全員元カノ〜勇者様、昔の女と再会するたびに尋問するのはやめてくれ〜 作:レトやま
「今日も長くなりそうですね」
ユスティアはそう言った。
まだ昼前だった。
空は青い。
風も穏やか。
麦畑は陽光を浴びて揺れている。
これほど平和な景色の中で、俺はなぜ処刑台に立たされたような気分になっているのだろう。
「ベルカさん」
「何だ」
「説明を」
「ここでか?」
「ここでです」
「街道の真ん中だぞ」
「だから何ですか」
「往来の邪魔だ」
「今、誰もいません」
「後ろに皇国兵がいる」
「三人しかいません」
「三人もいる」
俺は視線を逸らす。
リリアの後方にいる二人の皇国兵は、明らかにこちらを見ないようにしていた。
だが耳はこっちを向いている。
分かる。
軍人というのは、こういう時だけ妙に聴覚が良くなる。
「隊長」
後ろの一人が、恐る恐る声をかけた。
「我々は少し離れた方がよろしいでしょうか」
「その場にいろ」
「はい」
即答。
かわいそうに。
「リリア」
「何だ」
「部下を巻き込むな」
「巻き込んだのはお前だ」
「俺は何もしてない」
「私を抱いた次の日に消えた男が言う台詞か?」
「だからそれを大声で言うな!」
「ベルカさん」
「はい」
反射的に返事をしてしまった。
ユスティアの笑顔は完璧だった。
怖い。
「確認します」
「確認しなくていい」
「確認します」
「……どうぞ」
「リリアさんとは元同僚」
「そうだ」
「士官学校時代からの知り合い」
「そうだ」
「南方戦線で一緒だった」
「そうだ」
「そして」
間。
「抱いた」
「……言い方」
「事実ですよね?」
「事実ではある」
「では言い方に問題はありません」
「ある」
「何が?」
「全部だ」
リリアが鼻で笑った。
「相変わらず面倒な男だな」
「お前は少し黙っていろ」
「なぜ私が黙る」
「話がややこしくなる」
「ややこしくしたのはお前だ」
「待ってください」
ユスティアが手を上げる。
「リリアさん」
「何だ、勇者殿」
「一つだけ」
「好きに聞け」
俺は嫌な予感しかしなかった。
「付き合っていたんですか?」
「…………」
リリアが黙った。
俺も黙る。
ユスティアの目が細くなる。
「その沈黙は何ですか」
「いや」
「付き合っていたんですか?」
「……それは」
「リリア」
「何だ」
「余計なことを言うな」
「ベルカさん?」
「違う、そういう意味じゃない」
「どういう意味です?」
「話せば長い」
「時間ならあります」
「今から移動するんだぞ」
「聞きながら歩けます」
「器用なことをするな」
「では歩きましょう」
「本気か」
「本気です」
勇者というのは、こんなに融通が利かないものだっただろうか。
◇
結局。
俺たちは街道を並んで歩くことになった。
先頭にノア。
少し後ろにミレーネ。
俺。
右にユスティア。
左にリリア。
最悪の陣形だった。
「囲まれてますね」
ノアが振り返る。
「前を向け」
「はーい」
「で」
ユスティアが言う。
「どこから話します?」
「なぜ俺が尋問される前提なんだ」
「事実確認です」
「尋問だ」
「違います」
「軍ではその口調で質問されたら尋問だ」
「歩いてますから尋問ではなく雑談です」
「そういう問題じゃない」
リリアが溜め息をつく。
「勇者殿」
「ユスティアでいいです」
「ではユスティア」
「はい」
「付き合ってはいない」
「本当ですか?」
「本当だ」
即答。
俺は少し安心した。
「ただ」
やめろ。
「恋人の真似事をしたことはある」
終わった。
ユスティアが止まった。
俺も止まる。
全員止まる。
「真似事」
