Fate/OverBORDER 三門聖杯大戦 作:宇津木 沙坂
三門市郊外の山奥に、初心者マークが輝く、ピッカピカの新車が走っていた。
運転するのは迅悠一。
助手席に行儀よく背筋を伸ばして座るのはアサシン。
後部座席では木虎と、堅琴を奏で続けているアーチャー。
車内BGM要らずだが、横で演奏しているアーチャーに、木虎はイラつきを隠せていなかった。
「───ねぇアーチャー?あなたは演奏をやめたら死ぬのかしら?」
「無論だとも、マスター」
ポロロン。
「ボクという英雄にとって、演奏は正しく、ボクの具現にして証明にして逸話」
ポロロロロン。
「ボクが演奏を辞めたのは、後にも先にも妻が死んだときぐらいさ」
ポロロン。ポロロロロン。
「………はぁ。神話に語られるだけあって、本当に、心惹かれるぐらいは上手いのが腹立つわね」
「褒め言葉として受け取っておくよ。マスター」
ポロロロロン。
うーん。近代的な車内には本当に似合わないな。
だが、セイレーンすらも聞き惚れたというのには、本当に納得だ。
「さて、マスター。この先には何がある?」
「推定、白の陣営の魔獣使いの拠点だ」
恐らく、クラスはキャスターだとは思うが。
まぁ、キャスター以外の可能性も常に考え続けるとしよう。
楽しそうにハンドルを指で叩きながら、迅は笑っていた。
運転は良い。このエンジンの振動。やはり最高だ。
「成程。異次元からではなく、こちら側に拠点を」
「そう。まぁ本拠地は遠征艇だと思うけど」
ネズミ型のトリオン魔獣は、アフトクラトルのように、バムスターの中にいたんじゃない。
敵側の魔術師三導脩が、この郊外の山奥に仕掛けた、誘導装置の効かない
「んで、その拠点でネズミ型のトリオン魔獣を呼んで、この山道を抜けて、街に潜伏させていたわけ」
キャスターと迅の合わせ技だ。
迅がこれからもイレギュラー
その原因がトリオン兵では無いことを、キャスターが解析。
出所を開発室総出で探った結果、この山奥に行き着いた。
「多分、この森はもう、魔獣の森って言って良いぐらいには、トリオン魔獣がうじゃうじゃいる。
だから、アーチャーの出番ってわけ。対魔獣のスペシャリストだからな」
嘗てアルゴナウタイにおいて、セイレーンを撃退したその演奏。
かの冥府の番犬すらも眠らせたその腕前ならば、トリオン魔獣を眠らせるなどお茶の子さいさい。
そして、ぐっすり眠ったトリオン魔獣を、一体ずつ丁寧かつ高速で処理していく為に、アサシンを連れてきたというわけだ。
「…………あの魔獣。なんというか、キマイラのように見えました。ギリシャのエキドナがいる可能性もありますね」
「それは危険だよマスター」
ポロロロロン。
と堅琴を演奏しながら、アーチャーはマスターに注意する。
「魔獣使いの英霊なんて、探せばいくらでもいるさ。脳裏に入れておくべき情報は魔獣使いであるということだけ。今の段階では、英霊の真名なんて、予測できないからね」
そう。アーチャーの言う通り。
予測できるだけの情報は、現在皆無なのだ。
ポロロロロン、と、堅琴の音が響き渡る。
「………流石は、アルゴー号の乗組員ね」
オルフェウスのもう一つの有名な逸話。
彼は、イアソンが指揮するアルゴー号に同乗していた、無類の英雄たちの一人なのだ。
「実際、イアソンとかヘラクレスとかメディアとかアタランテとか、どんな人だったの」
アーチャー、オルフェウスの脳裏によぎるのは、愚かな小物で、しかし、語る夢はどこまでも純粋な、我らの
誠実で寡黙で実直な、武人らしい武人であった
献身的で盲目的で、恐ろしいほど純粋だった、
美しい野生の獣のような、それでいて子供思いな
それ以外にも、偏屈で、されど誰よりも命に向き合い、神となった
神らしく傲慢であり続けた神と人の
不死となった
彼らは皆、確かに英雄だった。
「────我が人生における、次善の時間さ。一番は、妻と過ごした時間なのだが」
愛妻家のオルフェウスにとって、妻の次に大事な思い出。
それが、アルゴー号である。
「…………そういやおれ、アサシンのこと、あんま知らないな」
「なんだ?私のことが気になるのか、マスター」
