欲しいものは全部欲しいので、怪異になって好き勝手します 作:ナリリ
落ちている。
そんな感覚だけがあった。
上も下も分からない。
身体の感覚すら曖昧だ。
(……転生、したんだよな?)
黒川直人は、ぼんやりと考える。
あの真っ白な空間。
神――とでも呼べばいいらしい、とんでもなく綺麗な女。
そして。
『何を望みますか?』
『全部』
我ながら欲張ったと思う。
でも、後悔はしていない。
(せっかく二回目なんだから、欲張って何が悪い)
そんなことを考えているうちに。
突然。
――世界が現れた。
「…………」
森。
最初に認識したのは、それだった。
どこまでも続く木々。
遠くには山。
川の流れる音。
鳥の鳴き声。
風に揺れる葉。
(……日本?)
少なくとも、いきなり剣と魔法の異世界という感じではない。
植物も見覚えのあるものが多い。
ただ。
(なんかいるな)
木の陰。
岩の裏。
川の中。
森の奥。
何かがいる。
動物ではない。
人間でもない。
説明しろと言われても困る。
けれど。
何故か分かる。
(あれ、生き物……なのか?)
木の陰から。
顔のようなものだけが覗いている。
目が三つ。
口はない。
身体は木と同化している。
「…………」
目が合った。
「こんにちは?」
試しに声をかける。
『…………』
返事はない。
それどころか。
ズズズ……。
木の中へ消えていった。
「逃げられた」
ちょっと悲しい。
「…………ん?」
そこで。
直人は気づいた。
「声」
自分の声がおかしい。
いや。
声だけではない。
「…………」
手を見る。
――ない。
「え?」
もう一度。
手を見る。
「…………手、どこ?」
ない。
腕も。
足も。
身体そのものがない。
「…………」
普通なら。
ここでパニックになっていたかもしれない。
しかし。
「手」
なんとなく思った。
すると。
すっ。
腕が現れた。
「…………」
半透明。
形だけの腕。
「消えろ」
消えた。
「出ろ」
出た。
「…………」
もう一度。
「消えろ」
消える。
「出ろ」
出る。
「…………」
直人は少し考える。
「もしかして」
試してみる。
身体。
欲しい。
そう思う。
すると。
輪郭が作られていく。
胴体。
脚。
腕。
頭。
「おお……」
地面へ足がついた。
「できた」
だが。
ここで終わらない。
「身長」
高く。
伸びる。
「低く」
縮む。
「髪」
長く。
伸びる。
「短く」
戻る。
「…………」
面白い。
角。
生えた。
「おお」
翼。
生えた。
「おお!」
尻尾。
生えた。
「…………」
腕を四本。
「うわ、キモ」
戻す。
「すげぇ」
直人は笑った。
身体を自由に作れる。
なら。
「…………」
一つ。
試してみたいことがあった。
「女」
身体が変わる。
「お?」
骨格。
身長。
顔。
胸。
腰。
そして。
「…………」
声を出してみる。
「あー」
女性の声。
「あー、あー」
高くする。
「あー」
低くする。
「…………楽しい」
前世では絶対できなかった。
当然だ。
「じゃあ」
直人は思い出す。
あの女。
自分を転生させた存在。
あれは綺麗だった。
滅茶苦茶綺麗だった。
「……女でいっか」
特に迷わなかった。
男に戻りたくなれば戻ればいい。
たぶん。
それくらいの感覚だった。
「せっかくだし」
顔。
もっと可愛く。
いや。
綺麗さも欲しい。
「両方」
欲張る。
目。
深い紫。
髪。
黒。
長く。
肌。
白く。
身長は高すぎず低すぎず。
「胸は……」
考える。
「…………これくらい」
調整。
「いや、もうちょっと」
調整。
「…………」
戻す。
「こっちだな」
自分でも何を真剣にやっているんだと思う。
でも重要だ。
第二の人生でずっと使うかもしれない身体なのだから。
「鏡欲しい」
そう呟く。
すると。
目の前の空間が揺れた。
「…………」
水面のようなもの。
そこへ自分の姿が映る。
「…………おお」
黒髪。
紫の瞳。
整った顔。
少女と大人の中間くらいの見た目。
可愛い。
綺麗。
自分の好みを詰め込んだのだから当然だ。
「…………」
右を見る。
鏡の中の女も右を見る。
左。
同じ。
頬を触る。
「…………」
柔らかい。
「私……」
言ってみる。
「俺」
なんとなく違う。
「私」
こっちの方が今の姿には合う。
