Fate/OverBORDER 三門聖杯大戦 作:宇津木 沙坂
少女の夢を見た。
星の降る夜に、遠く離れた異世界から、ずっと昔のこの地に降り立った、少女の。
息を呑むほどの美貌と、とても珍しい髪をしていたから、少女は神様だと思われた。
実際、少女は歳を取らなかった。それがより、彼女を神秘的に見せていた。
彼女は、自身を崇める人々の為に、大太刀を振るった。
嘗てこの土地に存在していた、魔性のものを討ち取って、少女はさらに崇められた。
少女は、自身を崇める人々の為に、大太刀を振るった。
この土地を支配下に置こうとした、八百万の神々を数柱屠って、少女はさらに崇められた。
少女は、自身を崇める人々の為に、大太刀を振るった。
この土地を支配下に置く為にやって来た、雷と地震を司る、とても強く恐ろしい神を撃退して、少女はさらに崇められた。
そうして、数多の信仰を集めた少女は、本当に、神様になった。
少女は、自身を敬う人々の為に、大太刀を振い続けていた。
だがそれでも、少女の逸話は残らない。
少女の戦いは、誰の記憶にも残らない。
少女の、人としての名前は、残らない。
ただ、建御雷神でも倒せなかった、まつろわぬ神である、と。
ただそれだけしか、残らない。
それで良いと、少女は思った。
それが良いと、少女は考えた。
名誉も残らず。
苦難も残らず。
本名も残らず。
少女は、天津甕星は、ただの、まつろわぬ神である。
─────それが、ぼくには酷く、悲しいことのように、思えた。
三月十六日。
ランク戦ブースでは、人だかりが出来ていた。
白い隊服を翻して、A級隊員緑川駿が、グラスホッパーで、街中を飛び回る。
その瞳は、とても楽しそうな光を灯していた。
左手にレイガストを構えて迎え撃つのは、三雲修。
久しぶりに、本部規格のトリガーでの実戦である。
「行くよ!三雲先輩!」
「───来い」
三雲修の周囲を、グラスホッパーが覆う。
レイガストで防ぐが、身体中に細かい切り傷が発生する。だが、予想通りの動きだ。
左手で生成した
空中でのジャンプ台を失い、一瞬動きが乱れた隙に、スラスターのシールドバッシュで、壁際まで追い詰める。
「やべっ!」
「───取った」
咄嗟の
「くっそ〜〜〜!」
完全にしてやられて、緑川駿は
そこで、アナウンス。
『十本勝負終了。勝者、緑川駿』
一勝九敗。
最後の最後で、読み通して、なんとか一勝。
やはり、自分はまだまだだな、と、三雲修は考えていた。
…………昨日、セイバーは、自分よりもシェイカーを使いこなしていた。
まぁ、迅さんや空閑みたいに、サーヴァントと一緒に戦うことなんて出来ないけど、せめて、自衛ぐらいはできるように。
最近は、個人ランク戦してなかったし。
「くぁぁぁぁ!悔しい!最後の一戦、かんっぜんに掌の上だった‼︎」
だがそれでも。
「それまでの九回は、翻弄されっぱなしだったよ。やっぱり強いな、緑川は」
「チーム戦が本領の三雲先輩に、個人でどれだけ勝てても意味ないし。ていうか早くA級ランク戦復帰してよ‼︎遊真先輩も、一時的にA級に戻ってさぁ‼︎」
「ごめん。暫くは難しいかな」
聖杯大戦という大仕事があるので。
「ていうか、本当にロビーで良かったの?ウチの隊室でやれば良いのに」
「あぁ、時間も勿体無かったし。…………あれ?ギャラリー多くないか?」
「あったり前でしょ‼︎元A級二位部隊の隊長なんだよ三雲先輩は‼︎」
一年と少し前、本気の弟子達と戦いたいから、という理由で本部規格のトリガーでチームランク戦に乗り込んできた、迅悠一も含めた玉狛第一と、A級に昇格したばかりの玉狛第二は、そのシーズンのA級ランク戦で、ワンツーフィニッシュを達成。
最終ラウンドの玉狛第一対玉狛第二対太刀川隊対嵐山隊の試合は、もはや伝説である。
その後、玉狛オリジナルトリガーを受け取り、玉狛第二は、チームランク戦からは除外された。
「そんな人が珍しく個人ランク戦してるんだよ⁉︎ギャラリー集まるに決まってるじゃん‼︎
こういうところで無自覚なの勘弁して‼︎」
そうは言うけど。
「僕が二位になれたのは、みんなのおかげだし」
「ほらそういうこと言うー‼︎」
「いや、まぁ、確かに、ある程度は役に立ってたと思うけど」
「ある程度で済むかっての‼︎三雲先輩がそう謙虚だからさあ───」
ランク戦を見ていた、訓練生達の会話が、漏れ聞こえてくる。
「…………あれ、本当に元二位の隊長なのか?俺より弱くね?」
「有名な話だぜ。最弱のA級隊員。何でも、強い仲間におんぶに抱っこだったらしいぜ?」
「なんっだそれ。笑える。そんなの俺でも二位取れるわ」
緑川、キレた!