「ま、そうだね。十八人の山の翁は、十八人いた、ということぐらいしか伝わってないし」
「暗殺教団の頭目などそのようなものさ。特に私は、二代目だからな。初代の次だ。もう殆ど残っていないだろう」
木虎は、アサシンのその言葉に、興味を惹かれたようだった。
「初代『山の翁』は、とても凄まじい英雄と聞きます。どのような英雄だったのですか?」
アーチャーの堅琴の音が響く中で、アサシンの、『影刃のハサン』の過去が、語られる。
「───威厳と、それから少しの茶目っけを持っていた、私の師匠だ」
「そういや、二代目ってことはそうなるのか」
「あぁ。他の『
初代『山の翁』、ハサン・ザッバーハは、嘗てはただの文官でな。
しかし、文官が身体を鍛えないのはおかしいとか言って、剣を振るう変人でもあった。
ある日、あの人は、地獄を見たらしい。
そうして、彼は、あの教団を立ち上げた。
「まぁ、私としても、師匠についていくと決めていたからな」
だから、師匠がハサン・ザッバーハとなり、初代の頭目となった後も、自身を鍛え続けながら、その背を追い続けていた。
いつか師匠を超える。ただそれだけの為に。
だが、いつの間にか、師匠はいなくなっていた。
その場に残っていたのは、師匠が自らで掻き出したのだろう内臓のみ。
私はその後を継ぎ、二代目『山の翁』として、信仰に生き続けていた。
だが、どれほど鍛えても、どれほど考えても、どれほど挑んでも、私は結局、師匠の影すら踏めなかった。
「アサシンが影も踏めなかったって、どんだけヤバいんだよ。初代は」
三十八回殺された身としては、これでもまだ欠片も届かない実力者というのは、もはや引く。
そうだな。
恐らくは師匠なら、青のセイバーすらも、容易く殺せるのかもしれん。
そうしてある日、老衰で膝をついた日に、髑髏の剣士に首を切られた。
「それが、師匠だった。
師匠は生きていた。………いや、生きているのか死んでいるのか、それすらも分からない領域に至っていた。
正しく死の具現。死の象徴。始まりのハサン・ザッバーハにして、終わりの山の翁。
人を超越したナニカに、師匠は至っていた」
それが、悲しかったわけじゃない。
それほどまでに、信仰に身を捧げられた師匠は、尊敬に値するし、実際尊敬している。
だが。
「私は、また、師匠と瞑想がしたかった。
師匠と一緒に、修行がしたかった。
人を超越した師匠と共に修行出来るようになるには、私も人を超えるしかない。
そのための、聖杯戦争だ」
「聖杯に、人を超えることを願うつもり?」
「いや違う。嘗て師匠が歩んだ地獄を、私も歩みたいのだ。
師匠から剣を教わったものとして。
いつか、師匠を超える為に」
歴代の『山の翁』は、初代を畏敬し、尊敬し、常に自身の上に置いている。
────だが、『影刃のハサン』は、例外である。
彼女は、自身の上に、置いてはいない。
畏敬はする。尊敬もする。それでも。
彼女にとっての山の翁は、ただの変人の文官でもあるが故に。
「私の技術も、この刃も全て、師匠を超える為に作り上げたものだから」
「なるほど。実に美しき師弟愛だ」
オルフェウスは謳う。
弟子の、師匠を超えたいという、その想いを、高らかに。
美しい演奏を、響かせながら。
「挑み続け、死に続けるが良い、アサシン。
いつの日か、かの死を乗り越えるために」
ポロロロロン。
神話に語られる、美しき演奏が、車内を満たして。
ふと、迅は、ある未来を見た。
「───木虎、トリガー起動しといて」
「了解。トリガー
すぐさまトリオン体に換装。
予知を持つ迅さんがこういうということは。
「狙撃ですか?」
「みたいだね。でも、この新車を壊させるわけにはいかない。まだ一年も経ってないんだからねっ‼︎」
勢いよくハンドルを切って、ドリフト走行。
放たれた矢は、確かに躱して。
車から爆炎と共に飛び出て来た四人、特に迅は、凄い顔をしていた。
泣いているのか、怒っているのか分からない顔である。
「………迅さんでも躱せないなんて」
これが、英霊の───。
「いや、今のは単純な技量ではないな。確かにマスターは躱していた」
「ボクにもそう見えた」
だとしたら、どうして?
