全員元カノ〜勇者様、昔の女と再会するたびに尋問するのはやめてくれ〜   作:レトやま

2 / 3
第二話「初恋は元カノに含まれますか?」

「……長い話になる」

 

「夜は長いですから」

 

 ユスティアは笑っていた。

 とても綺麗な笑顔だった。

 だからこそ怖い。

 人間、本当に怒っている時ほど静かになる。

 軍にいた頃、俺はそれを嫌というほど学んだ。

 怒鳴る上官はまだいい。

 殴る上官も対処できる。

 一番まずいのは、机の向こうで笑いながら、

 

『ツェングハウアー候補生。少し話をしようか』

 

 と言ってくる教官だった。

 大抵その後、一週間はろくな目に遭わない。

 

「ベルカさん」

 

「何だ」

 

「聞いてます?」

 

「聞いている」

 

「では」

 

 ユスティアは両手を膝の上に置き、姿勢を正した。

 

「レティシアさんについて、最初からお願いします」

 

「断る」

 

「どうしてですか」

 

「なぜ俺の十五年前の話を、お前に説明する義務がある」

 

「十五年前!?」

 

「そこに食いつくな」

 

「じゃあベルカさん、十二歳くらいですよね?」

 

「そうだ」

 

「子供じゃないですか!」

 

「だからそう言っている」

 

 俺は食後の茶を飲んだ。

 苦い。

 もっと薄くしてくれればいいのに。

 

「エマ」

 

「なあに?」

 

「お前から説明してやれ」

 

「えー」

 

「お前が余計なことを言ったんだろうが」

 

「だって事実じゃない」

 

 エマは楽しそうだった。

 昔からそうだった。

 人の困っている顔を見ると笑う女だ。

 いや。

 人聞きが悪いか。

 人の恋愛話が好きなのだ。

 昔、宿に泊まっていた旅商人夫婦が喧嘩した時も、厨房の壁越しに聞き耳を立てていた。

 

「レティシアはね、私の妹なの」

 

「それは聞きました」

 

「当時十三歳」

 

「ベルカさんより一つ下」

 

「そうそう」

 

 ユスティアが真剣な顔で頷く。

 なぜ情報整理を始めている。

 

「ベルカは十二歳の頃、うちの宿で住み込みで働いてたの」

 

「十二歳で?」

 

「親元を離れていたんですか?」

 

「色々あった」

 

「色々とは」

 

「色々だ」

 

「……後で聞きます」

 

「聞かんでいい」

 

 エマが笑う。

 

「ベルカって昔からこうなのよ。自分の話になると途端に口が重くなるの」

 

「分かります」

 

「お前ら妙なところで意気投合するな」

 

「でね」

 

 エマが続ける。

 

「レティシアはすごく大人しい子だったの。宿の手伝いもあまりしないで、ずっと本を読んでた」

 

「へえ」

 

「ベルカは逆。朝から晩まで働いてた」

 

「偉いですね」

 

「働かないと飯が出なかったからな」

 

「……急に重い話を差し込まないでください」

 

 知らん。

 

「レティシアは最初、ベルカのこと嫌ってたのよ」

 

「え」

 

「乱暴だし無愛想だし、口も悪いし」

 

「今と変わりませんね」

 

「おい」

 

「でも」

 

 エマの口調が少し柔らかくなる。

 

「ベルカが毎晩、厨房の隅で字の練習してるのを見つけたの」

 

 ユスティアが俺を見る。

 

「字?」

 

「当時、あまり書けなかった」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ」

 

「今は軍務書類も読めるし書けるんですよね」

 

「読めなければ士官学校に入れん」

 

 エマが懐かしそうに笑った。

 

「それでレティシアが教えてあげたのよ」

 

「……なるほど」

 

「毎晩二人で」

 

「毎晩」

 

 まただ。

 ユスティアの目つきが変わった。

 

「そこを強調するな」

 

「してません」

 

「している」

 

「続けてください」

 

「最初は文字だけだったんだけど、そのうち本も貸すようになってね」

 

「どんな本を?」

 

「戦記」

 

「色気がないですね」

 

「うるさい」

 

「地理書」

 

「さらに色気がない」

 

「兵法書」

 

「十二歳ですよね!?」

 

「面白かった」

 

「面白かったじゃないです」

 

 エマが吹き出した。

 

「でもベルカ、恋愛小説も借りたじゃない」

 

「借りてない」

 

「借りたわよ」

 

「記憶にない」

 

「『月下の薔薇姫』」

 

「…………」

 

「覚えてるじゃないですか」

 

