全員元カノ〜勇者様、昔の女と再会するたびに尋問するのはやめてくれ〜   作:レトやま

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元カノ登場。


第三話「本物の元カノは言い逃れできない」

「今日も長くなりそうですね」

 

 ユスティアはそう言った。

 まだ昼前だった。

 空は青い。

 風も穏やか。

 麦畑は陽光を浴びて揺れている。

 これほど平和な景色の中で、俺はなぜ処刑台に立たされたような気分になっているのだろう。

 

「ベルカさん」

 

「何だ」

 

「説明を」

 

「ここでか?」

 

「ここでです」

 

「街道の真ん中だぞ」

 

「だから何ですか」

 

「往来の邪魔だ」

 

「今、誰もいません」

 

「後ろに皇国兵がいる」

 

「三人しかいません」

 

「三人もいる」

 

 俺は視線を逸らす。

 リリアの後方にいる二人の皇国兵は、明らかにこちらを見ないようにしていた。

 だが耳はこっちを向いている。

 分かる。

 軍人というのは、こういう時だけ妙に聴覚が良くなる。

 

「隊長」

 

 後ろの一人が、恐る恐る声をかけた。

 

「我々は少し離れた方がよろしいでしょうか」

 

「その場にいろ」

 

「はい」

 

 即答。

 かわいそうに。

 

「リリア」

 

「何だ」

 

「部下を巻き込むな」

 

「巻き込んだのはお前だ」

 

「俺は何もしてない」

 

「私を抱いた次の日に消えた男が言う台詞か?」

 

「だからそれを大声で言うな!」

 

「ベルカさん」

 

「はい」

 

 反射的に返事をしてしまった。

 ユスティアの笑顔は完璧だった。

 怖い。

 

「確認します」

 

「確認しなくていい」

 

「確認します」

 

「……どうぞ」

 

「リリアさんとは元同僚」

 

「そうだ」

 

「士官学校時代からの知り合い」

 

「そうだ」

 

「南方戦線で一緒だった」

 

「そうだ」

 

「そして」

 

 間。

 

「抱いた」

 

「……言い方」

 

「事実ですよね?」

 

「事実ではある」

 

「では言い方に問題はありません」

 

「ある」

 

「何が?」

 

「全部だ」

 

 リリアが鼻で笑った。

 

「相変わらず面倒な男だな」

 

「お前は少し黙っていろ」

 

「なぜ私が黙る」

 

「話がややこしくなる」

 

「ややこしくしたのはお前だ」

 

「待ってください」

 

 ユスティアが手を上げる。

 

「リリアさん」

 

「何だ、勇者殿」

 

「一つだけ」

 

「好きに聞け」

 

 俺は嫌な予感しかしなかった。

 

「付き合っていたんですか?」

 

「…………」

 

 リリアが黙った。

 

 俺も黙る。

 

 ユスティアの目が細くなる。

 

「その沈黙は何ですか」

 

「いや」

 

「付き合っていたんですか?」

 

「……それは」

 

「リリア」

 

「何だ」

 

「余計なことを言うな」

 

「ベルカさん?」

 

「違う、そういう意味じゃない」

 

「どういう意味です?」

 

「話せば長い」

 

「時間ならあります」

 

「今から移動するんだぞ」

 

「聞きながら歩けます」

 

「器用なことをするな」

 

「では歩きましょう」

 

「本気か」

 

「本気です」

 

 勇者というのは、こんなに融通が利かないものだっただろうか。

 

     ◇

 

 結局。

 俺たちは街道を並んで歩くことになった。

 先頭にノア。

 少し後ろにミレーネ。

 俺。

 右にユスティア。 

 左にリリア。

 最悪の陣形だった。

 

「囲まれてますね」

 

 ノアが振り返る。

 

「前を向け」

 

「はーい」

 

「で」

 

 ユスティアが言う。

 

「どこから話します?」

 

「なぜ俺が尋問される前提なんだ」

 

「事実確認です」

 

「尋問だ」

 

「違います」

 

「軍ではその口調で質問されたら尋問だ」

 