「そうだ」
「具体的には」
「ユスティア」
「何ですか」
「そこまで聞く必要あるか?」
「あります」
「ない」
「あります」
「ない」
「あります」
「……」
勝てない。
なぜだ。
魔王軍の尋問官相手なら、もっと耐えられる気がする。
「リリア」
「何だ」
「お前から話せ」
「いいのか?」
「俺が話してもどうせ信用されん」
「信用してます」
「今のお前の顔で言うな」
ユスティアは黙った。
「南方戦線」
リリアが言った。
その言葉だけで。
空気が変わった。
俺は分かった。
リリアも同じなのだ。
話したくない。
だが、話さなければならない。
「八年前」
リリアは前を見たまま続ける。
「私とベルカは、東の皇国陸軍士官学校にいた」
「聞いてます」
「同じ期だ」
「首位を競っていた、と」
ユスティアが俺を見る。
「それも聞いているのか」
「昨日エマさんから色々聞いたので」
「どこまでだ」
「聞ける範囲で全部」
「……」
あの女。
次に会ったら覚えていろ。
「ベルカは成績一位」
リリアが俺を指す。
「私は二位」
「違う」
「何が」
「戦術はお前が上だった」
「総合首位はお前だ」
「教官の好みだ」
「お前は昔からそういう言い訳ばかりだ」
「事実だ」
ユスティアが少しだけ笑った。
「仲良かったんですね」
「悪かった」
「最悪だった」
俺とリリアの声が重なる。
「……息ぴったりですね」
「「違う」」
「ほら」
「前を見ろ」
リリアは続けた。
「戦況が悪化して、私たちの期は卒業を半年繰り上げられた」
「そんなことが」
「兵が足りなかった」
そう。
士官が足りなかった。
正確には。
士官が死にすぎた。
「卒業式は?」
「なかった」
「任官式だけだ」
俺が答える。
「朝、制服と階級章を渡されて、その日の夕方には列車に乗せられた」
「行き先は」
「南方」
ユスティアの表情が変わる。
今では有名な言葉だ。
南方戦線。
戦争初期。
皇国軍最大の敗北。
投入兵力約十二万。
帰還兵は三万に満たなかった。
「ベルカと私は同じ師団だった」
リリアが続ける。
「偶然か?」
ノアが後ろを見ながら聞く。
「前を向け」
「でも気になります」
「編成の都合だ」
「本当に?」
ミレーネまで口を挟む。
「何だ、その聞き方」
「別に」
「……」
今日、敵は魔王軍じゃない。
味方だ。
「最初は別中隊だった」
リリア。
「だが二週間で両方とも半壊した」
ユスティアが黙る。
「生き残った兵をまとめて臨時中隊を作った」
「その指揮官が」
「ベルカ」
「副官が私」
その頃、俺は十九歳だった。
リリアも十九。
若かった。
馬鹿だった。
何でもできると思っていた。
「最初の一か月で」
リリアの声が低くなる。
「百七十人いた中隊が、四十二人になった」
誰も何も言わなかった。
四十二。
数字だけ聞けば。
ただの数字だ。
だが。
俺は全員の顔を知っていた。
「毎日死んだ」
リリアが淡々と言う。
「砲撃。魔物。病気。飢え」
俺も口を開く。
「補給は三日に一度」
「違う」
リリアが言う。
「最後の方は一週間に一度だった」
「そうだったな」
「水もなかった」
「井戸を掘った」
「三日で枯れた」
思い出す。
乾いた土。
虫。
血。
夜。
「ベルカさん」
ユスティアの声が小さくなる。
「そんな場所に」
「ああ」
「十九歳で?」
「軍人だったからな」
「それだけで」
「それだけだ」
戦争というのは、年齢を待ってくれない。
「で」
ノアが俺を見上げる。
「その」
「何だ」
「抱いた話はいつですか?」
「お前」
「いや、そこ一番気になるでしょ!」