「題名を聞いただけだ」

 

「顔に出てます」

 

 失敗した。

 

「で?」

 

 ユスティアが身を乗り出した。

 

「その恋愛小説を二人で?」

 

「別々に読んだ」

 

「感想を言い合ったり?」

 

「したかもしれん」

 

「しました?」

 

「覚えてない」

 

「したんですね」

 

「なぜそうなる」

 

 まったく。

 尋問官に向いている。

 

「それで夏祭りの日」

 

 エマが言った。

 

「レティシアがベルカを誘ったの」

 

 ユスティアの背筋が伸びる。

 

「二人きりで?」

 

「うん」

 

「エマ」

 

「何よ」

 

「もうその辺でいい」

 

「どうして?」

 

「どうしてでしょうね」

 

 ユスティアが俺を見る。

 

「ベルカさん」

 

「……何だ」

 

「続きが気になります」

 

「俺は気にならん」

 

「当事者でしょう」

 

「十五年前だぞ」

 

「初恋は何年前でも初恋です」

 

「知らん」

 

「初恋だったんですね?」

 

「……」

 

「ベルカさん?」

 

「祭りに行っただけだ」

 

「二人きりで」

 

「たまたまだ」

 

「手は?」

 

「何が」

 

「繋ぎました?」

 

「覚えてない」

 

「繋いだんですね」

 

「その理論をやめろ」

 

 エマはもう完全に面白がっていた。

 

「繋いでたわよ」

 

「エマ」

 

「私、見たもの」

 

「何で見てる」

 

「妹が男の子と出かけるんだから気になるじゃない」

 

「尾行したのか」

 

「少しだけ」

 

「最低だな」

 

「姉として当然です」

 

「違うと思います」

 

 そこだけはユスティアも俺側だった。

 

「それで?」

 

 ユスティアはすぐ戻った。

 

「キスは?」

 

「…………」

 

「ベルカさん?」

 

「した」

 

 観念する。

 

「…………」

 

 ユスティアが固まる。

 

「頬に」

 

「頬」

 

「レティシアがな」

 

「レティシアさんから?」

 

「ああ」

 

「ベルカさんは?」

 

「何もしてない」

 

「本当に?」

 

「十二歳だぞ」

 

「十二歳でもする人はします」

 

「何の知識だ」

 

 ユスティアは少し考え込む。

 

「つまり」

 

 嫌な予感。

 

「ベルカさんの初恋相手で」

 

「初恋とは言ってない」

 

「毎晩勉強を教えてもらって」

 

「話を盛るな」

 

「夏祭りに二人きりで出かけ」

 

「事実ではある」

 

「手を繋ぎ」

 

「エマの証言だけだ」

 

「頬にキスされた」

 

「そうだ」

 

「元カノですね」

 

「違う」

 

「元カノです」

 

「付き合ってない」

 

「ほぼ元カノです」

 

「ほぼ元カノという概念を作るな」

 

「では元カノ未遂」

 

「それも違う」

 

「元カノ候補」

 

「候補にもなってない」

 

「初代」

 

「何の初代だ」

 

 ユスティアは腕を組んだ。

 

「私の中では一件として記録します」

 

「記録?」

 

「はい」

 

「何を記録する気だ」

 

 答えなかった。

 怖い。

 

「でもレティシア、本当にベルカのこと好きだったのよ」

 

 エマが言う。

 俺は視線を落とした。

 

「知ってる」

 

 口から出てしまった。

 ユスティアが止まる。

 

「……知ってたんですか?」

 

「ああ」

 

「いつから」

 

「後から」

 

「後から?」

 

 エマも黙った。

 少しだけ。

 空気が変わった。

 

「士官学校へ行く直前だ」

 

 十三年前のことだ。

 覚えている。

 朝。

 霧。

 宿の前。

 俺は小さな鞄一つだけ持っていた。

 エマの父親に別れを告げた。

 エマにも。

 レティシアにも。

 あいつは何も言わなかった。

 ただ、小さな本を一冊くれた。

 

「何の本ですか」

 

「地図帳」

 

「最後まで色気ないですね」

 

「俺が欲しがっていたからだ」

 

 レティシアは言った。

 この地図の向こうまで行くんでしょう。

 なら、いつか帰ってきて。

 私はここにいるから。

 

「……帰らなかったんですか」

 

「士官学校に入ってすぐ、戦争が始まった」

 

 俺は続けた。

 

「それから一度も戻ってない」

 

「レティシアさんは」

 

「死んだ」

 