「歩いてますから尋問ではなく雑談です」

 

「そういう問題じゃない」

 

 リリアが溜め息をつく。

 

「勇者殿」

 

「ユスティアでいいです」

 

「ではユスティア」

 

「はい」

 

「付き合ってはいない」

 

「本当ですか?」

 

「本当だ」

 

 即答。

 俺は少し安心した。

 

「ただ」

 

 やめろ。

 

「恋人の真似事をしたことはある」

 

 終わった。

 ユスティアが止まった。

 俺も止まる。

 全員止まる。

 

「真似事」

 

「そうだ」

 

「具体的には」

 

「ユスティア」

 

「何ですか」

 

「そこまで聞く必要あるか?」

 

「あります」

 

「ない」

 

「あります」

 

「ない」

 

「あります」

 

「……」

 

 勝てない。

 なぜだ。

 魔王軍の尋問官相手なら、もっと耐えられる気がする。

 

「リリア」

 

「何だ」

 

「お前から話せ」

 

「いいのか?」

 

「俺が話してもどうせ信用されん」

 

「信用してます」

 

「今のお前の顔で言うな」

 

 ユスティアは黙った。

 

「南方戦線」

 

 リリアが言った。

 その言葉だけで。

 空気が変わった。

 俺は分かった。

 リリアも同じなのだ。

 話したくない。

 だが、話さなければならない。

 

「八年前」

 

 リリアは前を見たまま続ける。

 

「私とベルカは、東の皇国陸軍士官学校にいた」

 

「聞いてます」

 

「同じ期だ」

 

「首位を競っていた、と」

 

 ユスティアが俺を見る。

 

「それも聞いているのか」

 

「昨日エマさんから色々聞いたので」

 

「どこまでだ」

 

「聞ける範囲で全部」

 

「……」

 

 あの女。

 次に会ったら覚えていろ。

 

「ベルカは成績一位」

 

 リリアが俺を指す。

 

「私は二位」

 

「違う」

 

「何が」

 

「戦術はお前が上だった」

 

「総合首位はお前だ」

 

「教官の好みだ」

 

「お前は昔からそういう言い訳ばかりだ」

 

「事実だ」

 

 ユスティアが少しだけ笑った。

 

「仲良かったんですね」

 

「悪かった」

 

「最悪だった」

 

 俺とリリアの声が重なる。

 

「……息ぴったりですね」

 

「「違う」」

 

「ほら」

 

「前を見ろ」

 

 リリアは続けた。

 

「戦況が悪化して、私たちの期は卒業を半年繰り上げられた」

 

「そんなことが」

 

「兵が足りなかった」

 

 そう。

 士官が足りなかった。

 正確には。

 士官が死にすぎた。

 

「卒業式は?」

 

「なかった」

 

「任官式だけだ」

 

 俺が答える。

 

「朝、制服と階級章を渡されて、その日の夕方には列車に乗せられた」

 

「行き先は」

 

「南方」

 

 ユスティアの表情が変わる。

 今では有名な言葉だ。

 南方戦線。

 戦争初期。

 皇国軍最大の敗北。

 投入兵力約十二万。

 帰還兵は三万に満たなかった。

 

「ベルカと私は同じ師団だった」

 

 リリアが続ける。

 

「偶然か?」

 

 ノアが後ろを見ながら聞く。

 

「前を向け」

 

「でも気になります」

 

「編成の都合だ」

 

「本当に?」

 

 ミレーネまで口を挟む。

 

「何だ、その聞き方」

 

「別に」

 

「……」

 

 今日、敵は魔王軍じゃない。

 

 味方だ。

 

「最初は別中隊だった」

 

 リリア。

 

「だが二週間で両方とも半壊した」

 

 ユスティアが黙る。

 

「生き残った兵をまとめて臨時中隊を作った」

 

「その指揮官が」

 

「ベルカ」

 

「副官が私」

 

 その頃、俺は十九歳だった。

 リリアも十九。

 若かった。

 馬鹿だった。

 何でもできると思っていた。

 

「最初の一か月で」

 