「気になりません!」
ユスティアが叫んだ。
ノアがびくっとする。
「……え?」
「気になりません」
「絶対気になってる」
「気になりません!」
「刻印光ってますよ」
「光ってません!」
「光ってる」
薄く。
確かに光っている。
聖なる力とは、こんな用途だったか。
「話す」
リリアが言った。
「え」
「隠すようなことでもない」
「いや、隠してもいい」
「お前は黙れ」
「なぜだ」
「お前が話すと都合よく省略する」
「省略じゃない。必要なことだけ話している」
「それを省略と言う」
リリアは少しだけ息を吐いた。
「南方戦線が崩壊する三日前」
俺の足が重くなる。
「あの日」
覚えている。
忘れられるはずがない。
◇
――八年前。
南方戦線。
皇国軍仮設陣地。
雨が降っていた。
泥。
泥。
泥。
どこを見ても泥だった。
『第二小隊、戻りました!』
『何人だ』
『七人です!』
『出た時は』
『二十一人』
『……そうか』
俺は地図を見た。
線を引く。
消す。
また引く。
『ベルカ』
リリアが天幕へ入ってきた。
『何だ』
『師団司令部から伝令』
『増援か』
『撤退命令』
俺は顔を上げた。
『どこまで』
『ここを放棄して北へ二十キロ』
地図に目をやる。
北への撤退路にはすでに包囲網が敷かれている。
突破には相当の兵力が必要だった。
『無理だ』
『分かってる』
『負傷兵が百人以上いる』
『分かってる』
『馬車は』
『二台』
『足りない』
『分かってる!』
リリアが怒鳴った。
俺は黙った。
雨音。
『……悪い』
『いや』
みんな疲れていた。
寝ていない。
食べていない。
怖かった。
『いつ出る』
『夜明け』
『六時間後か』
『そう』
俺は地図を畳んだ。
『負傷兵を選別する』
リリアの顔が固まった。
『歩ける者』
『優先』
『歩けない者』
『……』
答えは分かっていた。
置いていく。
それしかなかった。
『私がやる』
『いや』
『お前は準備しろ』
『リリア』
『私がやる』
あいつはそう言った。
だから任せた。
いいや違う。
逃げたんだ。
俺は。
指揮官でありながら。
誰を連れていき。
誰を置いていくか。
その選択から。
◇
「……その夜」
リリアの声で、現在に戻る。
「私はベルカの天幕に行った」
「何のために」
ユスティアがおずおずと聞く。
「眠れなかった」
「……」
「明日死ぬと思っていた」
リリアは淡々と言う。
「私も。ベルカも。十九歳だった」
リリアの口元が少し歪む。
「笑えるだろ」
「笑えません」
ユスティアは即答した。
「そうか」
「はい」
「ならいい」
リリアは前を見る。
「私は言った」
――明日。
死ぬかもしれない。
「ベルカは言った」
――そうだな。
「腹が立った」
「なぜだ」
俺が言う。
「普通、何か言うだろ」
「何を」
「大丈夫だ、とか」
「嘘になる」
「だから腹が立つ」
「今さら言うな」
「今だから言う」
ユスティアが少し笑いそうになって、やめた。
「それで」
リリアが少し間を置く。
「私はベルカに言った」
少しだけ。
声が小さくなる。
「死ぬ前に」
間。
「女になりたい、と」
ユスティアが止まった。
「……」
「……」
俺も止まる。
また全員止まる。
「その言い方」
俺は言った。
「間違ってない」
「もっとあるだろ」
「何が」
「表現が」
「意味は同じだ」
「違う」
「ベルカさん」
とユスティア。
「はい」
「黙ってください」
「……」
はい。
「それで」
ユスティアはリリアを見る。
「ベルカさんは」
「断った」
俺の代わりにリリアが言う。
心なしか不満そうに。
