欲しいものは全部欲しいので、怪異になって好き勝手します   作:ナリリ

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第5話 なんか警戒されてる?

目が合った。

 

 少し離れた場所。

 

 一人の少女が、こちらをじっと見ている。

 

「…………」

 

 麗も少女を見る。

 

 綺麗な子だ。

 

 年齢は、今の自分と同じくらいに見える。

 

 整った顔立ちに、少し鋭い目。

 

 可愛いというより、綺麗という言葉の方が似合いそうだった。

 

(好みかも)

 

 麗はそんなことを考える。

 

 だが、すぐに別のことへ気づいた。

 

(……この子)

 

 街へ来てから。

 

 麗は散々見られている。

 

 男にも。

 

 女にも。

 

 子供にも。

 

 最初こそ不思議だったが、理由はもう分かっている。

 

 自分で自分好みに作ったこの姿が、かなり目立つらしい。

 

 しかし。

 

 目の前の少女は違った。

 

 顔を見ているんじゃない。

 

 麗そのものを観察している。

 

 しかも。

 

 警戒している。

 

「…………」

 

 麗の視線が下がる。

 

 少女の腰。

 

 服の下。

 

 何かある。

 

(武器?)

 

 普通の武器とは少し違う。

 

 そこから微かに感じるものに覚えがあった。

 

 千代たちから聞いた話。

 

 怪異。

 

 それを狩る人間。

 

 そして。

 

(怪異対策局)

 

 麗の目が少し輝いた。

 

(もしかして本物?)

 

 ちょうど興味があったところだ。

 

 麗は少女へ。

 

 にこっ。

 

 笑いかけた。

 

「こんにちは」

 

「――」

 

 少女の肩が僅かに動く。

 

「……こんにちは」

 

 返事が来た。

 

(よし)

 

 麗は少女へ歩き出した。

 

 一歩。

 

 少女の右手が僅かに動く。

 

 二歩。

 

 やはり。

 

 腰の辺り。

 

 いつでも何かを抜けるように。

 

 構えている。

 

「ねえ」

 

「……何?」

 

「もしかして」

 

 麗は少女の顔を覗き込む。

 

「怪異対策局の人?」

 

「――!」

 

 少女の目が鋭くなる。

 

 当たり。

 

「……どうしてそう思ったの?」

 

「私を見る目」

 

「目?」

 

「うん」

 

 麗は周囲を見回す。

 

「今日さ、いろんな人に見られたんだけど」

 

「…………」

 

「みんな顔とか髪とか見てるんだよね」

 

「…………」

 

「でも澪は違う」

 

「――」

 

 少女の表情が変わる。

 

「あ」

 

 麗が口元を押さえた。

 

「まだ名前聞いてなかった」

 

「…………」

 

「なんとなく澪っぽかった」

 

「そんなわけある!?」

 

「冗談」

 

「…………あなたね」

 

 少女が眉間を押さえる。

 

「それと」

 

 麗は少女の腰へ視線を向けた。

 

「そこ」

 

「――」

 

「武器持ってるでしょ?」

 

 少女の右手が止まった。

 

「隠してるのに?」

 

「分かるよ」

 

「どうやって?」

 

「なんとなく」

 

「…………」

 

「本当に」

 

 麗にも上手く説明できない。

 

 見える。

 

 感じる。

 

 分かる。

 

 ただそれだけだ。

 

「……場所を変える」

 

「いいよ」

 

「…………」

 

「なに?」

 

「随分素直ね」

 

「だって話したいんでしょ?」

 

「…………」

 

「私も聞きたいことあるし」

 

「何を?」

 

「怪異対策局のこと」

 

「…………」

 

 少女の警戒が。

 

 さらに強くなった。

 

「まあ」

 

 麗は笑う。

 

「とりあえず行こ」

 

「なんであなたが仕切るのよ……」

 

 少女は小さくため息をついた。

 

     ◇◇◇

 

 人通りの少ない公園。

 

 二人はベンチへ座った。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ただし。

 

 距離。

 

 かなり遠い。

 

 麗。

 

 ベンチの右端。

 

 少女。

 

 左端。

 

「遠くない?」

 

「これでいい」

 

「そう?」

 