 リリアの声が低くなる。

 

「百七十人いた中隊が、四十二人になった」

 

 誰も何も言わなかった。

 四十二。

 数字だけ聞けば。

 ただの数字だ。

 だが。

 俺は全員の顔を知っていた。

 

「毎日死んだ」

 

 リリアが淡々と言う。

 

「砲撃。魔物。病気。飢え」

 

 俺も口を開く。

 

「補給は三日に一度」

 

「違う」

 

 リリアが言う。

 

「最後の方は一週間に一度だった」

 

「そうだったな」

 

「水もなかった」

 

「井戸を掘った」

 

「三日で枯れた」

 

 思い出す。

 乾いた土。

 虫。

 血。

 夜。

 

「ベルカさん」

 

 ユスティアの声が小さくなる。

 

「そんな場所に」

 

「ああ」

 

「十九歳で?」

 

「軍人だったからな」

 

「それだけで」

 

「それだけだ」

 

 戦争というのは、年齢を待ってくれない。

 

「で」

 

 ノアが俺を見上げる。

 

「その」

 

「何だ」

 

「抱いた話はいつですか?」

 

「お前」

 

「いや、そこ一番気になるでしょ!」

 

「気になりません!」

 

 ユスティアが叫んだ。

 ノアがびくっとする。

 

「……え?」

 

「気になりません」

 

「絶対気になってる」

 

「気になりません!」

 

「刻印光ってますよ」

 

「光ってません!」

 

「光ってる」

 

 薄く。

 確かに光っている。

 聖なる力とは、こんな用途だったか。

 

「話す」

 

 リリアが言った。

 

「え」

 

「隠すようなことでもない」

 

「いや、隠してもいい」

 

「お前は黙れ」

 

「なぜだ」

 

「お前が話すと都合よく省略する」

 

「省略じゃない。必要なことだけ話している」

 

「それを省略と言う」

 

 リリアは少しだけ息を吐いた。

 

「南方戦線が崩壊する三日前」

 

 俺の足が重くなる。

 

「あの日」

 

 覚えている。

 忘れられるはずがない。

 

     ◇

 

 ――八年前。

 南方戦線。

 皇国軍仮設陣地。

 雨が降っていた。

 泥。

 泥。

 泥。

 どこを見ても泥だった。

 

『第二小隊、戻りました!』

 

『何人だ』

 

『七人です!』

 

『出た時は』

 

『二十一人』

 

『……そうか』

 

 俺は地図を見た。

 線を引く。

 消す。

 また引く。

 

『ベルカ』

 

 リリアが天幕へ入ってきた。

 

『何だ』

 

『師団司令部から伝令』

 

『増援か』

 

『撤退命令』

 

 俺は顔を上げた。

 

『どこまで』

 

『ここを放棄して北へ二十キロ』

 

 地図に目をやる。

 北への撤退路にはすでに包囲網が敷かれている。

 突破には相当の兵力が必要だった。

 

『無理だ』

 

『分かってる』

 

『負傷兵が百人以上いる』

 

『分かってる』

 

『馬車は』

 

『二台』

 

『足りない』

 

『分かってる!』

 

 リリアが怒鳴った。

 俺は黙った。

 雨音。

 

『……悪い』

 

『いや』

 

 みんな疲れていた。

 寝ていない。

 食べていない。

 怖かった。

 

『いつ出る』

 

『夜明け』

 

『六時間後か』

 

『そう』

 

 俺は地図を畳んだ。

 

『負傷兵を選別する』

 

 リリアの顔が固まった。

 

『歩ける者』

 

『優先』

 

『歩けない者』

 

『……』

 

 答えは分かっていた。

 置いていく。

 それしかなかった。

 

『私がやる』

 

『いや』

 

『お前は準備しろ』

 

『リリア』

 

『私がやる』

 

 あいつはそう言った。

 だから任せた。

 いいや違う。

 逃げたんだ。

 俺は。

 指揮官でありながら。

 誰を連れていき。

 誰を置いていくか。

 その選択から。

 

     ◇

 

「……その夜」

 