「え?」
「最初はな」
「おい」
含みのある言い方に俺は思わず声を上げた。
だがリリアは怯むどころか当然とばかりの顔をしている。
「事実だろ」
「そうだが」
「三回」
「回数まで言うな」
「三回断られた」
ユスティアが俺を見る。
少し。
ほんの少しだけ。
表情が和らいだ。
なぜだ。
「理由は?」
「明日死ぬかもしれないからと、そういうことをするのは間違っていると」
「ベルカさんが?」
「そうだ」
「……意外です」
「どういう意味だ」
「いえ」
「絶対悪い意味だろ」
「続けてください」
リリアは頷いた。
「だから私は言った」
「何と」
「明日死ぬなら、今日くらい自分で選ばせろ」
俺は目を閉じる。
覚えている。
あの声。
『戦場に来てから、全部命令だった』
『起きろ』
『走れ』
『撃て』
『殺せ』
『退け』
『死ぬな』
『全部だ』
リリアは泣いていた。
あいつが泣いたのを見たのは。
あれが初めてだった。
『だから今夜だけ』
『私が決める』
俺は。
断れなかった。
◇
「……一晩だけ」
リリアが言った。
「恋人の真似事をした」
ユスティアは黙っていた。
「キスして」
俺の胃が痛む。
「抱き合って」
さらに痛む。
「朝まで一緒にいた」
「……詳しく言わなくていい」
俺が止める。
「勇者殿が聞いた」
「そこまで聞いてません!」
ユスティアが真っ赤になる。
「え?」
「え、じゃありません!」
「でも気になるんだろ」
「気になりますけど!」
リリアの意外そうな顔に、今にも火を噴きそうなユスティア。
「気になるのか」
俺が思わずつぶやくとユスティアがぴしゃりと言う。
「ベルカさんは黙ってください!」
「はい」
理不尽だ。
「翌朝」
リリアが続ける。
「撤退した」
表情が変わった。
「その日の午後」
声も。
「魔王軍に追いつかれた」
誰も茶化さない。
「部隊は分断された」
覚えている。
巨大魔獣。
黒煙。
敵騎兵。
叫び声。
「橋が落ちた」
リリアがまた淡々と言った。
「私とベルカは別々になった」
「私は南岸。ベルカは北岸。最後に見た時――」
リリアが俺を見る。
「ベルカは魔物に囲まれていた」
「お前は川に落ちた」
「そう」
「だから死んだと思った」
「私も」
それが八年前の出来事だ。
「連絡は」
ユスティアが首をかしげる。
「できなかったんですか」
「軍が崩壊した」
俺が答える。
リリアも頷いた。
「もはやどの部隊の誰が生きているか、誰も知らなかった。それほど泥沼だったんだ」
リリアの言葉に誰もが口を閉じた。
「私は別部隊に収容された」
「俺は捕虜になった」
三人の視線が集まる。
「初耳だ」
リリアが眉を潜めてこちらを見る。
「言ってないからな」
「どれくらいだ」
「四か月」
「……」
「脱走した」
「お前」
リリアが額を押さえる。
「何だ」
「本当に昔からそうだな」
「何が」
「死にかけては帰ってくる」
「帰ってない」
「今いるだろ」
「そういう意味ではそうだ」
リリアが小さく笑った。
それから。
「死んだと思ってた」
リリアが言った。
「ああ」
「だから墓を作った。お前に文句を言いたくて」
「聞いた」
「聞いた?」
「さっき」
「……そうか」
「悪かった」
「何が」
「生きてて」
「馬鹿」
リリアの拳が俺の肩に飛ぶ。
今度は軽い。
「謝ることじゃない」
「なら殴るな」
「腹が立つ」
「昔から理不尽だな」
「お前にだけは言われたくない」
少しだけ。
本当に少しだけ。
昔に戻った気がした。
◇
「なるほど」
ユスティアが言った。
静かだった。
「事情は理解しました」
「そうか」