 沈黙。

 ユスティアの表情から、さっきまでの嫉妬が消えた。

 

「魔物に?」

 

「ああ」

 

 エマが静かに頷く。

 

「この町じゃないの。昔の宿はもっと東にあったから」

 

 九年前。

 東部侵攻。

 町は焼かれた。

 避難民の半分が死んだ。

 レティシアも、その中にいた。

 

「手紙が届いた」

 

 俺は言った。

 

「軍にいた俺のところへ」

 

「……誰から?」

 

「エマから」

 

「私、生き残ったからね」

 

 エマは笑った。

 だがその笑顔は、さっきまでとは違った。

 

「レティシアは最後までベルカのこと想ってた」

 

「エマ」

 

「いいじゃない」

 

「……」

 

「どうせ本人は言わなかったんだから」

 

 エマは俺を見る。

 

「妹の代わりに一回くらい言わせてよ」

 

 俺は黙る。

 

「避難する時ね」

 

 エマが言った。

 

「レティシア、あの地図帳の写しを持ってたの」

 

「……」

 

「ベルカがいつか戻ってきた時に、話ができるようにって」

 

 俺は何も言えなかった。

 ユスティアも黙っている。

 遠くの卓で誰かが笑っていた。

 皿が鳴る。

 酒場はいつも通りだ。

 昔からそうだった。

 誰かが死んでも、世界は何事もなかったように続く。

 

「悪かったな」

 

 俺は言った。

 誰に向けた言葉か、自分でも分からない。

 エマが首を振る。

 

「ベルカのせいじゃない」

 

「俺が――」

 

「違う」

 

 強い声だった。

 

「戦争のせいよ」

 

 エマは笑った。

 

「あなたまで死んでなくてよかった」

 

「……そうか」

 

「うん」

 

 俺は茶を飲む。

 冷めていた。

 

     ◇

 

 その夜。

 宿の部屋。

 ノアは既に寝ていた。

 恐ろしく寝つきがいい。

 俺は窓辺に座っていた。

 月が出ている。

 町は静かだった。

 眠れない。

 

「十五年前、か」

 

 長い。

 だが、思い出せる。

 レティシアの顔。

 声。

 妙に細い指。

 笑う時に右側だけ上がる口元。

 忘れていたわけじゃない。

 思い出さないようにしていただけだ。

 軍人にはそういう記憶が増える。

 思い出しても何も変わらない記憶。

 名前。

 顔。

 約束。

 死体。

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 独り言。

 その時。

 コンコン。

 扉が鳴った。

 

「誰だ」

 

「私です」

 

 ユスティアの声。

 

「寝ろ」

 

「少しだけ」

 

「明日は早い」

 

「分かってます」

 

「……」

 

「ベルカさん」

 

「何だ」

 

「開けてもらえませんか」

 

 仕方なく扉を開ける。

 ユスティアは寝巻き姿だった。

 上から外套を羽織っている。

 

「何だ」

 

「これ」

 

 木製のカップを差し出された。

 

「薬草茶です」

 

「なぜ」

 

「胃にいいらしいです」

 

「……誰のせいだと思っている」

 

「半分くらいは私です」

 

「自覚があったか」

 

 受け取る。

 温かい。

 

「エマさんに聞きました」

 

「何を」

 

「レティシアさんのこと」

 

「……」

 

「もっと」

 

「そうか」

 

 ユスティアは俯いた。

 

「ごめんなさい」

 

「何が」

 

「面白がって聞いて」

 

「別にいい」

 

「よくないです」

 

 こいつは妙なところで真面目だ。

 

「戦争が始まったのは、お前のせいじゃない」

 

「でも」

 

「俺も慣れてる」

 

「それ、慣れていいことなんですか」

 

 答えに困る。

 ユスティアは窓の外を見た。

 

「私も」

 

「ん?」

 

「故郷を失った時」

 

 そうだった。

 こいつも魔物に村を潰されている。

 

「たくさん死にました」

 

「……ああ」

 

「最初は毎日思い出してたんです」

 

 ユスティアは言う。

 

「お父さんとか、お母さんとか、近所のおばさんとか、友達とか」

 

 静かな声。

 

「でも最近、顔が少しずつ曖昧になってきて」

 

 俺は黙って聞く。

 

「それが怖いんです」

 

「忘れることが?」

 

「はい」

 

 なるほど。

 それは分かる。

 

「忘れていい」

 

「え?」

 

「全部覚えてたら人間は前に進めん」

 

「でも」

 

「忘れたからって、いなかったことにはならない」

 

 ユスティアが俺を見る。

 