 リリアの声で、現在に戻る。

 

「私はベルカの天幕に行った」

 

「何のために」

 

 ユスティアがおずおずと聞く。

 

「眠れなかった」

 

「……」

 

「明日死ぬと思っていた」

 

 リリアは淡々と言う。

 

「私も。ベルカも。十九歳だった」

 

 リリアの口元が少し歪む。

 

「笑えるだろ」

 

「笑えません」

 

 ユスティアは即答した。

 

「そうか」

 

「はい」

 

「ならいい」

 

 リリアは前を見る。

 

「私は言った」

 

 ――明日。

 

 死ぬかもしれない。

 

「ベルカは言った」

 

 ――そうだな。

 

「腹が立った」

 

「なぜだ」

 

 俺が言う。

 

「普通、何か言うだろ」

 

「何を」

 

「大丈夫だ、とか」

 

「嘘になる」

 

「だから腹が立つ」

 

「今さら言うな」

 

「今だから言う」

 

 ユスティアが少し笑いそうになって、やめた。

 

「それで」

 

 リリアが少し間を置く。

 

「私はベルカに言った」

 

 少しだけ。

 声が小さくなる。

 

「死ぬ前に」

 

 間。

 

「女になりたい、と」

 

 ユスティアが止まった。

 

「……」

 

「……」

 

 俺も止まる。

 

 また全員止まる。

 

「その言い方」

 

 俺は言った。

 

「間違ってない」

 

「もっとあるだろ」

 

「何が」

 

「表現が」

 

「意味は同じだ」

 

「違う」

 

「ベルカさん」

 

 とユスティア。

 

「はい」

 

「黙ってください」

 

「……」

 

 はい。

 

「それで」

 

 ユスティアはリリアを見る。

 

「ベルカさんは」

 

「断った」

 

 俺の代わりにリリアが言う。

 心なしか不満そうに。

 

「え?」

 

「最初はな」

 

「おい」

 

 含みのある言い方に俺は思わず声を上げた。

 だがリリアは怯むどころか当然とばかりの顔をしている。

 

「事実だろ」

 

「そうだが」

 

「三回」

 

「回数まで言うな」

 

「三回断られた」

 

 ユスティアが俺を見る。

 少し。

 ほんの少しだけ。

 表情が和らいだ。

 なぜだ。

 

「理由は?」

 

「明日死ぬかもしれないからと、そういうことをするのは間違っていると」

 

「ベルカさんが?」

 

「そうだ」

 

「……意外です」

 

「どういう意味だ」

 

「いえ」

 

「絶対悪い意味だろ」

 

「続けてください」

 

 リリアは頷いた。

 

「だから私は言った」

 

「何と」

 

「明日死ぬなら、今日くらい自分で選ばせろ」

 

 俺は目を閉じる。

 覚えている。

 あの声。

 

『戦場に来てから、全部命令だった』

 

『起きろ』

 

『走れ』

 

『撃て』

 

『殺せ』

 

『退け』

 

『死ぬな』

 

『全部だ』

 

 リリアは泣いていた。

 あいつが泣いたのを見たのは。

 あれが初めてだった。

 

『だから今夜だけ』

 

『私が決める』

 

 俺は。

 断れなかった。

 

     ◇

 

「……一晩だけ」

 

 リリアが言った。

 

「恋人の真似事をした」

 

 ユスティアは黙っていた。

 

「キスして」

 

 俺の胃が痛む。

 

「抱き合って」

 

 さらに痛む。

 

「朝まで一緒にいた」

 

「……詳しく言わなくていい」

 

 俺が止める。

 

「勇者殿が聞いた」

 

「そこまで聞いてません!」

 

 ユスティアが真っ赤になる。

 

「え?」

 

「え、じゃありません!」

 

「でも気になるんだろ」

 

「気になりますけど!」

 

 リリアの意外そうな顔に、今にも火を噴きそうなユスティア。

 

「気になるのか」

 

 俺が思わずつぶやくとユスティアがぴしゃりと言う。

 

「ベルカさんは黙ってください!」

 

「はい」

 

