欲しいものは全部欲しいので、怪異になって好き勝手します   作:ナリリ

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第4話 人間の街に来たけど、お金がない

人間の街へ行く。

 

 そう決めたのはいいのだが。

 

「…………」

 

 麗は鏡の前で自分の姿を確認していた。

 

 黒い長髪。

 

 深い紫色の瞳。

 

 白いブラウス。

 

 その上から薄手のカーディガン。

 

 膝丈のスカート。

 

 派手すぎない。

 

 かといって地味すぎもしない。

 

「どう?」

 

 くるり。

 

 一回転。

 

「変じゃない?」

 

「この世の何者よりもお美しゅうございます」

 

 即答。

 

 千代だった。

 

「そういうのじゃなくて」

 

「?」

 

「人間の街で浮かない?」

 

「問題ございません」

 

「本当?」

 

「はい」

 

 麗はもう一度鏡を見る。

 

「まあ、いっか」

 

「麗様」

 

「ん?」

 

「こちらを」

 

 千代が小さな鞄を差し出す。

 

「鞄?」

 

「人間社会では必要になるかと」

 

「おお」

 

 受け取る。

 

 中を見る。

 

 ハンカチ。

 

 ティッシュ。

 

 その他。

 

 それっぽいものが入っている。

 

「千代、こういうの詳しいね」

 

「人間社会へ赴いた経験はございますので」

 

「そうなの?」

 

「はい」

 

「いつ?」

 

「最後は……」

 

 千代が少し考える。

 

「三十年ほど前でしょうか」

 

「古い!」

 

「…………」

 

「それ情報大丈夫?」

 

「基本的な部分は問題ないかと」

 

「基本的な部分はね」

 

 少し不安になった。

 

 だが。

 

「まあ、行けば分かるか」

 

 麗は鞄を肩へ掛ける。

 

「じゃあ行ってくる」

 

『いってらっしゃいませ、麗様』

 

 四人が揃って頭を下げた。

 

「うん」

 

 麗が何もない空間へ手を伸ばす。

 

 指先が触れる。

 

 ――ピシッ。

 

 空間に亀裂。

 

 その向こう。

 

 人間の世界。

 

「夕飯までには帰るよ」

 

「麗様」

 

「なに?」

 

「夕餉などお気になさらず」

 

「でも食べたいし」

 

「では麗様がお戻りになられた瞬間、最高の状態でお出しいたします」

 

「そこまでしなくても」

 

「いたします」

 

「…………」

 

「必ず」

 

「分かった分かった」

 

 麗は苦笑する。

 

「行ってきます」

 

『いってらっしゃいませ』

 

 一歩。

 

 亀裂を越える。

 

 そして。

 

 黒月麗は。

 

 人間の世界へ足を踏み入れた。

 

     ◇◇◇

 

「おお……!」

 

 駅前。

 

 麗は目を輝かせた。

 

 人。

 

 人。

 

 人。

 

 車。

 

 バス。

 

 信号。

 

 ビル。

 

 看板。

 

 巨大な液晶広告。

 

「すご」

 

 前世の日本と。

 

 ほとんど変わらない。

 

 いや。

 

 よく見ると違う。

 

『怪異発生時は、慌てず最寄りの避難施設へ』

 

 駅前の電光掲示板。

 

「…………」

 

 麗が立ち止まる。

 

『怪異災害警戒情報』

 

『本日の市内危険度――低』

 

「おお」

 

 本当に。

 

 怪異が社会へ組み込まれている。

 

 少し歩く。

 

 駅の柱。

 

『怪異災害保険』

 

「そんなのあるんだ」

 

 さらに。

 

『怪異発生時、絶対に接近しないでください』

 

『写真・動画撮影のために近づく行為は大変危険です』

 

「…………」

 

 麗は少し笑った。

 

「絶対いるんだろうなぁ」

 

 怪異を見つけて。

 

 スマホ片手に近づく人間。

 

 前世でも。

 

 災害現場を撮影しに行く人はいた。

 

「人間って変わらないなぁ」

 

 なんだか懐かしい。

 

 歩く。

 

 視線を感じる。

 

「…………」

 

 ちら。

 

