習うべき崇高なる教えですから!!」
茶を出しながら顔を覗く。真面目に言っている。困ったことに、この男は真面目なのである。
「……………ちょっと東仙隊長。いくら元同僚やからって、そっちに感化されてウチらを裏切らんでくださいよ?」
「はて?? 何を言うか市丸! 戸川先生を裏切るなどありえん!! いずれ先生も我々の歩む正義の正しさに気づき、この虚夜宮へ合流してくれるはずなのだからな!!」
アカン、この人完全に戸川教の狂信者や……。
返事をしようとして、やめた。今、誰に向かって忠誠を誓ったのか。主君が隣で聞いているぞ。
しかも歓迎するつもりらしい。合流してくれるという期待は、どうか本人同士で話をつけてほしい。市丸には、招待状を運ぶ気も迎えに行く気もなかった。
「……………………………そうだな……………。あの男は…………………いや……」
その先を聞こうとしたところで、扉を叩く音が響いた。続きは後にして、お盆を手に脇へよける。
「む……………」
『ウルキオラ、参りました』
「入れ」
入室を許されたウルキオラの後ろに、ザエルアポロもいた。呼ばれた理由を知りたいのはこちらも同じなので、まだ茶器を下げずに待つ。
「藍染様、お呼びと伺いましたが……」
「僕のような高名な研究者にも直々の御用と伺いましたが……何の実験でしょうか?」
「うむ。君たち十刃には、これを解いてもらいたい」
机から差し出された二枚を見て、笑いそうになった。茶を運ぶついでに呼ばれたのでなくてよかった。ここへ来る時、用事はないかと尋ねずに済ませた自分を褒めたい。
「……これは…………『真なる地中の天空にそびえし、逆流する漆黒の滝は……我が魂の渇きを潤す蜜の如し』………? 藍染様、これは一体何かの詩ですか?」
「こっちには……『さまよえる一直線の十字架を、貴様は見たことがあるだろうか? 否、瞳を閉ざせば深淵の月が嘲笑う』…………? ……ないですね……そんな十字架、どこにも存在しませんが……」
見たことはあるかと尋ねながら、返事も待たずに否定している。ないと言わせるくらいの時間はくれてもよかろう。
ウルキオラの持つ方へ目を移しても、読み進める気にはなれない。滝を探せばいいのか、蜜を探せばいいのか。喉が渇いたなら、そこにお茶があるではないか。
無論、そんな回答を提出する勇気はない。
「これは…………高度に暗号化された極秘文書だ。君たち十刃にも、ただ力だけでなく知性を磨いてもらおうと思ってね。まずは頭脳明晰な君たち二人から、というわけだよ」
ここで声をかけられるのは避けたい。茶のおかわりを用意して、今は給仕として働いていよう。頭がよいかどうかは、後日あらためて判断してもらえれば十分である。
「……………承知いたしました。藍染様の命とあらば」
「ふ、ふん……なるほど暗号ですか! 僕の頭脳をもってすれば赤子の手を……むむ! そうか! これは古代虚文字のメタファーで……いや……しかし文法が完全に破綻している……!? まさか空間座標の暗喩で……いや……???」
いくつも解釈が出ては取り消されていく。得意げな口調も続かず、やがて呟くほどの声量になった。
赤子の手をひねるという話は、どうなったのか。尋ねたら睨まれそうなので、黙って茶を勧めておく。
「私も、これらを解くのに丸三日かかった。……頑張ってみたまえ、十刃の諸君」
最初の手掛かりくらいは渡してやらないのかと、解読メモへ目をやる。そちらはさっさと片付けられ、二人の前には問題の紙が残った。教える気はないらしい。
次に来る時は、茶を置いてすぐ帰ろう。うっかり進み具合を尋ねたら、三人目の解読担当にされかねない。
■ 三番隊新体制
市丸ギンの離反後、狭山薫子が隊長、吉良イヅルが引き続き副隊長を務める体制。
薫子自身の事務処理能力は非常に高く、隊務そのものは円滑に進んでいる。
■ 戸川古男の暗号報告書
古男が過去に提出していた、異常に複雑な暗号によって記された報告書。
文章には過剰な比喩、暗喩、暗号化が施されており、内容の解読には高い知識と発想力を要求される。
ただし、解読後の内容そのものが暗号の壮大さに釣り合うとは限らない。
■ 古男と藍染の知恵比べ
古男の暗号報告書を藍染が解読するという形で、長年続いてきた二人の奇妙な勝負。
すでに尸魂界への報告義務を失った現在も、藍染本人は未解読の文書を放置する気がない。
■ ガルムルド・ジュードスタイン
緋山雷太が持つもう一つの名。
雷太とは別人格として存在するものではなく、双方の記憶や感情を含めて現在の一人の彼を構成している。
■ 虚夜宮
虚圏に存在する巨大な宮殿。
藍染惣右介、市丸ギン、東仙要が尸魂界を離脱した後の拠点となっている。