「俺も部下の顔を全部は思い出せない」

 

「……」

 

「でも死んだことは覚えてる。それで十分だ」

 

「ベルカさんは」

 

「ん?」

 

「そうやって、自分に言い聞かせてきたんですか」

 

「知らん」

 

「そういうところです」

 

「何が」

 

「ずるい」

 

 意味が分からない。

 ユスティアは少しだけ笑った。

 

「じゃあ」

 

「何だ」

 

「レティシアさんは元カノ一覧から外します」

 

「最初から入れるな」

 

「初恋枠に移します」

 

「枠を作るな」

 

「特別枠です」

 

「やめろ」

 

 こいつ。

 せっかく少し感心したのに。

 

「ちなみに」

 

 嫌な流れ。

 

「ベルカさんの本当の初恋はレティシアさんで合ってます?」

 

「帰れ」

 

「違うんですか?」

 

「帰れ」

 

「気になります」

 

「明日行軍速度を倍にするぞ」

 

「横暴!」

 

「軍では質問しすぎる新兵は走らせる」

 

「私、軍人じゃありません」

 

「なら勇者訓練だ」

 

「そんな訓練聞いたことないです!」

 

 ユスティアは不満そうに帰っていった。

 

 扉を閉める。

 

「……まったく」

 

 だが。

 さっきより少しだけ、眠れそうだった。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

「おはようございまーす!」

 

 ノアが元気よく食堂へ飛び込んでくる。

 

「朝からうるさい」

 

「元気が一番です!」

 

「ベルカさん、おはようございます」

 

「ああ」

 

 ユスティアは妙に機嫌がいい。

 昨夜のことは引きずっていないらしい。

 ミレーネは先に食事を始めていた。

 

「遅い」

 

「まだ鐘一つ前だ」

 

「私は早起きなの」

 

「そうか」

 

「ねえ」

 

 ミレーネがパンをちぎりながら言った。

 

「何だ」

 

「今日、どこまで行く予定?」

 

「このまま北西。午後にはウルズ街道へ出る」

 

「ウルズ街道」

 

「ああ」

 

「……へえ」

 

 妙な反応。

 

「何だ」

 

「別に」

 

「またそれか」

 

「気にしないで」

 

「気になる言い方をするな」

 

 ユスティアもミレーネを見る。

 

「何かあるんですか?」

 

「ないない」

 

「本当に?」

 

「本当」

 

 ミレーネは笑う。

 この女。

 何か隠している。

 

     ◇

 

 昼前。

 一行は町を出た。

 北西へ続く古い街道。

 麦畑。

 低い丘。

 遠くに山。

 平和だ。

 戦場を知っていると、こういう景色の方が落ち着かない。

 静かすぎる。

 

「ベルカさん」

 

 ユスティアが早歩きで追いついてきて隣を歩く。

 

「何だ」

 

「レティシアさんって、綺麗な人でした?」

 

「知らん」

 

「何で」

 

「十三歳だぞ」

 

「じゃあ可愛かった?」

 

「知らん」

 

「好みでした?」

 

「前を見ろ」

 

「気になります」

 

「お前、外すと言っただろ」

 

「元カノ枠からは外しました」

 

「まだ残ってるのか」

 

「初恋特別枠に」

 

「捨てろ」

 

「嫌です」

 

 ノアが俺たちの前を歩きながら振り向く。

 

「二人って仲いいですよね」

 

「悪い」

 

「いいです」

 

 同時。

 

「ほら」

 

「うるさい」

 

「ノア、前を見て」

 

「はーい」

 

 その時だった。

 先頭のノアが止まる。

 

「ベルカさん」

 

 声が変わる。

 

「どうした」

 

「馬」

 

「何頭」

 

「二……いや、三」

 

「方向」

 

「正面」

 

「速さ」

 

「速いです」

 

 俺は手を上げる。

 

「止まれ」

 

 全員が止まった。

 街道の先。

 小さな土煙。

 

「旅人?」

 

 ユスティアが剣へ手を置く。

 

「違う」

 

 走り方。

 隊列。

 訓練されている。

 

「騎兵だ」

 

「どこの?」

 

「旗が見えない」

 

 俺は目を凝らす。

 三騎。

 一人が先頭。

 二人が後方。

 先頭の騎手は女だった。

 赤茶色の髪。

 軍装。

 胸元に銀色の徽章。

 

「……皇国軍?」

 

 ミレーネが呟く。

 

「なぜこんな場所に」

 