 男性。

 

 麗を見る。

 

 目が合う。

 

 慌てて逸らす。

 

「?」

 

 さらに。

 

 女性。

 

 麗を見る。

 

 また目が合う。

 

 逸らす。

 

「…………」

 

 子供。

 

 ガン見。

 

「お姉ちゃん綺麗!」

 

「こら!」

 

 母親が慌てて子供を連れていく。

 

「…………」

 

 麗は自分の顔を触る。

 

「あ」

 

 忘れていた。

 

 自分好みに作った。

 

 つまり。

 

 かなり美人。

 

「そりゃ見られるか」

 

 納得。

 

 それ以上は気にしない。

 

「何しよっかな」

 

 せっかく来た。

 

 何か食べたい。

 

「…………」

 

 そこで。

 

 見つけた。

 

「コンビニ!」

 

 麗の目が輝く。

 

 前世。

 

 何度お世話になったか分からない。

 

 自動ドア。

 

 ウィーン。

 

「いらっしゃいませー」

 

「…………」

 

 麗は少し感動した。

 

「コンビニだ……」

 

 店員が若干不思議そうに見る。

 

 気にしない。

 

 お菓子。

 

「ある!」

 

 チョコ。

 

「これ似てる!」

 

 ポテトチップス。

 

「プリン!」

 

 アイス。

 

「おお……!」

 

 楽しい。

 

 非常に楽しい。

 

 気になるものを次々と籠へ入れる。

 

 必要ない。

 

 全部必要ない。

 

 でも。

 

 食べたい。

 

「これも」

 

 籠へ。

 

「これも」

 

 籠へ。

 

「これも」

 

 籠へ。

 

 結果。

 

 かなりの量になった。

 

「…………買いすぎた?」

 

 まあいい。

 

 食べ切れなくても保存すればいい。

 

 レジへ。

 

「お願いします」

 

「はい」

 

 ピッ。

 

 ピッ。

 

 ピッ。

 

 商品が読み取られていく。

 

「袋はご利用ですか?」

 

「ください」

 

「かしこまりました」

 

 ピッ。

 

「合計四千八百六十円です」

 

「はい」

 

 麗が鞄へ手を入れる。

 

「…………」

 

 財布。

 

「…………」

 

 ない。

 

「…………」

 

 別の場所。

 

「…………」

 

 ない。

 

「お客様?」

 

「あの」

 

「はい」

 

「ちょっと待ってください」

 

「はい」

 

 麗は鞄の中身を全部確認する。

 

 ハンカチ。

 

 ティッシュ。

 

 小物。

 

 それだけ。

 

「…………」

 

 財布が。

 

 ない。

 

 というか。

 

(私、お金持ってないじゃん)

 

 今。

 

 気づいた。

 

「…………」

 

「お客様?」

 

 店員が困っている。

 

「あの」

 

「はい」

 

「お金」

 

「はい」

 

「持ってません」

 

「…………」

 

「財布忘れたとかじゃなくて」

 

「…………はい」

 

「そもそも持ってません」

 

「…………」

 

 沈黙。

 

 麗は恥ずかしくなってきた。

 

「すみません……」

 

「あ、いえ……では商品を戻しますね」

 

「はい……」

 

 チョコ。

 

 プリン。

 

 アイス。

 

 お菓子。

 

 麗の目の前から。

 

 次々と消えていく。

 

「…………」

 

 悲しい。

 

 非常に悲しい。

 

 世界をどうこうできそうな力があっても。

 

 コンビニのプリン一個。

 

 買えない。

 

「ありがとうございましたー」

 

「…………」

 

 麗は肩を落としながら店を出た。

 

     ◇◇◇

 

「お金……」

 

 麗はベンチへ座っていた。

 

「完全に忘れてた」

 

 人間社会。

 

 金がいる。

 

 当然だ。

 

 前世では普通に知っていた。

 

 だが。

 

 転生してから。

 

 必要なかった。

 

 食料。

 

 作れる。

 

 服。

 

 作れる。

 

 家。

 

 作れる。

 

 欲しいもの。

 

 大体どうにかなる。

 

「…………」

 

 麗は手を見る。

 

「お金も作れる?」

 

