説明回。
界境防衛機関『ボーダー』。
嘗て地方都市『三門市』を侵略しようとした
聖杯戦争。
嘗て地方都市『冬木市』にて行われていた、7名の
第一次侵攻から6年が経った今、2015年。本来行われる筈のない聖杯戦争が、三門市にて行われようとしていた。
倫敦、時計塔。
現代魔術科のエルメロイ教室にて、ロード・エルメロイⅡ世、ウェイバー・ベルベットは珍しい来賓を迎えていた。
「それで、かの界境防衛機関の幹部である貴方が、時計塔のロードに何の御用件で」
男の名は唐沢克己。ボーダーにおいて外務・営業を担当する上層部の一人。
彼は徐に懐に手を入れた。Ⅱ世の後ろに控えるグレイが僅かに身構える。
取り出したのは紙煙草。
「失礼、ロード。一本いただいても?」
合わせるように、Ⅱ世も葉巻を取り出した。
「構わない。私もいただこう」
煙をお互いに揺蕩わせながら、唐沢は何ともない調子で語り掛ける。
「葉巻ですか。中々の通ですね」
「基本的に魔術師は古いものを好みますから。今度差し上げましょうか?」
「ありがたくいただきましょう。こちらからも、御礼の品を見繕います。………さて、本題に入りましょう」
ロードであるウェイバーば、三門市で何が起きたのかを大まかには知っているし、唐沢が何のために来たのかも大凡の予想はついている。
「三門市で、聖杯の発生が確認されました。……おそらく、私たちの守る都市で、再び聖杯戦争が起ころうとしている。貴方には、それの鎮圧のために、手を貸していただきたい」
「貴方がなぜそれを知っていたのか、といった疑問は、今は置いておきましょう。
……何故、名ばかりのロードである私に?」
この男は、日本という自衛隊以外の戦力を持たない国の中に、国から独立した武装組織という矛盾した存在を成り立たせている立役者の1人である。それ相応の情報網があってもおかしくはない。例えば、そう。秘匿された神秘を知る者との繋がり、とか。
「貴方がそれを言いますか、ロード・エルメロイⅡ世。第四次聖杯戦争で生き残った貴方が」
「……なるほど。……ご理解いただきたいのは、私は聖杯戦争の専門家というわけではないということです。当然、分からないこともある。例えば何故、聖杯が再び現れたのか、とかね」
「……それに関しては、ある程度の情報が分かっています」
「何?」
煙を吐き出しながら、灰皿に吸い殻を落とす唐沢。
真意の読めない眼差しをロードに向ける。
「貴方には、ある程度話しておきましょう。私たちが相手をしている
「……すると、貴方たちは、年若い少年たちに戦争の片棒を担がせているわけですか」
「ほう、魔術師たる貴方が、そのようなことを気にするとは。……やはり、貴方に協力を要請して正解でした」
Ⅱ世は苦虫をざっと百匹は噛み潰したような顔で言い放つ。
「世辞は結構。それで、相手が異世界人であることが聖杯と何の関係が?
まさか彼らが聖杯を模造したと?」
「ある意味では、そう言えるでしょう」
Ⅱ世は明確に驚愕の表情を浮かべた。
「彼らは、それほどの魔術を使えると…‥⁉︎」
唐沢は、冷静にそれに応える。
「いえ、魔術ではありません。トリオン。我々がそう呼ぶあちら側特有の技術です。
第三次聖杯戦争において、行方不明になった小聖杯がいたでしょう?彼女は恐らく、その存在が認知される前に開いた極小規模の
その先で、高いトリオン能力を持つが故に、神として
頭痛を堪えるように頭を抑えるⅡ世は、唐沢に説明を促す。
「待て。少し待て。トリオン能力とは何だ?