 東の皇国領から、かなり離れている。

 騎兵が近づく。

 俺は無意識に姿勢を正した。

 古い癖だ。

 三騎は俺たちの少し手前で速度を落とした。

 先頭の女が俺を見る。

 

「……」

 

「……」

 

 女の顔から表情が消えた。

 俺も動けない。

 赤茶色の髪。

 鋭い目。

 左眉の上に小さな傷。

 知らないはずがない。

 女が馬から降りる。

 

「隊長」

 

 後ろの兵士が呼ぶ。

 しかし女は聞いていない。

 一歩。

 二歩。

 こちらへ歩く。

 

「……ベルカ?」

 

 声。

 昔と同じだった。

 俺の喉が乾く。

 

「……」

 

 隣でユスティアが俺を見る。

 嫌な予感がする。

 最悪の予感。

 

「ベルカさん」

 

 小声。

 

「知り合いですか?」

 

「……」

 

「ベルカさん?」

 

 答えるより先に。

 女が俺の胸倉を掴んだ。

 

「この――」

 

 拳。

 避ける暇はなかった。

 右頬に直撃。

 

「ぐっ!」

 

「ベルカさん!?」

 

 俺は二歩よろめいた。

 

「何するんですか!」

 

 ユスティアが剣を抜きかける。

 

「待て!」

 

 止める。

 女は震えていた。

 怒っている。

 違う。

 泣いている。

 

「生きてたのか」

 

 かすれた声。

 

「リリア」

 

 俺は名前を呼んだ。

 

 女――リリア・フェルデンは、俺を睨みつける。

 

「私が」

 

 拳が震える。

 

「私が、お前の墓に何回花を供えたと思ってる!」

 

「……」

 

「死んだと思ってた!」

 

「俺もだ」

 

「ふざけるな!」

 

 胸倉を掴まれる。

 

「南方戦線で!」

 

 ああ。

 やめてくれ。

 今それを言うな。

 

「私を抱いた次の日に行方不明になって!」

 

 世界が止まった。

 

「…………」

 

 リリアも止まる。

 俺も止まる。

 ノアも。

 ミレーネも。

 後ろの皇国兵も。

 そして。

 隣。

 ゆっくり。

 本当にゆっくり。

 ユスティアが俺を見る。

 

「…………」

 

 勇者の刻印が。

 淡く。

 光り始めた。

 

「ベルカさん」

 

「待て」

 

「昨日」

 

「待て」

 

「初恋の話をしましたよね」

 

「これは違う」

 

「何がです?」

 

「事情がある」

 

「どういう事情です?」

 

「戦場だった」

 

「戦場だと女性を抱くんですか?」

 

「そういう意味じゃない!」

 

「ではどういう意味です?」

 

「ユスティア」

 

「はい」

 

「まず落ち着け」

 

「落ち着いてます」

 

「刻印が光ってる」

 

「気のせいです」

 

「絶対違う」

 

 リリアが俺とユスティアを交互に見る。

 

「……誰だ、その女」

 

 やめろ。

 火に油を注ぐな。

 

「勇者です」

 

 ユスティアが答える。

 

「勇者?」

 

「ユスティア・ユレイシアです」

 

「……そうか」

 

 リリアの目が細くなる。

 

「ベルカとは、どういう関係だ」

 

「仲間です」

 

「一か月限定のな」

 

 付け足してやる。

 

「ベルカさん?」

 

 ユスティアの冷たい声。

 

「いや」

 

 失敗した。

 

「一か月?」

 

 リリアが俺を見る。

 

「お前、何をしている」

 

「色々あって」

 

「昔からそればかりだな」

 

「お前に言われたくない」

 

「何だと?」

 

「ベルカさん」

 

「何だ」

 

「この方は?」

 

 来た。

 最悪の質問。

 

「リリア・フェルデン」

 

「それは名前です」

 

「元同僚だ」

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

「それだけですか?」

 

「……」

 

 沈黙。

 ユスティアの笑顔。

 昨日と同じ。

 いや。

 昨日より怖い。

 

「ベルカさん」

 

「……何だ」

 

「昨日、私言いましたよね」

 

「何を」

 

「夜は長いですからって」

 

「……」

 

「今日も長くなりそうですね」

 

 まだ昼前だ。

 俺は空を見上げた。

 雲一つない青空。

 こんなに晴れているのに。

 どうして俺の胃は、こんなにも痛いのだろう。

 そして俺は、この時まだ知らなかった。

 リリア・フェルデンとの再会が。

 勇者ユスティア・ユレイシアにとっての――

 最初の。

 本当の意味での。

 元カノとの遭遇になることを。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。