 できる。

 

 たぶん。

 

 紙幣を見れば。

 

 同じものを作るくらい簡単だと思う。

 

「…………」

 

 しかし。

 

「偽札じゃん」

 

 ダメだ。

 

 前世の常識が止めた。

 

「金塊作って売る?」

 

 できそう。

 

「…………身分証ない」

 

 そもそも。

 

 売却時に面倒なことになる。

 

「働く?」

 

 それが一番普通。

 

「…………」

 

 想像。

 

『履歴書お願いします』

 

「住所ない」

 

『本人確認書類を』

 

「ない」

 

『銀行口座を』

 

「ない」

 

『マイナンバーを』

 

「ない」

 

「…………」

 

 麗は気づいた。

 

「私、人間社会だと何も持ってないじゃん」

 

 戸籍。

 

 ない。

 

 住民票。

 

 ない。

 

 身分証。

 

 ない。

 

 住所。

 

 異空間。

 

 電話番号。

 

 ない。

 

 銀行口座。

 

 ない。

 

「…………」

 

 詰んでいる。

 

 人間社会。

 

 思ったより難しい。

 

「千代……」

 

 恨めしく鞄を見る。

 

「鞄より財布だよ……」

 

 もちろん。

 

 麗自身が金の存在を完全に忘れていたので、千代だけの責任ではない。

 

 麗はベンチへ背中を預ける。

 

「どうしよ」

 

 その時。

 

「……あの」

 

「ん?」

 

 制服姿の少女。

 

 高校生くらい。

 

 手には。

 

 五百円玉。

 

「これ、落としました?」

 

「…………」

 

 麗が五百円を見る。

 

「私じゃないよ」

 

「え?」

 

「私、お金持ってないもん」

 

「…………」

 

「だから落とせない」

 

「…………」

 

 少女が困った。

 

「交番に持ってった方がいいんじゃない?」

 

「あ……そうですね」

 

「うん」

 

「ありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

 少女が去っていく。

 

「…………」

 

 麗はその背中を見る。

 

「普通だなぁ」

 

 人間。

 

 普通。

 

 前世と。

 

 そんなに変わらない。

 

 怪異が存在して。

 

 怪異災害があって。

 

 それを専門に扱う組織まで存在する。

 

 それでも。

 

 人間は普通に学校へ行く。

 

 仕事へ行く。

 

 買い物をする。

 

 落とし物を拾う。

 

「面白い」

 

 麗は立ち上がった。

 

「もうちょっと見て回ろ」

 

 お金問題は。

 

 あとで考える。

 

     ◇◇◇

 

 歩いているうちに。

 

 麗は一つ気づいた。

 

「多いな」

 

 怪異。

 

 森にもいた。

 

 山にもいた。

 

 だが。

 

 ここは違う。

 

 路地。

 

 ビルの隙間。

 

 地下道。

 

 人混み。

 

 至るところに。

 

 薄い何かが淀んでいる。

 

「…………」

 

 麗が立ち止まる。

 

 人間には見えない。

 

 黒い靄。

 

 怒り。

 

 不安。

 

 嫉妬。

 

 憎悪。

 

 恐怖。

 

 悲しみ。

 

 そんなものが混ざったような。

 

 嫌なもの。

 

「これか」

 

 麗にはなんとなく分かった。

 

 人間から出ている。

 

 一人一人なら大したことはない。

 

 だが。

 

 都市には人間が多い。

 

 何万。

 

 何十万。

 

 それだけの人間が。

 

 毎日。

 

 少しずつ。

 

 負の感情を吐き出している。

 

「田舎じゃ、こんなのなかったのに」

 

 転生して最初にいた場所。

 

 山。

 

 森。

 

 小さな集落。

 

 そこにも怪異はいた。

 

 だが。

 

 もっと穏やかだった。

 

 人間の負の感情が少ない。

 

 だから。

 

 怪異も。

 

 そこまで歪まない。

 

「都会の怪異が危ない理由って、これ?」

 

 誰に聞くでもなく呟く。

 

 その時。

 

 路地裏。

 

「…………」

 

 何かがいた。

 

 二メートルほど。

 

 細長い手足。

 