「───あぁいう馬鹿な勘違いする奴が増えちゃうんだよ‼︎」
その訓練生を指差しながら、そんなことを言うので、そいつらはびっくりしていた。
しかし、凄く失礼なことを言われたにも関わらず、三雲修は、平然としていた。
「いや、その、ある程度は事実だし」
自分が最弱のA級隊員であることなど、百も承知だ。
強い仲間に恵れたことも、間違いではない。
緑川はさらにキレた。
「あーもう!あーもう‼︎これだから三雲先輩は‼︎───おいそこの訓練生‼︎スコーピオンだけ使ってやるからブースに入れ‼︎十本勝負な‼︎」
「ちょ、緑川」
「強い仲間さえいればA級二位部隊の隊長やれるとか言うなら、オレから一本以上取れるんだろ⁉︎
───だって、お前よりも弱いらしい三雲先輩は、オレから一本取ったんだし‼︎」
「A級がC級に喧嘩売るのはダメだって‼︎」
じたばた暴れる緑川を、必死に止める。
二年前の奴はC級の空閑からだから何とかなったんであって、緑川からやるのはダメだろう。
そんなとき、その訓練生達の背後から、
「やれやれ。今季のC級は程度が低いな」
「そう言ってやるな。奴らに三雲先輩の強さなど理解できないさ」
「3,000の壁も越えられない、所詮は選ばれていない者たちなのだから」
上から
嘗て空閑にC級3バカと言われた、上位入り間近のB級中位部隊である。
「あ、甲田。久しぶり」
「お久しぶりです。三雲先輩。お元気そうで何よりです」
この3バカと三雲修に何があったのかというと、大体一年半ぐらい前。
甲田隊は、一向にB級下位から抜け出せなかった。
中位に一瞬だけ上がることは何度もあったが、その度に、柿崎隊や荒船隊、諏訪隊に蹂躙され、下位に落ちるを繰り返していた。
二期連続での下位フィニッシュに、甲田は強い危機感を抱いていた。
『…………個人個人の実力なら、中位とも勝負になる筈だ。個人ランク戦での勝率は、確かに高い。
戦術も、フォーメーションも、C級の頃とは比べ物にならないぐらい洗練されている、筈なのに…………!』
(何が足りない?何故勝てない?)
上に行くには、やはり。
『玉狛の白い悪魔のような、強い駒が必要なのか……?』
だと、すれば。
隊長として、俺が、やらなければならないことが、あるとしたら───!
翌日。
みっともないことなど百も承知で、甲田は、個人ランク戦に訪れた空閑に、土下座で懇願していた。
『たの───いえ、お願いします空閑先輩!うちのチームに、甲田隊に入って下さい‼︎』
『……………ふむ。まぁ、話は聞こう』
『ありがとうございます………』
本気度は良く伝わってきたので、空閑は、真面目に話を聞いた。
甲田の結論を聞いて、考え込む。
『……………甲田のそれは、確かに、確実な手段だ。修も迅さんを勧誘したし、ヒュースっていう大型新人を入れた。
でも、それは遠征に一刻も早く向かう必要があったからで、甲田がそこまでする必要は無いんじゃないか?』
『ですが、二期連続で下位なんです……。俺についてきてくれてる二人に、申し訳なくて……』
C級の頃からずっと、自分をリーダーと呼び、ついてきてくれる二人のためにも。
出来ることを、やらなければ。
『……………悪いけど、おれは、今のチームを抜けるつもりはない』
『……………そう、ですか』
『でも、お前たちの現状を、何とか出来るかもしれないやつを知っている』
『ほ、本当ですか……‼︎』
一体、どれほど強い人が……?