「そう」

 

「…………」

 

 麗は少女を見る。

 

 少女も麗を見る。

 

「名前」

 

「え?」

 

「あなたの名前」

 

「ああ」

 

 麗は笑う。

 

「黒月麗」

 

「黒月麗……」

 

「麗でいいよ」

 

「…………」

 

「そっちは?」

 

「神崎澪」

 

「澪」

 

「神崎でいい」

 

「澪」

 

「…………」

 

「澪」

 

「何で二回言ったの?」

 

「呼んでみたかった」

 

「…………好きにして」

 

「やった」

 

「何が嬉しいのよ……」

 

 麗はちょっと嬉しい。

 

 人間社会へ来て。

 

 初めてちゃんと会話した相手。

 

 しかも。

 

 綺麗な女の子。

 

 悪くない。

 

「じゃあ麗」

 

「うん」

 

 澪の表情が変わる。

 

「質問する」

 

「どうぞ」

 

「あなた」

 

 一拍。

 

「人間?」

 

 麗は澪を見る。

 

「…………」

 

 さて。

 

 どう答えよう。

 

 人間。

 

 ではない。

 

 少なくとも。

 

 今は。

 

 それは自分でも分かっている。

 

「違うよ」

 

 麗は普通に答えた。

 

 澪の右手が。

 

 僅かに腰へ近づく。

 

「怪異?」

 

「人間から見れば、そうなるんじゃない?」

 

「……随分曖昧ね」

 

「だって怪異って、人間が付けた呼び方でしょ?」

 

「それは……そうだけど」

 

「なら」

 

 麗は自分の胸元を指す。

 

「私は黒月麗」

 

「…………」

 

「それでよくない?」

 

「よくない」

 

「ダメ?」

 

「私の仕事上はね」

 

「あー」

 

 麗は納得する。

 

「怪異対策局だもんね」

 

「まだ私が局員だとは言ってない」

 

「え?」

 

「…………」

 

「違うの?」

 

「…………」

 

「武器持ってるのに?」

 

「…………」

 

「私のこと警戒してるのに?」

 

「…………」

 

「怪異のことも知ってるのに?」

 

「…………」

 

 澪はため息をついた。

 

「怪異対策局所属。神崎澪」

 

「やっぱり!」

 

 麗の目が輝く。

 

「本物!」

 

「何で喜ぶの?」

 

「興味あったから」

 

「普通、怪異が怪異対策局に興味持つ?」

 

「持っちゃダメ?」

 

「私たち、怪異を討伐する組織なんだけど」

 

「知ってる」

 

「怖くないの?」

 

「別に」

 

 麗は首を傾げる。

 

「澪、私を殺すの?」

 

「…………」

 

「今すぐ」

 

「…………」

 

 澪は答えない。

 

「殺さないんでしょ?」

 

「状況次第」

 

「じゃあ今は?」

 

「…………」

 

「ほら」

 

 麗は笑う。

 

「今は敵じゃない」

 

「あなたが人間を襲わない保証がない」

 

「襲わないよ」

 

「信用できない」

 

「初対面だもんね」

 

「そういう問題じゃ……」

 

「でも」

 

 麗は澪を見る。

 

「澪もいきなり私に攻撃してない」

 

「…………」

 

「話を聞こうとしてくれてる」

 

「それは」

 

「だから」

 

 麗が笑う。

 

「澪って優しいね」

 

「…………」

 

 澪の表情が。

 

 ほんの少しだけ変わった。

 

「……勘違いしないで」

 

「してないよ?」

 

「私は必要ならあなたを討伐する」

 

「うん」

 

「怖くないの?」

 

「澪が?」

 

「私たちが」

 

「うーん」

 

 麗は少し考える。

 

「まだ怪異対策局がどれくらい強いか知らないから」

 

「…………」

 

「怖がるかどうか判断できない」

 

「…………」

 

 澪は黙った。

 

 妙な答え。

 

 だが。

 

 強がっているようには見えない。

 

 本当に。

 

 知らないだけ。

 

 そんな言い方だった。

 

「じゃあ次」

 

「うん」

 

「異相圧」

 

「いそうあつ」

 

「知ってる?」

 

「千――」

 