「失礼。少々説明が不足しておりました。トリオン能力とは、すべての人が持つ見えない内臓、トリオン機関で生成される、トリガーを稼働させるためのエネルギーです。魔力と類似した者だと思って下さい。当然、内臓ですから個人差はあります。小聖杯は優れた魔力を持つ故に、トリオン量もまた膨大だった、ということでしょう」
「つまり、魔力とトリオンは同一のものだと?」
「違うものでこそありますが、高い互換性を有している、という認識が正しいものだと、うちの開発室は言ってましたよ」
「成程。それで小聖杯が連れ去られたと」
「えぇ。そして小聖杯は、
あちら側出身のものが言うには、虚無の空間の中に、
そして
「国々……?複数の国があると?」
「えぇ。そして、小聖杯を取り込んだ
細かい理屈は分かりませんが、今はそういう結果があるとだけ理解いただければ」
そこまで聞いて、Ⅱ世はより眉間の皺を深めた。
「それほどまでに分かっているのなら、何故そちら側で解体しない?」
「しないというより、出来ないのですよ。聖杯を持っているのは、私たちではないので」
「………おい、まさか……!」
唐沢は煙草の残骸を灰皿に押し付けながら、真実を打ち明けた。
「えぇ。現在、大聖杯を所持しているのはあちら側の国の一つ、有数の歴史を誇る、伝承国家『バシレウス』。
彼らは、こちらに宣戦布告してきましてね。それが、今『三門市』で起ころうとしている聖杯戦争の全てです」
「ボーダー陣営と、
「…………、失礼、聖杯大戦とは?」
「本来は、七人の
しかし聖杯大戦は、七人対七人の、団体戦です」
「………成程。実に、都合が良い」
ボーダーは、団体戦をこそ得意とする組織なのだ。
2015年三月十一日。
第一会議室に集められたのは、玉狛支部の僕と、空閑、迅さん。
本部の木虎、三輪先輩、風間さん。
そして、会ったことの無い、金髪の、外国人の成人女性。
何でも、僕たちに緊急の極秘任務があるらしい。
忍田本部長が、立ち上がり話し出した。
「急な呼び立てをして済まなかった。
これから、極秘任務についての詳細を説明する。まずは、今回の任務に当たって、外部から特別顧問として来て頂いたこちらの女性を紹介しよう。
『ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ』。
倫敦の時計塔からいらした方だ」
「ご紹介に預かった、『ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ』だ。ライネスで構わない。
今回の極秘任務に関連した、ある組織からの人間だ」
外国人、ということは。
「質問よろしいですか。忍田本部長」
「構わない」
風間さんが、何を聞こうとしているのか、僕にも想像がついた。
「───そちらの女性は、
「
ややこしい言い回しをする人だ。
空閑と目を合わせるが、軽く首を振った。
嘘はついていない、か。
「………我々の敵ではないのですか?」
木虎の質問も最もだ。
「あぁ。それに関しては保障しよう。よっぽどのことがない限り、私が君たちに敵対することはないだろう」
空閑は反応していない。嘘はついていないのか。
だけど。
「よっぽどのこととは、具体的にはどのようなことですか。ライネスさん」
僕も三輪先輩と同じことが気になっていた。
敵ではない、が嘘ではないなら、恐らく、同じ目的で動いている筈。
「神秘の秘匿。これが破られそうになったら、私も敵対することが、あるかもしれない」
これも嘘ではない。
いや、それよりも。
「神秘とは、何ですか?」
純粋に、気になった。
多分、自然の雰囲気とかその手のものではないんだろうけど。
「神秘とは、奇跡を人為的に再現する行為の総称だ。
君たちにわかりやすく説明するなら、魔術と言った方がいいだろう」
「あー、ちょっと待ってくれライネスさん。その言い方だと、魔術ってやつは、現実に存在してるって事になると思うんだが」
うん。迅さんの言うとおりだ。
…………いや、でも、
あったとしても、そこまで驚きはしない。
いや、少しは驚くけど。
「そのとおりだ。
まぁ、我々としても、君たちと関わる事になるとは、思ってもいなかったんだがね」
「ふむ。つまりシノダ本部長の言う極秘任務には、その魔術とやらが密接に関わっているってこと?」
「その通りだ。今回の極秘任務は、魔術と
「ここからは、私が説明しよう。シノダ」
「頼む」
さて、まずは、日本のある都市、冬木市で行われていた、魔術儀式についての話だ。
「冬木市っていうと、あのガス爆発で有名な地方都市ね」
もっとまともな覚え方はないのか?
まぁ、取り敢えずの認識はそれで良い。
その冬木市では、おおよそ二百年近く前から、ある魔術儀式が執り行われていた。
その名を、『聖杯戦争』。
「聖杯?キリストのあれですか?」
おお博識だなそこの眼鏡。流石、眼鏡をかけているだけのことはある。
(眼鏡は関係ないような?)
まぁ、当然本物の聖杯では無いんだが、それでも、所有者の願いを何でも一つ叶えることは出来る訳だ。
そして、その聖杯を奪い合うために、まぁ、もっと言うと聖杯にリソースを提供するためでもあるんだが、そこは今はいい。
兎に角、聖杯を奪い合うために、七人の魔術師と、魔術師が召喚した英霊、──魔術世界では
「殺し合い………生き残った最後の一人が、そのセイハイを手にできるってことか?」
その通りだ。
冬木市で起きたガス爆発のほぼ全てが、
「………成程。それで神秘の秘匿に繋がるわけか」
理解が早いな。この中で一番若そうなのに。
「俺は一番年上だ」
なんと、さすがは日本人だな。これは失礼した。
兎に角、魔術とは秘匿が大前提だ。知られれば知られるほど、弱くなっていくものだからな。
「原理は分かりませんが、そう言うものだと受け入れましょう」
それで良い。分からないものは分からないで一旦置いてくれ。
「………つまり、嘗てその冬木市で行われていた聖杯戦争が、この三門市で起きる。それには、
その通り。いやぁ、理解が早くて助かるよ。
シノダ、あの映像を頼む。
「了解した。ライネス殿。全員、これを見てくれ」
投影されたスクリーンには、六人の
彼らは、名乗る。
『我々は伝承国家『バシレウス』。
代表者の男は、何処までも強気だった。
金色の髪を首筋まで伸ばして、風に靡かせながら、叫ぶ。
『私は『バシレウス王家』の最後の生き残り、ポレメオ。
この地を守るボーダーよ!