「…………」
鏡を見る。
「私、めちゃくちゃ可愛いな」
誰も聞いていないので言いたい放題だった。
というか。
自分で作ったのだから、自分好みなのは当たり前である。
「よし」
姿は決まった。
次。
「名前」
黒川直人。
前世の名前。
嫌いではない。
だが。
鏡を見る。
「直人……ではないな」
完全に違う。
少し考える。
黒い髪。
夜。
月。
「黒月……」
悪くない。
名前。
「麗」
ふと思いついた。
「黒月麗」
口にする。
――カチリ。
「…………?」
何かが。
世界に嵌まった。
そんな感覚がした。
「…………まあいいか」
気のせいだろう。
「今日から私は黒月麗」
鏡の中。
黒月麗が笑う。
「うん」
気に入った。
◇◇◇
その瞬間。
遠く離れた場所。
人間の住む土地から遥かに離れた山中。
一体の怪異が。
突然。
顔を上げた。
『…………』
さらに別の場所。
朽ち果てた社。
『…………?』
地底深く。
『――』
誰も近づかない湖。
『…………』
古くから存在するものたちが。
ほんの一瞬。
何かを感じた。
それが何なのか。
分からない。
どこから来たのかも。
分からない。
ただ。
遥か遠くに。
何かがいる。
それだけ。
そして。
その感覚は。
すぐに消えた。
◇◇◇
「…………」
麗は森を歩いていた。
「何しよう」
転生した。
身体も作った。
名前も決めた。
ここまではいい。
「家欲しいな」
住む場所。
必要かどうかは分からない。
だが欲しい。
「…………」
ふと思う。
(作れたりする?)
試しに。
目の前の空間へ手を伸ばす。
「…………」
なんとなく。
ここではない場所。
誰にも邪魔されない。
自分だけの場所。
そう思った。
次の瞬間。
――ピシッ。
「…………」
空間に。
亀裂が入った。
「え?」
ピシッ。
ピシピシッ。
「…………」
麗は少し黙った。
「できそう」
何故できるのか。
知らない。
どうやっているのか。
説明もできない。
ただ。
できる。
「じゃあ」
麗は笑う。
「作ろ」
その日。
この世界のどこにも存在しない。
一つの空間が生まれた。
◇◇◇
――どれくらい時間が経ったのか。
麗自身。
あまり気にしていなかった。
「ん……」
柔らかなベッド。
麗はゆっくり目を開ける。
広い寝室。
豪華な家具。
大きな窓。
その向こうには。
巨大な月。
「…………」
麗は隣を見る。
美しい女性。
メイド服。
麗はその身体へ腕を回した。
「もうちょっと」
メイドは何も言わない。
ただ。
麗の好きなように抱き寄せられる。
睡眠。
本当は必要ない。
食事も。
呼吸すら。
必要なのかよく分からない。
でも。
寝るのは気持ちいい。
食べるのも楽しい。
だからする。
コンコン。
扉が鳴った。
『麗様』
「…………ん」
『お目覚めでしょうか』
「千代?」
『はい』
「入っていいよ」
扉が開く。
一人。
二人。
三人。
四人。
美しい女性たちが入ってくる。
先頭。
白髪の女。
白神千代。
その後ろ。
緋月朱音。
月城静。
久遠美琴。
四人が。
麗の前で。
同時に頭を下げた。
『おはようございます、麗様』
「おはよ」
麗は欠伸をする。
「今日何しよっかなぁ」
麗は知らない。
いや。
あまり深く考えていない。
いつの間にか。
異空間を作れるようになっていた。
いつの間にか。
そこへ巨大な屋敷を建てていた。
いつの間にか。
好みの姿をしたメイドたちまで作っていた。
そして。
いつの間にか。
四人の怪異が。
自分を。
主として崇めるようになっていた。
「麗様」
「ん?」
千代が微笑む。
「本日は、いかがなさいますか?」
「んー」
麗は少し考える。
「特に決めてない」
「では、我らはいつでも御命令を」
「命令とか別にいいよ」
「…………」
四人が一瞬。
本当に一瞬だけ。
悲しそうな顔をした。
「…………?」
麗は首を傾げる。
「どうしたの?」
「いえ」
千代がすぐ微笑む。
「何もございません」
「そう?」
「はい」
麗は気づかなかった。
彼女たちにとって。
麗から命令されることが。
どれほどの喜びなのか。
そして。
その麗が。
ほんの気まぐれで人間の世界へ興味を持つまで。
あと少し。
「後々、ここに登場してくるキャラたちのことは 深掘りしていきたいと思います。」