助かった。
「では」
「まだあるのか」
「あります」
終わってなかった。
ユスティアがまるで尋問官のような目つきで言う。
「付き合ってはいない」
「はい」
「でも一晩だけ恋人のように過ごした」
「はい」
「肉体関係あり」
「ユスティア」
「事実確認です」
「言葉を選べ」
「では」
少し考えるユスティア。
「関係あり」
「余計悪い」
「では何て言えばいいんですか!」
「言わなくていい」
「元カノ認定に必要です!」
「何だその制度は」
リリアが首を傾げる。
「元カノ?」
「はい」
ユスティアが真顔で答える。
「ベルカさんと過去に特別な関係を持った女性を分類しています」
「分類」
「現在一名です」
「レティシアは」
「初恋特別枠なので除外」
「お前、まだやってたのか」
「重要です」
「何が」
「私の精神衛生上」
「むしろ悪化してるだろ」
リリアが笑い始めた。
「何だ」
「いや」
「笑うな」
「お前」
肩を震わせている。
「こういう女が好みだったのか」
「違う」
「ベルカさん?」
「違うというのはお前が嫌いという意味じゃない」
「聞いてません」
「顔が怖い」
「普通です」
「刻印が光ってる」
「今日は光りやすいんです」
「そんな日があるか」
「勇者だからあります」
「初めて聞いた」
ノアがぼそっと言った。
「ボクも」
ミレーネ。
「俺もだ」
「黙ってください!」
三人で怒られた。
「で」
リリアが言う。
「私は元カノになるのか」
「はい」
「おい!」
即答だった。
「付き合ってないと言っただろ!」
「でも」
ユスティアは指を一本立てる。
「士官学校時代からの長い付き合い」
「同期だ」
「二人で戦場を生き抜いた」
「軍人としてだ」
「一晩恋人になった」
「真似事だ」
「身体の関係あり」
「大声で言うな!」
「さらに八年ぶりに再会して抱きしめ――」
「抱きしめてない!」
「胸倉を掴まれて殴られただけだ!」
「細かいことです」
「全然違う!」
ユスティアは腕を組んだ。
「元カノです」
「違う」
「元カノ」
「違う」
「元カノ①」
「番号を振るな!」
道端の鳥が飛び立った。
ノアが腹を抱えて笑っている。
「何が面白い」
「だって!」
「笑うな」
「元カノ①って!」
「ノア」
ユスティア。
「何です?」
「笑い事じゃありません」
「何で?」
「一人目ということは」
ユスティアがこちらを見る。
「二人目がいる可能性があります」
「…………」
全員。
俺を見る。
「何だ」
ミレーネ。
「ベルカ」
「何だ」
「いるの?」
「何が」
「二人目」
「知らん」
「知らんって何」
「過去の定義による」
言った瞬間。
しまったと思った。
「定義」
ユスティア。
「ベルカさん」
「違う」
「まだ何も言ってません」
「先に否定しておく」
「何人ですか」
「知らん」
「何人ですか」
「だから」
「何人」
距離が近い。
「……数えたことない」
沈黙。
「あ」
ノア。
「それ一番ダメな答え」
「分かってる」
「ベルカさん」
「待て」
「何人ですか」
「昔のことだ」
「何人」
「軍人だった」
「何人」
「色々あった」
「何人」
「……」
「ベルカさん?」
俺は空を見る。
青い。
本当に。
腹が立つほど青い。
「九人」
リリアが言った。
「…………」
俺はゆっくりリリアを見る。
「何?」
ユスティアの声。
「リリア」
「何だ」
「今」
「九人と言った」
「何の数字だ」
「士官学校時代に、お前に惚れてた女の数」
「違うだろ!」
「私が把握してるだけで九人」
「それは付き合った人数じゃない!」
「そうなのか?」
