欲しいものは全部欲しいので、怪異になって好き勝手します   作:ナリリ

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第6話 監視してたら、監視されてました

「…………普通」

 

 黒月麗は、目の前の建物を見上げていた。

 

 怪異対策局地方支部。

 

 名前だけ聞いた時は。

 

 もっとこう。

 

 巨大な鳥居があったり。

 

 壁一面に札が貼られていたり。

 

 刀を持った人間が門番をしていたり。

 

 そんなものを勝手に想像していた。

 

 だが。

 

「普通の役所っぽい」

 

「何を想像してたの?」

 

 隣の神崎澪が呆れたように聞く。

 

「もっと怪異対策局! って感じ」

 

「分からない」

 

「巨大な封印扉とか」

 

「ない」

 

「秘密地下基地」

 

「地下施設ならある」

 

「あるんだ!」

 

「食いつくところそこ?」

 

「じゃあ怪異いっぱい捕まってる?」

 

「見学施設じゃないから」

 

「ちょっとくらい」

 

「ダメ」

 

「ケチ」

 

「あなたが自由すぎるのよ」

 

 二人は建物へ近づく。

 

 あと十メートルほど。

 

 そこで。

 

「待って」

 

 澪が足を止めた。

 

「ん?」

 

「麗」

 

「なに?」

 

「ここ、対怪異用の結界が張られてる」

 

「ああ」

 

 麗が建物を見る。

 

 確かに。

 

 薄い膜。

 

 建物全体を包むように。

 

 何層も。

 

 何かが重なっている。

 

「これ?」

 

「……分かるの?」

 

「うん」

 

「どう見えてる?」

 

「膜みたいな」

 

「…………」

 

「何枚か重なってる」

 

「そこまで?」

 

「変?」

 

「普通の怪異なら、結界の存在を感じても構造までは簡単に分からない」

 

「へぇ」

 

 麗が興味深そうに見る。

 

「触っていい?」

 

「絶対ダメ」

 

「なんで?」

 

「壊したらどうするの」

 

「壊さないよ」

 

「あなたの『壊さない』が信用できない」

 

「ひどい」

 

「駅前観測器の異常、まだあなたが原因か分かってないんだからね」

 

「でも私何もしてないよ?」

 

「だから怖いの」

 

「理不尽」

 

 麗が少し頬を膨らませる。

 

「とりあえず」

 

 澪が建物を見る。

 

「中に話を通してくる」

 

「私ここ?」

 

「待ってて」

 

「どれくらい?」

 

「分からない」

 

「暇」

 

「我慢して」

 

「はいはい」

 

「あと」

 

「まだあるの?」

 

「絶対勝手に入らないで」

 

「分かった」

 

「結界にも触らない」

 

「分かった」

 

「勝手に何か作らない」

 

「…………」

 

「返事」

 

「はい」

 

「なんで今間があったの?」

 

「気のせい」

 

「怪しい……」

 

 それでも。

 

 澪は麗を残して建物へ入っていった。

 

「…………」

 

 一人。

 

「…………」

 

 暇。

 

 ものすごく暇。

 

「…………」

 

 麗は周囲を見る。

 

 建物。

 

 人。

 

 駐車場。

 

 植木。

 

 結界。

 

「…………」

 

 結界。

 

「触りたい」

 

 小さく呟く。

 

 でも。

 

 澪に触るなと言われた。

 

「…………」

 

 我慢。

 

 麗は大人しく立っていた。

 

 数秒。

 

「…………」

 

 そこで。

 

 視線。

 

 麗が顔を上げた。

 

「…………」

 

 建物の外壁。

 

 一台の監視カメラ。

 

「なるほど」

 

 麗は。

 

 にこっ。

 

 笑った。

 

     ◇◇◇

 

 同時刻。

 

 怪異対策局地方支部。

 

 警備室。

 

「これが例の?」

 

「ああ」

 

 二人の職員がモニターを見ていた。

 

 画面には。

 

 黒髪の美少女。

 

 麗。

 

 結界の外で。

 

 大人しく立っている。

 

「普通にしか見えないな」

 

「神崎が異常だって報告してる」

 

「異相圧ゼロなんだろ?」

 

「正確には観測不能らしい」

 

「ゼロと何が違うんだ?」

 

「知らん」

 

 男が椅子へ深く座る。

 

「それにしても」

 

「何?」

 

「随分綺麗だな」

 

「ああ」

 

「怪異ってもっとこう、化け物じゃないのか?」

 

「人型も珍しくない」

 

「でもあれは……」

 

「…………」

 

 二人が画面を見る。

 

 麗が。

 

 こちらを見ていた。

 

「お」

 

「カメラに気づいたか」

 

「そりゃあれだけ見えてりゃな」

 

「まあな」

 

 麗が。

 

 笑う。

 

 そして。

 

 小さく手を振った。

 

「完全に気づいてるじゃん」

 

「カメラ見つけただけだろ」

 

「…………」

 

「どうした?」

 