戦争を、始めよう』
………成程。
「宣戦布告ってわけね。問題は、何でその聖杯戦争を、
そこはまぁ、この日本人が、鍵なのかな?」
迅さんの言う通り。
七人中六人は
「この男の素性は?」
風間さんがスクリーンを操作して、男の顔をズームずる。
………何と言うか、少しだけ。
「何だかオサムに似ているな」
「親戚とかじゃないかしら?」
「僕の親戚に魔術関係者はいない筈だけど……」
「遠縁にいたとしても不思議ではないだろう。ライネスさん。この男について、何か知っていることはあるんですか?」
三輪先輩は、そうライネスさんに確認した。
「無論知っている。この男の名は、『
生き残り。
それが何を指すのかなんて、ボーダーで分からない人間は、いない。
「第一次侵攻の、被害者、か」
風間さんがそう言葉をこぼす。
そっと、三輪先輩の顔を見る。
何処と無く、憂いを帯びた顔で、スクリーンに映る男を見つめていた。
「………まぁ、何でも願いが叶うなら、家族の蘇生とか、願うだろうね」
家族を亡くした迅さんは、そう言った。
「そうとも限らん。魔術師は基本的に、根源に行き着くために一生を捧げるからな」
また知らない単語が出てきたな。
根源?
「あぁー、説明すると長くなるから、取り敢えずそこは放置して。
兎に角、魔術師は基本的にろくでなしだ。家族よりも、そっちを取るぐらいにはな」
………ろくでなし、か。
この人は、本当にそうなんだろうか。
「さて、これが、君たちに解決してもらいたい極秘任務な訳だが、質問、どうせあるんだろう?」
僕たち全員が抱いているだろう疑問を代表して、風間さんが問い掛ける。
「聖杯戦争とは、七人による殺し合いと聞きました。
しかし今回、
「まぁ、君たちなら、その辺りを疑問に思うだろうと思っていた。
実は聖杯には、ある隠し機能が存在する。本来殺し合うべき
つまり、個人戦から団体戦に切り替わるわけだ」
…………そうか。だから、この場に集められたのが、僕たち六人と。
「君たち六人と私がマスターとして、
君たちに課せられた極秘任務とは、これのことだ」
僕たちに課せられた任務は、聖杯大戦に勝利すること、か。
「さて、他に質問は?」
一番最初に質問したのは、木虎だった。
「………そういえば、名を聞いていなかったな」
「申し遅れました。木虎藍です。そもそも、英霊とは何ですか?まさか、伝説や伝承にあるような英雄を指しているわけではありませんよね?」
「そのまさかだよ。
伝説上の英雄を、使い魔として召喚し、共に戦う。
それが、聖杯戦争だ。ロマンあるだろう?」
「………すごく、血生臭いロマンですね」
まぁ、うん。
木虎の言いたいことも、よく分かる。
殺し合いって、言ってたし。
次に、三輪先輩が質問した。
「三輪秀次。十九歳です。
何故英霊は七騎なのですか?聖杯大戦でも、追加されるのは七騎なんでしょう?七に何か意味があるのですか?」
「七騎である意味としては、英霊のクラスが関係している。
英霊を英雄のまま呼び出すと、存在としての強度が強すぎて、霊基、まぁつまり仮初の肉体な訳だが。それが維持できないんだ。
だから、その英雄の一側面を切り取って当て嵌めて召喚する。
クラスとしては、
次に質問したのは、空閑だ。
「空閑遊真。背は低いけど十七歳。
「彼らは基本的に魔力、魔術の原動力となる人体で生成される、あるいは大気中に存在するエネルギーで動く。
魔力とトリオンは高い互換性を有しているようでな。基本的には、トリオンを魔力に変換して動かしてもらう。
君たち個人に、魔術師の素質があるなら、そっちでラインを繋げても良いが…………素質がありそうなのはそこの眼鏡だけだな。多分先祖のどこかに魔術師がいたんだろう」
「ぼ、僕ですか⁉︎」
流石に予想外だ。
僕にそんな素質が?