「恐らくは因果逆転。当たったから射ったのだろう」
──────なんて、出鱈目。
「………そんなの、どうしようもないじゃない」
「………おれの車ぁ」
ピッカピカの新車は一年で死んだ。
おのれ、恐らくは白のアーチャー。
これまで貯め込んできた給料なのに。
「………ころす」
「落ち着けマスター」
「今の音で、魔獣たちがこちらに向かっているようだ。マスター。宝具使用の許可を頼む」
「分かったわ。魔獣たちを眠らせてちょうだい」
「承った」
アーチャーが謳うために堅琴を構えた瞬間、魔獣たちが襲いかかるが、恐れることなく、謳うように詠唱を開始する。
彼の宝具は、ある意味詠唱そのものである。
「鳴り響くは鎮魂歌の元祖
我が音色に聞き惚れないものはなく
我が音色に心揺れぬものもない
怪面鳥は恐れをなし、冥府の番犬は眠りに落ちる
神を二度欺きし罪人すら心揺れ
血族殺しも涙を流す
息子殺しは乾きを忘れ
復讐の三女神よ、心ゆくまで聞き惚れよ」
その詠唱が響き、森中に存在する、全ての魔獣は、深い眠りに落ちた。
そしてアーチャーは、真名を告げる。
「
眠りに落ちた魔獣など、案山子も同然。
「全員殺せ。アサシン」
「心得た」
迅らしくもない、些か冷たすぎる声と要求である。
アサシンは、50秒以内で、森中に存在する、トリオン魔獣の心臓を貫き、首を落とした。
案山子を一体殺すのに、0.1秒もいらない。0.01でもまだ遅い。おおよそ0.005秒。
即ちアサシンは、一万体を超える魔獣を、一分以内に殺し切ったことになる。
ついでに拠点を見てみたが、すでにもぬけの殻だった。
「───すでに拠点は放置されていたようだな。白のアーチャーの狙撃で足を止め、魔獣による包囲戦で打ち倒すつもりだったのだろうが」
「アーチャーを連れて来た迅さんの判断は、正しかったようですね」
「………おれのくるまぁ」
代わりに、迅の新車で愛車は犠牲となった。
享年一年の命である。
「ふむ。その心を慰める為に、謳うとしよう」
「いつでもどこでも謳ってるじゃない。迅さん。狙撃の可能性は?」
「………視た感じ、もう無いっぽい。アサシンなら迎撃されると思ったのかな?」
「そうだな。もう一発打ち込んでくれれば、位置を特定できたものを」
そうなれば、速攻で向かっていって、残像すら残らない速さの為に狙いも定められずに距離を詰められ、心臓に一突きで終わりである。
「まぁ、拠点を潰せただけでもよしとするか」
「帰りはどうするんですか?」
「徒歩で帰るよ」
「えぇ?迎え呼びましょうよ」
「山降りるまでは徒歩ね。その時間なら、始発の電車で帰れるし」
「そうですけど……」
「まぁ良いじゃないか木虎。夜の道の散歩みたいなものだ。安心しろ、暴漢も熊も私が始末してくれよう」
「いいや、そんな野蛮なことをする必要などないさ。ボクが眠らせてあげよう。眠りが深すぎて、魂が冥界に向かってしまうかもしれないがね」
「二人とも。熊はともかく、民間人には手を出さない」
普段は振り回す側の迅さんが振り回されているなんて、さすがは英霊だ。
「そうそうマスター。マスターはセイバーのマスターと仲が良いんだったね」
「…………まぁ、否定はしないけど」
仲が良いか悪いかで言えば、良い方ではある。
「なら、気をつけたほうがいい。セイバーのマスターは、目を惹きつける綺麗な女性を観衆の前で召使扱いする、凄まじいドSらしいからね」
「待ちなさい何よその噂」
「ぶはっ、待ってアーチャーその噂詳しくおしえて」
「勿論だとも。ジン」
三雲修マスター呼び事件を詳しく教えられた木虎と迅は、あまりにもあんまりな理由で、酷い勘違いを受けている三雲に心から同情して。
自身のサーヴァントに、人前でマスター呼びはしないように、厳命するのだった。
「………あのアサシン、なんたる速さだ」
白のアーチャー。金色の鎧を身に纏った、四十代程の、威厳のある顔立ち。
「君が生前共に戦ったあの大英雄と、どっちが速い?」
「直線勝負ならばアキレウスだが、入り組んだ道ならば奴の方が速いかもしれん」
「ほう。流石は、ハサン最強格と言って良いな」
「亜種聖杯戦争の記録を集めて来た、バーサーカーのマスターの手柄だな」
三導集の集めた記録により、かの英霊の真名は割れた。
割れたところで、だからなんだという話ではあるのだが。
「あのアーチャーは、恐らくはオルフェウスだろう」
「獣を眠らせることに関しては、奴の右に出るものはいないだろう。貴様の天敵だな。アサシン」
「それを言うなら、青のアサシンは君の天敵じゃないか?」
「いや、私の天敵は、青のキャスター、カッサンドラだ。………此度の聖杯大戦で、やつに再び会えたこと、実に幸運だ。
今度こそ、戦利品として、存分に使ってやる」
そう、この、白のアーチャーこそ。
トロイア戦争における、アカイア軍の総大将であった、ミュケナイの王。
「君が召喚されていること。それは、彼女の不運を象徴しているね」
アガメムノンよ。
白のアサシンは、青のキャスターを、心から憐れんだ。
カバー裏風キャラ紹介
A級のA級によるA級のための 木虎藍
二年の歳月を経ても、良くも悪くも変わらない。強いて言うなら、修を明確にライバル視しているぐらいか。今回召喚したサーヴァントが相当な変人のため、とても苦労している。アルゴー号の英雄なら、個人的にはアタランテを呼びたかった人。オルフェウスも普通にありよりだったが、実物があまりにも変人すぎて疲れが溜まっている。それはそれとして、かなり良好な関係は築けているEカップ。
変人演奏家 青のアーチャー
ずっとハープだと勘違いしてたが、オルフェウスな引いてたのは実は堅琴だと知って、慌ててその辺りを書き直した、琴を引くからアーチャーのサーヴァント。クラス定義の曖昧さをこれ以上ないくらいに活かしている。お前実質キャスターだろとか言ってはいけない。前線で実際にガッツリ戦闘したら高確率で死ぬ。やっぱりこいつはキャスターでは?