 麗が止まる。

 

「…………」

 

「何?」

 

「聞いたことはある」

 

 危ない。

 

 千代の名前を普通に出すところだった。

 

 別に名前くらいならいいのだが。

 

 今は余計なことを言わない方がよさそうだ。

 

「怪異が持つ力を数値化したもの、で合ってる?」

 

「大体は」

 

「私にもあるんでしょ?」

 

「…………」

 

 澪の顔が険しくなる。

 

「それが問題なの」

 

「?」

 

「あなたから何も感じない」

 

「…………」

 

「異相圧がゼロ」

 

「ゼロ?」

 

「正確には観測できない」

 

「へぇ」

 

「へぇ、じゃない」

 

「ダメなの?」

 

「普通はあり得ない」

 

「そうなの?」

 

「怪異ならね」

 

「…………」

 

 麗は自分の手を見る。

 

 千代たちにも聞いた。

 

『比較する対象がございません』

 

 あの時は深く考えなかった。

 

 そして。

 

 今も。

 

「まあいいか」

 

「よくない!」

 

「えぇ……」

 

「こっちはそれで困ってるの!」

 

「澪が?」

 

「局が!」

 

「なんで?」

 

「駅前の観測器が一瞬だけ異常値を出した」

 

「へぇ」

 

「その直後、周辺の怪異が一斉に逃げ始めた」

 

「…………」

 

 麗が瞬きをする。

 

「それ」

 

「何?」

 

「私も見た」

 

「何を?」

 

「怪異」

 

 麗は先ほどの路地裏を思い出す。

 

「こんにちはって言ったら逃げた」

 

「…………」

 

「すごい勢いで」

 

「…………」

 

「失礼だよね」

 

「…………」

 

「澪?」

 

 澪は頭を抱えた。

 

「どうして逃げたと思う?」

 

「分かんない」

 

「本当に?」

 

「うん」

 

「何かした?」

 

「挨拶」

 

「それ以外」

 

「見た」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

「…………」

 

 嘘には。

 

 見えない。

 

 澪はますます分からなくなった。

 

「じゃあ」

 

 麗が逆に質問する。

 

「私も聞いていい?」

 

「何?」

 

「都会の怪異って」

 

 少し考えて。

 

「やっぱり田舎より危ない?」

 

「……どうして?」

 

「ここ」

 

 麗は周囲を指す。

 

「人間の嫌な感情みたいなのが、いっぱいあるから」

 

「――」

 

「怒りとか」

 

「…………」

 

「悲しみとか」

 

「…………」

 

「憎しみとか」

 

「…………」

 

「そういうのが混ざってる」

 

 澪の目が変わった。

 

「負相エネルギーが分かるの?」

 

「それが名前?」

 

「人間の負の感情から生じるエネルギー。私たちはそう呼んでる」

 

「へぇ」

 

 麗は納得した。

 

「やっぱり人間から出てるんだ」

 

「見える?」

 

「見えるっていうより……分かる」

 

「…………」

 

「田舎だと少なかった」

 

「田舎?」

 

「山とか森とか」

 

「怪異はいなかった?」

 

「いたよ」

 

「どんな?」

 

「いろいろ」

 

 麗は思い出す。

 

 木に潜るもの。

 

 川に住むもの。

 

 小さな集落の近くで。

 

 人間の子供たちを遠くから眺めているもの。

 

「でも」

 

 麗は言う。

 

「大人しいのが多かった」

 

「…………」

 

「人間の負の感情が少ないから、あんまり歪まないのかなって」

 

 澪は黙った。

 

 局でも。

 

 似た研究は存在する。

 

 人口密度。

 

 犯罪率。

 

 精神的ストレス。

 

 そして。

 

 怪異発生率。

 

 都市部ほど危険な怪異が生まれやすいことは。

 

 すでに知られている。

 

 だが。

 

「麗」

 

「ん?」

 

「あなた、どこから来たの?」

 

「…………」

 

 麗は笑う。

 

「秘密」

 

「また?」

 

「うん」

 

「どうして?」

 

「初対面だから」

 

「…………」

 

「私」

 

 麗が澪を見る。

 

「何でも喋るほど素直じゃないよ?」

 