「当たり前だ!」
「じゃあ何人だ」
「……」
止まる。
失敗した。
リリアの口元が上がる。
「ほう」
ユスティアの顔から表情が消える。
「ベルカさん」
「違う」
「何人」
「だから」
「何人ですか」
右手の刻印。
光る。
今日は本当によく光る。
「……二」
言った。
「私を含めて?」
リリア。
「正式に付き合ったという意味なら、お前は含まない」
「じゃあ二人いるのか」
「…………」
静寂。
ユスティア。
ゆっくり。
「二人」
「待て」
「本物が」
「言い方」
「二人」
「昔だ」
「リリアさんとは別に」
「事情がある」
「二人」
「お前、壊れたのか」
「ベルカさん」
「はい」
「今夜」
「……」
「詳しく」
にっこり。
「聞かせてもらいます」
「嫌だ」
「夜は長いですから」
「その言葉、嫌いになってきた」
◇
夕刻。
俺たちは、街道沿いの旧皇国軍臨時駐屯所に到着した。
リリアの部隊が使っている場所らしい。
「ここなら安全だ」
「助かる」
「泊まっていけ」
「そうする」
「ベルカさん」
「何だ」
「逃げませんよね」
「どこへ」
「寝るまで」
「……」
怖い。
「リリアさん」
ユスティアが呼ぶ。
「何だ」
「今夜、お話いいですか?」
「私と?」
「はい」
「ベルカの話?」
「はい」
「喜んで」
「リリア」
「何だ」
「敵に寝返るな」
「私は最初からお前の味方ではない」
「元同僚だろ」
「だからこそだ」
笑っている。
完全に面白がっている。
「私」
リリアがユスティアの肩に手を置く。
「ベルカの士官学校時代、かなり知ってるぞ」
「本当ですか?」
「ああ」
「ぜひ」
「やめろ」
「女関係も」
「リリア」
「聞きたいか?」
「全部」
「ユスティア」
「全部お願いします」
二人が意気投合していく。
最悪だ。
「ベルカさん」
ノアが隣に来る。
「何だ」
「ボク、今夜は別の部屋で寝た方がいいです?」
「なぜ」
「巻き込まれそうなので」
「俺を見捨てるのか」
「命は大事なので」
「十四歳に見捨てられた」
「戦場では年齢より経験なんですよね?」
「こんな時だけ俺の言葉を使うな」
「ベルカ」
ミレーネ。
「何だ」
「一つ聞いていい?」
「嫌だ」
「まだ何も言ってない」
「今日はもう女の質問を受け付けない」
「そう」
ミレーネは笑った。
また。
あの笑い方。
「何だ」
「別に」
「絶対何かあるだろ」
「そのうち分かるんじゃない?」
「何が」
「さあ」
嫌な予感がする。
リリアとは違う。
こいつに会った記憶はない。
だが。
何か。
妙に引っかかる。
「ベルカさん!」
遠くからユスティアの声。
「何だ!」
「今日の夕食後、尋問です!」
「事実確認じゃなかったのか!?」
「変更しました!」
「堂々と認めるな!」
兵士たちが笑っている。
ノアも。
リリアも。
ミレーネまで。
「……畜生」
俺は腹を押さえた。
胃が痛い。
この旅に参加して。
まだ八日目。
魔王領は。
遥か彼方。
そして。
俺はまだ知らない。
この夜。
ユスティアが作り始めることになる。
恐るべき一冊の存在を。
表紙には。
こう書かれる。
――『ベルカ・ツェンクハウアー女性関係調査記録』。
その第一頁。
最上段には。
大きな文字で。
**元カノ① リリア・フェルデン**
と。
俺の知らないところで。
しっかり記入されるのであった。
――第三話 本物の元カノは言い逃れできない 了
▼元カノ①
名前:リリア(27)
情報:
旧皇国軍の女性士官。
ベルカとは士官学校の同期。
八年前、泥沼状態の南方戦線でベルカと一夜だけ関係を持った。