 理不尽だ。

 

「翌朝」

 

 リリアが続ける。

 

「撤退した」

 

 表情が変わった。

 

「その日の午後」

 

 声も。

 

「魔王軍に追いつかれた」

 

 誰も茶化さない。

 

「部隊は分断された」

 

 覚えている。

 巨大魔獣。

 黒煙。

 敵騎兵。

 叫び声。

 

「橋が落ちた」

 

 リリアがまた淡々と言った。

 

「私とベルカは別々になった」

 

「私は南岸。ベルカは北岸。最後に見た時――」

 

 リリアが俺を見る。

 

「ベルカは魔物に囲まれていた」

 

「お前は川に落ちた」

 

「そう」

 

「だから死んだと思った」

 

「私も」

 

 それが八年前の出来事だ。

 

「連絡は」

 

 ユスティアが首をかしげる。

 

「できなかったんですか」

 

「軍が崩壊した」

 

 俺が答える。

 リリアも頷いた。

 

「もはやどの部隊の誰が生きているか、誰も知らなかった。それほど泥沼だったんだ」

 

 リリアの言葉に誰もが口を閉じた。

 

「私は別部隊に収容された」

 

「俺は捕虜になった」

 

 三人の視線が集まる。

 

「初耳だ」

 

 リリアが眉を潜めてこちらを見る。

 

「言ってないからな」

 

「どれくらいだ」

 

「四か月」

 

「……」

 

「脱走した」

 

「お前」

 

 リリアが額を押さえる。

 

「何だ」

 

「本当に昔からそうだな」

 

「何が」

 

「死にかけては帰ってくる」

 

「帰ってない」

 

「今いるだろ」

 

「そういう意味ではそうだ」

 

 リリアが小さく笑った。

 それから。

 

「死んだと思ってた」

 

 リリアが言った。

 

「ああ」

 

「だから墓を作った。お前に文句を言いたくて」

 

「聞いた」

 

「聞いた?」

 

「さっき」

 

「……そうか」

 

「悪かった」

 

「何が」

 

「生きてて」

 

「馬鹿」

 

 リリアの拳が俺の肩に飛ぶ。

 今度は軽い。

 

「謝ることじゃない」

 

「なら殴るな」

 

「腹が立つ」

 

「昔から理不尽だな」

 

「お前にだけは言われたくない」

 

 少しだけ。

 本当に少しだけ。

 昔に戻った気がした。

 

     ◇

 

「なるほど」

 

 ユスティアが言った。

 

 静かだった。

 

「事情は理解しました」

 

「そうか」

 

 助かった。

 

「では」

 

「まだあるのか」

 

「あります」

 

 終わってなかった。

 ユスティアがまるで尋問官のような目つきで言う。

 

「付き合ってはいない」

 

「はい」

 

「でも一晩だけ恋人のように過ごした」

 

「はい」

 

「肉体関係あり」

 

「ユスティア」

 

「事実確認です」

 

「言葉を選べ」

 

「では」

 

 少し考えるユスティア。

 

「関係あり」

 

「余計悪い」

 

「では何て言えばいいんですか!」

 

「言わなくていい」

 

「元カノ認定に必要です!」

 

「何だその制度は」

 

 リリアが首を傾げる。

 

「元カノ?」

 

「はい」

 

 ユスティアが真顔で答える。

 

「ベルカさんと過去に特別な関係を持った女性を分類しています」

 

「分類」

 

「現在一名です」

 

「レティシアは」

 

「初恋特別枠なので除外」

 

「お前、まだやってたのか」

 

「重要です」

 

「何が」

 

「私の精神衛生上」

 

「むしろ悪化してるだろ」

 

 リリアが笑い始めた。

 

「何だ」

 

「いや」

 

「笑うな」

 

「お前」

 

 肩を震わせている。

 

「こういう女が好みだったのか」

 

「違う」

 

「ベルカさん?」

 

「違うというのはお前が嫌いという意味じゃない」

 

「聞いてません」

 

「顔が怖い」

 

「普通です」

 

「刻印が光ってる」

 