「いや」

 

 一人の男が。

 

 眉を寄せた。

 

「なんか変じゃないか?」

 

「何が?」

 

「視線」

 

「視線?」

 

「…………」

 

 男が。

 

 椅子ごと右へずれる。

 

「何してんの?」

 

「黙ってろ」

 

 画面。

 

 麗の瞳。

 

 僅かに。

 

 動いた。

 

「…………」

 

 男が。

 

 左へ。

 

 麗の視線も。

 

 左へ。

 

「……は?」

 

「どうした?」

 

「おい」

 

「何だよ」

 

「そこ立って」

 

「何で」

 

「いいから」

 

 同僚を。

 

 モニターの前へ。

 

 自分は。

 

 さらに横へ。

 

「…………」

 

 麗の瞳。

 

 動く。

 

 男を追う。

 

「…………」

 

「…………」

 

「嘘だろ」

 

「何が?」

 

「違う」

 

「だから何が」

 

「こいつ」

 

 男の声が。

 

 僅かに震える。

 

「カメラ見てるんじゃない」

 

「…………は?」

 

「俺を見てる」

 

「何言ってんだ?」

 

「動くぞ」

 

 一歩。

 

 麗の視線。

 

 追う。

 

 二歩。

 

 追う。

 

「…………」

 

 同僚も。

 

 黙った。

 

 あり得ない。

 

 カメラと。

 

 警備室。

 

 距離。

 

 壁。

 

 階。

 

 全部。

 

 隔てられている。

 

 なのに。

 

「…………」

 

 麗が。

 

 人差し指を上げた。

 

 ゆっくり。

 

 画面の向こう。

 

 こちらへ。

 

 指先を向ける。

 

「…………」

 

 ぴたり。

 

 止まる。

 

 まるで。

 

 男本人を。

 

 正確に。

 

 指したように。

 

「…………っ」

 

 そして。

 

 麗の口が。

 

 動いた。

 

 音声はない。

 

 だが。

 

 読めた。

 

『みーつけた』

 

「――ッ!」

 

 男が立ち上がる。

 

「おい!」

 

「見えてる!」

 

「何が!」

 

「俺が!」

 

「落ち着け!」

 

「違う!」

 

 男がモニターを指す。

 

「こいつが見てるのは監視カメラじゃない!」

 

「…………」

 

「カメラ越しに」

 

 男の顔から。

 

 血の気が引く。

 

「俺を見てる」

 

「…………」

 

「俺が今どこにいるか」

 

「…………」

 

「分かってる」

 

 二人。

 

 沈黙。

 

 その時。

 

 麗が。

 

 楽しそうに。

 

 もう一度。

 

 手を振った。

 

「…………」

 

「…………」

 

 誰も。

 

 振り返せなかった。

 

「報告」

 

「……何て?」

 

「知らん」

 

「…………」

 

 男は端末を取る。

 

 入力。

 

『対象、監視カメラの存在を認識』

 

 止まる。

 

 消す。

 

 違う。

 

 それでは。

 

 足りない。

 

『対象、監視者本人を直接認識している可能性あり』

 

「…………」

 

 送信。

 

「これでいい?」

 

「知らん」

 

 二人は。

 

 少しだけ。

 

 モニターから離れた。

 

     ◇◇◇

 

「神崎!」

 

 建物へ入った澪へ。

 

 男性職員が駆け寄る。

 

「何考えてる!」

 

「声が大きいです」

 

「大きくもなる!」

 

「本人が来たいと言ったので」

 

「だからって正体不明の怪異をそのまま支部へ連れてくる奴があるか!」

 

「駅前に放置する方が危険だと思います」

 

「…………」

 

 男性職員が。

 

 黙る。

 

「それは……そうだが」

 

「でしょう?」

 

「しかし!」

 

 端末。

 

 通知。

 

「…………?」

 

 男が見る。

 

「何だこれ」

 

「どうしました?」

 

「警備室から」

 

 読む。

 

『対象、監視者本人を直接認識している可能性あり』

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人。

 

 沈黙。

 

「どういう意味です?」

 

「俺が聞きたい」

 

「監視カメラを見つけただけでは?」

 

「違うらしい」

 

「…………」

 

「警備室の職員が移動したら」

 

「はい」

 

「対象の視線も追ってきた」

 

「…………」

 

「壁越しに」

 

「…………」

 

「カメラ越しに」

 

「…………」

 

「本人を」

 

「…………」

 

 澪が。

 

 額を押さえた。

 

「麗……」

 

「知り合って一日も経ってないのに名前呼ぶ時の疲れ方がおかしいぞ」

 

「本人は多分遊んでるだけです」

 

「それが一番怖いんだよ!」

 

「私もそう思います」

 

 男が外を見る。

 

 ガラス越し。

 

 麗。

 

 大人しく立っている。

 

「…………」

 

 目が合った。

 

「!」

 

 麗が。

 

 にこっ。

 

 笑う。

 

 手を振る。

 