い、いや、そんなことより。
今度は、風間さんだ。
「風間蒼也です。歳は二十三。英霊とは、過去の英雄であると言っていましたが、それはどうやって呼ぶんですか?」
「触媒となる聖遺物を使ってもらう。
まぁ、君たちに分かりやすく説明するなら、『三種の神器』、あるだろう?まぁ本物のあれらを触媒に使うのはさすがに不敬だが、あれを使えば天皇に関わる英霊を呼び出せる。
例えばヤマトタケルとかな。日本で呼べたら最強じゃないか?ヤマトタケルは。神話の規模的にも、海外でも普通に強いとは思うがな」
と、なると。
もうそれらの用意はできているのか?
「三雲修です。十七歳。
その触媒は、もう用意出来ている、と言う認識であっていますか?」
「無論だとも。ボーダーの唐沢と、時計塔の現代魔術科の共同作業だ。凡そ五つ集められた。
後の一つは、ボーダーで用意するらしい」
ライネスさんの傍に控えていたメイド。
…………今気付いたけど、このメイド水銀か?が、テーブルに高級そうな絨毯を敷いた。
そこに、五つの遺物が置かれていく。
一つは、石のかけら。
一つは、地図のようなもの。
一つは、弦の切れ端。
一つは、獣の牙。
一つは、布のような物。
「石のかけらは、君たちの中にも、知っている奴がいるんじゃないか?円卓の騎士が囲んでいたとされる、円卓のかけら。
この地図は、嘗て世界を一周した艦隊の主が記した物。
この弦の切れ端は、古代ギリシャの悲劇の英雄が持っていたとされるハープの弦。
この獣の牙は、人狼の牙。
そしてこの布は、古代ギリシャの悲劇の王女が身に付けていたとされる服の残骸だ」
そして、忍田本部長が、一本の黒い大太刀を持ってきた。
「………これは、嘗て旧ボーダーが発見し、今となっては、ボーダーの全てのトリガーの元となった
凡そ三千年近く前から存在している」
三千年も前から⁉︎
いや、それよりも。
「つまり、三千年前にこの地に降り立った
「英雄というより、神話に語られる神だ」
「か、神様……⁉︎神様なんて呼べるんですか⁉︎」
「本来の大聖杯ならば呼べないが、この神霊が、元々は
まず間違いなく、こちら側の最大戦力だ」
最後に、迅さんが質問する。
「実力派エリートの迅悠一です。歳は二十一。
それで、誰がどの英霊を呼ぶのかとかは、決めているんですか?」
「それに関しては、君に任せるとシノダが言っていた。何でも未来が見えるらしいな。
それならば、可能な限り最適なマッチングが出来るだろうよ」
「………やれやれ。この実力派エリートを働かせすぎじゃない?」
迅さんは、僕たちと触媒を見ながら、しばらく考え込んで。
徐に、動き出した。
「風間さんには、これだね」
円卓のかけらは、風間さんが。
「木虎ちゃんは、これ」
弦の切れ端は、木虎が。
「秀次はこれ」
人狼の牙は、三輪先輩が。
「ライネスさんはこれで」
ライネスさんには、地図を。
「遊真はこれ」
空閑には、切れ端。
「で、メガネくんには、これ」
僕には、
…………僕が⁉︎
「か、神様なんですよ⁉︎本当に僕で良いんですか⁉︎」
「君に渡すべきだって、おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
「………な、なら、仕方ないですね」
あれ?迅さんは?
「おれは、アサシンを呼べば良い感じ?」
「その通りだ。アサシンはクラスそのものが触媒でな。その語源となった山の翁の一人が呼ばれる」
な、なるほど。
「召喚の儀は二日後の深夜に執り行う。それまで、各自英気を養うように」
そうして、僕は大太刀を、空閑は切れ端を、迅さんは手ぶらで、会議室を後にした。
「ふ〜む。悲劇の王女、か。中々、重たいお相手ですな」
「………まぁ、僕の想像通りの王女なら、空閑以上の適任はいないと思う」
「でしょぉ。やっぱメガネくんもそう思うよね?」
まぁ、彼女の神話も考えると、嘘を見抜ける空閑以上の適任はいないだろう。
それよりも僕の方だ。
「神様って、どの神様なんでしょう?」
「あぁそれね。小学校の頃の課題で、この市に根深い神様について調べたことがあったんだけど。
もし、俺が当時調べた通りの神様なら、それは間違いなく、日本神話でも最強クラスの神様だね」
それほどの存在のマスターが、僕……。
すごく、責任重大、だな。
兎にも角にも。
「………やるぞ、相棒」
「………おう、相棒」
そして、二日後の深夜。
僕たちは、英霊を召喚する。
真名はすごくわかりやすいと思う。セイバー以外。