「今日は光りやすいんです」

 

「そんな日があるか」

 

「勇者だからあります」

 

「初めて聞いた」

 

 ノアがぼそっと言った。

 

「ボクも」

 

 ミレーネ。

 

「俺もだ」

 

「黙ってください!」

 

 三人で怒られた。

 

「で」

 

 リリアが言う。

 

「私は元カノになるのか」

 

「はい」

 

「おい!」

 

 即答だった。

 

「付き合ってないと言っただろ!」

 

「でも」

 

 ユスティアは指を一本立てる。

 

「士官学校時代からの長い付き合い」

 

「同期だ」

 

「二人で戦場を生き抜いた」

 

「軍人としてだ」

 

「一晩恋人になった」

 

「真似事だ」

 

「身体の関係あり」

 

「大声で言うな!」

 

「さらに八年ぶりに再会して抱きしめ――」

 

「抱きしめてない!」

 

「胸倉を掴まれて殴られただけだ!」

 

「細かいことです」

 

「全然違う!」

 

 ユスティアは腕を組んだ。

 

「元カノです」

 

「違う」

 

「元カノ」

 

「違う」

 

「元カノ①」

 

「番号を振るな!」

 

 道端の鳥が飛び立った。

 

 ノアが腹を抱えて笑っている。

 

「何が面白い」

 

「だって!」

 

「笑うな」

 

「元カノ①って!」

 

「ノア」

 

 ユスティア。

 

「何です?」

 

「笑い事じゃありません」

 

「何で?」

 

「一人目ということは」

 

 ユスティアがこちらを見る。

 

「二人目がいる可能性があります」

 

「…………」

 

 全員。

 俺を見る。

 

「何だ」

 

 ミレーネ。

 

「ベルカ」

 

「何だ」

 

「いるの?」

 

「何が」

 

「二人目」

 

「知らん」

 

「知らんって何」

 

「過去の定義による」

 

 言った瞬間。

 

 しまったと思った。

 

「定義」

 

 ユスティア。

 

「ベルカさん」

 

「違う」

 

「まだ何も言ってません」

 

「先に否定しておく」

 

「何人ですか」

 

「知らん」

 

「何人ですか」

 

「だから」

 

「何人」

 

 距離が近い。

 

「……数えたことない」

 

 沈黙。

 

「あ」

 

 ノア。

 

「それ一番ダメな答え」

 

「分かってる」

 

「ベルカさん」

 

「待て」

 

「何人ですか」

 

「昔のことだ」

 

「何人」

 

「軍人だった」

 

「何人」

 

「色々あった」

 

「何人」

 

「……」

 

「ベルカさん?」

 

 俺は空を見る。

 青い。

 本当に。

 腹が立つほど青い。

 

「九人」

 

 リリアが言った。

 

「…………」

 

 俺はゆっくりリリアを見る。

 

「何?」

 

 ユスティアの声。

 

「リリア」

 

「何だ」

 

「今」

 

「九人と言った」

 

「何の数字だ」

 

「士官学校時代に、お前に惚れてた女の数」

 

「違うだろ!」

 

「私が把握してるだけで九人」

 

「それは付き合った人数じゃない!」

 

「そうなのか?」

 

「当たり前だ!」

 

「じゃあ何人だ」

 

「……」

 

 止まる。

 失敗した。

 リリアの口元が上がる。

 

「ほう」

 

 ユスティアの顔から表情が消える。

 

「ベルカさん」

 

「違う」

 

「何人」

 

「だから」

 

「何人ですか」

 

 右手の刻印。

 光る。

 今日は本当によく光る。

 

「……二」

 

 言った。

 

「私を含めて?」

 

 リリア。

 

「正式に付き合ったという意味なら、お前は含まない」

 

「じゃあ二人いるのか」

 

「…………」

 

 静寂。

 ユスティア。

 ゆっくり。

 

「二人」

 

「待て」

 

「本物が」

 

「言い方」

 

「二人」

 

「昔だ」

 

「リリアさんとは別に」

 

「事情がある」

 

「二人」

 