「…………」

 

 男は。

 

 恐る恐る。

 

 手を振り返した。

 

 麗が。

 

 さらに嬉しそうに笑った。

 

「…………」

 

「何してるんですか?」

 

「分からん!」

 

 男が顔を覆う。

 

「とりあえず責任者に報告した」

 

「許可は?」

 

「刺激するな」

 

「はい」

 

「敵意がないなら話を聞け」

 

「はい」

 

「ただし」

 

「何です?」

 

「お前が責任持って近くにいろ」

 

「…………」

 

「一番話が通じてる」

 

「…………」

 

「神崎?」

 

「私、今日非番なんですけど」

 

「知ってる」

 

「帰っていいですか?」

 

「ダメ」

 

「…………」

 

「すまん」

 

「絶対思ってませんよね?」

 

「思ってる」

 

「顔が笑ってます」

 

「気のせいだ」

 

 澪は。

 

 深く。

 

 ため息をついた。

 

     ◇◇◇

 

「麗」

 

「遅い」

 

「ごめん」

 

「暇だった」

 

「ちゃんと待ってた?」

 

「うん」

 

「結界触ってない?」

 

「触ってない」

 

「勝手に何かしてない?」

 

「…………」

 

「何したの?」

 

「何もしてないよ?」

 

「今の間は?」

 

「カメラの向こうの人と遊んでただけ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「麗」

 

「なに?」

 

「何でそれ分かるの?」

 

「見えるから」

 

「…………」

 

「正確には分かる、かな」

 

「今後それ」

 

「うん」

 

「人前であんまりやらないで」

 

「なんで?」

 

「怖いから!」

 

「そう?」

 

「そう!」

 

 麗が笑う。

 

「分かった」

 

「本当に?」

 

「たぶん」

 

「絶対」

 

「はい」

 

 澪が。

 

 頭を抱えながら。

 

 麗を入口へ案内する。

 

「じゃあ入るよ」

 

「うん」

 

「勝手なことしない」

 

「はい」

 

「結界に変なことしない」

 

「はい」

 

「何か気になるものがあっても触らない」

 

「はい」

 

「絶対」

 

「はいはい」

 

「……信用できない」

 

「ひどい」

 

 二人が。

 

 入口へ。

 

 一歩。

 

 麗が。

 

 結界へ触れる。

 

 正確には。

 

 通過する。

 

「…………」

 

「…………」

 

 何も。

 

 起きなかった。

 

「…………」

 

 澪が止まる。

 

「どうしたの?」

 

「麗」

 

「うん?」

 

「何かした?」

 

「歩いた」

 

「それ以外」

 

「何も」

 

「本当に?」

 

「本当」

 

 澪が。

 

 結界を見る。

 

 正常。

 

 破損。

 

 なし。

 

 解除。

 

 されていない。

 

 出力。

 

 正常。

 

 なのに。

 

 麗だけを。

 

 何の問題もなく。

 

 通した。

 

「…………」

 

「入っちゃダメだった?」

 

「違う」

 

「じゃあ」

 

「普通は」

 

 澪が麗を見る。

 

「怪異がここを通れば」

 

「うん」

 

「何かしら反応するの」

 

「へぇ」

 

「警報が鳴ったり」

 

「うん」

 

「結界が弾いたり」

 

「うん」

 

「少なくとも」

 

 澪が。

 

 麗の通った場所を見る。

 

「何も起きないなんてことはない」

 

「…………」

 

 麗も。

 

 振り返る。

 

 結界を見る。

 

「私」

 

「うん」

 

「嫌われてる?」

 

「逆」

 

「?」

 

「存在してない扱いされてる」

 

「…………」

 

「結界に」

 

「…………」

 

 麗は。

 

 少し考えて。

 

「失礼だね」

 

「そこ!?」

 

 澪の声が。

 

 建物の入口へ響いた。

 

 近くの職員たちが。

 

 一斉にこちらを見る。

 

「…………」

 

 麗は。

 

 周囲を見て。

 

 小さく。

 

 澪へ聞いた。

 

「めっちゃ見られてない?」

 

「気にしないで」

 

「私美人だから?」

 

「今は絶対それだけじゃない!」

 

「そっか」

 

 少し残念そうだった。

 

 そして。

 

 怪異対策局の職員たちは。

 

 この時。

 

 まだ理解していなかった。

 

 結界が反応しない。

 

 監視者の位置を認識する。

 

 異相圧も。

 

 正体も。

 

 何一つ分からない。

 

 そんな存在を。

 

 今。

 

 自分たちは。

 

 建物の中へ。

 

 招き入れてしまったのだということを。




ちなみに監視カメラのシーン。

麗本人は、

「お、見られてる」
「……これ、向こうの人まで分かるな」
「ちょっと驚かせよ」

くらいの気持ちです。

『みーつけた』

も完全に悪ふざけ。

本人に脅している自覚はほぼありません。

なお、監視していた職員側からすると普通にホラーです。
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