 不自然に曲がった首。

 

 顔の半分を占める口。

 

 身体から。

 

 黒い靄が漏れている。

 

「…………」

 

 麗が見る。

 

 怪異も。

 

 麗を見る。

 

「こんにちは」

 

『――』

 

 一瞬。

 

 怪異が硬直した。

 

「?」

 

 次の瞬間。

 

『――――ッ!!』

 

 逃げた。

 

 ものすごい勢いで。

 

「…………」

 

 麗は呆然。

 

「なんで?」

 

 追わない。

 

 追う理由もない。

 

「私、何もしてないのに」

 

 本当に何もしていない。

 

 異相圧も。

 

 完全に抑えている。

 

「…………」

 

 麗は首を傾げた。

 

 その遥か上。

 

 ビルに設置された。

 

 一台の観測装置。

 

 ピッ。

 

 一瞬。

 

 数値が。

 

 跳ねた。

 

『ERROR』

 

 そして。

 

 すぐ。

 

『0』

 

 何事もなかったように。

 

 元へ戻る。

 

     ◇◇◇

 

 怪異対策局 支部

 

「……何これ」

 

「駅前観測器です」

 

「それは分かる」

 

 職員がモニターを見る。

 

「一瞬だけ上限突破?」

 

「はい」

 

「その直後ゼロ?」

 

「はい」

 

「故障じゃないの?」

 

「自己診断では正常です」

 

「じゃあ何を観測した?」

 

「分かりません」

 

「…………」

 

 別の職員。

 

「それと」

 

「まだあるの?」

 

「駅前周辺の低級怪異が移動を始めています」

 

「どこへ?」

 

「外側です」

 

「…………外?」

 

「はい」

 

 画面。

 

 複数の怪異反応。

 

 まるで。

 

 駅前の何かを避けるように。

 

 散っていく。

 

「何がいる?」

 

「現在確認中」

 

「現場の局員は?」

 

「付近に一人」

 

「誰?」

 

「神崎澪」

 

「今日非番じゃなかった?」

 

「非番です」

 

「…………」

 

「連絡します?」

 

「一応」

 

「了解」

 

 その頃。

 

 当の麗は。

 

「…………」

 

 自動販売機の前。

 

 じっと。

 

 ジュースを見ていた。

 

「おいしそう」

 

 財布。

 

 ない。

 

「…………」

 

 麗は自動販売機へ手を伸ばす。

 

 そして。

 

「…………ダメダメ」

 

 引っ込める。

 

「ちゃんとお金手に入れてから」

 

 自分へ言い聞かせる。

 

 そんな麗を。

 

 少し離れた場所から。

 

 一人の少女が。

 

 見ていた。

 

「…………何、あれ」

 

 神崎澪。

 

 怪異対策局所属。

 

 A級怪異狩り。

 

 彼女の目には。

 

 怪異が見える。

 

 異相圧も。

 

 ある程度なら。

 

 見るだけで分かる。

 

 強い怪異ほど。

 

 纏うものが違う。

 

 だが。

 

「…………」

 

 目の前の黒髪の少女。

 

 何も。

 

 見えない。

 

「人間……?」

 

 違う。

 

 人間なら。

 

 人間として見える。

 

 生きている者には。

 

 生きている者の気配がある。

 

 しかし。

 

 あれには。

 

 何もない。

 

「…………」

 

 異相圧。

 

 ゼロ。

 

 怪異反応。

 

 ゼロ。

 

 人間としての気配。

 

 違和感。

 

 なのに。

 

 周囲の怪異だけが。

 

 逃げている。

 

「何なの……?」

 

 その瞬間。

 

 黒髪の少女が。

 

 振り返った。

 

「――っ」

 

 目が合う。

 

 紫色の瞳。

 

 そして。

 

 麗は。

 

 にこっ。

 

 笑った。

 

(綺麗な子)

 

 麗が最初に思ったのは。

 

 それだった。

 

 次に。

 

(……欲しいかも)

 

 神崎澪にとって。

 

 人生最大級に厄介な出会いが。

 

 始まった。




「普段は人殺したり、食べたりするのに無駄に常識が主人公にはあったりします。」
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