「お前、壊れたのか」

 

「ベルカさん」

 

「はい」

 

「今夜」

 

「……」

 

「詳しく」

 

 にっこり。

 

「聞かせてもらいます」

 

「嫌だ」

 

「夜は長いですから」

 

「その言葉、嫌いになってきた」

 

     ◇

 

 夕刻。

 俺たちは、街道沿いの旧皇国軍臨時駐屯所に到着した。

 リリアの部隊が使っている場所らしい。

 

「ここなら安全だ」

 

「助かる」

 

「泊まっていけ」

 

「そうする」

 

「ベルカさん」

 

「何だ」

 

「逃げませんよね」

 

「どこへ」

 

「寝るまで」

 

「……」

 

 怖い。

 

「リリアさん」

 

 ユスティアが呼ぶ。

 

「何だ」

 

「今夜、お話いいですか?」

 

「私と?」

 

「はい」

 

「ベルカの話?」

 

「はい」

 

「喜んで」

 

「リリア」

 

「何だ」

 

「敵に寝返るな」

 

「私は最初からお前の味方ではない」

 

「元同僚だろ」

 

「だからこそだ」

 

 笑っている。

 

 完全に面白がっている。

 

「私」

 

 リリアがユスティアの肩に手を置く。

 

「ベルカの士官学校時代、かなり知ってるぞ」

 

「本当ですか?」

 

「ああ」

 

「ぜひ」

 

「やめろ」

 

「女関係も」

 

「リリア」

 

「聞きたいか?」

 

「全部」

 

「ユスティア」

 

「全部お願いします」

 

 二人が意気投合していく。

 

 最悪だ。

 

「ベルカさん」

 

 ノアが隣に来る。

 

「何だ」

 

「ボク、今夜は別の部屋で寝た方がいいです?」

 

「なぜ」

 

「巻き込まれそうなので」

 

「俺を見捨てるのか」

 

「命は大事なので」

 

「十四歳に見捨てられた」

 

「戦場では年齢より経験なんですよね?」

 

「こんな時だけ俺の言葉を使うな」

 

「ベルカ」

 

 ミレーネ。

 

「何だ」

 

「一つ聞いていい?」

 

「嫌だ」

 

「まだ何も言ってない」

 

「今日はもう女の質問を受け付けない」

 

「そう」

 

 ミレーネは笑った。

 

 また。

 

 あの笑い方。

 

「何だ」

 

「別に」

 

「絶対何かあるだろ」

 

「そのうち分かるんじゃない?」

 

「何が」

 

「さあ」

 

 嫌な予感がする。

 

 リリアとは違う。

 

 こいつに会った記憶はない。

 

 だが。

 

 何か。

 

 妙に引っかかる。

 

「ベルカさん!」

 

 遠くからユスティアの声。

 

「何だ!」

 

「今日の夕食後、尋問です!」

 

「事実確認じゃなかったのか!?」

 

「変更しました!」

 

「堂々と認めるな!」

 

 兵士たちが笑っている。

 

 ノアも。

 

 リリアも。

 

 ミレーネまで。

 

「……畜生」

 

 俺は腹を押さえた。

 

 胃が痛い。

 

 この旅に参加して。

 

 まだ八日目。

 

 魔王領は。

 

 遥か彼方。

 

 そして。

 

 俺はまだ知らない。

 

 この夜。

 

 ユスティアが作り始めることになる。

 

 恐るべき一冊の存在を。

 

 表紙には。

 

 こう書かれる。

 

 ――『ベルカ・ツェンクハウアー女性関係調査記録』。

 

 その第一頁。

 

 最上段には。

 

 大きな文字で。

 

 **元カノ① リリア・フェルデン**

 

 と。

 

 俺の知らないところで。

 

 しっかり記入されるのであった。

 

 ――第三話 本物の元カノは言い逃れできない 了

 




▼元カノ①
名前:リリア(27)
情報:
旧皇国軍の女性士官。
ベルカとは士官学校の同期。
八年前、泥沼状態の南方戦線でベルカと一夜だけ関係を持った。

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