「…………」

 

 初めて。

 

 澪は。

 

 麗の笑顔の奥に。

 

 ほんの少しだけ。

 

 何かを感じた。

 

 何も考えていないわけではない。

 

 むしろ。

 

 この少女は。

 

 話していいことと。

 

 話してはいけないことを。

 

 ちゃんと選んでいる。

 

「……分かった」

 

「お」

 

「今日は聞かない」

 

「優しい」

 

「違う」

 

「またまた」

 

「…………」

 

 澪はため息。

 

「ただ」

 

「うん?」

 

「このまま帰すわけにもいかない」

 

「なんで?」

 

「正体不明の怪異だから」

 

「あー」

 

「しかも観測不能」

 

「なるほど」

 

「周囲の怪異まで逃げてる」

 

「私悪くなくない?」

 

「それはそうだけど……」

 

 澪は少し迷う。

 

「麗」

 

「うん」

 

「怪異対策局まで来て」

 

「…………」

 

「少し調べさせてほしい」

 

「…………」

 

 麗が黙った。

 

 澪の右手。

 

 まだ武器へ届く位置にある。

 

 表情も真剣。

 

 断れば。

 

 どうなるのだろう。

 

「…………」

 

「麗?」

 

「行く」

 

「……いいの?」

 

「うん」

 

「本当に?」

 

「だって」

 

 麗の目が。

 

 キラキラしていた。

 

「怪異対策局でしょ?」

 

「……そうだけど」

 

「見てみたかった!」

 

「…………」

 

「どんな建物?」

 

「普通」

 

「地下施設とかある?」

 

「あるけど」

 

「武器いっぱい?」

 

「ある」

 

「怪異とか捕まえてる?」

 

「いる」

 

「おお!」

 

「…………」

 

「楽しみ!」

 

「…………」

 

 澪は思った。

 

(なんで怪異本人が一番楽しみにしてるのよ……)

 

「ただし」

 

「うん」

 

「勝手な行動は禁止」

 

「分かった」

 

「局員に手を出さない」

 

「出さないよ」

 

「絶対?」

 

「向こうから何もしなければ」

 

「…………」

 

「冗談」

 

「あなたの冗談分かりにくい」

 

「ごめん」

 

 二人が立ち上がる。

 

 公園を出る。

 

 並んで歩く。

 

 少しして。

 

「澪」

 

「何?」

 

「一個お願いしていい?」

 

「内容による」

 

「ジュース」

 

「…………」

 

「喉乾いた」

 

「怪異って喉乾くの?」

 

「乾かない」

 

「じゃあいらないでしょ」

 

「飲みたいの!」

 

「自分で買えば?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「お金ない」

 

「…………」

 

「一円も」

 

「…………」

 

「貸して?」

 

「嫌」

 

「返すから」

 

「どうやって?」

 

「これから考える」

 

「無計画すぎる!」

 

「じゃあ」

 

 麗が少し考える。

 

「身体で払う?」

 

「――っ!?」

 

 澪が勢いよく麗を見る。

 

「な、何言って……!」

 

「荷物持ちとか」

 

「…………」

 

「掃除とか」

 

「…………」

 

「何想像したの?」

 

「何も!」

 

「顔赤いよ?」

 

「うるさい!」

 

「ふふっ」

 

 麗は楽しそうに笑った。

 

「澪って面白いね」

 

「誰のせいだと思ってるのよ……」

 

 結局。

 

 数分後。

 

「おいしい」

 

「……百六十円だから」

 

「覚えとく」

 

 麗の手にはジュース。

 

 澪の財布から。

 

 百六十円。

 

「絶対返して」

 

「もちろん」

 

「どうやって?」

 

「それはこれから考える」

 

「…………」

 

 澪は早くも後悔し始めていた。

 

 だが。

 

 まだ知らない。

 

 百六十円。

 

 たったそれだけの貸し借りが。

 

 黒月麗という正体不明の怪異との。

 

 長い付き合いの始まりになることを。

 

 そして。

 

 怪異対策局もまた。

 

 まだ知らない。

 

 神崎澪が今。

 

 何を。

 

 本部へ連れてこようとしているのかを。




第一ヒロイン?登場です
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