『明日、隊のやつら全員で来てくれ』
そして、次の日。
空閑が会わせたのは、三雲だった。
その日まで、甲田隊の三雲修への認識としては、たまたま強い奴を捕まえられただけの、自分達と同程度の実力しかない、B級中位程度の隊員だった。
だが、その日。
『………………俺たちが、空閑を、倒した………?』
『信じられねぇ………。あの、白い悪魔を?』
『これ、が。これが、戦術………‼︎』
三雲先輩の指示に従い、三体一でこそあったが、あの空閑遊真に、C級時代、手も足も出なかった、あの空閑遊真に勝利できた。
『ランク戦は、チーム戦だ。一人一人の強さは、勿論大事だけど、チームで生きる強さもある。
甲田たちの個人能力は申し分ない。あとは、チーム戦術を伸ばしていけば』
────もっと、強くなれる。
その瞬間から、甲田隊にとって、三雲先輩は、師匠にして、超えるべき壁となった。
貪欲に教えを乞い、寝る間も惜しんで
B級ランク戦ROUND8で。
『………おい、夢じゃねぇよなぁ?』
『あぁ、夢じゃない!夢じゃないぞリーダー‼︎』
『───上位だ‼︎俺たちは今日から、B級上位部隊、甲田隊だ‼︎』
嬉しかった。心から。
強くなれた、そう、心から思えて。
油断した。
最終ROUND。
甲田隊は、初の上位戦で、嘘のように惨敗した。
沈み込んだ甲田隊作戦室に、空閑が、ズカズカと入ってきた。
『────おい甲田。さっきの試合の、アレはなんだ』
それが何を示すのかは、よく分かっていた。
『ご、合成弾、です』
覚えたての合成弾を、思い付きで使って。
その、無防備な瞬間を、狙われた。
『実力で届かず敗北したならいい。
具体的なチーム戦術でも、上位には届かなかったなら、おれも慰めた。
────でも、アレはダメだ』
そう、痛いほど、よくわかる。
だって、あの瞬間。
俺は。
『お前は、チームを勝たせる為じゃなく、自分が目立つ為に、合成弾を使った。あの場面、合成弾を使う必要があったか?
その結果、お前を庇って丙は落とされて、そこを起点に完敗した』
耳が痛い。
返す言葉もない。
『チームの為に土下座までしたから、おれはお前に期待していた。
─────お前、浮かれすぎだ。自分達が強くなった、それはそうだ。でも、どの部隊も、どの隊員も、常に強くなり続けている。
─────お前たちだけが、特別じゃない』
…………確かに、自分達は、トリオンに、才能に、恵まれた。
それでも、才能に恵まれた奴らなんて、上には幾らでもいて。
そいつらは、同じくらい努力も重ねていて、何より───。
『今回の敗北を、胸に刻め。
この敗北を、確かに糧にしろ。
良いな?』
『………っ、はいっ……』
隊のみんなに、何より、沢山のことを教えてくれた、空閑先輩と、三雲先輩に、申し訳なかった。
だから、謝りに行った時。
『まぁ、うん。ぼくも、同じような失敗を、何度も繰り返してきたし』
『み、三雲先輩が⁉︎あ、あの、最速でB級二位まで登り詰めた、『神策の指揮官』三雲先輩がっ⁉︎』
『うーん、と。甲田の中で、ぼくがどんなやつになってるのかは、気になるけど。
甲田は、隊長としての務めを果たそうとしてた。
まぁ、今回は、そこから外れちゃったけど。
でも、チームの為に空閑を勧誘したり、頭を下げて、教えを乞うたり。ぼくが言われるまで出来なかったことを、自分の力でやっている。
だから、甲田達は、大丈夫だ』
────もっと、強くなれる。
強くなる。強くなる。強くなる。
強くなって、玉狛の白い悪魔を、神策の指揮官を、小さな破城砲を、外つ国からの強者を、玉狛第二を打ち倒し、A級へと昇格してみせる。
その一心で、突き進んでいたら。
玉狛第二はいつの間にかA級になって、いつの間にか、ランク戦から除外されてた。
────なんで⁉︎
通達が来た時の甲田隊の心境は、それである。
だからこそ、気に食わない。
何も分かっていない訓練生が、かの神策の指揮官を愚弄するなどと──!
「───良いか訓練生諸君良く聞け‼︎この方こそ、神策の指揮官三雲修‼︎かの軍神東春秋の後継者に、最も近い男なのだから‼︎」
「やめろ!やめてくれ甲田‼︎」
「良いぞー。やれやれー」
如何に三雲修が素晴らしいかを熱烈にプレゼンする甲田隊に、訓練生達はドン引きしていた。
甲田隊は、三雲修の弟子であり、師匠リスペクトが凄い、とのことで有名である。
「……………マスター」
「あぁごめんセイバーちょっと待ってて」
瞬間、ブースの空気が凍った。
三雲修の、優秀な頭脳は、今のやりとりが、どのように映ったのかを、推測する。
油を刺したばかりの機械のように、修は、振り向いた。
キョトンとした顔で、首を傾げるセイバー。
その、顔が良いので、非常に目立っている、が。
「マスター。そろそろ約束の時間ですよ?」
状況を整理しよう。元A級二位部隊の隊長として、ぼくは注目を集めている。
そんなぼくを、マスター呼びする綺麗な女の子がいる。
さて、周りから見たぼくは、どう映るんだろう。
「…………マジか。三雲先輩。遠征試験の時から、薄らとそうなんじゃないかって思ってたけど」
「待ってくれ緑川多分凄い勘違いしてるから待って本当にお願い」
久しぶりに、冷や汗が止まらない。
「…………いや、その、三雲先輩に、春が来たのは、祝福するんだけどさ。外で
「違う違う違う違う違う違う緑川誤解だ!」
「さ、流石は、三雲先輩」
「あ、あぁ。あんなに綺麗な人に、外で
「俺たちに出来ないことを平然とやってのけるっ、そこに痺れる憧れるぅ‼︎」
「違うんだ本当に違うんだ‼︎」
ヒソヒソ声が、ブースで広がる。
「あんなに綺麗な人初めて見たけど、あんな人に
「えぇ。凄まじいドSね」
「これほどのドSだから、あんな作戦思い付くのか」
「あんな作戦って?」
「あぁ、よく印象に残っているんだが、女子が死ぬほど苦手な辻先輩に、うまいこと香取先輩をけしかけ続けて、実質二宮隊を二人部隊にしてたんだ」
「…………流石、ドSね」
とても不名誉すぎる。
もう本部に顔出せない。
「セイ、じゃなかったミカさん!行こう‼︎約束の時間だったからね‼︎」
「えぇ。約束したのに放置するのは、酷いと思うわ」
「本当にごめん‼︎後外でマスター呼びはやめて‼︎」
「分かったわマス───じゃなかった、オサム」
セイバーの手を引いて、全力でその場から逃げ出した。
さて、セイバーと共にどこに向かうのかというと、ボーダー『園』。平たく言えば、ボーダーの養護施設なわけで。
第一次侵攻で、親を失った孤児達を保護している。
「お、三雲くんやん。久しぶり〜」
「お久しぶりです。隠岐先輩」
今日は休みの日だし、多分いると思った。
「お、記者会見の兄ちゃん!」
「うん。久しぶり」
セイバーは、無表情で、子供達を見ていた。
綺麗な人がこういう顔をすると、凄い圧がある。
「お、随分と別嬪さん連れてきたんやねぇ。恋人かい?」
「いえ、そういうのではなく。ライネスさんの客人なんですが、ボーダー『園』が気になったそうで」
「ほーん。隠岐孝二。三雲くんの先輩や。よろしく頼むで」
「………ミカよ。よろしく」
何だろう。
何だか、少し、暗い、ような?
「あっ、そうだ」
昨日の夜、多分セイバーの夢を見ちゃったし。
ライネスさんが言うには、これは、サーヴァントと契約したマスターには良くあることらしい。
なので、念話で、報告も兼ねて。
トリオン体の内部通話みたいだな、これ。
『ごめんセイバー。昨日、多分君の夢を見た』
律儀ですね。マスターは。
『…………別に、マスターとサーヴァントはそういうものでしょう?
『疲れたら全然寝て良いよ』
『そういうところは、少し気にした方がいいとは思いますが』
自分に無頓着というか、何と言うか。
さっきのロビーでのやり取りでも、自身のあのような評価も、気に求めていないんですね。
まぁ、そういう人だから。
色んな人が、この人の周りには、集まりがちなんでしょうね。
「お姉さん!一緒に遊ぼ!」
「………えぇ。そうさせてもらうわ」
本当に、普通の子供なのね。
「ほれほれ。隙だらけやで、三雲くん」
「ハメ技は大人気ないです」
「良いぞー!隠岐ー!やっちまえー‼︎」
マスターも、隠岐も、本当だったら、ただの学生だった。
それを、実際に目にすると。
『ねぇ、マスター』
『どうした?』
『この聖杯大戦、絶対に勝ちましょう』
『────うん。勝とう』
カバー裏風キャラ紹介
たまに噛み付くわんこ 緑川駿
二年の歳月を経て、ボーダー推薦というずるい手段で高校生になったA級隊員。幼馴染の黒江からは恥だと思われている。遊真と赤点を競い合っていたが、あかんラインからちゃんと脱出していく遊真に危機感を抱いて、最近真面目に勉強し始めた、が。しょっちゅう推薦で大学に入った米屋と遊び呆けてしまう。
師匠リスペクトが止まらねぇ‼︎ 甲田隊
遊真と修の弟子。元C級3馬鹿は立派に成長している。上位入りとギリギリで上位から落ちるを繰り返しており、最終目標のA級昇格並びに玉狛第二への勝利を目指して特訓をかかさない。新しいフォーメーションは百を超えるとか超えないとか。
近所の兄ちゃん 隠岐孝二
裏があるようで余りなかった徹頭徹尾優しい良い人。作中屈指の良識人。原作の内容を踏まえてから十八巻カバー裏を読み返すとすごく遅効性の味がする。これが、遅効性SFか。修にとって世話になった先輩である。機動系スナイパーは健在。